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 投稿者:マハール  投稿日:2019年 1月18日(金)07時06分56秒
  「今日の1枚からつまみ食い」、今回のテーマは「マイク ジャケ」です。


「マイク ジャケ」作品の8枚目は、Pharoah Sanders の live…、1981年4月12日の録音です。
ジャケでファラオさんが叫んでいる姿、それを捉えているマイクはダイナミックマイクでしょう。ダイナミックマイクは形が似ていて、何なのかは分かりませんでした。問題はこのマイクは「叫び用」に設置されているのか、サックス用に設置されているかです。ファラオさんは中腰に思え、「叫び用」ならばもう少し高いいちにセットするでしょう。しかしながらサックス用ならば、少し高すぎです。この疑問は裏ジャケを見て解決。ファラオさんが吹いているサックスには、ちょうど良い高さにコンデンサーマイクと思われるものがありました。したがっておもてジャケのマイクは「叫び用」でした。
2003年11月24日に本作を「今日の1枚」で取り上げた際には、トレーン云々でファラオさんを語っていました。今回のつまみ食いでは、素直にファラオさんの音楽を、そして叫びを、聴いてみます。
 

4度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 1月17日(木)07時31分50秒
  さてジェファーソンさんの「マイク ジャケ」作品。
ノリノリのゴスペル曲「Please Please Me Alone」、しっとりとした「Baby Girl」はジェファーソン作の曲ですが、曲作りもなかなかの方であります。楽しい1枚、次に聴くのはいるになるのでしょうか。


参考資料「Sound Designer 2018年6月号 マイク読本」有限会社サウンド・デザイナー発行
(文中ではマイク資料と表記)
 

5度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 1月16日(水)07時12分33秒
  その前に、この作品が録音された1968年8月12日(火)の新聞を見てみましょう。
先ずはトップ記事。
日経「大規模投機は出ず 週明け 意外に冷静、ポンド不安定な動き、マルク急騰後軟化」
フラン切り下げの影響が心配されていましたが、大きな動きは無かったとの記事です。

読売「豪雨禍広がる、五千余戸に浸水、北陸・信越、黒部・常願寺川など決壊」
今ではゲリラ豪雨と呼ばれるようなものであったとのことです。幸いにも亡くなった方はいませんでした。

朝日「欧州市場 慎重なスタート、フラン切下げへの反応、ポンド下落後戻す、マルクも急騰し反落」
朝日新聞がこれをトップにするのは意外な感じですね。



ではこの8月12日の日経新聞から少しばかり紹介します。
・2面のコラム「記者手帳」に「安保支持へタレント動員」との見出しがあります。自民支持は42%だが、安保支持は15%とのこと。そこで自民はタレントを集めて意見を聞く会を計画して、既に伴淳三郎や江戸家猫八が出席をとなっていると書いてあります。この1969年はタレント議員が増えていた時期でありました。その力を「意見を聞く会」にも使うとは、安保に対してなりふり構わぬ自民の姿が見えます。
・7面半分を使って、旭ダウの広告があります。「旭ダウは、木材、金属、紙に代わるプラスチック素材を研究開発、石油化学を中心にした材料革命を推進します」と書かれています。一般向け製品としてサランラップがあげられていて、これはクレラップよりやや遅れて1960年に日本で発売されました。アメリカのダウ・ケミカルの製品であり、日本ではダウ・ケミカルと旭化成の合弁会社旭ダウが製造販売していたのだと思います。現在では旭ダウという会社は存在しませんが、その辺りの経緯は掴めませんでした。今日本でサランラップは、旭化成ケミカルズが製造し、旭化成ホームプロダクツが販売しています。
・TV欄 日テレ 21:30の「新婚さん旧婚さん」という番組があり、出演はなべおさみと生田悦子です。これは前月から始まったテレビドラマで、全14話あったとのことです。因みに「新婚さんいらっしゃい!」は、いまのテレ朝で1971年から始まりました。
 

2度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 1月15日(火)07時16分7秒
  「今日の1枚からつまみ食い」、今回のテーマは「マイク ジャケ」です。


「マイク ジャケ」作品の7枚目は、Eddie Jefferson の Come Along With Me、1969年8月12日の録音です。
ジャケに写っているコンデンサーマイクは、社名板からノイマンのものと分かります。しかし頭にスポンジが付いているため、型番まで絞れませんでした。
この作品を「今日の1枚」で取り上げたのは2004年2月26日ですので、本作を聴くのは15年ぶりとなります。15年前には「軽快でスピード感で聴かせる歌は、ダミ声なのに爽快感を伝えてくれるもの」との感想を書きましたが、とにかく楽しい作品です。
ジャケのジェファーソンさんはステージで歌っている様子ですが、本作はスタジオ録音です。
 

3度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 1月14日(月)08時04分24秒
  さてセルマさんの「マイク ジャケ」作品。
妙に色気たっぷりだったり、クルーさを売りにしたりとの歌声ではなく、セルマさんは健康的な歌声に感じます。聴く時を選ばないというか、どんな時でも聴く者の心に飛び込んでくる歌声です。そんな歌声での「四月の思い出」を聴くと、しっとりとした気分になります。
そんな彼女の歌をもっと味わいたいのですが、残された作品が本作だけとは残念な限りです。


参考資料「Sound Designer 2018年6月号 マイク読本」有限会社サウンド・デザイナー発行
(文中ではマイク資料と表記)
 

5度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 1月13日(日)07時04分6秒
  その前に、この作品が録音された1955年11月2日(水)の新聞を見てみましょう。
先ずはトップ記事。
日経「電源導入断煙か 世銀借款 民間の期待薄れる 第二次分、結局は三千万ドル程度」
既に決まった八幡製鉄に続く案件を政府は期待していたが、経済事情の変化、そして世銀当局との借款事業の意思の相違があり、4600万ドルの予定が3000万ドル程度になりそうとの記事です。
日本の復興には世銀の存在があり、web上にある「日本が世界銀行から貸出を受けた31のプロジェクト」というページを見ると、1953年から1966年までの31プロジェクトが掲載されています。発電事業、製鉄事業といった日本の復興を支えたものが多くあります。また高速道路や新幹線の案件もあり、日本のインフラも世銀に支えられていました。

読売「行詰まりの総裁公選、四者会談進展せず、カギ 緒方氏説得 民主、自民 民主の乱れ待つ」
緒方総裁、岸幹事長、石井幹事長、三木総務会長、大野総務会長の5氏の写真が掲載されています。
自由民主党はこの月の15日に結党され、1954年から総理大臣となっていた鳩山一郎が総理を続けました。1956年4月に自民党総裁選が初めて行われんましたが、鳩山総理の信任投票だったとのことです。事実上の初めての総裁選となった1956年12月には、石橋湛山が総裁に選ばれました。

朝日「茂尻炭鉱(北海道 赤平)でガス爆発、死者10、48人も絶望、作業中の88人生き埋め、既に二回の惨事、茂尻炭鉱」
最終的に死者は60名となった、大惨事でした。



ではこの11月2日の朝日新聞から少しばかり紹介します。
・1面の小さな記事に「白石記者帰社」との見出しがあります。朝日新聞の論説副主幹が中国出張から戻った、それだけの記事です。
・2面に宮入菌剤研究所の広告があり、「健康は腸から」として「ミヤリサン」を宣伝しています。私はこの会社を知りませんでしたが、現在ではミヤリサン製薬という社名で活動されている医薬品会社です。1933年に宮入近治博士(初代社長)により酪酸菌が発見され、その7年後に酪酸菌の工業生産が始まり、1947年に会社(宮入菌剤研究所)が設立されました。今でもミヤリサン錠、ミヤリサン胃腸薬錠などの一般医薬品も販売しており、以前は後楽園球場や東京ドームの一塁側内野中段に「腸にミヤリサン」の広告が出ていたそうです。
・TV欄 NHK21:35からの「ニュース解説」は、安斎義美の出演でした。この方については情報を得られませんでしたが、安斎氏は1966年に国会 逓信委員会に参考人として呼ばれていました。その際の肩書きは、日本科学技術振興財団理事でした。
 

5度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 1月12日(土)07時36分49秒
  「今日の1枚からつまみ食い」、今回のテーマは「マイク ジャケ」です。

「マイク ジャケ」作品の6枚目は、Thelma Gracen のnNight and Day、1955年11月2日の録音です。(年月は推定、日は決めつけ)

スタジオで歌っているセルマさんの健康的なお顔が印象的なジャケです。1999年6月14日に「今日の1枚」で取り上げた際にも、「Night and Day」でつまみ食いした際にも、本作を私は褒めちぎりました。今回また「マイク ジャケ」で取り上げるのですが、ジャケを改めてみると、セルマさんの口元は明らかにマイクの右側に向かっています。マイクにはポップガードもありません。ジャケ用の撮影なのでしょうから、これは当然なのでしょう。
さてマイク。チューブマイクなのですが、ノイマンU47かテレフンケンU47なのか、迷っています。マイク資料に二つのマイクが並んで写っているのですが、形は全く同じです。ただ社名板が異なるだけ。しかもセルマさんのこのジャケでは社名板は見えません。型番も同じなのでこの2社は兄弟会社かと思い調べましたが、そんな情報はネットからはえられませんでした。
そんなことにガッカリせずに、愛聴盤をまた聴いて見ます。
 

5度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 1月11日(金)07時29分52秒
  今日のコルトレーン

19560511-02
Diane ((Rapee - Pollack)
(7分50秒)


【この曲、この演奏】
第一次世界大戦中のことを描いた映画「第七天国」は1927年と1927年制作の二つありますが、この曲はどちらかの主題曲であります。資料09によれば、原曲は3拍子ですが、ここでは4拍子で演奏されているとのことです。
コルトレーンもマイルスも演奏記録はこのセッションだけですので(資料06, 08)、隠れた存在の曲と言えるのでしょう。
ガーランドの軽やか煌めきピアノが生きており、マイルスのミュートとコルトレーンのサックスの対比を微笑みながら聴ける演奏です。アルバムの中ではクッション的役割の楽しいミディアム・テンポの曲であります。
資料08を検索すると、この曲は人気曲とは言えませんが、数人のミュージシャンが取り上げていました。いざという時に役立つ曲なのでしょうかと思いながら、聴き終えました。




【エピソード、少年時代に関心を寄せたもの】
1930年代終わりの自動車大国アメリカでも、ハイポイント辺りではまだまだ自動車は珍しいものであった。資料01によれば、コルトレーンとブラウアーはそんな自動車の虜になっていた。彼らは両親を丸め込み、いくつもの雑誌を買ってもらい、その中の自動車広告のページに胸を踊らせていた。また図書館やドラッグストアで職員や店員に怒られるまで、そのへんの雑誌にある自動車の解説をむさぼり読んでい他のだ。
そして二人は家で車のデザインを写し、そこの自分たちのアイデアを加えてできるだけモダンでカッコいい車に仕上げようとしていた。しかしコルトレーンはブラウアーよりも絵を描くには下手だったとのことである。
 

1度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 1月10日(木)07時07分24秒
  今日のコルトレーン

19560511-01
In Your Own Sweet Way (Dave Brubeck)
(5分45秒)

【この曲、この演奏】
資料06によれば、コルトレーンのこの曲の演奏記録は2回あります。本作の後には、マイルス・グループでのカフェ・ボヘミアでの1958年5月3日のライブが私家録音で残っているとのことです。更にはコルトレーンは演奏に加わっていないものの、1960年10月24日に行ったアトランティックでのスタジオ録音で、リズム・セクションだけでこの曲が演奏されました。この日のコルトレーン・リーダー・セッションは、午後と夜の2回に渡り行われました。「コルトレーンズ・サウンド」などのアルバムに収録された午後の部のセッションの最後の2曲、「Lazy Bird」と本曲が主役コルトレーン抜きで演奏されたのです。そしてこの2曲はオリジナル・アルバムに含まれていないどころか、今に至るまで発売されたことの無い音源です。
マイルスの本曲に演奏は多数あるかと思いながら資料08で調べたのですが、それは3回でした。本セッションの二ヶ月前にロリンズを入れたプレスティッジでのセッション、他の2回はコルトレーンとのものでした。
この曲は西海岸の大物ジャズ・ピアニストのデイブ・ブルーベックが作った曲で、多くのジャズ・マンに愛されている曲です。惹きつけられる優しい気分のバラッドであり、ピアニストでは作者本人以外にも、エヴァンスやケニー・ドリューなどに名演が残されています。ホーン奏者にも人気の曲で、ウッズやドーハムに素敵な演奏があり、このセッションのマイルスはその中でも高い人気のあるものです。
バラッドをミュート・トランペット、これは正にマイルスの十八番であり、ここでの演奏もこの曲の持つ誘い込まれるようなメロディを素敵に演奏しています。そんなテーマの最後にコルトレーンがテナー・サックスを被せ、マイルスが「決めたれ」とコルトレーンを鼓舞するように吹いて、コルトレーンのソロに移ります。それは何と3分も続き、可愛らしさが魅力的な女性の前で精一杯の強がりを見せる男性の心情を披露するような演奏を聴かせてくれます。この後は再びマイルスがミュートでテーマを決めて、演奏が終わります。
マイルスは何度もこの曲を取り上げていると思ったのですが、3回だけとは不思議な気分です。


【エピソード、少年時代に関心を寄せたもの】
資料01からいくつかエピソードを。
ハイ・ポイント時代のコルトレーン少年には、ニック・ネームは無かったとのこと。当時、仲がの良かったブラウアーとキンザーにはニック・ネームがあった。ある日、ブラウアーはコルトレーンだけに彼が夢中になっていた「ドック・サベージ」という漫画を見せた。主役のドック・サベージは「長身で金髪の北欧系の男で、警察が解決できない、或いは解決しようとしない犯罪事件を手がける組織のボスで、いつも悪党どもに天罰を下すことに忙しく、女のことにまったくかまわないハードな男」とのことである。ブラウアーとコルトレーンは、家でも学校でも、昼でも夜でも、この漫画を読みふけっていたとのこと。
ヒーローに自分を同一化するのは、古今東西同じことなのでしょうが、コルトレーンは白人の主人公にどのような感情移入していたのか、気になることである。このエピソードを知り私は、自分が信じる道に邁進する姿に、コルトレーンは強い関心を抱いたと感じた。
 

4度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 1月 9日(水)07時38分23秒
  今日のコルトレーン

19560507-04
Avalon (Jolson - DeSylva - Rose)
(9分41秒)


【この曲、この演奏】
資料14によればこの曲は1921年に大ヒットした曲ですが、プッチーニの歌劇「トスカ」中のアリアのメロディを使ったことで、訴訟になったとのことです。
コルトレーンの演奏記録はこのセッションのものだけと思いきや、資料06によれば1959年11月に演奏していました。NYのタウン・ホールでのコルトレーン・カルテットでのステージですが、演奏メンバーも他の曲も不明とのことです。
さて演奏ですが、随分とアップ・テンポで演奏されています。ソロはホープ - モブレイ - バード - コルトレーンと続きますが、コルトレーンだけが色合いの違う演奏をしているなと感じました。テーマはもブレイが吹いており、モブレーの存在感が光った内容でした。



【エピソード、ハイポイントでの生活】
資料05によれば、最初の3年間(1927-1929)はプライス通り213で暮らし、その後はアンダーヒル通り118の家で、コルトレーンは暮らしていた。この家はブレア牧師が建てたもので、周囲からはブレア・ハウスと呼ばれていた。この地区は中流黒人居住区であり、殆どの黒人居住区は雨が降ると通りはぬかるみ衛生状態は良くないのだが、このアンダーヒル地区は舗装されていた。また資料05には、1997年撮影のアンダーヒル通り118の家の写真が掲載されている。
また資料01によれば、この家に3家族8人が暮らしていた。ブレア牧師夫婦、コルトレーン家3名、そしてコルトレーンの従姉妹のメアリーとその両親である。
コルトレーン12歳の時は不幸な年であった、父親がなくなり、ブレア牧師の妻、そしてメアリーの父もこの年に亡くなったのである。
またこれからすぐにコルトレーンの母親は、アトランティック・シティに出稼ぎに行った。
 

2度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 1月 8日(火)07時19分52秒
  今日のコルトレーン


19560507-03
On It (Elmo Hope)
9分6秒


【この曲、この演奏】
このホープ作のミドル・テンポのブルース・ナンバーは、このようなブローイング・セッションにピッタリの曲です。当然ながらコルトレーンのこの曲の記録は、この日の演奏だけです。
演奏の中身はこのセッションが和気あいあいなものだったことが伝わってくるものです。



【エピソード、育った町 ハイポイント】
ハイポイントはノースカロライナ州ギルフォード郡にある州で、州の中心からやや北西側に位置する。ここでコルトレーンは生後三ヶ月から17歳まで過ごした。今では人口10万人(2010年、ウイキペディア)であるが、資料01には「当初は3万5千人だった」とある。
またウィキペディアによれば今のハイポイントは家具、繊維およびバスの製造で知られており、特に「世界の家具の首都」として有名なところである。資料05によればコルトレーンが育った時期には、タバコ産業の中心地であったようだ。多くの労働者を必要とする町は、黒人が多く住む町であった。
 

3度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 1月 7日(月)07時41分33秒
  今日のコルトレーン

19560507-02
Polka Dots And Moonbeams (Van Heusen - Blake)
8分40秒

【この曲、この演奏】
資料11によれば、この曲はシナトラのために書かれて物で1940年に大ヒットしました。YouTubeでその歌声に接しましたが、暖かく甘くセクシーな歌声で、優雅にこのバラッドを聴かせてくれました。
この大ヒットの後に、多くのジャズマンがこの曲を取り上げています。パウエルやエヴァンス、そしてアル・ヘイグ等の名演があり、ピアニストに愛された曲です。そう見ると、このセッションではホープがこれを選んだのでしょうか。しかし多くのサックス奏者もこの曲を取り上げており、その意味では全員一致で、このバラッドを演奏したのかもしれません。
そして私には意外でしたが、コルトレーンのこの曲の演奏記録は、このセッションだけでした。
さて演奏ですが、3管とピアノがしっかりと聴かせてくれています。3管についてはどれも暖かく聴き入るものですが、甘くセクシーとまではいっておりません。しかしピアノは落ち着いた中に温かく甘い雰囲気を出しています。あくまで歌手シナトラとの比較なのですが、セクシーまで行けば申し分無しでした。
この演奏に関するいくつかのコメントを読むと、バードを褒めたりコルトレーンだったりホープだったりと、焦点の当て方が違っています。聴く人の好み、聴くときの思いによって感想が異なるのでしょう。このような演奏が素敵な演奏だと思ったのと同時に、コルトレーンがこの名曲の演奏を残したことに感謝して聴き終えました。



【エピソード、このセッションのレコード化】
LP7043 「Informal Jazz / Elmo Hope Sextet」
LP7043 「Two Tenors / Hank Mobley   John Coltrane」
LP7043 「Two Tenors / John Coltrane & Hank Mobley」
LP7670 「Two Tenors / John Coltrane with Hank Mobley」
資料06では、プレスティッジではこのセッションを4回発売した。
先ずはエルモ・ホープの作品として、恐らくは1957年に発売された。エルモ・ホープはこの時期にプレスティッジにこれを入れて3作続けて吹き込んでおり、これは理解できるもの。そしてそのジャケに記載されているホーン3人の順番は、バード、モブレー、コルトレーンである。これがこの時期の人気なのであろう。
続いてプレスティッジは番号を変えずにこのセッションを「Two Tenors」というタイトルで、2回発売している。興味深いのはその奏者クレジットであり、「Hank Mobley   John Coltrane」から「John Coltrane & Hank Mobley」に変わっていっている。発売時期は分からないのが残念であるが、人気はモブレーからコルトレーンに完全に移っていった。
それが番号を変えて1960年代に入ってから発売されたものでは、「John Coltrane with Hank Mobley」となっており、主役はコルトレーンとなった。
プレスティッジの手を替え品を替えてのなりふり構わぬ販売戦略、私は好きである。
 

5度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 1月 6日(日)08時28分26秒
  今日のコルトレーン


19560507-01
Weeja (Elmo Hope)
11分12秒

【この曲、この演奏】
エルモ・ホープ作のこの曲のコルトレーンの演奏は、本演奏だけです。
この曲は資料11にある通り、よくあるパーカーの「コンファメーション」のコード進行の則ったリフ・ナンバーです。メンバーのぶつかり合いを楽しむ演奏であり、その主役はテナー・サックスの二人です。足回りの心地よい車に乗っているよいうなモブレー、ひたすらスピードを追求した車の運転を楽しんでいるコルトレーン、そんな二人の演奏です。その二人の刺激あいにホープも加わって行く展開は、楽しいものでした。




【エピソード、エルモ・ホープ】
資料06によれば、コルトレーンとホープの共演は、1948年にフィラデルフィアでありました。当時のコルトレーンはジミー・ヒースのバンドで演奏していました。一方ホープは自分のバンド、恐らくはピアノ・トリオにジョニー・グリフィンを加えて楽旅でフィラデルフィアを訪れ、そこでヒースのバンドと共演となったとのことです。このことは資料06の著者が1992年11月9日にグリフィンにインタビューして、明らかになったことでした。
ホープはNY生まれですので、コルトレーンとの関わりは少なかったと思ってしまうのですが、資料05にはホープ夫人への興味深いインタビューが掲載されています。
「主人(エルモ・ホープ)とコルトレーンは、ブラジルの作曲家エイトル・ヴィラ=ロボスの組曲「バキアナス・ブラジレイアスの研究をしていたわs」
これはコルトレーンが1958年に録音したバイーヤに関連しての記述であり、詳細はこの曲を取り上げる際に書くが、コルトレーンとホープは共にブラジル音楽の研究をしていたのであった。
 

4度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 1月 5日(土)08時31分41秒
  今日のコルトレーン


19551116-06
S'Posin' (Denniker - Razaf)
5分15秒


【この曲、この演奏】
ポール・デニカー作のこの曲については、マイルスもコルトレーンもこの日の録音しか記録にありません。(資料06-08)
躍動感あるマイルスのミュート・トランペット、その躍動感を引き継いでのコルトレーンのテナー、これを印象付けるためにこの曲が選ばれたとのかと感じました。
この曲のタイトルは「Supposing」の思いっきり略した口語、「もしも・・・、例えば・・・」との意味であるとネットに解説がありました。「俺のバンドはこんな感じだぜ」とのマイルスの主張とも感じますが、それは流石にこじつけでしょう。



【エピソード、コルトレーンの生誕地 ハムレット】
コルトレーンは1926年9月23日に、ノースカロライナ州リッチモンド郡ハムレットで生まれた。ここは今では市となっており、鉄道の歴史で知られている。ウィキペディアには「20世紀に入る以前、シーボード・エア・ライン鉄道がハムレットまで開通し、この町はフロリダ州からニューヨーク州まで、さらに東から西の各地に向かう鉄道路線の結節点になった。1900年、シーボード・エア・ライン鉄道がハムレット駅をビクトリア建築様式で建設し、アメリカ合衆国東部では最大級に写真を撮られた駅となった」とされている。資料05には1997年撮影のコルトレーンが生まれた家の写真が掲載されている。
しかしながら各資料で、このハムレットについての記述は殆どない。それはコルトレーン生後三ヶ月で、同州ハイポイントに引っ越したからである。勿論、母方の祖父ブレア牧師の移動に伴ってのことだ。
資料05にはミュージシャン同士の同郷の繋がりについて述べられている。州は違うがハムレットを南に少しのシュローはガレスピーの生誕地、少し離れるがノースカロライナ州東部のロッキーマウントはモンクの生誕地なのである。この同郷のよしみが、後のコルトレーンの音楽活動の助けとなる。
 

2度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 1月 4日(金)07時54分19秒
  今日のコルトレーン

19551116-05
The Theme (Miles Davis)
5分49秒

【この曲、この演奏】
この日の4曲目は、前曲に続いてマイルスのミュート・トランペットが光る「There Is No Greater Love」でしたが、コルトレーンはお休み。
そしてコルトレーンが戻っての5曲目が、この曲です。マイルス作なのかのお話は置いといて、マイルスのステージのクロージング曲であります。コルトレーンはマイルスのバンドで、資料06では12回の演奏を残しています。スタジオ録音はここでの演奏と、翌年のマラソン・セッションでの2回、計3回であります。残りの9回はライブであり、その中で正式発売された演奏は1回であります。ライブではクロージング曲ですので、1分ほどの演奏です。しかしスタジオでもマラソン・セッション2回も1分ほどのもの。しかしここでは6分近い演奏となっています。
マイルスの伸び伸びとしたオープン・トランペットも聴き所ながら、チャンバースの弾むベースが堪能できる内容です。コルトレーンの演奏も溌剌として演奏を披露しています。


【エピソード、母方の祖父】
コルトレーンの両祖父は牧師だが、コルトレーンに大きく影響したのは母方の祖父ウィリアム・ウィルソン・ブレアであった。ブレア牧師は人格者として人望も高く、ノース・カロライナ州各地を渡り、コルトレーン家もブレア牧師の移動と合わせて引っ越していたのである。(資料05)
 

2度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 1月 3日(木)07時41分21秒
  今日のコルトレーン

19551116-03
Just Squeeze Me (Ellington-Gaines)
(7分27秒)

【この曲、この演奏】
資料14によれば、エリントン作曲のこの曲はもともと「Subtle Slough」というタイトルのインストメンタル・ナンバーであったが、1946年に詩がつけられ、タイトルも変わったとのことです。
そのタイトルには「But Don't Tease Me」との副題がつけられていますが、このマイルス・クインテットの演奏が世に出た際には、副題はクレジットされていませんでした。そしてその演奏は、この曲の代表的な演奏とされています。
バラッドでのマイルスのミュート・トランペット、彼の活動歴の中に多数の名場面があるわけですが、この曲はその中でもトップ・クラスのものでしょう。「小川のマイルス」の国内盤を買い、最初のこの曲に続けて針を落としていたことを思い出します。マイルスの魔法の後に続くコルトレーンもガーランドも素敵な演奏をしています。しかし揺れる女心を切り取ったようなマイルスとガーランドに比べれば、コルトレーンの演奏は揺れ続ける女心に翻弄されている男のようです。
タイトルは「ギュッと抱きしめて」、副題は「でもしつこくしないで」、この時期のコルトレーンはこんな女心の表現は厳しかったのでしょう。
私はこの曲はマイルスは何度も演奏したものとの印象でした。しかし資料08のサイトのマイルスのディスコをみると、ここでの1回限りでした。この日の演奏の印象が強すぎたのでしょうかね。



【エピソード、母親】
資料05によれば、コルトレーンの母アリス・ガートルード・ブレア(旧姓)は、オペラのアリアを歌ったり、ピアノでクラシック音楽を弾く、大学出の教養のある女性だった。彼女は経験なクリスチャンでもあった。
コルトレーンが13歳の時に父親が亡くなって以降は、コルトレーンにとって母親の存在がより大きくなり、資料01にはコルトレーンの生涯における母親のエピソードが6ヶ所で登場している。
 

3度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 1月 2日(水)07時51分52秒
  今日のコルトレーンは、「How Am I To Know ? 」です。


【この曲、この演奏】
ジャック・キング作のこの曲は、1929年の映画「ダイナマイト」の主題歌です。スタンダード本資料14,15には掲載されていない曲ですが、ビリー・ホリデイやローズマリー・クルーニーが取り上げており、1990年代に入ってもシャーリー・ホーンが取り上げています。
コルトレーンがこの曲を演奏しているのはここでの演奏と、マイルス・クインテットでの1956年に演奏の記録があるだけです。
YouTubeで聴ける1944年のビリー・ホリデイの歌は、恋に目覚めた女性の思いをゆったりと歌い上げたものです。一方でマイルス・クインテットの演奏では、随分と早口になっており、同一曲と思えないものです。色恋百戦錬磨のマイルスのミュート・トランペット、その一方で女性の前ではカチンカチンになってしまう男のようなコルトレーンのテナー・サックス、この対比を楽しく味わえる演奏でした。
資料09,11にも書かれていますが、マイルスは目立たないポップ・チューンを取り上げて、マイルス独自の色に染めて演奏していくのが上手く、それは晩年まで続いていました。ここでのコルトレーンは、マイルスのそんな姿を真面目に吸収しているようです。



【エピソード、父親】
コルトレーンの父親ジョン・ロバート・コルトレーンの仕事は、資料01では洋服の仕立て屋、資料05では洋服の仕立職人兼クリーニング屋と書かれている。仕事熱心で腕の良い職人だったとのこと。父親は息子コルトレーンにこざっぱりした服を着せ、行儀作法もしつけていた。そして音楽も好きだったとのことである。資料01によれば外向的で家庭人の父親は仕事が暇な時には親しい仲間を家に呼んで愛想よくもてなしており、バーボンを飲みながらウクレレを弾き歌っていたことが書かれている。ヴァイオリンも弾けたようだが、それは重要な会合の時だけとのこと。家庭でウクレレをバックによく歌ったのは「ザ・スイートハート・オブ・シグマ・チャイ」であり、近所のウォルター・フーバーはそんな時のコルトレーン様子を次にように語っている。
「ジョンはいつも父親のように弾きたいと言っていたものだ。そして父親の好きな歌がジョンの好きな歌だった。というのも、その歌がワルツ曲で、ワルツはその時に大流行していたからである」
 

謹賀新年

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 1月 1日(火)07時54分3秒
  あけましておめでとうございます。

今月は「今日のコルトレーン」の月とし、「今日の1枚」はお休み月です。



19551116-01
Stablemates (Benny Golson)  (5分22秒)
The New Miles Davis Quintet
Miles Davis(tp), John Coltrane(ts, omit on 04), Red Garland(p), Paul Chambers(b), Philly Joe Jones(d)
Van Gelder Studio, Hackensack, NJ,  16 November 1955 (Wed)


【この曲、この演奏】
このステイブルメイツとは、同じ廐舎の馬、そこから転じて同じ団体などの仲間との意味です。この曲では「ジャズ仲間」との意味合いなのでしょう。
資料06-08によれば、コルトレーンはこの曲を3回演奏しております。本演奏が最初であり、2度目は1956年3月1日の「チャンバース・ミュージック」でした。どちらもスタジオ録音で、いまでも容易に入手可能な音源です。記録では3度目とな演奏は、1956年9月29日のマイルス・クインテットでのカフェ・ボヘミアでのライブでした。これは私家録音としてあるようで、一般人が耳にすることは難しいものです。多分この時期のコルトレーン入りマイルスのライブでは、何度も演奏されたのでしょう。
作者のゴルソンの演奏としては1958年の作品が初とのことです。またこの曲は多くのミュージシャンに愛され、資料14にも取り上げられています。
この曲を資料09では「美しくソフトなメロディ」、資料11では「メロディ、ハーモニーの内容も濃い」、資料14では「情緒感を押さえたクールが売り」と、この曲を評しています。私の印象は、影のある人間の優しさだと感じています。
そんな曲を演奏するマイルスのオープン・トランペットの演奏には売れっ子の役者の風格があり、コルトレーンのテナーには脇役でありながら誰もが関心を寄せてしまう役者の雰囲気があります。この硬質で重量感のあるテナー演奏が、プレスティッジでのコルトレーンの始まりでした。


【エピソード、ゴルソンについて】
このセッションでこのゴルソン作の曲を取り上げたのは、コルトレーンの推薦であった。資料01には次の記述がある。
「トレーンはゴルソンへの恩返しをしようと、デイヴィスのアルバムのなかにベニー・ゴルソンの曲であるステーブルメイツを入れるようマイルスを説得した。その曲はジャズの古典となり、そのおかげでベニーは作曲家としてよく知られるようになり、トレーンも独奏者として名をあげた」
コルトレーンとゴルソンはの付き合いは古く、資料01の中には二人の関係の記述が6ヶ所もあります。今回は最初の記述、ゴルソンへのインタビューを紹介する。
『ハイスクール時代にカニンガムというアルト奏者と知り合った。カニンガムが言った。「ジョン・コルトレーンという新顔が町にいる。そいつはアルトを吹いているやつだ。ふつうの腕じゃないようだから、お前も一度あってどんなやつか確かめたほうがいいぜ」私はテナーを吹いていたので一度会ってみようと答えたが、ある日カニンガムがコルトレーンを連れて私の家に来るまですっかり忘れていたのである。アルト・サックスを持ってきたジョンは早速それを手にして、私がかつて一度も聴いたことがないような豊かな絶妙な音で演奏した。それはジョニー・ホッジスより豊かな音量で、幅の広い音だった。演奏曲目は、ホッジスがいつも好んで演奏する「オン・ザ・サニー・サイド・オブ・ザ・ストリート」である。彼の演奏があまりにも素晴らしかったので、二度目に彼がやってきたとき、私に母親は同じ曲をもう一度吹いてほしいと彼にたのんだくらいで会った』
この話は1943年頃のことである。その後にトレーンとゴルソンの演奏の記録は、資料06では3回しかない。それも1945年のジミー・ジョンソン・バンド、1947年のジミー・ヒースのバンド、そして1954年のジョニー・ホッジスのバンドでのものである。そしてこの3セッションの音源は残っていない。
1958年3月13日にトレーンはサヴォイのウィルバー・ハーデンのレコーディングに参加しており、この時にゴルソンはアレンジャーとして参加している。
 

4度

 投稿者:マハール  投稿日:2018年12月26日(水)07時25分36秒
  さてマークさんの「マイク ジャケ」作品。
RCA 44BXはギターアンプからの音の他に、ボディからの音を合わせて録音したいからなのだと素人思いながら本作を聴いていると、温かいサウンドでゆったりとブルースを聴かせるマークの演奏に、包まれているような気分になります。実に暗示にかかり易い自分なのだと考えながら、しっかりと個性のあるギター奏者だと、10年前の感想を改める自分がいました。
 

4度

 投稿者:マハール  投稿日:2018年12月25日(火)07時54分51秒
  その前に、この作品が録音された1994年6月8日(水)の新聞を見てみましょう。
先ずはトップ記事。
日経「スチュワーデス 契約・派遣社員に、航空3社 国内線に採用、来年度から日航切替え」
航空業界の競争激化と需要低迷を受けての対策です。私はこの記事よりも前に、テレビの情報番組で取り上げられたスチュワーデスの高級と休みの多さに驚いたことがありました。この記事の内容は時の流れなのでしょう。
因みに客室乗務員の呼称ですが、1980年代から日本でもスチュワーデスという用語を使わない動きが出ました。日航は1998年にスチュワーデスという呼称を廃止したとのことです。

読売「細川喚問 決着先送り、予算委、きょう衆院通過、玉虫色の委員長報告」
佐川急便からの1億円借り入れ問題であり、元秘書の深山正敏は証人喚問となりました。しかし細川首相は証人喚問を拒み続けましたが、結局この月に受け入れたとのことです。

朝日「投信 投資家保護を重視、大蔵省、研究会が抜本改革案、取引ルール初設定」
投信の中に、株式や債券の売買を繰り返して、証券会社への手数料を増やし、投信の利回りを悪化させているものがあるとのことです。
私は3年前からNISA枠で投信を買っています。今のところ、投信購入時の支払い手数料を含めても、収支はプラスのようです。


ではこの6月8日の読売新聞から少しばかり紹介します。
・9面経済面に「激戦 通信カラオケ、業務用市場にセガ参入、来春以降 家庭へ配信サービス」との見出しがあります。そこには参入企業を記した表があり、タイトー(1992/9)、エクシング(1992/9)、ギガネットワーク(1993/9)、第一興商(1994/4)、パイオニア(1994予定)となっています。
セガを入れてのこの5社、市場の拡大と共に競争も激化し吸収し吸収されの中で、現在でも通信カラオケを行っているのは、第一興商(独立系)・エクシング(ブラザー工業系)の2社であり、ギガネットワークについては確認できませんでした。
また家庭向けの通信カラオケについては数社が参入していますが、大きな市場とはなっていないようです。
・4面に「アメリカ永住権」と書かれたPCSの広告があります。アメリカの永住ビザ、所謂グリーンカードの応募代行サービスの広告です。そこには「今回対象から外れた国」として12カ国が掲載されています。
先ずはアメリカ永住権について、ウィキペディアから引用します。アメリカ合衆国連邦政府による米国の永住権及びその資格証明書は、初代の証明書が緑色だったことから「グリーンカード」と呼ばれています。その取得手段は5つあります。家族によるもの・雇用によるもの・コンピュータによる抽選によるもの・政治亡命・難民であります。
この広告での取得手段はコンピュータによる抽選によるものです。応募できない国は、過去5年間でアメリカ合衆国に5万人を超える移住者を送り込んでいる以下の国家とされており、日本は含まれていません。因みに日本人は毎年300名前後が当選しているとのことです。
最後にこのPCSですが、Permanent Change of Stationの略との情報がネット上にあります。アメリカ永住権応募代行を行う組織の情報は、ネットからはえられませんでした。
・TV欄テレ朝13:15「徹子の部屋」のゲストは、田代まさし氏です。家庭人田代に焦点を当てているようです。私はこの番組ではありませんが、田代まさしの良きパパの様子の番組を見たことがありました。本当に家族を大切にしている様子が分かっただけに、その後の転落は家族にとって辛いものだったのでしょう。
 

9度

 投稿者:マハール  投稿日:2018年12月24日(月)08時33分19秒
  「今日の1枚からつまみ食い」、今回のテーマは「マイク ジャケ」です。


「マイク ジャケ」作品の5枚目は、Mark Whitfield の True Blue、1994年6月8日の録音です。
このマイクは、マイク資料P13にあるRCA 44BXでしょう。とすればこれはリボンマイクであり、マイク資料では「アルミ箔を折ったリボンで空気の振動を捉えるマイク。非常にデリケートな構造をしている」「中域の質感が強いというか、いい意味で上と下の帯域が少ない」「独特の質感があって、マイク自体の世界観を強く出せる」とその特徴を述べています。
ジャケットを見て不思議なのは、楽器がフルアコであることです。しかしフルアコースティックギターと、アコースティックが入っていてもエレキギターです。録音に当たっては、ギターアンプにダイナミックマイクを良い角度でセットするわけで、なぜにギター本体の前にマイクをセットするのでしょうか。
このように私を混乱させたジャケットの演奏者はマーク・ホイットフィールドさんで、今でも人気ギタリストのお方です。2008年10月4日に「今日の1枚」に本作を掲載した際には、「ピアノ・トリオをバックにした、リラックスしたブルース演奏」としながらも、「僕の中に彼の個性が強く残っていない」とも感想を述べました。
 

10度

 投稿者:マハール  投稿日:2018年12月23日(日)07時48分38秒
  さてエルヴィンさんの「マイク ジャケ」作品。
この作品をマリアーノを主役にした作品と考えれば、いつもよりも気張っているマリアーノの好演との感想になります。それはそれで良い演奏に今回は私に響きました。
さてマイクですが、DPAのマイクとの情報をネット仲間から頂きました。


参考資料「Sound Designer 2018年6月号 マイク読本」有限会社サウンド・デザイナー発行
(文中ではマイク資料と表記)
 

9度

 投稿者:マハール  投稿日:2018年12月22日(土)08時33分15秒
  その前に、この作品が録音された1965年2月23日(火)の新聞を見てみましょう。
先ずはトップ記事。
日経「国際収支は心配ない、公定歩合再引き下げ、企画庁見解、輸入急増の不安」
1月の公定歩合引き下げの影響を検証した記事です。この時は証券不況の真っ最中で、政府は景気浮揚策を模索している中での公定歩合引下げでした。この年の11月からいざなぎ景気となります。

読売「夕張炭鉱で爆発惨事、坑内の49人絶望、11遺体を収容、10人重軽傷」
朝日「夕張(北炭)で坑内爆発、死者11人、49人不明、重軽傷18人、うめき声 なお残る」
最終的に死者は62人となりました。ウィキペディアの年表によれば、夕張炭鉱では1892年の採掘開始から1977年の閉山まで9回の事故が起きました。


ではこの2月23日の朝日新聞から少しばかり紹介します。
・7面に「悪質業者を摘発へ、通産省、軽量不足を重視」という見出しがあります。プロパンガスの品不足につけ込んで、一部の販売業者が正量販売を守っていないとの、一般消費者からの苦情を受けてのものです。私が国内でプロパンガスのお世話になったのは、塩山にいた3年強の時期です。しかしながらその形態は、アパートの一角に何本ものボンベがあり、そこから各戸へガスを供給する仕組みでした。使用者は使用料分だけを業者に払うものでした・
・1面の紙名下の広告はアイオイ封筒のもので、「松の緑と変らぬ品位」と宣伝しています。この会社は1905年創業で、封筒などの紙製品・事務用品の製造を行っておりました。事業は順調に推移していましたが、しかしバブル経済の崩壊後、競争激化により経営が苦しくな理、 社長の交代の後、大幅なリストラや製品の差別化を図ってきたものの、2004年に自己破産となりました。以上はウィキペディアからの引用です。
さてこの広告の謳い文句である「松の緑と変らぬ品位」ですが、これは「松寿千年翠(しょうじゅせんねんのみどり)」という禅語からのものでしょう。松の木の緑は千年経てもその色を変えないとの意味です。この会社は満100年目前で残念な結果となりました。
・TV欄では、NHK19:30からの「特派員報告」を取り上げた紹介記事があります。この日の題は「メコン・デルタ」で、重大局面を迎えた南ベトナムの農民を扱ったものです。ドキュメントのNHKの存在感を感じる内容ですね。
 

6度

 投稿者:マハール  投稿日:2018年12月21日(金)07時56分6秒
  「今日の1枚からつまみ食い」、今回のテーマは「マイク ジャケ」です。


「マイク ジャケ」作品の4枚目は、Elvin Jones の Dear John C.、1965年2月23日の録音です。
マイク資料P53によれば、「シンバルなどの金属系は、コンデンサーマイクを使うこともありますが、スネアの被りが多いので、ダイナミックのSM57を使うのがオススメです」としています。そのページには写真もあり、丸棒状のマイクがあり、セッティングのポイントを解説しています。
しかしエルヴィンの本作に写っているシンバルを捉えているマイクは、まん丸物です。コンデンサータイプかなと思うのですが、マイク資料にはこのマイクの写真は無し。こうなったらネットでと思い、キーワードを取っ替え引っ替えして検索しましたが、このマイクは見つけられませんでした。「マイク ジャケ」でつまみ食い4作目にして、この結果は残念です。
本作は「今日の1枚」で2002年12月25日に掲載しました。その際にはベースとドラムを絶賛しました。今回のつまみ食いでは、いかがなものなのでしょうか。
 

コルトレーン特集

 投稿者:マハール  投稿日:2018年12月20日(木)07時57分32秒
  「今日の1枚」が今日で20年、明日から21年目に突入です。
写真とジャズをタイトルにしたサイトを作りながら、ジャズ・ページがなかなか作れない状態だったのが20年前でした。その当時の個人サイトの必需品である掲示板を設け、閑古鳥が鳴くのを避けるために、「今日はこれを聴きますよ」「昨日のあれはこうでしたよ」そんなことを掲示板に書き始めたのでした。本当に軽い気持ちからでしたが、軽い気持ちだからこそ続いたのでそれをページ化しました。それから20年です。

来月からコルトレーン特集を始めます。
20年前の8月頃に自分のサイトを作る作業を始めたのですが、当初はジャズはコルトレーンに絞ったページにしていく考えでした。しかし何をどうしたらと考えるだけでなかなか進まず数カ月が経過し、「今日の1枚」が始まったのでした。
ここにきて、20年経って、ようやくコルトレーン特集をやってみようとの思いになりました。先ずは気軽に始めていきます。プレスティッジでの全曲を、1日1曲取り上げていくことにします。

6年のお休みを経て、サイト更新を再開したのが2015年のことでした。「今日の1枚」を10枚、そして「つまみ食い」を5枚(15日間の掲示板書き込み)取り上げる形での再開でした。
「つまみ食い」はそのまま、そして「今日のコルトレーン」と「今日の1枚」を月単位で行っていくことにします。「今日の1枚」でのコルトレーン紹介は控えてきましたが、「今日のコルトレーン」でアルバム単位で曲紹介が終わったら、次の月には「今日の1枚」でコルトレーン・アルバムを中心に取り上げていく形かなと、考えています。

サイト運営は自分が楽しむこと、ここで何度も書いてきましたが、これがサイト運営の全てです。コルトレーン特集を楽しんでいきます。お時間あればご笑覧下さい。
 

7度

 投稿者:マハール  投稿日:2018年12月20日(木)07時46分27秒
  さてさんの「マイク ジャケ」作品。
一生懸命歌っているのはわかる、しっかりとレッスンを積んだのもわかる、しかしながら私には何も響いてこない内容です。だいたいジャケでSM58を持っている手のしている手袋は何なのだ。西洋の正装についての知識はないが、この手の服装の場合はもっと長い手袋をするもんだ。強盗が指紋をつかないようにしている姿にしか見めない。
いかん、私の悪い癖が出ました。一つ気に入らなければ全てを悪くしてしまいます。ある意味で「ゴッパチ」は常識的存在なのでしょうが、それを私に教えてくれたことにこの作品の素晴らしさがあります。



参考資料「Sound Designer 2018年6月号 マイク読本」有限会社サウンド・デザイナー発行
(文中ではマイク資料と表記)
 

6度

 投稿者:マハール  投稿日:2018年12月19日(水)07時45分14秒
  その前に、この作品が録音された1996年4月8日(月)の新聞を見てみましょう。
先ずはトップ記事。
日経「財投 使い残し10兆円 運用低迷響く、95年度過去最大、収支悪化は必至」
財政投融資が戦後の日本の発展に寄与してきた事は事実です。しかしこの資金預託入り口には郵便貯金・簡易保険・国民年金および厚生年金資金の三つで成り立っており、これが年金を今のようにしてきたのでした。その後に多くの批判を受けて、2001年には年金は財投から外れて自主運用となりました。

読売「慰安婦基金、一時金7月支給開始、韓比台300人対象、一律200万円が有力」
女性のためのアジア平和国民基金によるものです。

朝日「末野社長を明日にも査察、大阪国税局 住専資金解明急ぐ、裏金流用の脱税容疑、関連会社も同時に」
難波の借金王 末野謙一氏が率いた末野興産によるもので、この年の11月に末野興産は破綻しました。私はこの騒動の時のTV報道が、新幹線に乗り込もうとする末野謙一氏にインタビューを試みる場面が強く印象に残っています。穏やかな口調で報道陣をかわす末野謙一氏、その周りの人は堅気ではない雰囲気で「そのくらいにしとけや」と報道陣にドスをきかせていました。YouTubeにその場面が無いのが残念です。



ではこの4月8日の朝日新聞から少しばかり紹介します。
・7面国際面に「楊貴妃ヒント 牛乳風呂営業、非難モーモー、中国」との見出しがあります。牛乳業者が始めたものですが、「成金や公費を使った役人の奇形消費を助長するだけ」との非難が強いとのことです。中国の商魂はすごいですね。
・3面下に「定評あり! 語学辞典は白水社」との広告があります。いくつもの語学辞典を紹介していますが、その中に「イタリア料理用語辞典」「フランス料理用語辞典」がありました。この両国に修行に出て行く日本人の多さを、これから感じました。
・TV欄日テレ20:00からの「スーパーテレビ特別版」の内容紹介に、「3億円犯人はA少年」とのものがありました。テレビでの三億円ものは、事件から40年以上過ぎた今でも人気テーマであります。
 

7度

 投稿者:マハール  投稿日:2018年12月18日(火)07時45分24秒
  「今日の1枚からつまみ食い」、今回のテーマは「マイク ジャケ」です。


「マイク ジャケ」作品の3枚目は、Dara Cedaka の What's New、1996年4月8日の録音です。
舞台衣装を着てデラ・セダカさんが持っているマイクは、ジャズでもロックでも良く見かけるマイクです。ヴィンテージから最新のものまで多数のマイク写真がけ祭されているマイク資料を見ますと、このマイクはシュアSM58でしょう。ダイナミックマイクの代表格であるこのマイクは、1966年に発売されたもので、今でも発売されております。ウィキペディアにもページを持つSM58は、日本では「ゴッパチ」「ゴッパー」「ゴッパ」などの愛称で呼ばれています。
さてこのマイクを持つデラ・セダカさんの作品を「今日の1枚」で取り上げたのは、1998年12月27日のことでした。その際には私は、「良い味があまり出てなかった」との素っ気無い感想を書いていました。こんな感想ですので、今まで聴き返したことは無く、このSM58によって20年ぶりに聴くことになります。
 

6度

 投稿者:マハール  投稿日:2018年12月17日(月)08時06分49秒
  さてジャシンタさんの「マイク ジャケ」作品。
歌手の命は声質ですね、いくら歌唱力が高くとも、いくら表現力が素晴らしくとも、声質が受け入れ難ければ好きな歌手にはなりません。もちろん、これには好みもあります。微かな色気と微かな可愛らしさを備え持つ声質のジャシンタさんは、私好みの歌手であります。それを見事にノイマンM49が捉えていました。



参考資料「Sound Designer 2018年6月号 マイク読本」有限会社サウンド・デザイナー発行
(文中ではマイク資料と表記)
 

2度

 投稿者:マハール  投稿日:2018年12月16日(日)08時20分37秒
  その前に、この作品が録音された1998年1月5日(月)の新聞を見てみましょう。
先ずはトップ記事。
日経「都銀 個人資産の獲得競う、ビッグバンに対応、会員制で金利優遇、長期の新証券発行」
私が少しばかり横浜銀行とお付き合いした感想を言えば、しっかりとした金持ちを対象としている営業姿勢です。少しばかりの資産で既に投資を行なっている客には、全く見向きもしないという姿勢です。長く付き合うという姿勢がなければ、客が銀行を乗り換えるということが分かって無いようです。貧乏人の嘆きといえば、それまでですが。

読売「国際通信で包括提携、日本テレコムとグローバルワン 月内に正式協議、合弁の計画も」
日本テレコムは国鉄が母体で出発し、様々な経緯を経て今はソフトバンクテレコムになっています。一方のグローバルワンはこの時期だけの存在だったのでしょうかね。激しすぎる合弁の中で、ネット上では今やグローバルワンに触れているページは殆どありません。

朝日「民主 大統一会派提唱へ、新進6分割確定、きょう結党届け、野党再編性が加速」
離れるとか一緒になるとか、この流れは今でも続いています。結局のところ、強力なリーダーとそれを支える3人の存在がなければ、野党一致はできないでしょう。今の状況をみれば、支える3人どころか強力なリーダーも見つかりません。


ではこの1月5日の読売新聞から少しばかり紹介します。
・7面国際面のニューススポットに「ポル・ポト元首相 国外脱出??」との見出しがあります。タイのスリン外相の話だとしています。また記事にはカンボジア政府系紙の報道として、大量虐殺の罪で国際法廷で裁かれるのを避けるための脱出だとしています。
結果としてですが、この年の4月15日にポル・ポト元首相は亡くなりました。新政府軍の攻撃から逃れて密林地帯にいたそうです。死因は心臓発作とも毒殺とも言われています。
・1面に三浦工業の広告があり、真空冷却機CM型を宣伝しています。「食中毒対策にスピード冷却!」とあります。ボイラの三浦、小型貫流式蒸気ボイラーのシェアで日本国内トップを誇っている三浦です。今でも真空冷却機CM型を販売していますが、三浦工業の中では主力製品では内容です。
・TV欄NHK教育21:00からの「料理」では、「4人前1000円」との題での放送で、陳建一が出演しています。この「料理」とだけ番組表にあるこの番組は、1957年から始まり今でも続いている「きょうの料理」のことです。この放送当時は32歳であった陳建一さん、分かりやすい説明の方です。
 

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