今日の1枚は、Henry Franklin の The Skipper At Home、Black Jazz原盤、1974年の録音です。
アシッド・ジャズ、クラブ・ジャズ、私には実感の伴わないものです。しかしながら1990年に生まれたこの流行は、私にも良いことがありました。クラブ・シーンで人気の高まった欧州のジャズ作品が、雨後の筍の如く復刻されたのです。私はそんな作品を何枚も購入し、この「今日の1枚」で取り上げてきました。そんなクラブ・シーンの目は、このブラック・ジャズにも注がれたのです。ジャズ愛好家からの支持ではなく、クラブ・シーンの支持により、ブラック・ジャズは生き返ったのです。
ダグ・カーンがブラック・ジャズに吹き込んだ3枚目のアルバム。このアルバムが最後の共演となるジーン・カーンのヴォーカルはもちろん、オル・ダラのトランペット、ルネ・マクリーンのサックスなど豪華なゲストを迎えたこのアルバムはダグ・カーンの最高傑作としてスピリチュアル・ジャズの歴史に残る一枚である。疾走するビートに乗った力強いヴォーカルが無限の高揚感を誘う「Power And Glory」以下、アルバムを通しての統一感と訴求力が金字塔と呼ぶべきこの傑作を創り上げたのだ。透明な美しさをたたえる「Naima」はこの曲のカヴァーの中でも最高のヴァージョンであろう。
よりアフロセントリックに、よりスピリチュアルに。さらにサウンドは色彩豊かになり、プレイにも自信がみなぎるジ・アウェイクニングのセカンド・アルバム。トリッキーなリズムとホーンのコンビネーションが広がりのあるサウンド・スケープを演出する「Mode For D.D.」、ヴォーカルをフィーチャーし、気高いスピリチュアルからフリー・フォームまで縦断する「The Ultimate Frontier」、ファンキィなジャズ・ファンク「Sinky」、トゥ・バンクス・オブ・フォー「Three Street Worlds」ネタとして知られる「March On」など、"ブラック・ジャズらしい"という表現がぴったりのアフロ・スピリチュアル・ジャズの逸品。
ジ・アウェイクニングのブラック・ジャズ2枚目にして最後の作品を、今日は聴いてみます。
昨日の1枚は、Walter Bishop Jr's 4th Cycle の Keeper Of My Soul。
エレピやオルガンの音の特徴をしっかりと捉えており、それを生かす演奏を展開していて、それはソウルを切り口にいろんな方向に考えを持って行ってます。
オルガンでの「Summertime」にはそんな特徴が詰まっています。この演奏を聴いていると、「ビショップ、あなたはどこに行くの」との気持ちになります。結局はこの後に元のスタイルに戻って行くビショップですが、この作品は揺れていた時期のビショップの姿を楽しめる作品です。「こんな演奏もしたのか」という記録が残っている、今ではこれが貴重なことになっていると思いました。
ブラック・ジャズを代表する名盤として、もはや何の説明も不要であろう一枚。黒人女性として初めてミス・インディアナに選ばれ、71年のミス・アメリカ候補にもなったという才色兼備のシンガー、ケリー・パターソンのデビュー・アルバム。タイトル・トラックであるハービー・ハンコックの「処女航海」を初めとする全8曲、その全てが瑞々しく、奇跡的な光を宿した傑作である。中でもクラブ・ジャズ・クラシックスとして名高い「Magic Wand Of Love」、たった3分間の中でドラマが始まり、終わるような豊穣で幸福な体験、こんな喜びを与えてくれる曲が他にあるだろうか。
この後に2枚の作品を残して音楽シーンからは退いたような彼女の作品を、今日は聴いて見ます。
昨日の1枚は、Rudolph Johnson の The Second Coming。
爽やかなソウル・ジャズ、誠実であろうルドルフの人柄が滲み出ている一枚です。ルドルフ作の「The Highest Pleasure」が、本作品の白眉でしょう。小冊子の書き方で言うならば「ファンク・ビートに乗って」とのことなのでしょうが、ここでは素直に「人生の最高の喜び」を歌い上げています。カーク・ライトシーのピアノも、そんなルドルフに寄り添った良い演奏です。ブルースの上手い表現者なのですが、この後の活動は知られていません。それはこの時代に生き残れなかったのか、それとも自分の信じる道を求めて行動して行き、それが我々が出会えるものではなかったのか。後者だと思いながら、テナー・サックスの素敵なワン・ホーン作品として私はこの作品を大事にして行きます。
今日の1枚は、Rudolph Johnson の The Second Coming、Black Jazz原盤、1973年の録音です。
1970年代初頭の黒人ジャズ・レーベルとしてこのブラック・ジャズのほかに、ストラト・イーストとトライブの名前が上がります。この辺りの作品をいつか「今日の1枚」で取り上げることができればと、願っています。
まさに突進する重戦車!ブラック・ジャズが誇るパワー・テナーの雄、ルドルフ・ジョンソンの最高傑作にしてブラック・ジャズのカタログ随一の血管ブチ切れを味わえる野獣の如き一枚。冒頭のモーダル・ワルツ「The Traveller」からリミッターが外れたかのような怒涛のコルトレーン・フレーズの嵐が巻き起こる。ステレオが壊れるかと思うほどの音圧はまさに暴力的な、と表現するほか無いだろう。ハイライトでもあるラスト「The Second Coming」はジョンソン流「至上の愛」とも言える最狂の演奏が繰り広げられる。魂を絞り出すようなブロウには本当に目頭が熱くなる。
「今日の1枚からつまみ食い」、今回のテーマは「Like Someone In Love」が入っている作品です。
「Like Someone In Love」が入っている作品の15枚目は、Tyree Glenn の Let's Have a Ball、1958年1月1日の録音とします。(年はネットからの情報、月日は決め付け)
2005年4月1日に本作を「今日の1枚」で取り上げました。その際の私の感想は、「オーディオの前で真剣に聴くジャズとは、対角線上にあるジャズ」として、楽しいジャズ作品だとしました。批判的なことは書いていない、気に入ったとも書いていない、そんな感想でした。そんなことを書いてから13年、その間に多少は人生経験を積んだかなと思う私は、今回はどう感じるのか楽しみです。
さてジャンニさんの「Like Someone In Love」。
小気味好いピアノ・トリオで、20年ほど前の復刻で本盤を入手した方の中には、これを密かに愛聴盤にしている方も多いのではと思います。小気味良さの中に、聴き所を随所に用意してあり、しかしそれが過剰にならず、適度の刺激です。
「Like Someone In Love」では、左手と右手の対決が楽しめるピアノ演奏の場面があり、楽しく聴けた4分間でした。
最後にリーダーのドラム演奏ですが、しっかりと場面を判断して出される自己主張を聴いていると、トリオの力を発揮させられる方だと感じました。
さてデクスターさんの「Like Someone In Love」。
実に速いテンポの「Like Someone In Love」です。バックでピアノを弾くドリューは、この速い恋へのアタックに戸惑っている様子です。早過ぎと思うデクスターさんの演奏ですが、これはやはりキャリアが成せる技でしょう。恋のチャンスは速攻だとばかりのデクスターさんに影響されたのか、その後のドリューのソロは照れがありながらも後先考えずに花束を毎日贈る男のようで、微笑ましかったです。
こんなことを考えながら聴けるのも、大御所たちのしっかりした演奏だからでしょう。
「今日の1枚からつまみ食い」、今回のテーマは「Like Someone In Love」が入っている
作品です。
「Like Someone In Love」が入っている作品の13枚目は、Dexter Gordon の The Montmartre Collection、1967年7月21日の録音です。
「つまみ食い」2度目の登場となる本盤ですが、「今日の1枚」で取り上げたのは2008年1月8日のことでした。そこに掲載したジャケ写をこの「つまみ食い」でも使うのですが、オリジナルは第1集から3集までの3枚で発売されていました。そこでオリジナルの、つまりLPでのジャケはそれぞれどうか調べました。そうしますと、白地・青地・黒字の3種類がありました。本来ならばこれで簡単に調査終了なのですが、把握できなかったのはどれがどれなのか。白地が第1集ですが、青地と黒字がどうなのかは不明のままでした。
今回のテーマの「Like Someone In Love」は、第2集に収録されていたようです。
さてエリさんの「Like Someone In Love」。
繊細で壊れるかもしれないような音色で、切々と思いをぶつけていく演奏、聴き終えると惚れてしまうテナー・サックスでした。苦しかった経験、悲しみにくれた日々を語りかけられているようで、「俺もそうなんだよ」と頷きながら聴いておりました。
「Like Someone In Love」では、恋をしている自分に気がつき、どのように振舞って良いか分からず、喜びと悩みの中にいる人間の気持ちを、さらっと素敵にエリさんは表現しておりました。
エリさんは今でも活躍しており、この作品以外にも5作品を発表しています。それらの作品、いつかは「今日の1枚」で取り上げていきたいです。
「今日の1枚からつまみ食い」、今回のテーマは「Like Someone In Love」が入っている
作品です。
「Like Someone In Love」が入っている作品の11枚目は、Art Blakey And The Jazz Messengers の Like Someone In Love、1960年8月7日の録音です。
「Like Someone In Love」と言えば、多くの方が本作品を思い浮かべることでしょう。ジャズファンでJMが嫌いという人に出会ったことがありませんし、そんなJMがアルバム名にした作品ですからね。
2008年1月6日に「今日の1枚」で本作を取り上げた際には、5曲中2曲にコメントしたのですが、この「Like Someone In Love」には触れませんでした。またそこでのコメントは、人のコメントを借りてきたようなものでした。
今日はそれから10年後の「つまみ食い」、自分の言葉でアルバム・タイトル曲についてコメントします。
昨日の1枚は、Gene Russell の Talk To My Lady。
スティーヴィー・ワンダーのヒット曲である「You Are The Sunshine Of My Life」は、数多くの方々にカヴァーされました。ウィキペディアで確認しただけでも、ライザ・ミネリ、シナトラ、ペリー・コモ、メル・トーメなどの大御所が、この曲を取り上げています。
知る人ぞ知る存在のジーン・ラッセルの演奏は、希望満ち溢れる心地よさを、エレピのシングルトーンで聴く人に届けています。黒人音楽の一つの要素は、この希望満ち溢れる気持ちかなと、思った次第です。
「My Favorite Things」と聞いて、映画「サウンド・オブ・ミュージック」を思い浮かべる方も多いことでしょう。しかしジャズファンならば、よっぽどのへそ曲がりでない限り、コルトレーンを反射的に思い浮かべます。コルトレーンで耳タコのこの曲を、ベースのヘンリー・フランクリンの活躍で、この作品では演奏し始めます。やはりそう来るのかと思いながら聴いていると、ベース対エレピでの軽快なドライブの様相であり、これはこれで楽しめるものであり、このドライブ感も黒人音楽の重要なことだと感じました。
ラッセルのピアノと語りで披露されている「If You Could See Me Now」を聴きながら、きっと意味深なことを語っているのであろうなと思いながら、本作を聴き終えました。
今日の1枚は、Gene Russell の Talk To My Lady、Black Jazz原盤、1973年の録音です。
P-VINEという日本のレコード会社には、10代の頃にお世話になっていました。ブルースやレゲエの渋い作品を日本で発売していましたし、私はそれらの作品をニューミュージックマガジンを通して情報を得て購入していました。そんな時からジャズを聴くようになって、確か数枚のCDをこのレーベルから購入しましたが、その際にはP-VINEとは意識せずに購入していました。今から8年前にこのブラック・ジャズ箱を購入した時には、P-VINEという名前をしっかりと意識しての購入でしたし、あまり利益になりそうにない作品を手がけているのに何十年も活動しているのは立派なものだと、感心した記憶があります。
ピアニスト、ジーン・ラッセルのブラック・ジャズ2枚目。スピリチュアルだけがブラック・ジャズじゃない、とでも言わんばかりにさらにファンキィな色合いを深めた今作品、冒頭の「Talk To My Lady」他、ボッサ風味にアレンジされた「You Are The Sunshine Of My Life」やベースがミラクルな離れ技を披露する「My Favorite Things」ではフェンダー・ローズが大活躍。白眉はジャズ・ファンク「Get Down」。地を這うようなベース・ラインとファンキィすぎるワウ・ギター、そしてコンガも加わっての最高にドープなファンク・ビートに乗るラッセルのピアノはすがすがしく、喜びに満ち溢れているのだ。
奥さんらしき人との2ショット・ジャケが印象的な本作品を聴いてみます。
昨日の1枚は、The Awakening の Hear, Sense And Feel。
サッパリとした空気感が魅力のグループです。ドロドロになっていくような曲が並んでいますが、それらを清涼感ある演奏で楽しませてくれます。アリ・ブラウン作の「When Will It Ever End」での静けさの中での叫びが、本作品の白眉と感じました。この曲こそドロドロしそうなものなのですが、このグループ独特の味わいで演奏しています。
どうやらこの作品だけで終わったグループのようですが、この時代の良い演奏をブラック・ジャズは残してくれました。
今日の1枚は、The Awakening の Hear, Sense And Feel、Black Jazz原盤、1972年の録音です。
ブラック・ジャズ・レーベルの最初の7枚には、録音スタジオや録音エンジニアについてクレジットされていませんでした。最後まで録音エンジニアはクレジットされないのですが、録音スタジオについては、昨日取り上げたダグ・カーンの作品からクレジットされています。ダグのはNYでの録音、今日のジ・アウェイクニングはシカゴでの録音です。その後の作品を見てみると、NYあり、LAありとなっており、レーベルとしては録音場所のこだわりはなかったようです。
昨日の1枚は、Doug Carn の Spirit Of The New Land。
スピリチュアルな音楽、スピリチュアルな演奏、スピリチュアル・ジャズ。どれも良く使われる表現ですし、私もこの「今日の1枚」で何度もこの言葉を使ってきました。しかし、今回改めてダグ・カーンの本作を聴いて、私はこの言葉の意味をどこまで理解しているのだろうと、思いました。
ネット上でうまい解説はあるのかと思って見て見ましたが、そこにしっかりと言及しているページは見つかりませんでした。「精神の高揚を呼び覚まし、果てしない意識の深みへと誘う自由と解放の、そして慈愛と平安のしらべ」との本の解説文があり、やはりこんな感じなのかなと思ったりもしました。
確かに私を含めた多くの日本人の場合は「宗教の・・・」とのことになった場合、真に理解するのは厳しいものがあると思います。しかしながら、スピリチュアルなジャズを受け入れていないのかと言ったら、これは逆の話になります。セールス面を考えても、日本人は結構好きで聴いているのです。
なぜこんなことをだらだら書いたかといえば、インパルス後期のコルトレーンの前には、そのような演奏はありませんでした。しかしインパルス後期のコルトレーン以降には、ジャズ界においてそのような演奏が多数出てきました。
コルトレーンは、一線に出る前から宗教というよりも哲学的なことに強い関心がある人でした。またハーモニーを軸とした音楽理論も、常に貪欲に追求していた人でした。そのことを突き詰めていく流れの中で、インパルス後期の演奏に繋がったて行ったのです。従ってその音楽は当然ながらコルトレーンの個性の塊と言えるでしょう。
コルトレーン以降の「そのような音楽」には、コルトレーンが到達した(もちろん演奏活動を続けられていたならば一つの過程となるのですが)音楽の上っ面だけを真似た演奏と感じることがありました。
さてダグ・カーンの本作について。「Arise And Shine」はダグとジーンの二人が思い描く、人間が力強く立ち上がっていく生命力を、全身を込めて演奏している素敵なものです。まさに彼らにとっての、スピリチュアルなのでしょう。
今日の私はスピリチュアルについてやたらと難しく考えているのかも知れません。しかし、ダグとジーンの「Arise And Shine」のように素直に心動かせられる演奏を前にして、ついついそんな事を思ってしましました。
今日の1枚は、Doug Carn の Spirit Of The New Land、Black Jazz原盤、1972年の録音です。
何度も書いて恐縮の話ですが、1970年代のジャズについて一言。ジャズ評論家を名乗る方々は多数いますが、それでも1970年代のジャズ全体を語ることができるジャズ評論家はおりません。ジャズの方向性に多様性を見せた1960年代と違い、1970年代はその動き自体が複雑になって行きました。フュージョンという大きな流れがある中で、この流れに疑問符の方々、端から相手にしていない方々の活動場所は、局所的なものになって行きました。幾つもの超マイナー・レーベルが多数存在し、意欲的な作品を吹き込んでいったのです。その動きを追っかけられた方は、おりませんでした。その動きがあまりにも局所的であるために追っかけられない状態だったのです。そんな局所的な動きの一つが、このブラック・ジャズなのです。
スピリチュアル・ジャズ・シーンの伝説的巨人、ダグ・カーンがブラック・ジャズに残した2枚目にして続く3作目「リヴェレーション」と共にその創造性のピークを記した傑作アルバム。躍動的なビートを持ったダンス・チューン「Tribal Dance」、コルトレーン・ミュージックの伝道師たらんとするダグのこころざしが最も強烈に表現されたリー・モーガンのカヴァー「Search For The New Land」、そして永遠のスピリチュアル・ジャズ・アンセムとしてジャズ史に刻み込まれた名曲「Arise And Shine」、一音目から全身の血が逆流し始めるようなこの圧倒的な高揚感は何だろうか。
前作に引き続き、ヴォーカルでジーン・カーンが参加している作品です。
昨日の1枚は、Henry Franklin の The Skipper。
Oscar Brashear、オスカー・ブラッシャー、あるいはブラシアとカタカナ表記される方ですが、
このトランペット奏者の名前を聞いてピンとくる方は、ジャズ・ファンで何人ほどいるのでしょうか。私は全くの初耳のお名前ですが、その演奏は聴いたことあるはずなのです。ウッディ・ハーマンやベイシー楽団、また1970年代以降はポップス系の方々とも幅広く共演していった方です。そんんな彼が、溌剌と伸びやかな演奏を聴かせてくれています。出番たっぷりの彼の演奏を聴いていると、この作品は彼にとって一世一代の作品と言えると思います。
さて主役のヘンリーですが、バッキングに徹していながらも、この作品のカラーを明確に打ち出しています。勢いと迫力に中に歌心を添えた作品、そんなものに仕上がっています。この辺りは、様々な経験を積んできたヘンリーの実力発揮というところでしょう。
脇役二人に確かな仕事をさせたブラック・ジャズ、実力たっぷりの二人の存在感を引き出したブラック・ジャズ、お見事であります。
今日の1枚は、Henry Franklin の The Skipper、Black Jazz原盤、1971年の録音です。
「今日の1枚からつまみ食い」を始めてから3年が経過しましたが、この企画では録音日が重要になっています。しかしながら録音日を知るのに苦労する作品が多いのも事実です。1970年台に登場した新興レーベルの場合は、録音日がジャケにクレジットされている場合が多いのですが、このブラック・ジャズはそれが記載されておらず、丸Cマークに続く西暦年、つまり発売年を録音年としてこの「今日の1枚」では扱っております。ただし「今日の1枚からつまみ食い」で取り上げるときにはどうしようかなと、思案しております。
ブラック・ジャズのハウス・ベーシスト的存在であるヘンリー・”スキッパー”・フランクリンは1960年代後半から70年台前半にかけての西海岸における重要なセッション・ミュージシャン。ビョンビョンと唸り上げる彼の強力な弦の響はまさにブラック・ジャズ躍進のパワーであった。ファースト・アルバムである本作はクインテットをメインに一部ギター、パーカッションが加わる編成で活き活きとしたブラック・ジャズを披露している。70年代らしい高速4ビート「Outbreak」、ブルージーな響きを持ったジャズ・ファンク「Plastic Creek Stomp」など、高い完成度とクオリティを持つ力強い作品。
昨日の1枚は、Rudolph Johnson の Spring Rain。
若い時に、ジャズ聴き始めの時の本作に接していたならば、「もっと攻めてこいよ」と感じたことでしょう。そんなであろう時から数十年経った今では、この「小物ぶり」に堪らなく愛着を覚えます。
初リーダー作となると、「大物ぶり」を発揮したくなり「ぶりっ子」で終わるミュージシャンが多い中で、ジョンソンは等身大の自分を本作に叩き込んでいます。
その内容は確かに先に引用した小冊子通りですが、それに肩肘貼らずに向かっているジョンソンに惚れながら聴き通しました。
今日の1枚は、Rudolph Johnson の Spring Rain、Black Jazz原盤、1971年の録音です。
この箱モノを購入した時は、2度目のマレーシア駐在の時でした。だだっ広いリヴィングで、束の間用に購入したKEFのスピーカーとフランス製のCDレシーバーで、この箱モノを聴いていました。20枚を一通り聴いて、このレーベルの特徴に感じ入りながらも、2度目に聴くことはなかったと記憶しています。ペナン島のアパートメントで聴くには似合わない内容だったのかなと無理あることを考えながらも、29,800円には後悔はしませんでした。