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5度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 2月29日(土)07時53分31秒
  19580711-08
I'll Get By (Ahlert - Turk)
(8分12秒)



【この曲、この演奏】
1920年代に残された最大のヒット曲の一つで、ミュージカルや映画で使われた曲ではないのにヒットしたのは、さまざまなビッグ・バンドやシンガーが競うようにして取り上げたからです。(資料14)
コルトレーンの演奏記録は、本セッションだけです。
この曲には「as long as I have you」との副題があり、「あなたがいる限り、私は生きていける」との意味が、タイトルにあります。この意味の喜びを噛みしめるようなコルトレーンの演奏が楽しく、ハーデンとガーランドのソロにもこの雰囲気があります。気楽に楽しくハードバップを演奏しております。



【エピソード、A.ブルームのインタヴュー、1958/6/15、その15】
(JC=ジョン・コルトレーン、AB=オーガスト・ブルーム)(資料04)

AB 一度か二度、彼と話したことがあってね。そのたびにこう言った。(モンクの声を真似して)「ああ、やつは男だ」

JC 彼と一緒にやって多くのことを学んだ。細かいことをね。あれから細かいことに気を配れるようになった。彼は本当に素晴らしいミュージシャンだ。細かい点に気がつくミュージシャンと仕事をすると、細かい点に注意が行きとどくようになる。音楽では、小さなことが大きな意味を持つんだ。ただ、それは何も音楽に限ったことじゃない。家を建てるにしたって、まず小さなことから始める。小さなことを一通り済ませてから、いよいよ家が建つわけだ。小さなことを蔑ろにすると、結局は・・・(小声になり、やがて聞こえなくなる)

AB そういったモンクとのプレイ体験は、今のマイルスとのプレイ体験と同じような感じ?

JC いや、全く違う。うまく言えないが、とにかく違うものだ。マイルスとのプレイは、それは、それで素晴らしい体験だよ。

AB (聞き取れず)・・・本質的に異なる、と。

JC ・・・そう、そんなところだ。何が違うのかと言われると、うまく説明できないんだが(笑う)。
 

4度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 2月28日(金)07時38分19秒
  19580711-07
My Ideal (Richard Whiting)
(7分34秒)


【この曲、この演奏】
映画「プレイボーイ・オブ・パリ」のために作られたラブ・ソングで、主演のモーリス・シュバリエが歌っていました。タイトルは、理想の恋人を思い描いていることを示しています。(資料14)
コルトレーンのこの曲の演奏記録は、本セッションだけです。
暖かい曲をコルトレーンは肩から力を抜いて、ほんのりと暖房が効いた部屋で寛いでいる気分の演奏を行なっています。そうするとハーデンも安心したのか、ゆったりとソファーで心穏やかに過ごしているような演奏を繰り出しています。そしてガーランドのブロック・コードが流麗に決まり、演奏が終わっていきます。


【エピソード、A.ブルームのインタヴュー、1958/6/15、その14】
(JC=ジョン・コルトレーン、AB=オーガスト・ブルーム)(資料04)

AB モンクがあれをやり出したのは、実際にギグの仕事が始まってから? それとも、前にもやってたのかい? ピアノから立ち上がって、君をバンドスタンドに置いてけぼりにする、というやつは?

JC 仕事が始まってからだね。

AB 仕事が始まってから? 彼が初めてあれをやったときは、どう思った?

JC 最初のときは、どこだ、どこだって彼の姿を探したよ(笑)。けど、何度かやられるうちに慣れた。で、彼が戻ってくるまで持ちこたえようと頑張った。

AB なぜモンクはあんなことをしたんだろう?

JC さあ。本人は、私たちの演奏を聴きたいと言っていた。バンドの演奏を聴きたいとね(ブルームが笑う)。ああすれば、彼は観客の一人になれる。そうやってバンドの演奏を聴くことができるわけだ。で、またバンドスタンドに戻ってくる。彼がああやって何かを得ていたのは確かだね。

AB 私は大いに刺激を受けたよ。バンドスタンドの脇で、ああやってすり足ダンスをやるなんてね。

JC ああ、私もこの目で見たかった。演奏中は見れないから。

AB (笑)サックスを吹くのを止めて、彼の後ろにそっと立って・・・(聞き取れず)なんて思ったことはない?(笑)

JC そうだな、一度やっておけばよかったな。あのダンスを見ておきたかった。たまに薄目を開けてのぞいてみたけど、彼はとても楽しそうだった。恍惚としていたよ。

AB なら、君のプレイを心から楽しんでたんだろう。と言うのも・・・。

JC ああ、彼もそう言っていた。
 

6度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 2月27日(木)08時10分38秒
  19580711-06
Stardust (Carmichael - Parrish)
(10分42秒)



【この曲、この演奏】
ホギー・カーマイケル1927年に書き、2年後にミッチェル・パリッシュの歌詞がついた名曲で、1931年にビクター・ヤング編曲によるアイシャム・ジョーンズのブラウンズウィック盤で注目され、ついでビング・グロスビー、さらにアーティ・ショウが大ヒットさせた曲です。またナット・キング・コールのものが、歌物の決定版です。(資料14)
コルトレーンの演奏記録は、本セッションだけです。
コルトレーンのサックスから演奏は始まり、そのままコルトレーンがテーマを吹きます。その演奏は何か迷っているような、何かもっと精神的な奥深さを求めて彷徨っているかのような演奏です。続くハーデンのソロは、やればできるじゃないのとの、ほんのりした余韻に浸れるものです。またガーランドのソロも、期待感を膨らませてそれに応えていく演奏で良いものです。
満足できる演奏といえばその通りですが、このトップクラスの有名スタンダードをコルトレーンが演奏したのは本セッションだけに、コルトレーンの輝き場所が欲しかったです。






【エピソード、A.ブルームのインタヴュー、1958/6/15、その13】
(JC=ジョン・コルトレーン、AB=オーガスト・ブルーム)(資料04)

(モンクでのファイヴ・スポットでの演奏、モンク休憩中の演奏、いろんな方向に変化していくが、最後はみんな一緒に着地する)

AB でないと、観てるほうも困る!(笑)

JC ああ、最後にはぴったりと合った、ただ、あの手の演奏というのはものすごく楽しいんだよ。

AB そうだろうね。

JC ものすごく楽しい。というのも、彼(ウェア)はたまに、コード進行をいじってプレイした。だから私もそれについていく。で、私のプレイを受けて、彼がさらにコード進行をいじる。そうなると、二人とも本来のコード進行はプレイしていないんだが、ある時点で一緒に戻るんだ。幸運にも(笑)。そこへモンクが戻ってきて、一同、ほっと胸をなで下ろすのさ。一体彼がどこへ行っていたのか、誰にも分からないんだ!(笑)いずれにせよ、そういったことに大勢が感心した。よく言われたよ、「まったく、あんな曲、よく覚えられるね」って。実際には、すべてを覚えていたわけじゃない。基本的なコード進行を覚えていただけだ。あとは個人がそれを基に試したいことをやっていただけ。モンクについて言えば、彼がステージで紡ぎ出す音はいつも“謎めいている」。ただ、彼の曲を知っている者にとってはちっとも謎ではないんだ。毎度のことだから。それが真相だよ。例えば彼がコードを・・・メジャー・コード、彼に言わせれば“マイナー・コード”を弾く時は、三度音(訳注=メジャーとマイナーの響きの差は、三度音の違いによって決まる)を省いてしまうんだ。で、彼は「これはマイナー・コードだ」と言う。コードの中に単三度音がなければ、マイナーだかメジャーだか判断がつかない。で、モンクに訊く。「なんでそれがマイナーだって分かるんだ?」。「そういうものだからだ。三度音のないマイナー・コードなんだよ」(両者笑う)。ところが彼がそのコードをプレイすると、驚いたことに、すべてがしっくりくる。しっかりとマイナー感を感じられる響きになるんだ。もちろん、三度音がないからマイナー・コードではない。終始そんな調子だった。
 

8度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 2月26日(水)07時26分52秒
  さてメセニーさんの「ソラ ジャケ」作品。
メセニーさんの作品の中では、落ち着いた気分で楽しめる作品です。ネットでの評によれば即興演奏の部分が多い作品とのことですが、即興演奏の刺激性はありながらも、安らぎを感じる演奏です。それはメセニーさんの演奏姿勢と共に、 Antonio Sanchez のドラムの強弱の付け方の妙によるものでしょう。
9分間の演奏の「When We Are Free」での哀愁の表現は、これから夕刻に向かう都会の華やかさの裏側を表現しているようで、私の中ではジャケのイラストのイメージの演奏と心に響きました。
この作品にはジャケの他に、5枚のイラストがあります。小さな街中の交差点の風景、2枚綴りで田舎町のガソリンスタンド、大都市間を結ぶ鉄道がのどかな田舎町を走る様子、そして牧歌的な光景です。次に本作をつまみ食いする機会があれば、他のイラストをイメージする曲を探りたいです。
 

8度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 2月25日(火)08時00分24秒
  その前に、この作品が録音された2005年10月19日(水)の新聞を見てみましょう。
先ずはトップ記事。
日経「大手銀、利益最大に、最終益計 1超3000億円、三菱UFJ トヨタ並み、9月中旬 不良債権脱す」
公的資金投入により体質が改善した大手銀行ですが、それは即ち血税が投入されたのだから、それをしっかりと認識しての銀行運営を行って欲しいものです。

読売「米、空自支援継続を、イラク復興 陸自撤収後、輸送先拡大も要請、政府 慎重に検討」
イラクへの自衛隊の支援は、2003年12月から2009年2月まで行われました。陸上自衛隊は2006年7月に撤収し、航空自衛隊の輸送活動は2008年12月に終了となりました。

朝日「首相の靖国参拝、賛否二分。よかった42%、すべきでなかった41%、中韓と悪化  65%心配、本社緊急世論調査」
10月17日に小泉首相が5回目の参拝(昇殿せず)を受けての調査です。小泉首相は計6回の参拝となり、首相の靖国参拝の最後は2013年12月26日の安倍首相によるものです。





ではこの10月19日の朝日新聞から少しばかり紹介します。
・25面生活面に「米国産牛、どう見分けるか、年内にも輸入再開? 気になる原産地表示」との記事があります。2000年に入り世界で問題となったBSE問題ですが、米では2003年12月にBSE発生が確認され、日本は米国からの牛肉製品の輸入を停止していました。スーパーなどの精肉販売には原産地表示の義務があるのですが、加工食品や焼肉店には表示義務がなく、この記事の心配となりました。
・17面から8ページに渡り、「新聞週間10/15 - 10/21、あしたは新聞広告の日」とのタイトルで、何を宣伝しているのか一見では分からない広告が続いています。
by SMAP、by 100% Chocolate Cafe、by SUBARU、by Mag Lite、by JR東日本、by パーゴルフ、by FUJI XEROX、by NTT DoCoMoと、各ページに広告主が書かれています。
・TV欄 TBS 13:00から「貞操問答」との番組があり、「魔物のすみか」がこの日の内容です。この番組名を見たときにはその内容が分かりませんでしたが、これはドラマで、菊池寛の同名小説を原作にしたものでした。
 

6度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 2月24日(月)07時39分22秒
  「今日の1枚からつまみ食い」、今回のテーマは「ソラ ジャケ」です。


「ソラ ジャケ」作品の5枚目は、Pat Metheny の Day Trip、2005年10月19日の録音です。
みなとみらい周辺を歩いていますと、五人ほどで街中を描いているグループを、よく見かけます。また、みなとみらい駅にあるサブウェイギャラリーMでは、そんなグループによる水彩画の展示がよく行われています。絵心ある方々が人に見せられると思ったのを展示していますので、「お上手ですね」と言いたくなる作品もありますが、その多くは個性に乏しいものです。もっと自分の主張を織り込めと思うのですが、アマチュアの楽しみなのですから、受付の方に笑顔で挨拶してギャラリーを出るようにしています。
さて本作のジャケですが、Josh Georgeという方のイラストであります。ネットで調べますとこの方は、コミックブックアートを中心に手掛けているイラストレイターとのことです。そのイラストを見ますと、人物と建物を特定の色で印象的に特徴付けるものです。その意味では、本作のジャケはJosh Georgeにとって、お得意のものなのでしょう。赤を印象的に配して、古い街の迫力と都会の忙しさを表現しています。
ビルの間に見える空ですが、赤色が効果的です。ビルへの光の当たり方からすると、夕焼けが南東側の空にも影響しているのだと思います。
2009年6月1日にメセニーさんの本作を「今日の1枚」で取り上げた際には、曲ごとの表現のうまさに、私は感心しておりました。その中で「Snova」という曲を気に入ったけれど、この単語の意味が分からないと書きました。それから11年、グーグルの翻訳機能は進化を重ねており、この言葉はボスニア語で夢との意味だと分かりました。
今回のつまみ食いでは、夕焼けの雰囲気を感じる曲に出会いたいと思います。
 

8度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 2月23日(日)07時32分58秒
  さてエリックさんの「ソラ ジャケ」作品。
滑らかさと粘りっ気が手を変え品を変え登場するエリックさんのテナーと、楽し気に攻撃を仕掛けるメイバーンさんのピアノ、そして堅実なベースとドラムの演奏が楽しめる1枚です。
15年前の不平不満感想は、この作品全体という意味では、メリハリがないことへのものだったのでしょう。夜の歌舞伎町の怪しさがこの作品に顔を出していたならば、15年前にも興味を持った作品だったはずです。
 

7度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 2月22日(土)07時21分19秒
  その前に、この作品が録音された2002年12月19日(木)の新聞を見てみましょう。
先ずはトップ記事。
日経「主力行から買い取り、不良債権、再生基金を設立、回収機構と制作投資銀」
整理回収機構(RCC)の金融機能の再生及び健全化との役割は必要なことだったのですが、その中で本来ならば淘汰されていく企業の延命とのものもあり、その評価はこれから出てくるのかと思っています。

読売「年金減額0.9% - 1.0%、ODAは5.8%、来年度予算閣僚合意」
夫婦での毎月の年金減額は、厚生で2100円、国民で1200円とのことです。今や豊かな老後は遠い夢となり、死ぬまで働けと言いたげな政策が出ております。

朝日「久間議員秘書 4000万円受領、関空2期工事巡るコンサル報酬、業務は他社へ委託」
これについてはこの時期に新聞を賑わしていましたが、結局はうやむやになったようです。



ではこの12月19日の読売新聞から少しばかり紹介します。
・10面に「ソニーと松下、OS共同開発、デジタル家電向け」との見出しがあります。リナックスをベースにして、2003年春を目標にするとのことです。ネットで調べますと、この記者発表に関してはいくつも当時のページが残っていますが、これがどうなったのかは情報を得られませんでした。
・1面の天気コーナーにタウンページの広告があり、「電話でお店、会社探し、おしえてタウンページ」と宣伝しています。私は13年前にこの街に引っ越してきた年から、タウンページを受け取っています。何か役立つ場面があるだろうと最新版は常に置いてありますが、それを広げた記憶はありません。
・TV欄 NHK教育 23:30から「おとことおんなの生活学」との番組があります。私は全く知らない番組ですが、ネットで調べますと1994年にはこの番組があったようです。
 

7度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 2月21日(金)07時37分12秒
  「今日の1枚からつまみ食い」、今回のテーマは「ソラ ジャケ」です。


「ソラ ジャケ」作品の4枚目は、Eric Alexander の Nightlife In Tokyo、2002年12月19日の録音です。
一日の最後の夜空を引き立たせるには光が必要で、それは月や星と共に、街の灯りとなります。光溢れる街といえば、渋谷と新宿が代表格なのでしょう。私には渋谷は縁深い街なのですが、新宿となると縁浅い街です。このジャケのような新宿ど真ん中の夜の姿に接したのは、かなり昔のことです。
エリック・アレキサンダーの「夜の新宿」を「今日の1枚」で取り上げたのは、2005年1月31日のことでした。この時期の私は辛口コメントだった時期で、本作について「アレキサンダーもメイバーンも気合の入っていない型通りの演奏に終始しています。アレキサンダーは全力投球派だと思ってましたが、こういう手の抜き方もするのですね」と、夜の街に逃げ出したいことを書いておりました。
15年前に、不平不満で過ごしていた香港で本作を聴いた時には、そのように感じたのでしょう。オーディオ装置は当時のままですが、環境が大きく変わった今、本作をどのように感じるか、楽しみです。
 

5度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 2月20日(木)06時58分36秒
  さてマレイさんの「ソラ ジャケ」作品。
ソラ資料によれば、太陽が地平線に沈んでも急に真暗になるわけではなく、暫く(日本では30分ほど)は屋外活動ができる明るさが残り、これを薄明というそうです。ジャケはこの薄明の瞬間です。
早寝早起きとなった今の私にとっては、特に日が長い夏場では、薄明の時は一日の終わりを意味し、一杯飲んでベッドが待つ時間です。
しかしながら夜の活動に精力的だった時代には、薄明の瞬間は再度の一日の始まりを意味していました。そんな活動は本当に楽しいものでしたが、どこかで寂しさを感じる場面もありました。振り返ればそれは、都会の魔力に酔っている自分を楽しんでいたのかもしれません。
マレイのこのビッグバンド演奏をジャケを見ながら聴いてみますと、欲求と好奇心を満たしてくれる都会に心躍らしながらも、どこか冷めた目をしている瞬間を感じました。
 

4度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 2月19日(水)06時47分59秒
  その前に、この作品が録音された1984年8月25日(土)の新聞を見てみましょう。
先ずはトップ記事。
日経「企業増税、2-3千億円、来年度 大蔵省検討、退職引当金 5%圧縮、貸倒や租税特別措置も、投資減税ゼロ回答」
ウィキペディアによれば戦後の法人税率は、この1984年が最も高く43.3%です。従ってこの記事での企業増税は行われなかったと思いますが、実効税率の推移については良い資料が見つかりませんでした。

読売「投資顧問業法を検討、大蔵、詐欺まがい規制、投資ジャーナル機に、投資家保護をめざす」
1986年に「有価証券に係る投資顧問業の規制等に関する法律」が制定されたので、この記事は実現となりました。
投資ジャーナル事件、中江滋樹会長の個性と「絶対に儲かる」「兜町の風雲児」とのキャッチフレーズが、私には記憶があります。豊田商事の会長が刺殺される事件の翌日に中江滋樹会長が逮捕され、それは「刺殺」の二の舞を避けるための駆け込み逮捕と、ウィキペディアにあります。

朝日「韓国、文化交流委を拒否、なお残る抵抗感、日本側の構想実らず、定例実務者協議に後退」



ではこの8月25日の読売新聞から少しばかり紹介します。
・6面の「エコー」とのコラムに、「一円を笑うと・・・」との見出しがあり、日本石油の石川副社長のコメントを紹介しています。それは、1リットル140~150円で値が動いているガソリンなので、社員の中には1円の値引きくらいと考える者がいるが、1円安くなれば、日石と子会社の日石精製の人件費が消えてしまうと、述べています。
・14面にサントリーの全面広告があり、「サントリーウイスキーQ」を宣伝しています。この商品の発売はこの広告の前年でそれなりに人気があったようですが、販売終了の年の情報はネットから得られませんでした。
・TV欄 NHK教育 18:30からは「ビデオカメラ入門」との番組があります。
私がビデオカメラで印象に残っているのは、1982年にビクターのビデオカメラ向け部品製造工場でアルバイトをしている時のものです。その工場の20歳後半ほどの現場リーダーの方は新しいもの好きの方で、ビクターから発売直後のビデオカメラを購入していました。肩に乗せて撮影するタイプのもので、値段は30万円近くと記憶しています。
それから2年後のこの番組、それなりに値段が下がっていたのでしょう。
 

4度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 2月18日(火)07時28分36秒
  「今日の1枚からつまみ食い」、今回のテーマは「ソラ ジャケ」です。


「ソラ ジャケ」作品の3枚目は、David Murray の live at sweet basil vol.2、1984年8月25日の録音です。
写真を見ただけでは、朝焼けと夕焼けを言い当てるのは難しいものですが、このマレイのビッグバンド作品の写真は夕焼けでしょう。この日のNYの日の入時間は19:40、そうするとこのジャケ撮影時間は19:50頃でしょうか。スイート・ベイジルの1stセットの演奏開始時間は分かりませんが、この写真を撮った後に、すぐに会場に向かったことでしょう。
1999年9月7日に「今日の1枚」で本作を取り上げた際には、アレンジの妙と共に、マレイの奥方であるミンさん撮影のこのジャケを褒めた感想を、私は書きました。
今回のつまみ食いでは、このジャケの雰囲気を最も感じる演奏を見つけたいと思います。
 

10度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 2月17日(月)06時18分39秒
  さてインドさんの「ソラ ジャケ」作品。
本作を聴き直すにつれ、演奏の深みに引き込まれていきます。特に1950年台の演奏ですが、ヴァイオリンとピアノの経験があるベーシスト、大学夜間部でハーモニーを学んだインドさん、そして自分のスタジオを作りオーバーダビングをいち早く取り入れた革新家の演奏には、少ない楽器構成の中で多様な広がりがある演奏を行っています。このインドさんの世界に浸っていると、思いが重層的になり、不思議な世界に入っていきます。
1987年の演奏はストレートな演奏であり、インドさんの歌心を楽しめる内容です。
私がこの作品に触れてから20年、聴くたびに楽しみを与えてくれ、そして昼間に天体望遠鏡で何かを見ているジャケのような不思議さを感じさせてくれる作品です。
 

9度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 2月16日(日)07時19分31秒
  その前に、この作品が録音された1958年4月1日(火)の新聞を見てみましょう。
先ずはトップ記事。
日経「ソ連、核実験を一方的に中止、再開の自由留保、米英の同調を希望、グロムイコ外相」

読売「ソ連、核実験中止宣言、西欧応じねば再開、グ外相提案、最高会議で承認、軍縮西方同調求む」

朝日「ソ連、一方的に核実験停止、再開の自由は保留、グロムイコ外相声明」

ウィキペディアを見ますと、ソ連は1949年から1990年にかけて715回の核実験を行いました。ページには主な核実験として5回の内容が掲載されており、この日に報道以降では1961年10月30日に、核出力50Mtという、世界最大級の核実験を行っています。
またこのソ連の声明がどのように影響したかはわかりませんが、部分的核実験禁止条約が米英ソの間で、1963年8月5日に結ばれました。



ではこの4月1日の朝日新聞から少しばかり紹介します。
・3面下の「海外トピックス」に、「テレビで見事 犯人を御用」との見出しがあります。盗難が多発していた西独ダルムシュタットの図書館で、カメラを設置して警察が地下でテレビで監視し、犯行をキャッチしたとの内容です。まだこの時期には受像機にモニターという呼び方はなかったようです。
・6面下に東芝の広告があり、「パリで世界一の光を灯した」として、「東芝のマツダランプ」を宣伝しています。1957年にパリで行われた標準電球の世界的なコンクールで世界一となり、この電球が5年間に渡り国際基準になるとのことです。
ネットで調べますと、標準電球とは今でも存在しているそうです。さて「マツダランプ」ですが、これは1909年にアメリカで創設された、白熱ランプのブランド名とのことです。名称はゾロアスター教の最高神アフラ・マズダー に、由来しているとのことです。
1911年に東芝の母体の1つである東京電気がライセンスを受け、タングステン電球「マツダランプ」の販売を始めました。1962年からは「Toshiba傘」ロゴを使うようになり、2010年には東芝グループで一般白熱電球の生産を終えました。
・TV欄 KRテレビ 18:15から「ジャズのど自慢勝抜合戦」なる番組があり、出演は星野みよ子です。この番組についての情報をネットから得られませんでした。当時はジャズマンがスターだったので、この番組名になったのかなと思います。ちなみに星野みよ子はジャズ歌手で、一定の人気があった方のようです。
 

9度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 2月15日(土)06時33分29秒
  「今日の1枚からつまみ食い」、今回のテーマは「ソラ ジャケ」です。


「ソラ ジャケ」作品の2枚目は、Peter Ind の Looking Out/Jazz Bass Baroque、1958年4月1日の録音です。(年月はジャケ情報、日は決め打ち)
気持ち良い青空の日よりも、雲がかかった日が多いもので、このジャケのような日々が続くことがよくあります。ソラ資料によればこの雲は層状雲と呼ばれるもので、「天空のかなり広い範囲を覆って水平に広がる雲。主に高積雲、層積雲に現れますが、巻層雲に現れることもある」とのことです。
「今日の1枚」で本作を取り上げたのは、2000年12月29日のことでした。その際には、高熱で聴いた時の衝撃が健康体では感じられずに、少し冷めた感想を書きました。
1957年から1961年にかけて録音された「Looking Out」、そして1987年録音の「Jazz Bass Baroque」をカップリングした本作を、高熱ではありませんが20年近く経過した今、どのような感想になるのか楽しみにしながら、聴いてみます。
 

9度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 2月14日(金)07時37分16秒
  さてアグスティさんの「ソラ ジャケ」作品。
私は横浜美術館で三年に一度行われるヨコハマトリエンナーレを観ていますが、音が重要な要素である展示物も多くあります。今年の7月3日から3ヶ月間開催されるヨコハマトリエンナーレ2020は「Afterglow―光の破片をつかまえる」とのタイトルですが、ここでも音が効果的に使われることでしょう。
このミロ美術館のライブを聴いていますと、美術作品との連携があるのかなと感じました。古代と未来の会話などという常人の考えを超越したテーマの中で、楽器たちが会話をしているように聴こえました。
私には近代の香りが入っていれば、近寄れた作品かもしれません。通販サイトAmazonの本作のレビューに、「夢と悪夢の濃密な音楽」とのコメントがありました。私には「古代と未来に取り残された音楽」と、感じました。
 

14度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 2月13日(木)07時38分30秒
  その前に、この作品が録音された1998年7月16日(木)の新聞を見てみましょう。
先ずはトップ記事。
日経「小渕氏支持広がる、自民総裁選きょう公示、旧渡辺・宮沢派 同調の動き、小泉氏なお模索」

読売「小渕氏に体制傾く、自民後継総裁、若手になお反発も」

朝日「小渕総裁が確実、各派の大勢支持、派閥論理批判も」

7月24日の第一回投票で小渕氏が過半数票を得て、自民党新総裁となりました。小渕恵三225票、梶山静六102票、そして小泉純一郎84票でした。


ではこの7月16日の日経新聞から少しばかり紹介します。
・7面経済面に「口座引き落とし、今年度内に開始、インターネットでの商品購入、住友・三和・富士の3行が共同実験」との見出しがあります。クレジットカードを持たない人などに需要を見込み、NEC・日立・富士通が共同開発した電子決済規格SECEを採用するとのことです。
インターネットが広がりを見せた時期に大手による企画は多く存在しましたが、その多くが芽が出ずに終わり、普及した企画は新興者が考えたものでした。この「口座引き落とし」も、今では記憶している人は関係者だけでしょう。また電子決済規格SECEもいつの間にか消えました。
・25面下にクマヒラの広告があり、「盗聴化時代の解決策は?」としてクマヒラの盗聴器発見業務を宣伝しています。クマヒラは今も「トータルセキュリティ」で頑張っている会社ですが、商品リストには盗聴器発見業務は記載されていません。
・TV欄 NHK教育 20:00からは「趣味・山下洋輔のジャズ」との番組で、この日は「スケール自由自在」とのテーマで、林家こぶ平が出演しています。この番組情報はネットから得られませんでしたが、山下洋輔はNHK出版から「ジャズの掟」をこの年の12月に出版していますので、この番組は充実したものだったのかもしれません。
 

3度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 2月12日(水)07時10分23秒
  「今日の1枚からつまみ食い」、今回のテーマは「ソラ ジャケ」です。


「ソラ ジャケ」作品の1枚目は、Agusti Fernandez の One Night at the Joan Miro Foundation、1998年7月16日の録音です。
空といえば青空、この「つまみ食い」に110枚ほど摘んであり、その中に青空ジャケは何枚もあります。そして本作の青空が、最も青々していました。デジタル処理もあるのでしょうけど、対比させている建物の白が、空の青を引き立てております。
一点の雲なしかと思いきや、下に少し雲があります。ソラ資料を見ますと、これは「行雲」のようです。「風に流されて空を動いている雲のこと。行雲流水は、なんの執着もなく、物に応じ、ことに従って行動することで、所定めず遍歴修行する僧を雲水という」と書かれています。
本作はミロ美術館でのライブなのですが、グーグル・マップで確認したところ、この白い建物は(20年前は倉庫と書きましたが)美術館そのもののようです。Pere Pratdesaba and Alicia Noeの手によるジャケ写、素晴らしいものです。
2000年2月8日に本作を「今日の1枚」で取り上げた際には、リズムの取れないフリージャズであることを述べただけでした。ネットで調べますとこのアグスティ・フェルナンデスさん、20枚近い作品を発表しているピアニストです。今回のつまみ食いでは、ジャケとの絡みで何か感想を書きたいと思います。
 

4度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 2月11日(火)08時50分2秒
  19580711-05
Don't Take Your Love From Me (Henry Nemo)
(9分15秒)


【この曲、この演奏】
資料14には掲載されていないヘンリー・ニモのバラッドですが、ウィキペディアによれば1941年の曲で、ジャズ界でもジョニ・ジェイムスやシナトラ、そしてケイ・スターなどが取り上げているとのことです。
コルトレーンの演奏記録は、本セッションだけです。(資料06)
この曲は女性側からの歌なのでしょうけど、恋愛の場面で曲名のような女々しいことを言うのは男なのは、世の常です。コルトレーンのバラッド演奏を聴いていると、恋愛に踏ん切りをつけられない男の弱さを、精妙に描いています。続くハーデンもそんな感情を、何とか出しております。そしてガーランドは、どちらかと言えば恋愛の場面での女性の気持ちの切り替えの直前を描いているような、そんな演奏です。
コルトレーンのバラッド演奏の、素晴らしい演奏の一つであります。




【エピソード、A.ブルームのインタヴュー、1958/6/15、その12】
(JC=ジョン・コルトレーン、AB=オーガスト・ブルーム)(資料04)

AB 以前はかなり酒を飲んでいた?

JC ああ。だから、モンクがバンドを組む頃には酒をやめていた。気づいたんだ。酒をやめて、全てが好転した。うまくプレイできて、うまく考えられるようになった。それに彼の音楽・・・あれは“刺激的”だったよ(笑)。

AB ファイヴ・スポットでのギグはどんな感じだった? 私も何度か観たけど、曲の途中でモンクがピアノから立ち上がり、ピアノの脇でちょっと踊り出したんだ(コルトレーンが笑う)。で、君はサックスを抱えたまま、ほったらかしにされた。

JC (笑)あれは寂しかったね(両者笑う)。バンドスタンドの上で、ちょっと寂しくなっちゃったよ。

AB ああやって一人で(ピアノなしで)演奏するときは、どうやってコード進行についていくんだい? 演奏をしながらコード進行について考えるのかい? それとも、ベース奏者がプレイでコードを導いてくれるのかい? あるいは・・・

JC ああ、ベース奏者だね。私は彼に頼っていた。

AB 具体的には、ベース奏者はどんなことをするんだい? 例えばウィルバー(・ウエア)がベースを弾くときには、各コードのドミナント音を弾いたりするのかい? 私にはうまく言えないけど、君なら説明できると思う。

JC そういう場合もある。だが、ウィルバー・ウェアのようなベース奏者はとても独創的でね。いつもドミナント音を弾いてくれるとは限らない(笑)。

AB そうは言っても、彼がどんなプレイをしようと、コード進行の方向性みたいなものを示してくれる音はあるんだろう?

JC ああ、あったような気がする。いや、なかったかも。ウィルバーって男は、時にはまったく逆のアプローチでプレイする。何と言うか、ちょっと異質なプレイをするんだ。その曲のことを知らなかったら、絶対についていけない(笑)。というのも、彼は音を付け足していくんだ。下から上から音を足していって・・・緊張感を煽っていく。だから元に戻ったときは、なんだか騙されてたような気分になる。まあ、私はだいたい曲を知っていたから、どういう変化にもついていくことはできた。だから、最後にはみんな一緒に着地できるわけさ(笑)。
 

2度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 2月10日(月)06時58分43秒
  19580711-04
Love Thy Neighbor (Revel - Gordon)
(9分24秒)


【この曲、この演奏】
この曲もジャズ界では馴染みのない曲で、資料14には掲載されておりませんし、コルトレーンの演奏記録もこのセッションだけです。
ウィキペディアによれば、1940年に同名のアメリカ映画があるとのことですので、その映画で使われていた曲だと思います。
資料09には、この曲ではドラムがジミー・コブではなくアート・テイラーだとの記載がありますが、資料06や資料07、そして他の資料を見てもそのような記述はありません。
前曲に続き暖かで明るい曲であり、演奏です。冒頭からコルトレーンの独断場であり、流している感もありますが、そこにも光るコルトレーンの存在があります。ハーデンのフリューゲルホーンは戸惑いがありながらの演奏ですが、微笑ましく聴けます。
こんな曲もあるんだよ、そんな演奏でした。





【エピソード、A.ブルームのインタヴュー、1958/6/15、その11】
(JC=ジョン・コルトレーン、AB=オーガスト・ブルーム)(資料04)

AB ファイヴ・スポットで演れそうだと思えるようになるまでには、どのくらいかかった? バンドのレギュラー・メンバーとしてやっていけそうだと思えるまでに。

JC そうだな。私たちが・・・モンクがファイヴ・スポットの仕事を得てすぐ、ステージに立ったよ。さっき話した反復練習をすでにやっていたし、そのおかげで、何というか・・・私は彼に会い、それから彼とつるみ始めて、彼の家に遊びにいくようになった。私は彼の音楽が好きだったから。それに、そのときにはもうすでに一曲レコーディングしていたんだ。「モンクズ・ムード」を。

AB その曲をやるために、君はフィラデルフィアから出てきた。

JC そう。あの曲がすごい好きで、彼に覚えたいって言ったら、家に呼んでくれるようになった。その頃から、彼の曲を覚え始めた。将来、一緒に何かをやることになるなんて思わなかった。純粋に楽しかった。モンクとの演奏は、とても楽しかったよ。

AB そのときが、君の音楽キャリアにとっての分岐点になったと思う?

JC どうだろう。あれが分岐点になったのかは分からないが、あの頃、一つの決断をしたのは確かだ。つまり、酒とかそういうくだらないものを一切やめた。私の演奏レベルが上がったのがあの頃だ。
 

2度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 2月 9日(日)07時33分27秒
  19580711-03
I'm A Dreamer Aren't We All (DeSylva - Brown - Henderson)
(7分2秒)



【この曲、この演奏】
ジャズ・ミュージシャンが取り上げることが少ない曲で、資料14に掲載されていない曲です。ネット情報によれば、1929年のミュージカル「サニー・サイド・アップ」で使われた曲のことです。
恐らくはガーランドが“メモ帳”から引っ張り出した曲で、コルトレーンの演奏記録は本セッションだけです。
明るく楽しい曲を、明るく楽しく演奏しています。先陣をきるハーデンのトランペットも頑張っていますし、続くコルトレーンもサラッとシーツ・オブ・サウンドで決めています。そしてガーランドの繰り出すフレーズに笑顔になって、7分間を楽しめる内容です。



【エピソード、A.ブルームのインタヴュー、1958/6/15、その10】
(JC=ジョン・コルトレーン、AB=オーガスト・ブルーム)(資料04)

AB 最初にモンクとやった時はどうだった? その、ファイヴ・スポット(訳注=ニューヨークの有名ジャズ・クラブ)で実際に演奏する前の話だけど、モンクはリハーサルをやったのかい? 君が全ての曲を覚えられるように?

JC ああ、やったよ。

AB リハーサルはどんな感じだった? 興味があるんだ。モンクがどうやって曲や、コード進行を君に馴染ませていったのかなって。

JC まあ、こんな感じだ。私が彼のアパートメントに行って、彼をベッドから叩き起こす。まあ、いつも寝ているわけはないが(笑)。で、ベッドから起きた彼がピアノを弾き始める。曲は特に決まっていない。だいたいは自分の曲をプレイし始めて、私の方を見る。彼が私の方を見たら、自分のサックスを取り出して、彼が弾いている音を探していく。私がそのパートをものにするまで、彼は延々ピアノを弾き続ける。最後にもう一度そのパートをプレイして、次のパートに移る。特に難しいパートでは、演奏をいったんやめて、どうプレイすべきなのか教えてくれる。それでも私がなかなか覚えられない場合には、紙挟みを取り出して楽譜を見せてくれる。彼は楽譜を持っていたんだ。すべて採譜してあった。私はそれを読んで覚える。ただ、モンクは楽譜を使わずに曲を覚えさせようとしていた。そのほうがより、曲のフィーリングをつかむことができるから。そのほうがずっと早くフィーリングをつかめる。一曲を丸ごと覚えてしまうほうがね。曲を心で覚えさせて、耳で覚える。とにかく、そうやって一つの曲をだいたい覚えたら、彼はどこかへ消えてしまう。私を曲と向き合わせるために。私は独りで曲を練習し、彼はスーパーなんかへ買い物にいく。あるいは寝直したりとか。とにかく、私はその場に残って、曲を完全にものにできるまで反復練習をする。それが終わったら、彼を呼んで通してプレイ。一日一曲しか覚えられないこともあったよ。
 

3度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 2月 8日(土)07時37分25秒
  19580711-02
Invitation (Kaper - Webstor)
(10分22秒)



【この曲、この演奏】
1952年にポーランド出身の作曲家ブロニスロウ・ケイパーが、同名映画の主題歌として書いた幻想的なメロディーを持つナンバーで、ミルト・ジャクソンのリバーサイド盤での演奏が有名な曲です。(資料14)
コルトレーンの演奏記録は、本セッションだけです。
ミルト・ジャクソンがこの曲を取り上げて有名曲となったのは1962年なので、このセッションで取り上げたのは、ガーランドの“メモ帳”から引っ張り出してのことなのでしょう。
さて演奏ですが、スロー・テンポで流れる世界は、魂が浮遊しているような気分を味わえる演奏です。ここでのコルトレーンは、この後のアトランティック時代を飛び越して、インパルス期の演奏を感じさせるものがあります。このコルトレーン特集のプレスティッジ編はこの曲で122曲目となりますが、このような後年のコルトレーンの姿を感じさせる演奏は、これが最初と言えるでしょう。
コルトレーンの一人舞台での10分間、ほんの少し出番をもらったハーデンのおっかなびっくりの演奏も微笑ましく、ガーランドのコルトレーンの演奏を弾き立たせるピアノに感心し、じっくりと聴き入ってしまう演奏内容です。



【エピソード、ウィルバー・ハーデン】
資料06によればコルトレーンとハーデンの共演は、4回ある。その最後は本セッションであるが、それまでの3回は1958年のサボイでのセッションで、名義上のリーダーはハーデンである。それは、3月13日、5月13日、そして6月24日である。そしてこの3回のセッションは、「Mainstream 1958」「Tanganyika Strut」「Jazz Way Out」という3枚のLPで世に出た。
さてハーデンの経歴であるが、「新・世界ジャズ人名辞典」には掲載されていないので、ウィキペディアから引用する。
1924年にアラバマ州バーミンガムに生まれたハーデンは、1957年から1958年にかけてサボイに4枚のリーダー作を残し、またユセフ・ラティーフ、コルトレーンの作品に参加した。1958年後半にハーデンは重病に陥り4年間の闘病生活を送った。その間にごく短期間、カーティス・フラーのグループで演奏した。1969年にNYで亡くなった。
資料11でのハーデン評は次のとおりである。
ハーデンは感性のあるミュージシャンだが、リー・モーガンのような個性ある音も、またこれと言って光るスロー・ナンバーもないことが、彼の限界をおのずと物語っていると言えるかもしれない。バラードはどれも“非常に”ゆっくりと演じられるが、スロー・バラードで、急ぐでなくもたれるでなく前進運動が維持できるのは、確かなタイム感覚をもったプレイヤーだけなのだと認識させられる。
コルトレーンはプレスティッジ時代にサヴォイのセッションに何度か参加しているが、ハーデンのセッションに3回参加とは多いものだ。この辺りの事情は、各資料には見当たらないし、またコルトレーンとハーデンは同郷とは言えない。
ミュージシャンとしては短命で終わったハーデンであるが、本来ならばサイド参加でのレコーディング歴の実力ながら何らかの縁でサヴォイでリーダー・レコーディングに恵まれ、そこにコルトレーンが参加したということで、そのリーダー作が未だに発売されているハーデン。ミュージシャンとして幸せだったのか、それとも病で短命で終わり不幸だったのかは、何とも言えない。
 

0度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 2月 7日(金)06時40分22秒
  19580711-01
Spring Is Here (Rodgers - Hart)
(6分57秒)



【この曲、この演奏】
ロジャーズ&ハートは1929年に同名のミュージカルを書いているが、これはそのタイトル・ソングではなく、1938年の「アイ・マリード・アン・エンジェル」の中で、デニス・キングとビビエンヌ・シーガルが歌ったものです。(資料14)
コルトレーンのこの曲の演奏記録は、本セッションだけです。
資料06によれば、この曲を3テイク演奏しています。最初のテイクはフォルス・スタート、2回目は7分15秒、そして3回目がレコード化されたものです。また他の2つのテイクは、消去されたとのことです。さらに資料06ではレコード化されたものは、アドリブ・パートに他のテイクを加えられたとあります。
さて演奏ですが、アップ・テンポで親しみやすいメロディを、肩から力を抜いていながら、ダブルタイムでの疾走感を感じさせるコルトレーンの演奏は楽しめるものです。ハーデンの演奏は親近感が湧くもので、堅実にフリューゲルホーンの音色を聴かせてくれます。さらに言えば、ツボにハマったガーランドのピアノも短いながらも愛おしいものです。




【エピソード、本セッション】
プレスティッジが、コルトレーンのプロ・ミュージシャンとしての入り口で大きな役割を果たしたことは、誰もが認めることであろう。
コルトレーンが光が当たる舞台を得られたのは1955年のマイルス・バンド加入であり、その後にプレスティッジはコルトレーンに、多くのレコーディング機会を与えた。マイルス・バンドを首になったコルトレーンと、1957年4月に契約したのもプレスティッジであった。コルトレーンの1957年と言えば飛躍の年であり、モンクのバンドでの演奏やBNレーベルでのレコーディングといった重要な活動と共に、プレスティッジでのレコーディングは、コルトレーンをミュージシャンとして成長させていった。
しかしながらその成長度合が高まっていくコルトレーンの中で、プレスティッジへの不満も出てきたのであろう。それは本セッションの前の、1958年5月23日のセッションの演奏内容から伺える。よく言われるプレスティッジの効率性重視のレコーディングというものだけではなく、自分の表現したいことを実現出来るレーベルではないと、コルトレーンは思っていたのであろう。
プレスティッジとの契約は、1959年3月までである。1958年中盤のコルトレーンは、プレスティッジとの契約上のレコーディング量はこなさなければならない。その一方でマイルス・バンドに復帰し、またジャズ界から注目を浴びるようになったコルトレーンには、いろんな話が持ち込まれたと思う。
資料01によれば、マイルスがコルトレーンに、アトランティックのアーテガン兄弟を紹介していたようだ。時期は定かではないが、私の想像ではこのセッションの辺りではと思う。そしてプレスティッジとの契約終了後のアトランティックとの契約の話も、出てきたのであろう。
自分のバンドで、自分の考えでレコーディングしたい、そんな強い思いがコルトレーンに出てくるのは、当然のことだ。
1958年7月の本セッションでは8曲、そしてプレスティッジ最後のセッションとなる1958年12月のセッションでは6曲をレコーディングしている。そしてほぼ全ての曲が、スタンダードである。
マイルスがそうであったのと似たような行動を、コルトレーンは行ったのではと思う。
(契約の年月は資料01から。その他は筆者の考え・思いである)
 

2度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 2月 6日(木)07時18分33秒
  19580523-03
Sweet Sapphire Blues (Robert Weinstock)
(18分16秒)



【この曲、この演奏】
資料11によるとこの曲は、「プレスティッジのオーナーのボブ・ワインストックの作となっているが、外で彼が作曲していたとは聞かないので、恐らく何かの間違いであろう」としています。また資料06でも指摘されていますが、アルバム「ブラック・パールス」のクレジットでは、「Saphire」とあり、Pを重ねていない綴りです。宝石のサファイアならばPを重ねるので、「ブラック・パールス」では誤植と考えられ、それ以外では「Sapphire」と表記されています。
さて演奏ですが、頭からの6分間のガーランドのソロは、実に快調なものです。これで終わるならば、勢いのあるガーランドのブルース演奏との評になるのでしょう。資料09には「冒頭から延々と続くピアノ・トリオ部分は典型的なハード・バップ・セッション」とあり、資料11 には「ガーランドが、自分の引き出しからあれやこれやとねたを取り出すかのようにソロを始めた後、趣味の良いブロック・コードでコルトレーンの入場のお膳立てをする」とあります。
悩みどころはガーランドのお膳立てにより登場する、コルトレーンのソロです。演奏の色合いを全て打ち消すように、これがレコーディングだとは全く考えていないような、自分の世界だけをテナー・サックスから絞り出しているようです。資料09には「コルトレーンのこだわりのように聴こえてしまう。明らかにコルトレーンは何かに対する不満を持っているようだ」とあり、資料11には「コルトレーンが以前、調べのあるブルージーなラインと切迫したダブルタイムの間で保っていたバランスというものは、今や見る影もなく、そのソロの大半は、そのブルース進行からハーモニーを最後の一滴まで引き出すことに捧げられている」とあります。
この後にはバードのソロや、テイラーのドラムの見せ場などが用意されていますが、コルトレーンが繰り出したソロのために、宙を浮いたように聴こえてしまいます。
色々と考えさせるこの演奏ですが、コルトレーンは二度とこの曲を取り上げることはありませんでした。



【エピソード、A.ブルームのインタヴュー、1958/6/15、その9】
(JC=ジョン・コルトレーン、AB=オーガスト・ブルーム)(資料04)

AB 確かにラビット(訳注=ジョニー・ホッジスの愛称)は・・・彼はどのミュージシャンのグループの中に入っても、ぴか一の輝きを放っていた。

JC ああ。

AB それは彼がいつも心地よい音を奏でられからだ。彼はいつだって美しいプレイヤーだった。前に雑誌でバード(訳注=チャーリー・パーカーの愛称)のインタヴューを読んだけど、彼もホッジスの演奏にはぞっこんで、心酔しきっていた。音楽的に大きな影響を受けた一人がホッジスだと言っていたよ。

JC ああ、とても偉大で・・・。

AB ソウルに溢れていた。

JC そう、ソウルだ。ソウルに満ちていた。

AB 最近のレスターは昔ほど良くないと言う人が多いけど、どうなんだろう。自分にとっては、彼はいつだって偉大なミュージシャンだ。

JC 同感だね。

AB 彼はいつだって凄い演奏をする。いつでも見事なサウンドを奏でる。レスターはいつも若いミュージシャンを連れてるよね。気づいていた?

JC もちろん。

AB ここ十年は、若くて才能あるミュージシャンをいつもバンドに随行させている。トランペット奏者のジェシー・ドレイクスとか。彼とはずいぶん長いな。

JC ああ、とても優れたトランペット奏者だ。

AB とても、とても優れている。ただ、残念ながら知名度が低い。

JC 確かに、なぜなんだろう。彼はもっと人気が出ていい。優秀なトランペット奏者だ。そのうちどこかのグループに入って・・・(以下、聞き取れず)。


マハールからの補足、ジェシー・ドレイクス(Jesse Drakes)について。
新・世界ジャズ人名辞典には掲載されていない方だが、Wikipediaには彼のページがあり、そこから引用する。
1924年10月22日にニューヨークに生まれた彼は、若い時からミントンプレイハウスに顔を出しており、1940年にはジュリアードに通っていた。1940年台にいろんなミュージシャンと演奏を行い、レスター・ヤングのもとで演奏をしていた。1950年代後半からはR&Bの演奏に移っていき、キング・カーティスの楽旅に参加したり、モータウンでスタジオ・ミュージシャンとして活動していた。1969年から彼は歌とダンスのバンドを率いて活動していた。2010年5月1日にNYの彼のアパートで、死んでいる状態で発見された。
 

4度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 2月 5日(水)07時08分27秒
  19580523-02
Lover Come Back To Me (Romberg - Hammerstein)
(7分26秒)



【この曲、この演奏】
1928年のミュージカル「ザ・ニュー・ムーン」の挿入曲で、ポール・ホワイトマン楽団やルディ・バレーでヒットした曲です。スイング時代のミルドレッド・ベイリーやビリー・ホリデイといった歌唱が定番であり、モダン期に入ってからも、歌物、インスト物とも数多くの名演が残っています。(資料14 )
この曲のコルトレーンの演奏記録は、本セッションだけです。(資料06)
さて演奏ですが、ドナルド・バードが気持ちよくトランペットを吹いているのが、先ずは印象に残ります。バードはこの1958年の12月のブルーノートでの自身のレコーディング(BN4007)でこの曲を取り上げています。このバードに対してコルトレーンは何かを仕掛けるように、アグレッシブな演奏を行い、ガーランドもそれに続きます。私はこれはこれで楽しい演奏と感じますが、人によって評価は違うもの。
資料09ではこの演奏を、「バードは明るくテーマを吹きソロに入ろうとすると突如コルトレーンが全体の流れに逆らうような異質のフレーズを挿入する。(中略)(コルトレーンの)バードとの曲に対する解釈のズレの方が目立つ」としています。
一方で資料11では、「この日一番の熱演で、バード、コルトレーン、ガーランドが、このシンプルなアレンジのよく効いたスタンダード曲に食ってかかるのが見物」と書いてあります。




【エピソード、A.ブルームのインタヴュー、1958/6/15、その8】
(JC=ジョン・コルトレーン、AB=オーガスト・ブルーム)(資料04)

AB ベニー・ゴルソンは?

JC ベニー・ゴルソン。彼もそうだ。

AB クインシー・ジョーンズはどう?

JC クインシーもそう。ジジ・グライスも。それと今は軍に入っているテナー奏者のウエイン・ショーター。今後の活躍が見込まれる注目株だ。彼は天に二物を与えられている。プレイは見事だ。引き出しをたくさん持っていて、その上作曲もできる。

AB 最近のジョニー・ホッジスやレスター・ヤングをどう思う?

JC 昔と同じくらい好きだよ。

AB 今も昔も変わらない?

JC ああ。十五年前と同じくらい、今も好きだ。
 

10度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 2月 4日(火)05時03分21秒
  19580523-01
Black Pearls (John Coltrane)
(13分12秒)



【この曲、この演奏】
コルトレーン作のこの曲、自身の演奏記録は本セッションだけです。
全員が売れっ子ミュージシャンで連日お疲れなのでしょうけれど、集中力を持って演奏している姿は流石であります。この曲でも躍動感ある演奏を繰り広げています。
しかしながら、今までとは違うものを感じます。定食屋さんで例えるならば、どんな注文でも主菜・副菜・主食・汁が絶妙なバランスであったのが、ここでは主菜の存在が強くなり過ぎているように感じます。
資料11 には、「コルトレーンのソロは、彼が当時差し掛かっていた一つのターニング・ポイントを映し出すもの。ソロはかなり早くから、彼は、同時代のサックス奏者でこれだけ持続できる人はまずいないような、延々連なる16音符の走句にはまりこんでいる。このテンポにおいて、ハーモニーのはっきりと見える彼の“ヴァーティカル”なラインは、よく言えば興奮的だが、場合によっては狂気すら感じさせないこともない」とあります。
また資料09には、「コルトレーンのソロは、いつになくアグレッシヴでありアルペジオもスムーズさを欠いている。(中略)特にソロの最後の部分で見せる同じようなフレーズの繰り返しはコルトレーンのいらつきを表しているようだが、音楽的な必然性は感じられない」とあります。
いずれにしても、ここでのコルトレーンは転換期と言えるのでしょう。




【エピソード、このセッション】
レッド・ガーランドとドナルド・バード、コルトレーンがプレスティッジで共演を重ねてきたメンバーだが、この3人での演奏は本セッションが最後となる。ベースにはポール・チェンバース、ドラムスにはアート・テイラーと、これまた顔馴染みのメンバーである。資料6によると、一部のアルバム、そしてディスコグラフィーでは、ドラムスをジミー・コブとしているとのことだ。
このセッションでの3曲でアルバム「ブラック・パールス」となるのだが、これが世に出たのはウィキペディアによれば1964年8月のことである。
本セッション、すなわちアルバム「ブラック・パールス」が高い注目を浴びていると言い難いのは、この発売時期も理由の一つであろう。もう一つの理由は演奏内容と言えるが、それは各曲で述べていく。
 

6度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 2月 3日(月)06時59分24秒
  19580326-05
By The Numbers (John Coltrane)
(12分6秒)



【この曲、この演奏】
コルトレーン作となっているこのスロー・バラッドで、資料06を見ますとコルトレーンの演奏記録は本セッションだけです。「号令に合わせて、型どおりに、機械的に」等の意味が曲名にありますが、ジャズの曲には不似合いのような気がします。
憂鬱な夜を過ごしている気分での演奏は、それは味のあるものです。12分と言う長丁場のこの演奏の、前半はガーランドの一人舞台となっております。シングル・トーンとブロック・コードを巧みに配して、レイジーなブルースの世界を聴かせてくれます。ここで長々とブルースを聴かせるガーランドは、熱心なガーランド好きからは高い評価を受けているようです。もちろんコルトレーンも魅力ソロをとっていますが、ガーランドの深い世界から自分の世界へ流れを作るのに、最初は戸惑っているかなと、私は感じました。最後にまたガーランドが決めて、12分が終わります。コルトレーン作なのですが、私はガーランド作の曲かなと感じました。
さて最後にこの演奏について二つばかり。資料06にあるワインストックのログ・ブックには、「Slow Blues (1492 Blues)」と記されており、その下に「By The Number - 7356」と小さな文字で書かれ、両者を丸で囲っています。この「Slow Blues」も「1492 Blues」も、コルトレーンとガーランドには演奏記録がなく、このログ・ブックの意味は分かりません。
もう一つが、プレスティッジはこの12分の演奏を、シングル盤で発売していました。「45-394」との企画番号で、A面にPart 1、B面にPart 2として収録しています。ただし「Discogs」というサイトからの情報では、A面が3分50秒、B面が3分45秒となっています。4割ほどをカットしてのシングル盤発売のようですが、そこをカットしたかはこのシングル盤を見つけ出すしかなく、それはとてつもない労力を要するものです。
曲名の意味することは最後まで掴めないままでした。





【エピソード、A.ブルームのインタヴュー、1958/6/15、その7】
(JC=ジョン・コルトレーン、AB=オーガスト・ブルーム)(資料04)

AB 話は変わるけど、ここ何年か一緒にプレイしたり、演奏をきいたりしてきた中で、君がもっとも尊敬する現代のミュージシャンは誰だい? 君もその一人だとは思うけど、モンクは確実にそのカテゴリーに入るだろうね。だって昨晩、君はモンクが真の貢献者で、偉大な作曲家であるという事実に大きくうなずいていたから。彼は人々に伝える何かを持っていると。他にそういったミュージシャンは思いつく?

JC そうだな・・・・好きなミュージシャンなら何人か挙げられるが、とても全員は挙げられない(笑)。

AB そういうもんさ。

JC そうだな。全員は挙げられないことを前提に言うと、ホレス・シルヴァーなんかがそうだ。偉大なソロイストは他にも大勢いる。マイルスとかソニー・ロリンズとか。モンクのようなミュージシャンは、私にとってはソロイストなんだ。その上で、いい曲をたくさん書ける。彼のような男は稀だね。チャーリー・パーカーもそういう一人だ。彼は楽器も弾けて、曲も書けた、何曲もね。ディジーもたくさん書いたな。
 

6度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 2月 2日(日)07時33分41秒
  19580326-04
Little Melonae (Jackie McLean)
(14分5秒)



【この曲、この演奏】
マクリーン作のこの曲は、マクリーンが生涯で何度も取り上げた曲です。またネットからの情報によれば、マクリーンが奥さんに捧げた曲とのことです。
コルトレーンはこの曲を3回というか、3つのセッションで演奏しています。他の2つのセッションは、マイルス・バンドでのものです。最初は1955年10月27日の、「ラウンド・ミッドナイト」でのものです。実質上のプロとして、ソリストとして活動し始めた時期のコルトレーンの演奏です。2つ目は、1958年3月4日の「マイルストーンズ」での演奏です。この際には6テイク目で8分程の演奏に漕ぎ着けていますが、正規発売はされませんでした。
それから3週間後の演奏が、本セッションでのものです。ダメ出し続きの際の3人が参加している本セッションですので、想像で言うならば「マイルス抜きならこうやるよ」との思いがここでの演奏にあったことでしょう。
資料11には「変わったメロディとあいまいなハーモニーのAセクションを持つ曲だ」とあり、資料09には「モンクのナンバーに似たシステマティックな曲風である」と書かれています。何故にマクリーンはそんな曲を奥さんに捧げたのか不思議ですが、不思議さ漂うこの曲を聴いていると、夫婦という関係の不思議さを考え込んでしまいます。
さて演奏ですが、バンド一丸で男女の真実は何かを追い求めている演奏に聴こえてしまうのは、私の妙な先入観によるものでしょう。でも何かを追い求めるかのようなコルトレーンの演奏には、凄みさえ感じてしまいます。練習熱心なコルトレーンがここまで得てきた奏法とハーモニー感覚を、メンバーの熱演とともに味わえる、濃い演奏となっています。





【エピソード、A.ブルームのインタヴュー、1958/6/15、その6】
(JC=ジョン・コルトレーン、AB=オーガスト・ブルーム)(資料04)


AB こうした宗教については、他のミュージシャンたちも結構こんがらがっているんかな? 彼らも君と同じように宗教に興味があって、それが一体何なのか、もうほんの少しだけ理解しようとしている? そういうミュージシャンは大勢と思うかい? ミュージシャン仲間とそのことについて話したことは?

JC そうだな・・・・・ミュージシャンの多くが真実に興味を持っているとは思う。というのも、ミュージシャンにとってそれは当たり前のことなんだ。この“音楽”ってのは、それ自体が真実だから。楽器を演奏して何かを主張する場合、まあ、音楽的主張というか、そういう主張には説得力がある。それは音楽の中に真実があるからだ。逆に、インチキな音を演奏すれば、その音楽はインチキだ(笑)。どのミュージシャンも、なるべく完璧に近づこうと努力している。だからこそ音は真実になる。だから、そういうものを、真実を演奏するには、できるだけ真実と共に生きなきゃならない。これが宗教なら、例えば信心深い男は善を追い求め、まっとうな人生を送ろうとするはずだ。それを敬虔と呼ぶかどうかは本人の問題で、本人は「ただまっとうに生きているだけだ」なんていうかもしれない。それでも、敬虔な人は彼を見てこう言う。「あの男は敬虔な男だ・・・実にまっとうに生きている」と。だからまあ、宗教について考えているミュージシャンは大勢いるよ。そのことについて何人とも話したことがある。

AB その中で、特に印象に残っている人はいる? 他のミュージシャンよりも真実に近いところで物事を見てると感じたミュージシャンは? この点について優れた見解を持っていると、感銘を受けたミュージシャンは?

JC すぐには思いつかいな。特に思い浮かべない。大勢と話したが、みんな似たりよったりだ。誰もが探究の旅を続けているというかね。私の知っているミュージシャンは皆、何らかの道を探している。そういったことを話したがらないミュージシャンもいたが、彼らはどこか自身たっぷりに見えた。探し物を見つけたのかもしれない・・・・・よく分からないけど(笑)。

AB 突き詰めて考えていったら、きりがない問題だからね。

JC ああ、だから私はそこではまっているんだ。しばらくそのことを忘れたほうがいいのかもしれない。
 

5度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 2月 1日(土)07時20分39秒
  19580326-03
If There Is Someone Lovelier Than You (Dietz - Schwartz)
(9分21秒)



【この曲、この演奏】
全曲に続きシュワルル - デイーツによる曲ですが、資料14には掲載されておらず、恐らくはガーランドが“メモ長”から引っ張り出してきた曲なのでしょう。
コルトレーンの演奏記録は本セッションだけです。(資料6)
このカルテットはどんな曲でも味を出せる力を持っており、このミディアム・テンポで口ずさみたくなるタイプの曲でも、味わいのある演奏になっています。この隠れた曲に光を当てるメンバーの充実ぶりが、存分に楽しめる演奏です。




【エピソード、A.ブルームのインタヴュー、1958/6/15、その5】
(JC=ジョン・コルトレーン、AB=オーガスト・ブルーム)(資料04)

AB 基本的な部分では皆通じ合っているのだから、一つにまとまれるはずだと。

JC ああ、そうなるべきと思う。それが正しいあり方だ。人は学ぶことで、こういう人たちの“善”のとらえ方に触れられるというか。哲学者たちが(笑)、彼らが“善人”と“悪人”について語るとき、この“善と悪”という二つの言葉がどんどん一人歩きしていって、ものすごくややこしくなる。ところが、実際にはシンプルなことで、いくつかの本当の“善”をそこから取り出すだけでいい。何かを本当に理解しようとしたら、シンプルに考えようとしないと駄目だ。宗教もそうだと思う。宗教というのはとても素晴らしい。真理がある。一つになればきっとうまくいく。彼らの教えが善だと言えば、それが私にとって善になるというかね。

AB 本を読んでじっくりと知識を吸収し、それについて考えをめぐらせてみることで、人は何かが変わると思うかい? あるいは人生観みたいなものが?

JC まあ、自分自身は変わらないね。ただ、理解の助けにはなると思う。今までに比べて、少しだけ確信を持って歩けるようにはなるというか。迷いが少しだけなくなる。ただ、自分自身は変わらない。
 

9度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 1月31日(金)06時58分21秒
  19580326-02
I See Your Face Before Me (Dietz - Schwartz)
(9分58秒)



【この曲、この演奏】
シュワルル - デイーツの名コンビによるミュージカル「ビトゥイーン・ザ・デビル」中のナンバーで、1938年にガイ・ロンバード、グレン・グレイがヒットさせました。(資料14)
ジャズ界ではあまり目立たない曲ですが、モブレイの「ディッピン」でのこの曲の演奏でご存知の方も多い曲です。
コルトレーンのこの曲の演奏記録は、本セッションだけです。
バラッド演奏させたらこのワン・ホーン・カルテットが最高、と呼ばれるカルテットはそれぞれのジャズ好きの方々の中にあることでしょう。そんな方々の中で、このコルトレーン - ガーランドのカルテットのバラッド演奏を、「最高」とする方々も多いことだと思います。
そんな一人である私にとっては、この曲での演奏は至極のものです。飾りを一切取り払い、歌の真を見つめているコルトレーン、ブロック・コードで美しさとハーモニーを提供するガーランド、そこにチェンバースとテイラーの強力サポートが加わり、精細の輝きを味わえる演奏になっています。





【エピソード、ガーランドの“メモ帳”】
資料11には、選曲について次の記述がある。
コルトレーンの歌もの好きは、いつも彼が、ジャズによく合うあまり外では取り上げられていない優れたアメリカのポピュラー・ソングを見付けてくることからよくわかる。
ただし、明らかにこれには、同僚のガーランドの功績もある。キープニュースは、ガーランドの“メモ帳”が何百というスタンダード曲のタイトルでぎっしり埋まっていたというドナルド・バードの証言を伝えており、しかも「彼はそれらすべてのコード進行を知っていた」という。
ガーランドの発言権あるセッションに於いては、この“メモ帳”が、曲埋めの際の頼みとされたらしい。
 

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