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22度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 7月29日(水)06時58分55秒
  19591124-04
I'll Wait And Pray (alternate take) (Jerry Valentine & George Treadwell)
(3分27秒)




【この曲、この演奏】
続けてこの珍しい曲を演奏しています。資料09によれば、作者の一人の George Treadwell は、かつてのサラ・ヴォーンの旦那さんとのことです。ただしそれ以上の情報は、各資料やネットから得られませんでした。
演奏時間も構成も前テイクとほぼ同じですが、コルトレーンがテーマ演奏で違う試みをしています。しかしながら前テイクの方がベターとの判断で、本テイクは1975年に「Alternate Takes」として世に出ました。



【エピソード、ウィントン・ケリー】
アトランティックでのコルトレーンが選んだピアニストは、シダー・ウォルトン、トミー・フラナガンに続くのがウィントン・ケリーだった。
資料06によれば、コルトレーンとケリーの共演歴は21回あるが、コルトレーンのリーダー・セッションとなると、スタジオ録音ではこの日と12月2日だけである。この年にバードランドでのライブでも共演しているが、音源を含めて詳しい情報は残っていない。
その他の18回は、マイルス・バンドが16回となる。3回はスタジオ録音であり、「Kind Of Blue 」と「My Prince Will Come」という名盤で世に出ている。残りの15回はライブであり、1960年のマイルス・バンド欧州ツアーがその中心となり、非公式盤としていくつかの音源は世に出ている。
さて残り2回は、スタジオ録音である。1957年のBNでのグリフィンのリーダー・セッション、そして1959年のキャノンボール・アダレイのシカゴでの録音であ理、どちらも人気作品として今日でもジャズファンに愛されている。
 

26度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 7月28日(火)07時30分33秒
  19591124-03
I'll Wait And Pray (Jerry Valentine & George Treadwell)
(3分34秒)



【この曲、この演奏】
この曲を検索しますと、ここでの演奏と、アート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズの1990年に製作したアルバム「One For All」がヒットします。資料14には掲載されておらず、知る人ぞ知る曲なのでしょう。作者の Jerry Valentine はジャズ・トロンボーン奏者、George Treadwell は ジャズ・トランペッターが、検索でヒットしました。
コルトレーンのこの曲の演奏記録は、このセッションだけです。
さて演奏ですが、美しいバラッド、いくつもの場面が目の前に広がるバラッド、この曲をコルトレーンは曲の持つ表情の内面を映し出しような演奏をしています。コルトレーンのバラッド演奏の凄みに接することができる演奏となっています。



【エピソード、本セッション】
本セッションは、コルトレーンのアトランティックでの5度目のセッションであり、12月2日にも同一メンバーで録音を行っている。このセッションから7曲がアルバム「コルトレーン・ジャズ」に収録され、1曲が「ジャイアント・ステップス」に収録された。
冒頭に録音されたコルトレーン作の2曲「Fifth House」と「Some Other Blues」は、資料07によれば「Tapes are missing and presumed lost」と記載されている。この2曲は12月2日のセッションでも演奏され、そちらは「コルトレーン・ジャズ」に収録された。
 

25度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 7月27日(月)06時25分48秒
  19590505-09
Cousin Mary (alternate take) (John Coltrane)
(5分46秒)



【この曲、この演奏】
鮮烈な「いとこのメアリー」を演奏した後に、その勢いで更に濃い演奏が出来ると考えたのか、もう一度この曲を演奏しています。
その内容ですが、前の演奏を超えているとは言えませんが、決して劣る点はなく、こちらにアグレッシブさを多く感じるものもあります。
資料09ではこちらか本テイクとされなかった理由を、チェンバースのベースのミスとして、テーマ部とベース・ソロ部をあげていますが、私には分かりませんでした。




【エピソード、アルバム ジャイアント・ステップスの評判】
「ジャイアント・ステップス」は多くのレコード批評家の注目の的となったが、その全てが好意的であったわけではない。サイドマンとしてのコルトレーンは常に物議の種となっていたが、リーダーとしても各方面からの批評の的となりつつあった。一部の批評家や、影響力をもった愛好家がコルトレーンに示した熱狂的な支持は、その後のコルトレーンのキャリアに大きな力を与えた。
ニューヨーカー誌のホイットニー・ヴァリエットによる批評。
たとえば、人生の醜悪さえ、美に変貌し得るという驚くべき発見・・・それこそ、コルトレーンの挑戦を受けて立った人たちが、彼の演奏を聴き終えたときに経験するものである。
ミネアポリス・サンデー・トリビューン誌のチャールズ・ハンナによる批評
コルトレーンの音楽はずっと以前から注目に値するものを持っていたが彼自身を表現するのにふさわしい道を見つけたのはごく最近になってからだ。彼はあらゆる可能な音をその構成から絞り出しては、一つのコードを五通りにも演奏するのだ。優れたリズム感ときわめて感動的な音を駆使して、臨床的なサウンドに陥る危険を避けている・・・コルトレーンはついに自分の進むべき道を発見したのだ。
(全て資料01より)
 

24度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 7月26日(日)07時19分51秒
  さてジュリーさんの「イス ジャケ」作品。
1月は「1月も私には6月」、これは1934年の映画「我が胸は高鳴る」の主題歌で、ビング・グロスビーが歌ってヒットした曲です。1月でも恋に落ちている私には春の6月の気分、そんなこの歌をジュリーさんは、嬉しさいっぱいの乙女心で歌っております。
3月は「哀愁の3月」、これはハーマン・サウンダースとドリー・ランドンの手による、寂しいもの同士の寄り添う心の曲です。やがてまた恋に出会う予感を、ジュリーさんはしっとりと歌っています。
7月は「7月のそりすべり」、1944年の映画「ベル・オブ・ザ・ユーコン」でダイナ・ショアが歌っていた曲で、素敵なロマンスなんて見せかけだけのものだった、との気持ちの曲です。蜃気楼のようだった恋をジュリーさんは、自分を落ち着かせるように歌っております。
10月は「今年の10月」、珍しい曲ですが、恋した10月は私は月にいる、といった内容の曲です。男性コーラスとの掛け合いを交えながらジュリーさんは、低音を効果的に使いながら、そして気持ちを落ち着かせながら歌っており、しかし恋の嬉しさが随所に漂う気分にさせています。
「イス月」の4曲を今回はつまみ食いしましたが、この作品にはセミヌードのジュリーさんの写真による「13月」という曲もあります。恐らくはこのアルバムのために用意された曲なのですが、素敵な恋の思い出にもう一度、との願いを、ジュリーさんは揺れる気持ちで歌っております。
以上の曲紹介は、私が持っている1990年国内盤CDの青木啓氏による封入解説からの引用でした。
 

24度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 7月25日(土)07時00分42秒
  その前に、この作品が録音された1956年5月2日(水)の新聞を見てみましょう。
先ずはトップ記事。
日経「国会の運営正常に復す、特別委に差戻し、小選挙区法案、長老会議で話合つく」

読売「国会運営やっと正常化、選挙委で審議続行、一切の決議案を撤回」

朝日「今国会は不成立か、小選挙区法案、自民党 一部に妥協案も」

戦前には小選挙区制がありましたが、戦後の衆議院で小選挙区制となったのは、1994年に小選挙区比例代表並立制が導入されてからです。1996年の衆院選から実施され、これまで6回の小選挙区制での総選挙で2回の政権交代がありました。



ではこの5月2日の新聞から少しばかり紹介します。
・1面下に「和歌山県に有田市」との小さな見出し記事があります。有田郡有田町が市政施行で有田市になったことを伝えています。この時点の人口は30,382人、2020年5月1日時点の推計人口は26,129人です。
・7面下に「ベル・カレールウ」の小さな広告があります。姉妹品に「ベル・スープルウ」「ベル・トマトルウ」があり、またニッポン放送の「お母さんと童謡」を提供していることを宣伝しています。この広告から64年、私はとっくに消えた会社だと思いましたが、今でも大阪で元気に活動している会社です。1969年にベル食品工業と会社化し、恐らくは業務用と思われる、多種類のカレーソースを販売しています。
・TV欄 日テレ 19:30から「キス夫とミー子」という番組があります。調べたところこの番組はコメディー・ドラマで、1956年3月から8月まで21回放送されたとのことです。番組名の由来は、提供スポンサーがキスミー化粧品だからとのことです。
 

23度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 7月24日(金)07時32分14秒
  「今日の1枚からつまみ食い」、今回のテーマは「イス ジャケ」です。


「イス ジャケ」作品の40枚目は、Julie London の Calendar Girl、1956年5月2日の録音です。(日は決め打ち)
12枚のジュリーさんの写真が並ぶジャケです。LPなら見開き、CDなら両面に各六ヶ月の写真が掲載されています。その中でイス写真は1月、3月、7月、10月の四ヶ月となります。どれもジュリーさんのお綺麗な御足を強調すべく、イスが小道具として活躍しております。
2003年1月2日に本作を「今日の1枚」で取り上げた際に私は、「4月の思い出」と「9月の雨」についてコメントしておりました。今回のつまみ食いでは、イス写真の四曲で感じたことを書きたいと思います。
 

24度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 7月23日(木)07時25分34秒
  さて三人組さんの「イス ジャケ」作品。
この作品はベースを中心に聴くべきと、今回のつまみ食いで感じました。メロディはベースが担当している、そう思って聴き進めると、ピアノにも魅力を感じてきます。
ボサノバの名曲「How Insensitive」での緊張感、これはなかなかの聴き所でした。
私は本作がトリオの共同名義作品であることの意味を、15年経ってようやく理解しました。
 

26度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 7月22日(水)07時23分40秒
  その前に、この作品が録音された2002年8月8日(木)の新聞を見てみましょう。
先ずはトップ記事。
日経「進ちょく率で 継続判断、民営化委検討、50%未満は原則凍結」

読売「防犯ビデオ 男浮かぶ、世田谷の一家殺害、血洗い再び現場へ」
安全メルトダウン、とのシリーズでのものです。2000年12月30日に発生した世田谷一家殺害事件、警視庁による事件の正式名称は「上祖師谷三丁目一家4人強盗殺人事件」は、多くの証拠がありながら、未だに解決されていません。

朝日「一般有料道路も有料継続、値下げは検討、高速道と収支一体、民営化推進委合意」
小泉内閣の聖域なき構造改革の中で道路四公団の民営化が挙げられ、2002年に道路関係四公団民営化推進委員会が設置され、2005年に民営化されました。



ではこの8月8日の新聞から少しばかり紹介します。
・11面企業総合面に「エアコン相互供給へ、三菱重工 大型住宅用を販売、三菱電機 業務用補完めざす」との見出し記事があります。三菱のエアコンなのに、ビーバーと霧ヶ峰の二つのブランドがあります。今でもこの二社は、エアコン・ETCシステム・加湿器で競合相手となっています。
・2面総合・政治面下の文藝春秋の広告は、第127回直木賞となった「生きる/乙川優三郎」を宣伝しています。乙川氏は今でも活躍している作家で、私は愛読しているオール読物でその作品に触れています。
・TV欄 この日は高校野球の開会日で、開会式に続いて、中部商 対 帝京、日本文理 対 海星、智弁学園 対 拓大紅陵の三試合が放送されています。この大会では明徳義塾が優勝しました。この日に登場した六校の中では、帝京が準決勝まで進みました。
 

24度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 7月21日(火)06時48分59秒
  「今日の1枚からつまみ食い」、今回のテーマは「イス ジャケ」です。


「イス ジャケ」作品の39枚目は、Muller - Kramis - Baschnagel の、Nautilus Ⅱ、2002年8月8日の録音です。
夕暮れの室内に円形の食卓と四脚の背もたれ椅子、ベランダには籐の椅子、まさにイスジャケなのですが、物足りなすぎます。人なり動物なり絵なり、アクセントになるものが何もないジャケットです。
Gregor Muller(p)、Herbert Kramis(b)、そしてPius Baschmagel(d)の三人組の作品を「今日の1枚」で取り上げたのは、2005年2月2日のことでした。そこで私は「ジャケット同様に何を主張したいかを、掴めないままで終わった作品」と酷評しました。
今回のつまみ食いでは、何か良いところを見つけたいです。
 

25度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 7月20日(月)07時09分42秒
  さてコニーさんの「イス ジャケ」作品。
歌声の魅力はどんな楽器でもかなわない、かつてこんなことを聞いたことがあります。この場合は、歌唱力があるのは当然のことですが、声質自体に魅力があり、それを生かしての表現力がある、ここまで揃っていることが必要です。
私にとってのコニーさんは、まさにこれが当てはまります。2001年1月24日に「今日の1枚」で取り上げた際には「低音の色気が何とも言えなくセクシーで、人生の辛さと楽しさを早くも悟ったような表現力」と感想を述べましたが、それから20年近く経った今でも、この感想は同じであります。
そんな彼女が、味のあるギター入りクインテットをバックにスタンダードを歌っているのですから、私にとって本作はかけがえのないの存在です。
その中での「Some Cats Know」ですが、55歳のペギー・リーさんの歌と聴き比べしてみました。猫にいろんな意味合いを持たせている歌だと思いますし、軽くブルージーなこの曲はなかなかのものです。そんな歌をペギーさんもコニーさんも、表現力豊かに独自の世界で歌っています。庭にいる猫の仕草が、両者の歌で異なって頭に浮かぶところは、巧者のお二人だなと唸った次第です。
 

22度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 7月19日(日)07時21分35秒
  その前に、この作品が録音された1999年1月3日(日)の新聞を見てみましょう。
先ずはトップ記事。
日経「個人向共同店舗、住友信託・大和証券、金融異業態の提携加速、株・預金 1カ所で、99年度に10店」
この計画は実現し、今では三井住友信託と大和証券との提携になっています。

読売「市場と国家 妥協点探ろう」
2000年を読む、とのシリーズの第1回目は、ジョージ・ソロス氏へのインタビューです。ソロス氏は「ハンガリーブダペスト生まれのハンガリー系ユダヤ人の投資家、慈善家」であり、「イングランド銀行を潰した男」との異名を持っています。(ウィキペディア)

朝日「消費者金融に別人登録、全国で100万件超? 業界調べ、不良貸し付け 数千億円規模」


ではこの1月3日の新聞から少しばかり紹介します。
・1面に「有終の美 日本一、横浜フリューゲルス、全日本サッカー」との見出しがあり、3面のコラム「人」では選手会長の前田浩二さんが、27面のスポーツ面では清水エスパルスとの決勝の模様が伝えられ、そして30面社会面には「横浜フ、土壇場の頂点、夢は終わらない、サポーター 存続へパスつなぐ」との見出し記事があります。
私は1993年のJリーグスター時ににわかサッカー・ファンとなり、地元フリューゲルスのファンとなりました。しかしながら出資会社の佐藤工業と全日空の経営不振により、横浜マリノスに吸収合併となり、このお正月の天皇杯決勝戦が最後の試合となりました。
・13面経済面に「HOT LAVA SALE」「BARNEYS   NEW TORK」と書かれた全て英語の広告があり、新宿と横浜店でのセールを宣伝しています。横浜店は今でもマリンタワーの近くにあり、高級感を前面に出したお店です。それにしても、全て英語の広告とは、恐れ入りました。
・TV欄 NHK教育テレビは40周年とのことで、「ETV40周年」と名付けた番組が5つありました。
 

19度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 7月18日(土)07時52分50秒
  「今日の1枚からつまみ食い」、今回のテーマは「イス ジャケ」です。


「イス ジャケ」作品の38枚目は、Connie Evingson の Some Cats Know、1999年1月3日の録音です。(年月日は決めうち)
アルバム名にもなっている「Some Cats Know」ですが、Jerry Leiber と Mike Stoller が作った曲です。このコンビは、1950年代に「ハウンドドッグ」などヒット曲を連発しました。「Some Cats Know」が作られた時期は分かりませんでしたが、ジャズ分野ではペギー・リーが1975年に制作した「Mirrors」というアルバムに収録されているようです。
この作品のジャケットでは、切られた部分には、庭用の簡単な食事がとれるテーブルが置いてあるのでしょう。そしてそこには当然ながら椅子があり、コニー・エヴィンソンさんはその椅子に膝を抱えて座っております。風が冷たくなってきた朝、昨夜のことを考えているような視線です。
私が渋谷ユニオンで本作を手に取ったのは、会議のためにマレーシアから一時帰国していた時期のことでした。廻り合わせで出会ったコニー・エヴィンソンさん、これまで5作品を「今日の1枚」で取り上げましたが、その端緒となった作品を今日はつまみ食いしてみます。
 

18度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 7月17日(金)06時46分29秒
  さてマレイさんの「イス ジャケ」作品。
私にとってこの作品は、ポール・ゴンザルベスの存在を意識した作品であり、この後にエリントン楽団のニューポートでのライブ盤(2000年3月21日)を買った思い出があります。
そのニューポートでのライブでのゴンザルベスの27コーラスのソロをベースにした「Paul Gonzalves」が冒頭に収録されており、「Lester」と「Ben」がそれに続きます。マレイが愛するサックス奏者に捧げたこの三曲が、様々なアイデアを盛り込んだアレンジによって、一層表情豊かになっていきます。この部分がビッグ・バンドの魅力なのでしょうし、私もそれを素直に楽しめるようになってきました。
本作品にマレイが書いた文章の一節を引用して、今回のつまみ食いを終えます。
「90年代にビッグ・バンドのアルバムをレコーディングすることは、ラップのコンサートでDJのかわりにアコースティック楽器のミュージシャンを使うようなものだ。なぜかビッグ・バンドのアルバムを作りたがらない風潮があるように思えるのだが、だからこそ作るべきと思った。私が音楽で言いたいことを最もパワフルに、かつ深く述べることができるからだ。それがファンの心に言いたいことを伝える一番の近道だと思うのだ」
 

18度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 7月16日(木)07時30分30秒
  その前に、この作品が録音された1991年3月5日(火)の新聞を見てみましょう。
先ずはトップ記事。
日経「今年のEC向自動車輸出、昨年以下に自粛要請、通産省、摩擦回避へ先手、各社の減産に拍車」

読売「ソ連、日ソ共同宣言再確認、北方領、2島返還基礎に、ゴ大統領、来日時に表明も、関係筋明かす、日本は4島譲らず」

朝日「緊急援助隊派遣も、湾岸復興支援、伝染病など対応、参院予算委、外相が見解示す」
日本は多額のお金を多国籍軍に出しましたが、汗は流さず、国際社会から冷たい目で見られました。私は「朝まで生テレビ」で討論者が、「仮に戦勝パーティがあり海部首相が呼ばれても手酌酒だ」と言っていたのが、印象に残っています。





ではこの3月5日の朝日新聞から少しばかり紹介します。
・8面経済面に「機体半分は日本製、米ボ社開発の最新鋭旅客機、お得意さんも日本?」との見出し記事があります。B777のことで、三菱重工・川崎重工・富士重工が開発から参加していました。一機130億円で、全日空はすでに25機を発注しているとのことです。
・3面総合面下には文藝春秋の広告があり、芥川賞は小川洋子「妊婦カレンダー」、直木賞は古川薫「漂泊者のアリア」と、伝えています。
・TV欄 NHK 20:00からは「歌謡パレード」で、「恋しい人に思いをはせる歌」とのお題で、五木ひろしと小林幸子よりも前に、織井茂子がクレジットされています。この織井さん、私は知りませんでしたが、「君の名は」などの大ヒットがあるお方でした。
 

21度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 7月15日(水)06時23分45秒
  「今日の1枚からつまみ食い」、今回のテーマは「イス ジャケ」です。


「イス ジャケ」作品の37枚目は、David Murray Big Band、1991年3月5日の録音です。
私の中学時代の部屋には、1本のマイクの前でミック、キース、ロニーの三人がシャウトしているポスターを貼っていました。今日つまみ食いするマレイのビッグバンド作品のジャケを見て、何故だかそのポスターが頭に浮かびました。スツール一脚に、恰幅がよくなり始めているマレイと、このビッグバンドを指揮するブッチ・モーリスが腰をかけています。ロックもジャズも、生存競争が厳しいのでしょうか。
本作を「今日の1枚」で取り上げたのは、1999年11月19日のことでした。このサイトでマレイ特集を始めて、マレイのリーダー作としては49枚目に取り上げた作品でした。そこでの感想を見てみますと、ビッグバンド作品であることへの私の戸惑いがあるものでした。
それから20年以上経過し、少しはジャズが分かってきたかなと自惚れている今、この作品がどのように私の中で響くのか楽しみです。
 

22度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 7月14日(火)06時41分35秒
  さてマリアンさんの「イス ジャケ」作品。
今回この作品をつまみ食いして、改めて自分はこのCD2枚組が好きなんだなと、実感しました。多くの素敵なミュージシャンが、様々な編成でいろんなタイプの曲を披露しており、聴くたびにいろんな表情をみせてくれる作品です。
マリアンさんと、これまた大ベテランのジム・ホールのデュオで「Free Piece」という曲を演奏しています。3分弱の演奏ですが、全てが即興なのでしょう。そこには緊張と安堵が交錯しており、素敵な演奏となっています。この曲を演奏し終えた瞬間のマリアンさんが、イラストジャケの彼女なのでしょう。
巡り合わせで購入した本作品、名盤でもなく評判作でもありませんが、私にはホッとする愛すべき作品となっています。
 

20度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 7月13日(月)07時23分12秒
  その前に、この作品が録音された2003年3月22日(土)の新聞を見てみましょう。
先ずはトップ記事。
日経「米英地上軍が侵攻、首都へ向け北上、B52 大規模空爆へ、イラク軍 油井7ヶ所放火」

読売「米英軍、バグダッド向け進撃、イラク戦争、バスラ近郊を制圧、数百人投降、西部の飛行場占拠」

朝日「米英軍、3方向から挟撃、石油施設など占拠、首都南東で砲撃戦」
イラク戦争、或いは第二次湾岸戦争は、3月20日に始まりました。



ではこの3月22日の新聞から少しばかり紹介します。
・7面国際面の小さな記事で「猛毒リシン、パリで発見、テロ準備か」との見出しがあり、リヨン駅での発見とのことです。この年の11月には、アメリカでホワイトハウス宛の手紙からリシンが検出されました。
パリ同時多発テロ事件が発生したのは、これから12年後のことです。
・24面にコジマの全面広告があり、NECのノートPCが17万円、ソニーのが19万円と宣伝しています。
・TV欄 NHKをみますと、この日に開幕する春の高校野球と、イラク戦争が占めています。
 

25度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 7月12日(日)07時02分42秒
  「今日の1枚からつまみ食い」、今回のテーマは「イス ジャケ」です。


「イス ジャケ」作品の36枚目は、Marian McPartland の 85 Candles - Live In New York、2003年3月22日の録音です。(2度目のつまみ食いなので、録音日の翌日)
この小粋なイラストジャケ、私は気に入っています。このイラストを描いた Jeeun Lee という方の情報はネットで得られませんでしたが、主役のマリアンさんの演奏をよく知っている方なのでしょう。
「今日の1枚」では2006年4月27日に、そして「Summertime でつまみ食い」では2016年9月に本作を取り上げました。本作についての感想は、粗方そちらで書きました。今日はジャケの雰囲気を感じる演奏を、大勢のミュージシャンがマリアンの85歳を祝って集まったこのライブ盤から、感じ取りたいです。
 

26度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 7月11日(土)06時52分24秒
  昨日の1枚は、Wes Montgomery の In The Beginning。
やはり1枚目に収録されている、インディアナポリスにあるターフ・クラブでの1956年のライブ演奏が、本作品の中心でしょう。ただしウエスはあくまでバンドの一員なので、サックスが主役の演奏曲もあれば、歌入もありますが、それでもウエスのストレートな思いを感じられる、瑞々しいウエスのギターを楽しめるものです。
封入解説のビル・ミルコウスキの文には、「録音当時のウエスにはすでに溢れるようなイマジネーションと技量が備わっていることが歴然と判る。しかし、専売特許であるソロ・スタイル、つまりシングルノートのコーラスからオクターブ奏法へ、そしてコードで締めくくるオーケストラ的展開が確立されていないことが判る」とあります。
そんな時期のウエスだからこそ、ハードバップの熱気をこめた演奏となっているのでしょう。
またセヴ・フェルドマンの文章には、「ウエスが後年、英国人ジャーナリスト、ヴァレリー・ウィルマーに語っているように、この当時こそが彼の演奏の絶頂期である」とあります。
どの時期が絶頂期なのかは別にして、この時期のウエスの演奏は素敵な要素が詰まっている時期だと、この作品を聴いて感じ入った次第です。
 

24度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 7月10日(金)06時57分54秒
  今日の1枚は、Wes Montgomery の In The Beginning、Resonance原盤、1956年8月の録音です。
1959年にリバーサイドと契約して世に出てからのギター奏者ウエス・モンゴメリーは、ジャズ・ファン誰もが知る存在です。そんな時代のウエスの作品群の中には、私がまだ耳にしたことのない作品が何枚もあります。
私の最後の海外駐在となるのであろう二度目のマレーシア駐在から帰任して、かなり時間を有効に使えるようになっていた2014年に、今日取り上げるウエスの未発表録音CD2枚組が発売されました。私には Verve や A&M のウェスの諸作を買うのが先だろうとも考えながら、この未発表CD2枚組は入手すべきとの強烈な予感を感じたのでした。その前に世に出ていた未発表作品「Echoes Of Indiana Avenue」すら買っていないのに、自分の嗅覚を信じて本作品を購入したのでした。
1959年にリバーサイドから世に出る前のウエスは、地元インディアナポリスで兄弟たちと演奏活動を行なっていました。本作品の1枚目には1956年のインディアナポリスのクラブでの8月と11月の演奏、更には9月の妹宅での演奏が収録されています。2枚目には、1958年のインディアナポリスでの演奏、1955年のNYのコロンビア・スタジオでの録音、1957年のシカゴでのライブ、そして1949年のSP盤で世に出た演奏が収録されています。
結構厚い解説が封入されているのですが、そこにある本作のプロデューサーのセヴ・フェルドマンの発掘過程の記述が、興味深いものでした。始まりはセヴが「Echoes Of Indiana Avenue」を制作していた2011年に、ウエスの子息であり遺産管理団体代表のロバートからの電話を受けたところから始まります。それはウエスの弟が保管していたテープの件であり、これをアルバム化する過程でケニー・ワシントンからコロンビア録音の情報を得て、さらには1949年のSP盤の存在を知る場面まで続きます。このSP盤は超がいくつもつくマイナー・レーベルのスパイア・レコードから1949年にひっそりと世に出ていたもので、アメリカ議会図書館にすら所蔵されていないものです。この音源を入手する過程は、インターネットの世でなければ実現しないものでした。
さて、聴いてみます。




昨日の1枚は、Paul Gonsalves の Boom-Jackie - Boom - Chick。
ホンワカにブロウするテナー・サックスの音色に、ゴンザルヴェスの人間性を感じます。彼にとってお気に入りのヨーロッパでの生活は、この作品にゴンザルヴェスの音楽人生を強くぶつける背景になったのでしょう。
またいろんなタイプの曲を取り上げていることが、この作品を愛されるものにしているのでしょう。スタンダード「I Should Care」でのゴンザルヴェスの存在感は、なかなかのものでした。
そして続けて演奏しているのは、コルトレーン作の「Village Blues」ですが、サックスが2本入っています。まさかオーバーダブなのかと思いましたが、Wikipediaを見ますとジャック・シャープというテナー・サックス奏者が参加しているとあります。またCD裏ジャケに忠実に再現されているライナー・ノーツを、あまりにも小さな文字に悪戦しながら読みますと、パット・スミスがこの曲にはもう一本サックスをと提案し、スタジオにいた人間が演奏できるとのことで、誰も名前を知らない人に演奏させたとあります。そしてそれが良かったのか、彼にもう1曲演奏させたとのことです。
 

24度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 7月 9日(木)07時05分48秒
  今日の1枚は、Paul Gonsalves の Boom-Jackie - Boom - Chick、Vocation原盤、1963年2月の録音です。
「これぞ、ヨーロッパ・ジャズの最高級の幻盤!」と帯に書かれているCDを私が購入したのは、2007年のことでした。この時点では欧州ジャズブームは峠を過ぎた感もありましたが、オリジナル盤市場では高値で取引されていました。ポール・ゴンザルヴェスの欧州第一作の本作は、六桁超えは当たり前で、私が目にした限りでは大卒初任給も超えて、オリジナル盤市場で取引されていました。
共演者は英国のピアノトリオです。ピアノのパット・スミスは、ディジー・リースとの共演で知られており、1970年代までロンドンのクラブで活動していた方です。ベースのケニー・ナッパーは、ロニー・スコット・ジャズ・クラブのハウス・ベーシストだった方で、堅実な活動を行っていた方です。ドラムのロニー・スティーヴンソンもロニー・スコット・ジャズ・クラブで活動していたことがあり、また1960年代のイギリスではミュージシャンから信用が厚いドラマーでした。
そんな英国三人衆とゴンザルヴェスが組んだ本作、録音は何故だかスイスで行われました。



昨日の1枚は、Mingus Dynasty の Chair In The Sky。
ミンガス・バンドが持っていたスリル感とドラマ性の魅力は、そのアレンジが重要な要素の一つでしたが、このミンガス・ダイナスティの演奏からもその魅力が発揮されています。1曲を除き、サイ・ジョンソンのアレンジです。
1970年台のミンガス・バンドでアレンジに関わっていたサイ・ジョンソン、そして演奏家たちによって、力強く聴きごたえある作品に仕上がっています。
 

26度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 7月 8日(水)08時02分53秒
  今日の1枚は、Mingus Dynasty の Chair In The Sky、Elektra原盤、1979年7月の録音です。
今でも活動しているミンガス・ビッグ・バンドは、1988年に活動を始めているようです。その前身となったミンガス・ダイナスティはミンガスの死後すぐに結成され、その活動の発展形がミンガス・ビッグ・バンドとなり、ミンガス・ダイナスティは1995年まで活動していたようです。発表したアルバムは9枚ありますが、今日取り上げる作品がその最初のものです。「今日の1枚」ではその7枚目の作品を取り上げています(2017/11/8)。
ジミー・ネッパー(tb)にダニー・リッチモンド(d)、そしてドン・ピューレン(p)が参加しており、またベース奏者にはチャーリー・ヘイデンが加わっています。



昨日の1枚は、D.D.Jackson の Serenity Song。
ピアノトリオで演奏されているタイトル曲は、まさに晴朗な気分になるものです。うららかな気持ちで過ごせる時間、幸せな気分でした。続く曲は「Nocturne」ですが、こちらはヨーロッパの片田舎での夕暮れが似合うような演奏で、Sam Newsome のソプラノサックスが、遠い故郷での大切な時間を思い出す気分の演奏です。
各曲の色付けの変化が楽しめ、なかなかの作品でした。
 

26度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 7月 7日(火)07時44分41秒
  今日の1枚は、D.D.Jackson の Serenity Song、Justin Time原盤、2005年12月の録音です。
Serenity とは私には馴染みが薄い英単語ですが、落ち着き、晴朗、殿下との意味です。この言葉のタイトル曲を筆頭に全11曲がD.D.Jackson 作、ピアノ・トリオを中心に、ソプラノサックスの Sam Newsome などが曲ごとに加わっている作品です。
私が「今日の1枚」を六年間休んでいた時期に発売され、購入した作品です。「今日の1枚」ではこれで D.D.Jackson 8枚目となります。



昨日の1枚は、Jack DeJohnette の Oneness。
小学校高学年か中学の国語の授業で、川端康成の随筆が取り上げられました。ホテルのラウンジでくつろいでいると、テーブルにあるグラスに光が差込み、その姿が徐々に変わっていく、とのような内容だったと思います。この記憶がどこまであっているかは別にしまして、グラスに差し込む光とその変化、その後の人生で何度も出会った場面では、この国語の授業を思い出します。
本作のジャケにはテーブルの上に水が入ったグラス、そして薄らと光、このジャケを見て、国語の授業を思い出しました。そして演奏も、常に変化していく日常の光景を四人の意思疎通の妙で、美しく、時には鬱然の様子を描きながら続いていきます。
このワンネスはグループと言えるような活動は見当たらず、本作だけだったかもしれません。数多くあるディジョネットの作品の中で本作は、これはお勧めですよ、というようなものではありませんが、聴いたら聴いたで損はしない作品です。
 

23度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 7月 6日(月)07時14分30秒
  今日の1枚は、Jack DeJohnette の Oneness、ECM原盤、1997年1月の録音です。
常に新しい扉を開けようとするジャズマン、ジャック・ディジョネットもそんな一人でしょう。そんな彼の活動の中で、1970年第終わりから1980年台のスペシャル・エディションでの諸作は、この時期にジャズの新譜コーナーをウォッチしていた方には忘れられない存在でしょう。
そんなディジョネットが1997年に新たなグループを模索し、ワンネスというグループを作ったのです。盟友マイケル・ケインのピアノ、そしてギターにジェローム・ハリス、パーカッションにドン・アライアンスがそのメンバーであります。
今日取り上げるのは、そのグループ名をタイトルにした作品です。



昨日の1枚は、John Coltrane の Bahia、Prestige原盤、1958年1月の録音です。
コルトレーンのスリルとスピードの中で探究を深めていく演奏の「Bahia」、このテイラーのドラムとの一騎打ちの様子が、遅きにとはいえ1960年代に世に出たことに、本作品の存在価値があります。その意味では続く「Goldsboro Express」も、同様と言えるでしょう。
こんなA面を聴いた後に、B面での陽気さと物柔らかさはギャプがあるものですが、LPレコードならば別物と考えて聴き分けることができます。
世の中にはこの辺りのコルトレーンの作品を毛嫌いする向きもあり、その気持にも肯けますが、録音の背景とA面とB面の聴き分けを意識すれば、本作品は趣があるものと感じるはずです。
 

26度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 7月 5日(日)07時12分30秒
  今日の1枚は、John Coltrane の Bahia、Prestige原盤、1958年1月の録音です。
本アルバムも、ウイルバー・ハーデン入りの1958年7月11日のセッションと、ハバード入りの1958年12月26日のセッションから構成されています。
全八曲が演奏された前者からは「I'm A Dreamer Aren't We All」と「My Ideal」、全六曲の後者からは「Something I Dreamed Last Night」「Bahia」「Goldsboro Express」の三曲が収録されています。
本作品は、ソプラノ・サックスのコルトレーンの姿が誰もが知る存在となっていた、1965年5月に世に出ました。
(発売日はウィキペディアからの情報です)




昨日の1枚は、John Coltrane の Stardust。
A面頭の「Stardust」とB面最後の「Then I'll Be Tired Of You」、この二つのバラッド演奏が、この曲配置ですと輝く存在となります。またハーデンとハバードの色合いの違いも楽しめ、ガーランドの持ち味も最大限に発揮され、暖かい部屋でコーヒをすすりながら過ごす午後のひと時のような落ち着いた気分になります。そのコーヒーにはコーヒーフレッシュではなく、昔ながらの生クリームが軽く注がれており、より一層にコーヒー自体の味を引き立ている感じです。
恐らくはこの両セッションはコルトレーンの意向ではなく、プレスティッジが企画したものでしょう。そんな中にあってコルトレーンはメンバーに合わせながら自己主張もしっかりと行い、結果として聴き心地の良い作品となりました。
 

21度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 7月 4日(土)06時58分26秒
  今日の1枚は、John Coltrane の Stardust、Prestige原盤、1958年1月の録音です。
この1963年9月頃に発売されたアルバムが好きだという方も、多くいるかと思います。ウイルバー・ハーデン参加の1958年7月11日から「Stardust」と「Love Thy Neighbor」、ハバード入りの同年12月26日から「Then I'll Be Tired Of You」、そのセッションからハバードが抜けて「Time After Time」、合計四曲が収録されている作品です。
バラッドのコルトレーンを楽しめる作品です。
(発売日はウィキペディアからの情報です)



昨日の1枚は、John Coltrane の The Believer。
このメンバーで、この時期のコルトレーンですから、質の落ちた演奏があろうはずがありません。しかし、アルバムの華になる演奏曲がないというのが、大方の意見でしょう。それでも、ハバードの演奏も楽しめる「Do I Love You Because You Are Beautiful ?」での憂感は聴き所、楽しめる作品です。
 

25度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 7月 3日(金)07時34分20秒
  今日の1枚は、John Coltrane の The Believer、Prestige原盤、1958年1月の録音です。
1964年4月に世に出た本作品には、1958年1月10日のセッションから二曲、1958年12月26日のセッションから一曲が収録されています。発売された時期からして、収録時間が30分ということからも、発売当時のコルトレーン人気の高さからの発売なのは確かでしょう。
そうは言ってもコルトレーンの演奏、1月のセッションはドナルド・バード、12月のセッションにはフレディ・ハバードが参加しており、その違いを楽しみながら聴くのも一興でしょう。またどちらにもガーランドが参加していることから、コルトレーンとガーランドの共演最後の年を感じるのも面白いことでしょう。
(発売日はウィキペディアからの情報です)



昨日の1枚は、John Coltrane の Standard Coltrane。
今まで研鑽を積んできた仲間たちと、コルトレーンはその気心知れた雰囲気を壊すような演奏は一切せずに、素敵な曲を楽しく演奏している作品です。ウィルバー・ハーデンの存在も、この雰囲気の一つの要因でしょう。コルトレーンとハーデンのかつての結びつきは分かりませんが、ハーデンの彼なりの演奏を埋れさせることが無いように、コルトレーンは演奏しいます。
聴く側はしっかりと作品に対峙してとの力の入れようは捨てて、スコッチでも舐めながら気楽に本作を聴くことをお勧めします。そうするとコルトレーンの歌心の魔力に、取り憑かれることでしょう。
 

22度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 7月 2日(木)06時48分56秒
  今日の1枚は、John Coltrane の Standard Coltrane、Prestige原盤、1958年5月の録音です。
プレスティッジでの契約を果たすためにコルトレーンは、1958年7月11日と12月26日に吹き込みを行いました。どちらもトランペット奏者とのクインテットでの演奏で、ガーランドが引っ張り出してきた曲を中心に、14曲を吹き込みました。
1958年7月11日のセッションはウィルバー・ハーデンとの演奏で8曲演奏し、この作品にはその中から4曲が収録されています。
1962年10月に発売された作品です。
(発売日はウィキペディアからの情報です)



昨日の1枚は、John Coltrane の Black Pearls。
このままで自分は音楽でまた辛い目にまた会うかもしれない、常に高い理想を追い求めたい、でも周りへの感謝は忘れてはならない、そんなことをコルトレーンは思っていたのでは。
そのような思いがメンバーとの温度差をより強くしてしまったこの作品での演奏、成長していく人間が誰もが通って行く道のように感じました。
抽象的な感想なのですが、涙を浮かべながら演奏しているコルトレーンの姿を、私はみたような気がします。
 

25度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 7月 1日(水)07時02分51秒
  今日の1枚は、John Coltrane の Black Pearls、Prestige原盤、1958年5月の録音です。
ネットでブラック・パールについてのページを見ましたら、それには「魔除、意志を高める、愛情運を高める」との効果があるそうです。
さてドナルド・バードが参加しての1958年5月23日のセッションですが、演奏内容は従来の通りのバード、ガーランド、チェンバース、テイラーに対して、コルトレーンは新たな模索を演奏にぶつけています。3曲が収録され、時間的にはアルバム1枚に足りるものです。しかし3曲ともに本アルバムが発売される1964年8月までお蔵入りでしたので、プレスティッジとしても内容に自信が持てなかったのでしょう。
しかしながらコルトレーンのプレスティッジでの演奏を録音順に聴いてみると、このセッションでのコルトレーンの姿に、成長過程における転換点を感じ、それはそれで貴重なものに思えます。
今日はアルバムとして、作品としてどうなのか、そこらを意識して聴いてみます。
(発売日はウィキペディアからの情報です)
 

24度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 6月30日(火)07時31分32秒
  19590505-08
Cousin Mary (John Coltrane)
(5分48秒)



【この曲、この演奏】
いとこのメアリーに捧げたこのブルースの初演であります。この後に何回もコルトレーンはこの曲を演奏していると思いきや、資料06には四回のライブ演奏の記録しかありません。その時期は1960年、1961年、1962年、1963年となっています。これからするにコルトレーンはこの曲をライブでのレパートリーにしようと思っていながら、なかなか定着しなかったようです。なお1963年の11月2日のライブ演奏は、後にパブロから発売されております。
この曲についてウィキペディアには、「マイルス・デイヴィスのアルバム・クッキン収録曲ブルース・バイ・ファイヴを改作したもの」とあります。
昔の友人知人の消息を聞くたびに、そんなに無茶走りするなよ、と感じることがあります。ただし人から言わせれば、私も子供の時から無茶走りすると感じていたようです。人のことはよく見える、だから一言いいたくなる、コルトレーンとメアリーのそんな心の会話がコルトレーンのソロ、そしてフラナガンのソロに表れているような演奏です。これはこの曲の背景を思いながらの想像です。資料09にある評論家のコメントは次の通りです。
終止感を弱めたハーモナイズはゴスペルを思わせる。コルトレーンのソロはミディアム・ファストのテンポにぴったり乗ったペンタトニックスを中心にした独得のフレージングのオンパレードで、むやみに音符の数を増やさずに見事なアーティキュレーションをみせつけ、実に自信に満ちている。



【エピソード、いとこのメアリー】
コルトレーンにはメアリーという名の従妹がいた。この少女は、彼が小学校に通っている頃に、両親に連れられてコルトレーンの家に引っ越してきた。コルトレーン家の三家族、合計八人が三つのベッドルームしかない家に同居していたのだ。みなが一つの家族として平和に暮らしていたが、幼い頃から物静かで内気なコルトレーンは、このとき以来自分の部屋を持つことが出来なくなったのである。
メアリーは生意気で陽気なおてんば娘で、あらゆる点でコルトレーンとは正反対であった。しかし、知識を身につけて立派な人間になろうという気持ちは、二人に共通していたし、小学校での成績はいずれもクラスでトップに近いものだった。
以上は資料01にあるものだが、そこにはメアリーに関して更に三つのエピソードが掲載されている。
一九四四年六月、コルトレーンはフィラデリフィアに居たが、高校を卒業した従妹のメアリーがフィラデルフィアに来て、コルトレーンと同居することになった。
コルトレーンがガレスピー・バンドにいた時に、バンドのメンバーをひっかきまわすマジードという変な男がいた。回教徒名をハーニファン・マジードといい、クリスチャン・ネームはチャールズ・グリーンリーであった。後にマジードはコルトレーンの従妹のメアリーと結婚して、そして離婚したのであった。
一九五一年初めにコルトレーンがガレスピー・バンドを辞してフィラデルフィアに戻ると、母親は従妹のメアリーのアパートに移っていた。さすがに手狭とのことで全員での引越しを決意し、フィラデルフィアのストロベリー・マンションズとよばれる地域に移転した。
 

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