投稿者
 メール
  題名
  内容 入力補助画像・ファイル<IMG> youtubeの<IFRAME>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ]


14度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年10月16日(水)07時37分33秒
  その前に、この作品が録音された1986年3月1日(土)の新聞を見てみましょう。
先ずはトップ記事。
日経「ココム規制順守へ指針、通産省、見本市への出品規制、来週中に通達、ハイテク流出防ぐ、違反企業は輸出禁止」
輸出規制逃れの手段として、国際見本市への出品として輸出する企業が、それなりの数いたようです。

読売「宮殿から物証発見、マルコス夫婦の海外隠し資産、NY市にビル所有、焼却書類一部が残る、夫人側近の名義で」
マルコス夫婦が米軍ヘリコプターで宮殿を脱出し、クラーク空軍基地からハワイへ向かったのは、この年の2月25日のことでした。
またこの海外隠し資産は日本分もこの後に報道されるようになり、幾つかの大企業の名前が挙がっていました。

朝日「東京の私大+下宿=親は悲鳴、仕送り年に150万円、総費用、自宅通学117万円、59年調査、学生も生活切り詰め」
ネット上には平成26年の調査、今から5年前、この記事から28年後の仕送り額がありますが、月11.2万円、年にすると134万円です。デフレ時代が続いているとはいえ、学生にとっては親元を離れて東京で学生生活を送るのは、より大変になっているようです。またこれは親御さんにとっても、同じことなのでしょう。




ではこの3月1日の朝日新聞から少しばかり紹介します。
・8面に「解散・新社で再出発、経営危機の三井アルミ」との記事があります。
-1 3月末に会社を解散、累積債務550億円を親会社グループ5社で処理
-2 4月に同じ商号の会社を設立、設備・営業の全てを引き継ぎ再出発
この手続きで三井アルミを身軽にするとの策です。しかしながら再出発も上手く行かずに、現在ではKMアルミニウムという会社に吸収されているようです。二度のオイルショックで「電力の缶詰」と言われたアルミ産業は、日本から姿を消していったのです。この記事はそんな流れの中の、一つの出来事です。
・6面は全面広告で「ひとがひとに還る場所、サントリーホール、10月12日開場」とのものです。開場後数ヶ月間のプログラムが掲載されてますが、カラヤンありアバドありで、それは豪華な内容です。
・TV欄 NHK教育 22:30からのYOUは「カメラを持てばカ・メ・ラ・マ・ン」との内容です。中高生に大ブームの写真、とのことです。このタイトルをそのまま受ければ、今は誰でもカメラマンでありますね。
カメラマンが写真家を指す使い方は日本独自ものです。また女性あってもカメラマンと呼んでいたとのことで、2000年に入ってからの職業名の見直し(看護婦から看護師など)の動きの中でも、カメラマンとの呼び方は対象にならなかったようです。
 

17度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年10月15日(火)07時03分54秒
  「今日の1枚からつまみ食い」、今回のテーマは「マイク ジャケ」です。


「マイク ジャケ」作品の32枚目は、Helen Merrill  の Music Makers、1986年3月1日の録音です。(年月はジャケ情報、日は決め打ち)
1980年代の中頃からジャズの新譜屋さんに、フランスのOwlというレーベルからの作品が並ぶようになりました。当時に新譜を追っていた方々に、注目を浴びていたレーベルでした。当時の私にとっては雲の上のジャズ好きの方々の話を聴きながら、私も何枚かOwlの作品に手を伸ばし、また「今日の1枚」でも計4枚のOwl作品を取り上げてきました。このヘレン・メリルさんの作品も、そんな1枚です。
ジャケに写るマイクは、ノイマンM149だと思います。しかし歌手のジャケで、歌手本人を登場させず、しかもブラインドをバックにマイクだけで構成するジャケには、怪しさを感じます。そう、このOwlというレーベルは怪しさが、人を惹きつける魅力だったのでしょう。
「今日の1枚」で本作を2005年9月11日に取り上げた際には、私は「やたら力強く歌っているが、悲しみが深くなるだけで、希望のかけらも感じさせないもの」と感想を述べながら、一方で「こんな世界から抜け出したいと思いながらも聴き入ってしまう不思議さ」とも述べました。まさにOwlの魔法にかかったかのような感想でした。
14年ぶりに本作を聴いてみます。
 

18度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年10月14日(月)07時41分57秒
  さてリタさんの「マイク ジャケ」作品。
この作品を聴くのは、3年前に「Falling In Love With Love」でつまみ食いして以来ですが、やはり愛聴盤ですので、聴き始めれば何度も聴いてしまいます。
そしてA面とB面との違いとの意識で聴いてみて、いかに自分がジャケのクレジットを読んでいないかが分かります。指揮者が違うのです。
A面はTom Dissevelt氏、この方はオランダの作曲家として活動した方で、リタさんの姉妹と結婚したようです。そして彼は後に、電子音楽とジャズの融合の先駆者として知られるようになったとこか。そんな彼の指揮するオケでのリタさんは、彼女の声の愛くるしさを上手く捉えています。
一方のB面では、Ian Corduwener氏がオケを指揮しています。この方に関する情報は得られませんでしたが、オランダの音楽界で堅実な仕事をされたのではと思います。それはB面でのリタさんの声の伸びやかさを活かすアレンジから、感じられます。
今回のつまみ食いでも、新たな発見がありました。
 

24度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年10月13日(日)07時57分33秒
  その前に、この作品が録音された1957年3月26日(火)の新聞を見てみましょう。
先ずはトップ記事。
日経「両条約に調印、欧州共同市場・ユーラトム、六ヶ国 年末までに批准」
仏・西独・伊・ベルギー・オランダ・ルクセンブルクが、調印した六ヶ国です。
1951年に欧州石炭鉄鋼共同体 (ECSC) 、1957年にこの欧州経済共同体 (EEC) 、そして1993年の欧州連合 (EU) となります。ただ欧州には、欧州経済領域 (EEA) や欧州共同体 (EC) があり、分かりにくい面があります。
ユーラトムは欧州原子力共同体であり、EU体制の今でも存在しています。

読売「原子力の国際協力、ランダース博士を囲んで(上)、公開こそ基礎、政治性ヌキの直接話し合いで」
ノルウェー・オランダ共同原子力研究所長のG.ランダース博士のことです。

朝日「きょう事実上回避、最低賃金の実力行使、勤務中の集会中止、総評、国鉄などへ指示」
1980年代までは、日本労働組合総評議会(通称 総評)が、労働組合中央組織で力を持っていました。太田薫さんが有名でした。




ではこの3月26日の日経新聞から少しばかり紹介します。
・8面に「マーケットという名の総合食料品店」との記事があります。各食料品店が一カ所に集まっての営業形態が出てきて、従来の「お店」からの変わり始めたとの記事です。
私が生まれ育った横浜の新興住宅街では、この記事から10年後にマーケットという名の屋根付き商店街が誕生しました。八百屋・中華料理・美容室、反対側に豆腐屋・肉屋・菓子屋・魚屋が同じ屋根の下で営業しており、私は母親の後をついて買い物に行っていた記憶がありまあす。それから5年後にはすぐ近くにスーパーマーケットと冠したお店が誕生し、双方で競い合っておりました。この住宅街は駅から徒歩10分でしたが、駅周辺の開発で大型店が登場し、徐々にこの二つの住宅街密着型マーケットはさびれて行きました。1980年代に入る前にスーパーマーケットと冠したお店は月極駐車場となり、屋根付き商店街は入れ替わりが激しくなり、更には空き店舗となり、最後には危険だからと屋根が撤去され、2000年代に入り事実上なくなりました。
・13面最終面に「謝 近火御見舞」との広告があります。新宿 中村屋のもので、「おかげ様にて被害もなく平常通り営業致します」と書かれています。中村屋の近くで火事があったがウチは大丈夫、御見舞ありがとうね、とのものなのでしょう。私は火事絡みの経験がなく、この近火という言葉に馴染みがありませんでしたが、「近火御見舞」とは今でもある習慣のようですね。
・TV欄 KRテレビ 12:40から「私の女性写真」との番組があり、松島進は出演しています。この番組の情報は、ネット上にありませんでした。また松島進氏の情報もネット上にないのですが、その著書はAmazonに出品があります。「女性撮影の実際 (1951年)」「女性美の写し方 (1951年) 」であり、この時代のポートレイト写真家として名のあった方なのでしょう。
 

23度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年10月12日(土)08時22分45秒
  「今日の1枚からつまみ食い」、今回のテーマは「マイク ジャケ」です。


「マイク ジャケ」作品の枚目は、Rita Reys の The Cool Voice of Rita Reys Vol.2、1957年3月26日の録音とします。(ネット情報日の翌日)
とにかく私はこのジャケが好きなのです。今ではオリジナル盤購入は控えておりますが、何かの出会いがあれば、気持ちが大きく傾くことでしょう。
ノイマンU47の機能美と存在感、そしてリタさんの美しさとオーラ、その中身は良いものです。2001年10月26日に「今日の1枚」で取り上げた際には、「A面はオーケストラ控え目。でもB面はフル活動」と、その特徴を述べました。2度目のつまみ食いとなる今回、A面とB面、どちらを気に入るのか、楽しみです。
 

19度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年10月11日(金)08時48分53秒
  19571213-01
Billie's Bounce (Charlie Parker)
(9分23秒)


【この曲、この演奏】
この曲はパーカーが1945年に書いた曲で、ビ・バップを代表する曲であります。資料14にはこの曲の代表的演奏として、パーカー以外では11人の奏者の演奏が掲載されています。そこにはこの曲を演奏して当然と思う方の他に、ユタ・ヒップやリー・コニッツ、そしてキース・ジャレットなどが含まれています。いろんなタイプの方に好まれた曲と言えます。
コルトレーンもガーランドも、この曲の演奏記録は本セッションだけです。(資料06,08)
テーマを演奏するこのクインテットは、本当にこの曲を楽しんでいる様子が伝わってくるもので、本セッションも好調に進むことを示しているものです。コルトレーンのソロには、技術に余裕も感じられるもの。続くバードは、元気溌剌。そしてガーランドはホーン二人が作った空気感をより一層膨らませる好演であります。飛び跳ねているジャズマン、素敵です。





【エピソード、本セッション】
4週間前と全く同様のメンバーでのセッション。本セッションでの5曲は、「ディグ・イット」と「ハイ・プレッシャー」という2枚のガーランド作品に収録されている。
資料06によると、コルトレーンはバードとともにガーランドのクインテットで、11月7日から20日まで演奏を行なっている。これはピーター・キープニュースの話をルイス・ポーターを通じて、資料06の編者が得た情報である。
マイルスやモンクとの共演で様々な面での向上を図ったこの時期のコルトレーンだが、このガーランドとの密な瞬間も、コルトレーンの音楽性の向上にとって重要なものだったと、私は感じる。それはこの二つのセッション(11/15,12/13)から発売されたガーランド名義の4つの作品の中に、感じ取れるものだ。
 

17度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年10月10日(木)07時39分57秒
  19571115-10
All Morning Long (Red Garland)
(20分20秒)


【この曲、この演奏】
ガーランド作のブルースで、コルトレーンもガーランドも、この曲の演奏記録は本セッションだけです。(資料06, 08)
さて演奏ですが、ストップタイムが効果的なコルトレーンとバードの伸びやかなソロに続いて、ガーランドの7分間ソロが展開されます。ベースにも聴かせどころを用意して、演奏時間は20分にもなります。熱演というより穏やかなおおらかな演奏です。
曲名は「午前中ずっと」との意味です。カーテン越しの陽射しの中で、うとうと気分で過ごす時間は気持ちが良いものです。そんな雰囲気を狙った演奏なのかとも思いました。その午前中が、どの時間帯なのかは別の話ですけど。



【エピソード、ガレスピーのコンボを退団】
ビッグバンド時代に続いてガレスピーのバンドに1951年初めに加わったジミー・ヒースとコルトレーンだが、ヒースは数週間で退団した。そしてコルトレーンも4月には、ガレスピーバンドを退団した。この退団の理由については、各資料に記述はない。(資料01)
コルトレーンはフィラデルフィアに戻り、更に練習と音楽の勉強に励んでいく。この退団理由を、私は次の通りに想像する。ガレスピーのビッグバンドとコンボでのコルトレーンの活動は、初めての一流バンドでの活動でもあった。一流の演奏家と長期間活動を共にし、自分に足りないことを、コルトレーンは感じたのではないか。またテナーへの持ち替えでも、思うところが多かったはずだ。人気者ガレスピーと行動を共にすれば経済的には安定するのだが、コルトレーンはガレスピー時代に気付いた自分の音楽家として必要なことを求めて、敢えて厳しい道を選んだのだと思う。
 

19度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年10月 9日(水)07時48分38秒
  19571115-09
Hallelujah (Youmans - Robin)
(6分31秒)


【この曲、この演奏】
「ハレルヤ」とは「主(ヤハ)をほめたたえよ」との意味とのことですが、簡単には理解できないものなのでしょう。
それにしてもガーランドは目立たない曲を、本セッションに用意したものです。資料09によればこのユーマンス作の曲は、ミュージカル「Hit The Deck」の中の1曲です。
コルトレーンもガーランドも、この曲の演奏記録は本セッションだけです。(資料06, 08)
さて演奏ですが、アップテンポを楽しむかのピアノ・ソロにテイラーのドラムが一緒に踊っているかの演奏です。続くコルトレーンは、2年後の大躍進を想像させる、熱のある演奏です。バードとテイラーもソロを披露して、速球演奏は終わります。



【エピソード、ガレスピーがコンボを結成、コルトレーンはテナーに変更】
ビッグバンドを解散したガレスピーは、1951年に入りすぐに、セプテットを編成した。そこにジミー・ヒースとコルトレーンを、ビッグバンドから引き続き雇っていた。そしてこのセプテットでコルトレーンは、テナー・サックスを吹くようになった。
コルトレーンはそれまでにも時々、他の奏者の都合でテナーの持ち替えをやっていた。そしてガレスピーは、コルトレーンのテナーをアルトと同様に好きであった。コルトレーンのアルトからテナーへの転換は、スムーズに行われた。(資料01)
また資料03によれば、ビッグバンド時代にコルトレーンはテナーの練習に励んでいたとのことだ。
ただこのテナーへの持ち替えに関するコルトレーンの気持ちについては、どの資料からも情報を得られなかった。
 

20度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年10月 8日(火)08時24分16秒
  19571115-08
Birks' Works (Dizzy Gillespie)
(7分34秒)


【この曲、この演奏】
ガレスピーの代表曲であり、ビ・バップの代表的な曲でもあります。
1951年作であり、この時期にガレスピーのコンボに在籍していたコルトレーンは何度もこの曲を演奏しており、資料06に記録されているだけでも1951年に4回の演奏があります。セプテットで2回、オクテットで2回演奏しており、その演奏は正式盤を含めて世に出ました。ガレスピーの元を離れてからのコルトレーンのこの曲の演奏記録は、本セッションだけです。(資料06)
ガーランドはこの年の初めに、ペッパーの「ミーツ・ザ・リズムセクション」でこの曲を演奏し、そして本セッションと、2回の演奏記録があります。(資料08)
さて演奏ですが、ビ・バップの曲の彩りを残しながらハード・バップの粘りを加えた演奏です。またコルトレーンにしてみれば、ガレスピーのバンドで繰り返しこの曲を演奏していた時期からの6年間を感じているような演奏です、と言うのは聴き手の勝手な妄想なのでしょうか。
聴きごたえある演奏です。



【エピソード、ガレスピーのビッグバンドの解散】
ガレスピーとコルトレーンが神秘の世界について話していると、ジェスが丁度良いタイミングで「飲みに行こうぜ、ジョン」と言い、上手にこの話に結論を出していた。
ジェスとコルトレーンはジョニ黒党であり、一口飲んでタバコを一本か二本吸い、またグラスに口をつける飲み方であった。
またもう練習に励むコルトレーンを悩ますのは、例の歯痛であった。でもそれもまだこの時期は、ジョニ黒をがぶ飲みすれば対処できていた。
ガレスピーのビッグバンドは、やはり経済的に苦労していた。楽旅の交通費の支払いだけでも大変であった。何しろ、ベイシーでさえ1950年に入ると、6人編成のコンボに縮小していたほどだった。
1950年のクリスマス・イヴにガレスピーはミュージシャンを集めて、その週が終わって新年になったら「これでお終いだ」と言い渡した。
 

18度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年10月 7日(月)07時46分53秒
  19571115-07
What Is There To Say (Duke - Harburg)
(5分57秒)


【この曲、この演奏】
バーノン・デュークの作品中、比較的地味な存在の曲ですが、ロリンズの上手い節回しとソニクラの見事なバッキングを聴かせるバラッド演奏が印象深い曲です。(資料14)
このスタンダードの演奏記録は、コルトレーンは本セッションだけ(資料06)でありますが、ガーランドは1961年にジャズランドのセッションでトリオ演奏でこの曲を取り上げています。
美しいバラッドを美しいガーランドのピアノが耕し、そこにコルトレーンとバードが魂を植え、そして最後にその魂をピアノが磨き上げる、そんなドラマを味わえる演奏です。



【エピソード、ガレスピーのビッグバンド時代の練習】
コルトレーンは楽旅中のほとんどを練習に充てていた。ホテルの部屋やバスの後部座席で練習に余念がなかった。リードを変え、マウスピースを調整し、指使いを変えるといったぐあいで、自分の頭の中には聴こえているが、現実にはまだ一度もサックスから出したことのない新しいサウンドを常に追求していた。
ジェス・パウエルはコルトレーンが四六時中サックスを手放さないのを不思議に思い、その理由を聞いてみた。
「納得できないからさ」
「何が納得できないんだ、君のアルトはすばらしい音を出しているじゃないか、ぼくにはいいサウンドだと思えるがね」
「君にはね。だが残念なことに君はぼくではない」
「そりゃそうだ。だが君だってバードじゃないぜ」
またある場面ではコルトレーンがジェスに、彼がホーキンスのようなすばらしい音を出すのが羨ましくて、聞いてみた。
「ジェス、どうやったら君みたいに大きな美しい音が出せるんだろうな」
「ドアのかげで練習するといいんだ」
ジェスのこの言葉を目を大きくして眉を吊り上げていたコルトレーンに、ジェスは続けて言った。
「サックスのベル部分をドアに向けて、その後ろに立ったままの姿勢で吹くんだ。そうすると、音が頭の方にはね返ってくるんだよ。だからサックスを吹きながら、自分が演奏している曲を聴くことができるというわけだ」
コルトレーンはあたりの響き渡る話声のような美しい音色を求めて、ジェスの助言に従い、練習を続けていた。
 

22度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年10月 6日(日)08時02分55秒
  19571115-06
Soul Junction (Red Garland)
(15分30秒)


【この曲、この演奏】
この日録音されたのは10曲で、リーダーであるガーランドのオリジナルは、本曲を入れて2つあります。資料09にはこの曲について、次のように書いてあります。
「スタジオに居合わせたボブ・ワインストックの注文に応じてガーランドが、フロイド・スミス(g)のフロイズ・ギター・ブルースの一節を題材にして書いた曲」とのことである。
コルトレーンとガーランドのこの曲の演奏記録は、本セッションだけです。(資料06, 08)
さて演奏ですが、ガーランド流のブルース感覚を味わえるものです。もともと曲らしきものがないので、ワインストックご要望のコード進行に沿って、ガーランドがブルースを表現していきます。資料09には「シングル・トーンとブロック・コードを巧みに使い分けるそのプレイにかかると、泥臭いブルースがモダンな洗練されたジャズ・ブルースに変わる」とあります。この洗練されたブルースが、ガーランドのブルース演奏の真髄と言えます。
長尺演奏の初めから半分以上がガーランドの独断場ですが、コルトレーンもバードもガーランドの世界を壊さぬように頑張っております。


【エピソード、宗教・哲学・精神など】
ガレスピーのビッグバンドの楽旅のバスの中で、コルトレーンはユセフ・ラティーフから手渡せれた東洋関係の何冊かのジョンを読んでいた。ユセフ自身は正統派回教徒で、東洋の哲学や音楽、宗教の影響を強く受けていた。コルトレーンと知り合ったユセフは、コルトレーンの内部に秘められた宗教と哲学への並々ならぬ関心を察知していたのだった。
またビル・バロンはヨガに関する本をコルトレーンに渡していた。
ガレスピーもコルトレーンと同様に好奇心に満ちた人間だったので、精神の運動における神秘の世界に関心を抱いていた。二人はこのような話題では話し込むことが多かった。(資料01)
 

25度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年10月 5日(土)08時32分8秒
  19571115-05
Undecided (Shavers - Robin)
(6分52秒)


【この曲、この演奏】
チャーリー・シェイヴァーズによる曲で、スイング時代の名曲です。カーティス・フラーの名盤での演奏でお馴染みです。
コルトレーンとガーランドのこの曲の演奏記録は、本セッションだけです。(資料06, 08)
さて演奏ですが、一体感の薄さを感じますが、そこはこの曲の口ずさめるメロディが助けています。ガーランド、コルトレーン、そしてバードもそこそこのソロですが、全体としてはアンサンブルの色合いをもっと出せば良いのにねと感じました。



【エピソード、ガレスピーのビッグバンドへ加入】
1949年にコルトレーンはガレスピーのビッグバンドに加入した。これはジミー・ヒースとに縁によるものであった。
テキサス出身の大男のテナー奏者ジェス・パウエルはガレスピーからビッグバンドへの誘いを受け、さらにガレスピーから誰と組みたいかを聞かれ、ジミー・ヒースの名を出した。そしてヒースはコルトレーンと一緒にオーディションに参加し、二人ともガレスピーに認められ、ビッグバンドに加入することになった。
この時期のガレスピーはパーカーと共にビ・バップを生み出していた。しかしそれはダンス用大編成バンドから、鑑賞用小編成コンボへ、ジャズ演奏の形態を変えた時期でもあった。そんな時期に敢えて大編成バンドを作ったガレスピーだが、リーダーとしての資質に抜きん出ていたガレスピーは、このバンドも2年間も維持したのであった。(資料01)
 

23度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年10月 4日(金)08時09分5秒
  19571115-04
I Got It Bad (And That Ain't Good)
(Ellington - Webster)
(6分16秒)


【この曲、この演奏】
この曲はエリントンの数あるバラッドの中でも、筆頭格にあるものでしょう。1941年のミュージカル「ジャンプ・フォー・ジョイ」の中の1曲で、ステージではエリントン楽団をバックにアイビー・アンダーソンが歌っておりました。(資料14)
エラやシナトラの歌唱でも有名ですが、モンクのエリントン集を思い浮かべる方も多いことでしょう。
この曲のコルトレーンの演奏記録は本セッションだけ(資料06)ですが、ガーランドはこの後も度々この曲を演奏しており、1980年にはルー・ドナルドソンとの厚生年金会館でのライブでこの曲を披露しており、正規ライブ盤として世に出ました。
さて演奏ですが、美しいバラッドを美しい輝きのピアノで演奏するガーランドにうっとりするものです。この曲ではガーランドの引き立て役に回っているコルトレーンとバードですが、この曲の特徴を捉えた短いソロを聴かせています。
多くの人に愛されているガーランドの姿がある演奏でしょう。



【エピソード、1948年、失業】
トランペット奏者のハワード・マギーが「アポロ劇場」に表看板として出演することになり、ビッグバンドのメンバー探しにフィラデルフィアに来て、ヒース兄弟バンドの演奏に接して、すぐにコルトレーンとジミー・ヒースをアルト奏者として雇いました。
「アポロ劇場」を打ち上げたマギー・バンドは、シカゴへ旅公演に出て、そして再びNYに戻りました。その際にマギーがビッグバンドを開戦し、セクステットに縮小して活動を続けました。マギーは「ジミーの方がうまいプレイヤーだったからさ」と、コルトレーンを雇い続けませんでした。
コルトレーンは失業となり、フィラデルフィアで臨時雇いの仕事をすることとなりました。しかしのその演奏場所はボーリング場よりも騒がしいバーであり、じっと耐えての演奏でした。ここでの演奏はミュージシャンとしてではなく、ただ食い扶持を稼ぐためのことでした。(資料01)
 

23度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年10月 3日(木)07時33分1秒
  19571115-03
Woody'n You (Dizzy Gillespie)
(6分51秒)


【この曲、この演奏】
ガレスピー作のビ・バップの名曲であり、コルトレーンはマイルスのマラソン・セッション後半でこの曲を演奏しています。コルトレーンにとってはプレスティッジでの2度目のこの曲の演奏であり、正式スタジオ録音としてはこの2回の演奏だけになります。これはガーランドも同様であります。
さて演奏ですが、クインテットが一丸となって疾走する姿は、聴いている方も気分が良いものです。その中でドナルド・バードの下り坂を走るような演奏っぷりは、楽しいものです。一方でコルトレーンは上り坂を無理に走っているようでもあり、考え過ぎかも。ガーランドの余裕感あるソロ、そして流石のテイラーとの4小節交換で、この演奏は終わっていきます。



【エピソード、1948年、カル・マッセイとの出会い】
カル・マッセイは若くしてプロ活動を行なっていた。二十歳になったマッセイは父のいるフィラデルフィアに戻り、横丁を歩いていると、近くのガレージからものすごいバンドの演奏が聴こえてきた。また非常に個性的でよく通るアルト・サックスの音も聴こえたので、ガレージの中に入った。演奏していたヒース兄弟バンドにトランペットを見せて、一緒に演奏させてくれと頼んだ。このマッセイの申し入れをヒース兄弟は快く受け入れ、一緒に演奏したのであった。休憩の時にマッセイはジミー・ヒースにもう一人のアルトは誰かとたずね、ジミーは「ジョン・コルトレーンだよ」と答えた。
これがマッセイとコルトレーンの親交の始まりであり、これはコルトレーンの葬儀でマッセイが「A Love Supreme」の詩を朗読するまで続いたのだった。(資料01を参考)
 

21度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年10月 2日(水)07時47分44秒
  19571115-02
They Can't Take That Away From Me (Gershwin - Gershwin)
(10分26秒)


【この曲、この演奏】
1937年の映画「踊らん哉(Shall We Dance)」でフレッド・アステアが歌って大ヒットした曲です。邦題は「誰も奪えぬこの想い」で、多くの歌手、そしてパーカーやゲッツなどからも愛された曲です。(資料14)
演奏記録ではコルトレーンもガーランドも、本セッションだけです。(資料06, 08)
さて演奏ですが、バードの歌心あるトランペットが華やいでおり、硬質コルトレーンはバードの引き立て役を担っています。歌心バードに負けじとのガーランドのピアノも、これまた魅力的なものです。



【エピソード、1948年、ヒース兄弟】
コルトレーンとビル・バロンは1948年に、フィラデルフィアのメル・ヴィンソンというトランペット奏者が作ったバンドに加わった。そのバンドはヒース兄弟が演奏の中心であったが、その年の後半にヒース兄弟は自分たちのバンドを結成し、そこにコルトレーンが第二アルト・サックス奏者として加わった。当時はジミー・ヒースはアルトを吹いており、パーカーの影響を強く受けていたため、「リトル・バード」と呼ばれていた。この時点ではコルトレーンよりジミー・ヒースの方が優れた演奏テクニックだった。二人はよくパーカーのリフを繰り返し演奏していた。コルトレーンは取り憑かれたように練習に励んでいた。(資料01)
 

22度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年10月 1日(火)07時30分13秒
  19571115-01
Our Delight (Tadd Dameron)
(6分20秒)


【この曲、この演奏】
タッド・ダメロン作の典型的なバップ・チューンで(資料09)、コルトレーンの演奏はこのセッションだけです。ガーランドが準備してきたであろうこの曲ですが、ガーランド自身も記録上では本セッションでの演奏だけです。(資料08)
リーダーのガーランドが、コルトレーンとドナルド・バードの調子を確認するために、セッション冒頭にこの曲を持ってきたのでしょう。日増しに自信をつけてきているコルトレーン、多忙を極めている人気者バード、この二人の勢いの凄さをガーランドは感じたことでしょう。そんな二人に刺激されてのガーランドのソロも軽快なものですし、またその途中に入るコルトレーンとバードのバッキング・リフも楽しめるものです。



【エピソード、本セッション】
プレスティッジの稼ぎ頭の一人であるマイルスのバンドからは、コルトレーンも稼ぎ頭に加わって行くが、ガーランドもその一人に入っている。マイルスバンドを除いてもコルトレーンとガーランドは度々共演しているが、このセッションと12月13日のセッションの二つは、ガーランド好きの間では「ガーランドのマラソン・セッション」と呼ばれているようだ。
その初回である本セッションでは10曲を収録し、ガーランド名義の3つのアルバムで世に出ている。
またメンバーは両セッション共に同じだ。トランペットにはドナルド・バードが参加している。コルトレーンとドナルド・バードの共演記録は9回あるが、全てが正式スタジオ録音である。プレスティッジが5回、ブルー・ノートで2回、そしてベツレヘムで2回だ。本セッションでは5回目の共演、プレスティッジでは1956年5月7日のエルモ・ホープのリーダー・セッション以来2回目の共演となる。(資料06)
ベースにはプレスティッジで計4回の共演歴があるジョージ・ジョイナー、ドラムにはアート・テイラーが参加している。
 

24度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 9月30日(月)07時39分7秒
  19570920-06
Things Ain't What They Used To Be (Ellington - Persons)
(8分27秒)



【この曲、この演奏】
エリントン楽団でお馴染みのこの曲は、「昔は良かったね」との邦題で知られているブルース・ナンバーです。コルトレーンの演奏記録は、このセッションだけです。(資料06)
さて演奏ですが、ゆったり流れていくブルース曲に、ウェスのフルートが絶妙な味付けをしています。テナーはそれに続いて曲の持ち味を活かしながらの演奏です。
このセッション全体を通してのことですが、ウェスのフルートとテナーの対比を上手く使ったマルのアレンジが冴える演奏でした。その意味では最後に演奏されたこの曲に、このセッションの持ち味が集約されていると言えるでしょう。



【エピソード、パーカーとの再会】
1947年後半にコルトレーンはキャリフォルニアでパーカーと再会した。パーカーは神経衰弱で休養していたキャマリロから出てきたばかりであった。ベース奏者のレッド・カレンダーの家はLA郊外にあり、パーカーはよくこの家に立ち寄っていた。ピアノ奏者のエロール・ガーナーがカレンダーの家に滞在していた時期であり、パーカーは二人の演奏に時々加わっていた。そんな話を聞いたコルトレーンはヒッチハイクをしてガーランドの家に行った。
コルトレーンがガーランド宅を訪れた時、ドラム奏者のハロルド・ウェストもガーランド宅におり、四人はコルトレーンが一度も聴いたこのない、深遠で美しいブルースを演奏していた。パーカーの演奏に奇妙な悲しさを感じながら聴いていたコルトレーンにパーカーは気付き、「俺は疲れた、ぼちぼち交代してもらおうか、君、頼むよ」と言った。
コルトレーンはメロディの美しさとハーモニーを大切にした演奏をした。その演奏が終わるとパーカーはコルトレーンに「俺の演奏が聴きたいのだろう、そうだな」と言い、コルトレーンは頷いた。この曲が「リラクシン・ウィズ・キャマリロ」であった。(資料01)

このエピソードについては、資料06に上記と少し違う記述がある。
「リラクシン・ウィズ・キャマリロ」、或いは「リラクシン・アット・カマリロ」と呼ばれるこの曲をコルトレーンがパーカー達とカレンダーの家で演奏したのは、1947年2月19日となっている。また「ダイアルでのダーク・シャドウズの録音をい終えたパーカーは、コルトレーンと共にカレンダーの家に行き、リラクシン・アット・カマリロなどを演奏した」となっている。
なおコルトレーンの「リラクシン・アット・カマリロ」 の演奏記録は、資料06ではこのカレンダーの家での演奏だけである。
 

23度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 9月29日(日)07時31分20秒
  19570920-05
Robbins' Nest (Jascquet - Thompson)
(15分34秒)


【この曲、この演奏】
資料09によればこの曲は「ディスクジョッキーのフレッド・ロビンズに捧げられた曲で、今ではスタンダード」とのことです。コルトレーンはここでの演奏記録しかない曲です。
フランク・ウェスのフルートが効果的に使われており、フンワカした気分で聴ける演奏です。フルートにテナーが応えていくアレンジなので、マルの手腕が存分に発揮されています。ウェスに応えるコルトレーンのテナーは、また一歩成長したように感じます。「コルトレーンは、軽くキー(Dフラット)慣らしをして、新鮮で説得力ある言葉を見つけていく」と、資料11上手い表現で書かれています。



【エピソード、当時のコルトレーンの演奏について】
「われわれが音楽学校でチャーリー・パーカーに出会う日まで、コルトレーンは口を開くとジョニー・ホッジスのことばかり話していた。バードに出会って以来、ジョンはときどき姿を消すようになった。二週間も見かけないことさえあった。そして、ふらりと帰ってきたかと思うと、いつも何か新しいことを始めていた。今回はアルトをぶらさげ私の家に押しかけ早速演奏し始めたが、そのサウンドはもはやジョニー・ホッジスというよりチャーリー・パーカーに近かった。彼はホッジスを卒業し、そのかわりにバードを発見したのだ」 ベニー・ゴルソン

「エディ・クリーンヘッド・ヴィンソンのバンドでテナーを演奏した時以来、私の聴覚範囲はそれまでより広くなった。アルトの場合は、バードの影響を全面的に受けていたが、テナーには、アルトのチャーリーのような支配力をもった人間は一人も見つからなかった。そこで私は、その時期に聴いたテナー奏者のそれぞれから学んだが、とくにレスター・ヤングの調子の美しいフレージングに学ぶところが大きかった。その後、コールマン・ホーキンズを知り、そのアルペジオと演奏法にすっかり魅惑されてしまった。ボディ・アンド・ソウルのレコードを買い、音楽的に成熟するにつれホーキンスのよさがますますわかるようになった」 ジョン・コルトレーン

以上は資料01からの引用で、1947年頃の発言だと思う。
 

22度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 9月28日(土)07時41分47秒
  19570920-04
Wheelin' (Mal Waldron)
(11分22秒)



【この曲、この演奏】
この曲も別テイクが収録されました。
資料09には、「クィニシェットの最初の3コーラスのソロの頭で、ベイシー楽団で活躍したエド・ルイス(tp)のソロが引用されている」とあります。
資料06には、「コルトレーンとワトキンスのソロ・チェイスの間に、明らかなテープカットがある」と書かれています。
「クィニシェットの引用」についてはその元を知らないのでコメントできませんが、演奏自体はリラックス感たっぷりのものです。他のテナー二人も同様である中で、熱気あふれる演奏をしているのはマルであります。マル独特のスタイルが気炎を上げていく様では、高揚感あふれるものです。
「明らかなテープカット」ですが、最初のテイクと同様にテナー三人でのエンディングとなった後に、ドラムの音が残っています。これからしたらドラムがトチってしまった部分をカットしたのかと思いますが、資料06の記述は違うもの。私にとっては分からないままの記述です。
さて「Dealin'」と「Wheelin'」それぞれで2つのテイクを本セッションでは演奏し、全てがレコードとして世に出ました。こうして聴いてみると、「ではもう一度、リラックスした演奏を」との意味だったのかと思います。とするならば「Wheelin'」でその意図が生かされております。




【エピソード、歯痛のまま演奏】
歯痛のコルトレーンは死ぬ思いで、ボスのクリーンヘッドのバンドで演奏した。ボスとの楽器交換などの演出は避けていたが、ボスはコルトレーンの異変に気がついた。コルトレーンにバーボンを渡し、明朝に歯医者に行くように言い、ホテルで別れた。
痛みを忘れるためにバーボンを飲み続けたコルトレーンだったがほとんど寝れず、結局寝坊してしまった。そしてすぐに勇気を振り絞って歯医者に行き、奥歯を2本抜かれた。さらにバンドは先に次の目的地に行ってしまい、後を追ったコルトレーンだが間に合わず、その晩は穴を開けてしまった。しかしボスのクリーンヘッドはコルトレーンの姿を見てホッとした。この若いミュージシャンに何かあってはならないと、心配していたからだ。
後年にクリーンヘッドはコルトレーンについて次にように語った。「ジョンはとてもいい青年だった。私はジョンを自分の息子だと思っていた」(資料01)
 

21度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 9月27日(金)07時52分31秒
  19570920-03
Wheelin' (Mal Waldron)
(10分27秒)



【この曲、この演奏】
続いてもマル作のブルースで、演奏記録も同様にコルトレーンは本セッションだけ、作者のマルは1959年と1961年に演奏記録があります。(資料06, 08)
さらにはこの曲でも別テイクを録音しています。
軽量コルトレーンがソロの先発、それにクィニシェットとウェスが続いて行きます。テナー三人衆の軽快な掛け合いが、徐々に熱気を帯びていく光景はまさにこの手のセッションの醍醐味と言えるでしょう。そしてそれを狙っていたのがマルであり、彼のピアノも聴き所です。



【エピソード、虫歯のコルトレーン】
コルトレーンは常に歯痛に悩まされていた。資料01には歯痛に関する記述が5回もあるのだ。
クリーンヘッドのバンドにいた1947年にスィート・ポテト・パイを大食いした時も、その喜びに合わせるように歯痛に襲われていた。
コルトレーンは歯の根が弱く、しかも甘いモノ好きのため、彼の歯は虫歯だらけであった。ひどい時は息を吸うだけですごい痛みが走るほどだが、コルトレーンは歯医者嫌いでもあったのだ。意を決して歯医者に行っても歯を削るドリルをみただけで脅えてしまい、三人の助手がコルトレーンを椅子に押さえつけるほどであった。
これほど歯が悪い人間がリード楽器を演奏した場合、その楽器から出てくる振動音が引き起こす苦痛は、信じられないほどのものであっただろう。(資料01)
 

21度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 9月26日(木)07時42分54秒
  さてクラールさんの「イス ジャケ」作品。
今回のつまみ食いで改めて本作に接して、作品としての完成度の高さにきき惚れています。愛の選曲よし、バックの演奏より、そしてクラールさんの歌が良し。褒め始めればきりがありませんので、感じたことを二つばかり。
声を張り出してから引く際のかすれ具合が、たくましい歌の命を感じさせる存在感あるものです。全編にこれが光っていながら、過剰にならないのはさすが。
また全体として控え気味の存在として用意されたと思う「Love Letters」にさえ、名状しがたい雰囲気があります。
ジャケのクラールさんは、「あなたからの手紙は全て覚えたの、あなたの署名にキスして、あなたの気持ちをまた読み始めるの」との視線のように感じました。
 

23度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 9月25日(水)07時32分56秒
  その前に、この作品が録音された2001年1月22日(月)の新聞を見てみましょう。
先ずはトップ記事。
日経「大同生命が株式会社化、来年4月、生保で初、財務基盤を強化、上場を目指す、契約内容は維持」
記事に通りに大同生命は2002年4月に株式会社の組織変更し、また同時に東京証券取引所市場第一部・大阪証券取引所(現・大阪取引所)市場第一部市場に上場しました。(ウィキペディアより)
2018年生保の保険料等収入ランキング上位5社を見ますと、株式会社組織は第一生命とメットライフの2社であり、日本生命・明治安田生命・住友生命の3社は相互会社組織であります。

読売「米社会の統合強調、就任演説、ブッシュ政権発足」
共和党のブッシュ新大統領は、54歳でした。

朝日「額賀・村上氏の喚問容認、KSDで自・公幹事長」
KSD事件(ケーエスデーじけん)は、財団法人「ケーエスデー中小企業経営者福祉事業団」(現:あんしん財団)の創立者古関忠男が、「ものつくり大学」設置を目指し、数々の政界工作を自由民主党議員に対して展開したとされる汚職事件です。(ウィキペディアより)
額賀氏はKSDから1500万円の資金提供を受けていましたが、立件はされませんでした。しかしこの記事の翌日には、経済財政政策担当大臣を辞めました。
また「参院のドン」と呼ばれていた村上氏は本事件に積極的に関わっており、議員辞職・離党後の3月1日に逮捕されました。最終的に村上氏には2008年に、懲役2年2か月追徴金約7280万円の実刑判決が確定しました。


ではこの1月22日の読売新聞から少しばかり紹介します。
・9面 経済面に「進まぬデビットカード、クレジットと競合」との記事があります。私はデビットカードの利点が分からず、使ったことがありません。クレジットカード、そして交通系プリペイドカードで十分と思っており、最近の「なんとかPay」にも同様の考えです。
・5面にアスクルの全面広告があり、「無料デス」として、カタログの無料お届けをアピールしています。アスクルはあっという間にう日本中の事務所に広がりました。それまでの調達先であった町の文房具屋さんが心配ですが、アスクルはその町の文房具屋さんと組んだ事業展開をしているようですね。
・TV欄 NHK 19:30からの「クローズアップ現代」は、「ボーナス5000万円、昼食290円」との内容です。想像するには金融系の人で、常に数台のPC画面と格闘している方々で、昼食の時間さえ確保できない人たちがテーマんおでしょうか。高給鳥ですが、命をすり減らす仕事のように思います。
 

26度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 9月24日(火)07時10分26秒
  「今日の1枚からつまみ食い」、今回のテーマは「イス ジャケ」です。


「イス ジャケ」作品の20枚目は、Diana Krall の The Look Of Love、2001年1月22日の録音です。
イス+脚 ジャケに2度目の登場となる、ダイアナ・クラールさんです。先のイス+脚 ジャケ作品から6年後ですので、ジャケ撮影に臨むにあたって自信がある表情です。また手と脚と、見事な構図となっています。
今までに15作品を世に出しているクラールさんですが、イス+脚 ジャケ作品はこの2枚だけです。しかし脚ジャケ作品となると、他に3枚あります。脚ジャケの定義は明確では無いので何ですが、その内の1枚「Glad Rag Doll」は、「今日の1枚」で掲載済(2018/3/8)です。他の「Christmas Songs」と「Turn Up the Quiet」は、機会を見て取り上げます。
高級感漂うソファーにクラールさんが腰をかけている本作は、2002年3月17日に「今日の1枚」で取り上げました。その際にはマレーシアでの生活についてコメントしていました。
今でも私が使っているアンプのマークレヴィンソン308と、スピーカーのB&W804は、丁度その時期にマレーシアで購入しました。オーディオ店で機器を選ぶ楽しい作業の時に使ったCDの一つが、本作品でした。クラールさんの声の張り方と消え方が、機器の違いでどう変わるのかを、楽しみ悩んでおりました。
いろんな事が懐かしく感じる1枚です。17年前にはタイトル曲と「S'Wonderful」、そして「dancing in the dark」について感想を書きました。今回のつまみ食いでは、ジャケに似合う1曲を探してみます。
 

23度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 9月23日(月)08時39分34秒
  さてヘルマンさんの「イス ジャケ」作品。
内なる響きを行き届いた感情表現で聴かせる作品、こんな評もある事でしょう。
私には内向き過ぎて、ここぞとの思いの表現が感じ取れません。当然ながらピアノ技術は相当に高い方なのでしょう。13年前の私の「自分の思いを表現できる基礎テクニックが不足している」とは、彼のジャズマンとしての資質が私には向き合えないものとのことです。
相性の悪いミュージシャンは、いらっしゃるものです。私の聴く姿勢が追いついていないだけです。ジャケだけ有難く受け取った作品です。
 

20度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 9月22日(日)07時41分44秒
  その前に、この作品が録音された2001年6月3日(日)の新聞を見てみましょう。
先ずはトップ記事。
日経「中国、日本車の輸入枠削減、セーフガードに報復、6ー10月分」
この年に日本政府が中国からの農産品輸入にセーフガードを行なったことに、端を発しています。この年には中国は、日本からの輸入品に使う木箱についての検疫を強化しました。この検疫強化の中国の対応は地方で異なり、大混乱となりました。現場にいた私には、大変苦労した思い出です。

読売「フリーターにも雇用保険、保育所の認可基準を緩和、規制改革会議 論点73項目」
今ではフリーターは、「1ヶ月以上の雇用見込みがある、週20時間以上働く場合」には雇用保険に加入できるようです。しかし手続きを怠る事業主も多いとのことです。
次に保育所の新設ですが、これはどの都市でも大きな課題であり、また積極的に取り組んでいます。みなとみらい地区では私が知る限りでは、マンションに2ヶ所、オフィイス・ビルにも2ヶ所の保育所が設置されています。

朝日「3年で2500人超 関連業界天下り、大半ノンキャリア 課長補佐以下、氏名や就職先 情報公開で判明」



ではこの6月3日の朝日新聞から少しばかり紹介します。
・24面 文化総合面に「作家の生計成り立たぬ、新古書店ショック、業者 著作権法上は問題ない」との記事があります。新古書店とは比較的新しい本を扱う中古書店のことで、この記事ではブックオフに代表される大型チェーン展開の中古書店のこととしています。音楽でも文学でも出版界においては中古店との関わりが、切っても切り離せないものです。今や出版する側の人も、かつては中古店にお世話になっていたわけですから、正解など出せない内容です。
・14面 読書面の光文社の広告では、リタ・エメント著の「いまやろうと思っていたのに・・・」という本を、宣伝しています。この題名、私も子供の頃はよく口にしていました。それから長い時を経て今では、やりたいことを今できる喜びを感じる日々を送っています。
・TV欄 テレ朝では早朝に「全米女子オープンゴルフ」を放送しています。この年の女王は、2年連続でオーストラリアのカリー・ウェブ選手でした。
 

22度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 9月21日(土)07時43分27秒
  「今日の1枚からつまみ食い」、今回のテーマは「イス ジャケ」です。


「イス ジャケ」作品の19枚目は、Kucich/Ibanez/Barroso の Y despues…Que、2001年6月3日の録音です。
これは脚ジャケ愛好家を狙ってのジャケという事で、間違い無いでしょう。路上カフェには軽量の背もたれ椅子がありますので、イス ジャケでもあります。中身は男性だけのピアノ・トリオです。
ピアノのヘルマン・クシチは、本作以外にも数作品残していられるようです。そして本作は「マニア垂涎のスパニッシュ・ピアノ・トリオの名盤」との評価があるようです。
「今日の1枚」で本作を2006年5月17日に掲載した際には、「このピアニストは、自分の思いを表現できる基礎テクニックが不足している」と、失礼極まりない感想を私は書いてしまいました。いくら本当にその時に感じた事であっても、もう少し大人の表現をしていればと反省しています。
今日はどのように感じたとしても、この「名盤」に対して大人の感想を書きます。
 

21度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 9月20日(金)07時22分24秒
  さてマデリンさんの「イス ジャケ」作品。
語り口と申しますか、歌い回しがフォークの人なのです。名前を覚えていない1960年代の女性フォーク歌手が何人か、私の頭に浮かびました。そんな意味は、ディラン作の「You're Gonna Make Me Lonesome When You Go」で強く感じました。
口にした時にはほんわかした味わいですが、後に幾つもの味が出てくる、そんな感じの歌です。この奥深さに聴き入り、マデリンさんが選んだ各曲の個性に心が入っていきます。
聴きごたえある作品です。
 

22度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 9月19日(木)07時25分59秒
  その前に、この作品が録音された2004年1月4日(日)の新聞を見てみましょう。
先ずはトップ記事。
日経「財務文書 電子保存も可能、帳簿や領収書、企業負担軽く、政府 新法案提出へ」
ネットで調べますと、1998年に電子帳簿保存法が制定されましたが、元が紙のデータの電子保存は認められていませんでした。それを認めようとの動きがこの記事であり、民間事業者等が行う書面の保存等における情報通信の技術の利用に関する法律と民間事業者等が行う書面の保存等における情報通信の技術の利用に関する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(通称 e-文書法)がこの年の11月に制定され、翌年4月に施行されました。

読売「郵貯 簡保は地域分割、郵政民営化 政府案骨格固まる」
この年の9月に「郵政民営化の基本方針」が閣議決定され、地域分割に関しては「窓口ネットワーク会社、郵便貯金会社及び郵便保険会社を地域分割するか否かについては、新会社の経営陣の判断に委ねることにする」となり、現在まで地域分割はされていません。

朝日「個人情報 守れぬサイト、官庁・団体・企業で欠陥プログラム、危険性指摘の国立大研究員、1200人分引き出す」
この研究員は警鐘の意図ですが、警視庁は不正アクセス禁止法違反の可能性があるかもと、情報収集しているとのことです。
警察が不正アクセスを取り締まる側なのですが、警察自身の理解不足も目立っています。この記事から12年後の横浜地裁のある公判の証拠調べにおいて、神奈川県警の令状に基づかないネット上での証拠収集が明らかになり、地裁判決では不正捜査と認定され証拠排除されました。



ではこの1月4日の日経新聞から少しばかり紹介します。
・15面は「Sunday Nikkei」であり、この日は「あふれる20xx年問題」との記事でした。
2004年 流通・外食の三重苦
2005年 都内マンション大量供給
      日本の会計基準の孤立化
2006年 新学習要領世代 大学へ
        エチレン大量供給
2007年 高級ホテル乱立
2008年 国債大量償還
2009年 大学全入
2010年 団塊世代の大量退職
2011年 地上アナログ放送中止

記事では、以上の10の問題をあげています。世間で問題と認識されたかは別にして、現在の目で見ますと、大事な事象が多くあることが分かります。

・2面下に新潮社の広告があり、4冊の本を宣伝しています。その中に小説本は二つあり、1963年の「白い巨塔」と1960年の「砂の器」です。どちらも映画化され、またTVドラマ化も「白い巨塔」は5回、「砂の器」は6回されています。
警察事件ものと大学という巨大組織もの、よくある小説テーマの、決定打と言える両作です。今年に入っても両作がTVドラマ化されましたが、現代に置き換えても十分に説得力あるストーリーでした。

・TV欄 NHK 23:10 から「ジョン・レノン スーパーライブ」が放送されています。限りあるジョン・レノンのライブ映像の何を放送したのかと思いましたが、調べますとこれはヨーコ・オノが主催したイヴェントでした。2001年から13年間続いたイヴェントです。
 

23度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 9月18日(水)07時26分56秒
  「今日の1枚からつまみ食い」、今回のテーマは「イス ジャケ」です。


「イス ジャケ」作品の18枚目は、Madeleine Peyroux の Careless Love、2004年1月4日の録音です。(全て決め打ち)
裏道、あるいは倉庫街にダイニング・チェアを持ち出し、花を添えて素足で座る、考えようでは気持ちの持ちようが一般人の域を超えているようにも感じます。でも音楽で生計を立てようと考える人は一般人とは違うのでしょうから、こんな構図もすんなりと受け入れましょう。
イス ジャケは間違いなしですが、膝から下を見せているだけですので、脚ジャケとは言えないです。
本作を「今日の1枚」で2005年6月28日に取り上げた際には、「少し鼻に掛かる明るい声ですが、明るさがない。何か悲壮感がある声」との感想を書きました。自分で書いた文章を14年ぶりに読むのですが、言いたい事が分からない文章です。
さらに14年前の感想は分からない文章となり、「シャンソン味入りのフォーク・ロック調のジャズ・ヴォーカル」などとも書きました。今回は少なくとも、分かりやすい感想を書きたいものです。
最後にマデリン・ペルーさんについてネットで調べたところ、かなりの人気者のようですね。寡作の方のようで、その分、一作一作に注目が集まっている方のようです。
 

23度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 9月17日(火)07時01分57秒
  さてエヴィンソンさんの「イス ジャケ」作品。
スティングの有名曲「Until」が収録されています。スティングのものよりは力強く歌っており、バックのジプシー風サウンドは複雑な思いをこの曲に加えています。「星々が薄暗くなるまでは、それまでは」と、出会った愛を歌ったこの曲を、エヴィンソンさんの表現で聴かせてくれる内容です。
自分の望む世界を探しているかのようなジャケでのエヴィンソンさんの表情を、今回のつまみ食いではこの曲に感じ取りました。
 

/92