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22度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 7月22日(月)07時33分23秒
  その前に、この作品が録音された1997年2月1日(土)の新聞を見てみましょう。
先ずはトップ記事。
日経「決算 連結中心に転換、企業会計審制度改革案、対象子会社も拡大、99年3月期から実施、国際化で開示拡充」
企業の国際化、事業の多角化、そして持株会社解禁を睨んでのものです。

読売「継続監視の必要性強調、破防法 オウム適用棄却、公安審、危険性は依然残る」

朝日「オウムに破防法適用棄却、明白な危険性否定、公安審、監視の必要は指摘」

破防法は1961年の三無事件、1971年の渋谷暴動事件に適用されましたが、1995年の一連のオウム真理教事件には適用されませんでした。代わりに団体規制法が制定されオウム真理教およびその後継団体および分派団体に適用されました。
この記事の当時には、オウム真理教にすら適用されないのなら、一体何に適用されるのか、実質的に適用できない法律ではないのかという根強い批判がありました。(ウィキペディアより)



ではこの2月1日の読売新聞から少しばかり紹介します。
・6面に「客船事業から撤退、昭和海運」との見出しがあり、「今年6月の撤退が決まった おせあにあ ぐれいす」とのコメント付きで客船の写真が掲載されています。この客船は昭和海運所有の唯一の客船で、1989年就航以来赤字だったとのことです。
ちなみにウィキペディアによれば、現在の日本の客船は4隻あります。郵船クルーズの飛鳥II、商船三井客船のにっぽん丸、日本クルーズ客船のぱしふぃっくびいなす、そしてせとうちクルーズのガンツウです。私は横浜みなとみらいの大桟橋でガンツウ以外の3隻をよく見かけます。
・TV欄下にある広告は、「そろそろ、どうだ。パーフェクトTV!」とのものです。この会社、このCS放送局はこの広告の翌年にJスカイBに統合されました。
・TV欄 テレ朝 7:00からは「茂三の裏話」という番組で、「三月危機政局綱渡り」とのテーマです。茂三とは早坂茂三氏のことです。田中元首相の政策秘書を長く務めた早坂氏は、田中元首相が脳梗塞で入院した1985年に、その治療法を巡って田中家と対立し、早坂氏は田中家から追い出されました。その後に政治評論家に転身し、テレビでも活動し、この番組はその活動の一つです。
 

25度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 7月21日(日)07時34分31秒
  「今日の1枚からつまみ食い」、今回のテーマは「イス ジャケ」です。


「イス ジャケ」作品の14枚目は、Janet Seidel の The Art Of Lounge、1997年2月1日の録音です。(日付は決め打ち)
イス資料には数多くの名作イスが掲載されており、本作ジャケのイスはその中にあると思い探しましたが掲載されてませんでした。きっとどこかのホテルの特注品なのでしょう。
私は海外で13年間過ごしてきましたが、ホテルと縁が深かった13年とも言えます。出張者のアテンド、顧客や取引先などとの打合せなどで、毎日のようにホテルにお世話になっていました。各ホテルには特徴があり、ラウンジの雰囲気も特徴の一つです。頭に幾つものホテル思い浮かび、それと同時にラウンジの様子も頭の中に入ってきます。残念ながらイスの特徴は思い浮かびませんが、その座り心地の感触は思い浮かびます。
そんな生活から離れて早いもので6年ですが、今となっては良い思い出です。
ジャネットさんがホテル特注のイスに座りカクテルグラスを傾けているジャケットの本作を「今日の1枚」で取り上げたのは、2001年9月30日のことでした。4曲ほどへ感想を書きましたが、今回の「つまみ食い」ではフローズン・マルガリータが似合いそうなジャネットさんを探したいと思います。
 

26度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 7月20日(土)07時19分2秒
  さてヌッチオさんの「イス ジャケ」作品。
地下鉄の車内で気持ちを落ち着けたい時にピッタリのピアノトリオ作品です。でも眠くなって、乗り過ごしてしまうかも。今回のつまみ食い、20年ぶりに聴いた感想はこんなものでした。
 

24度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 7月19日(金)07時31分6秒
  その前に、この作品が録音された1994年3月3日(木)の新聞を見てみましょう。
先ずはトップ記事。
日経「首相 内閣改造を断念、社民などの反対崩せず、指導力低下は必至」
読売「首相 内閣改造を断念、政権基盤に亀裂、社党など反対貫く、小沢氏ら強い不満、官房長官更迭もなし」
朝日「首相 内閣改造を断念、与党内の混乱回避、予算成立後になお模索、指導力に陰りも」
1993年8月に55年体制以来38年間政権を維持してきた自民党を下野させ成立した細川内閣ですが、結局この記事の翌月末に細川内閣は終わりを迎えます。
ウィキペディアによれば55年体制を終わらせた立役者の一人である小沢一郎がインタビューで、「素人が政権を取ったのだからしょうがない。イギリスの議会制民主主義だって定着するまで時間がかかっている」と述べています。
政権素人の野党は今も続いています。


ではこの3月3日の読売新聞から少しばかり紹介します。
・9面に「国産米流通在庫150万トンも、特米価格最高更新、売り惜しみで急騰」との記事があります。前年の凶作が背景とのことです。
・22面の全面広告は「ラバットのアイスビール」です。カナダのラバット社がアイスブリューイング製法(氷結醸造)で作ったビールで、輸入・発売元はポッカです。
まずラバット社ですが、この広告の翌年にベルギーのインベブに買収されました。しかし今でもラバット・ブランドで数種類のビールを発売しており、その中にアイスビールのラバット・アイスがあります。
次にラバットとポッカの関係ですが、1998年にポッカがラバット・ブランドのビールを扱っていたようですが、その後のことは分かりません。今ではラバット・ブランドを扱う国内会社は内容です。またポッカは2009年にサッポロの子会社になっています。
・TV欄の民放のワイドショーでは、細川内閣を扱っている番組はありませんでした。まだこの時期にはワイドショーで政治ネタは取り上げていなかったようです。
 

24度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 7月18日(木)07時30分28秒
  「今日の1枚からつまみ食い」、今回のテーマは「イス ジャケ」です。


「イス ジャケ」作品の13枚目は、Nuccio Intrieri の Jazz My Dear、1994年3月3日の録音です。
椅子が必ずある場所の一つが、乗り物の中です。本作のジャケは車内表示からブルックリンのコニーアイランドを走っている地下鉄だと思います。その車内にある椅子はプラスティック製であり、かつて私が住んでいた香港の地下鉄の椅子もプラスティック製でした。香港を離れてから13年経ちますが、このジャケを見ると、プラスティック製椅子の座り心地がすぐに蘇ってきます。固くて滑りやすいものですが、すぐに慣れた記憶があります。
本作を1999年6月25日に取り上げた際には、「ほんわかした雰囲気を漂わせながら、綺麗なアドリブを繰り広げていく」としながらも「何か焦点が定まっていない感じ」とも感想を述べました。今回のつまみ食いでは、地下鉄に似合う演奏を探したいと思います。
さてヌッチオ・イントリエリさんですが、「今日の1枚」で取り上げた際には全く情報を得られませんでした。当時はインターネットの普及期でしたが、今なら彼の情報が得られると思ったのですが、やはり情報なしでした。もう1枚作品があること、本作が2016年に再プレスされたこと、そんな情報だけを得られました。
 

21度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 7月17日(水)07時15分59秒
  さてマーティさんの「イス ジャケ」作品。
「I've Grown Accustomed To Her Face」はミュージカル「マイ・フェア・レディ」への挿入歌であり、何人ものミュージシャンが取り上げていますが、派手さはない美しいバラッドです。
「I've Never Been In Love Before」はミュージカル「野郎どもと女たち」への挿入歌で、地味な存在の曲です。
耳に残る有名曲が多い本作の中で、この2曲がひっそりとしながらも、ペッパーのアルトの艶っぽさを中心にしっかりと自己主張しています。
脇役の踊り子さんだけれど、何故だか目がいってしまう方がいるステージを想像しながら、聴き終えました。
 

20度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 7月16日(火)07時47分16秒
  その前に、この作品が録音された1959年5月14日(木)の新聞を見てみましょう。
先ずはトップ記事。
日経「賠償交渉 全部片付く、十億ドル  一人四千円、経済発展にいかせ、資本財重点に壁、ガラス張りで実情認識が必要」
ベトナム(南)との賠償協定が調印されたことの報道です。平和条約14条による日本への賠償権を持つ国との賠償協定は、すべてこれで終わりました。

読売「開会演説に入る、ハーター長官 建設的支援を期待、東西外相会議」
米英ソ仏の4カ国の外相会議のことを東西外相会議と呼んでいたのですが、ネットではその東西外相会議の情報は得られませんでした。

朝日「日ソ漁業、議事録に調印、来年の交渉モスクワで、漁獲量 85,000トン」
日本の外務省でこの会議は行われておりました。



ではこの5月14日の朝日新聞から少しばかり紹介します。
・4面に「経済安定が先決、デノミネーション、為替平価は堅持、日銀総裁談」との記事があります。日本で何度かに渡り議論されたデノミネーションですが、私が記憶しているのは福田首相の時のことです。ネットで調べますとそれは1977年10月19日の参議院予算委員会のことで、「私は、早く日本の経済が、物価の面から見ましても景気の面から見ましても国際収支の面から見ましても雇用の面から見ましても、まあまあ落ちついたというような状態を早く実現をしたい、こういうふうに考えておりますが、その際にはこのデノミネーションを行いたい、こういうふうに考えております」と積極的な発言をしておりました。それから40年を経過し、国会で何度かデノミが議論されたようですが、それを行う様子は全くありません。
・12面スポーツ面に「週刊スリラー」という雑誌の広告があり、出版は東京・日本橋 森脇文庫です。恐らくこの広告は創刊直後のものであり、翌年11月には廃刊となっております。森脇文庫は森脇将光氏が運営する出版社です。
ウィキペディアによれば、森脇氏は終戦後の混乱期に東京・日本橋で金融業を始め、戦後の混乱期に乗じて高利で莫大な利益を得て、金融王と呼ばれていた人です。また金融業者として独自の調査能力を誇り、森脇氏のメモは「森脇メモ」と呼ばれ、幾つもの政治汚職において「森脇メモ」が存在感を発揮しました。
私は仲代達矢が主演した「金環蝕」という映画を思い出します。九頭竜川ダム汚職事件を扱った映画で、その中では石原参吉の「石原メモ」という名で、物語の重要な存在になっていました。
・TV欄に民放連が行なった全国のテレビ局の性格調べの記事があります。5つの項目について、各局の放送割合を示したものです。項目名とトップの局名、その割合を記します。
1.報道   テレビ西日本 18.4%
2.社会教育 ラジオ東京 24.4%
3.音楽舞踏 静岡放送 11.9%
4.文芸娯楽 山陽放送 65.6%
5.スポーツ 日本テレビ
また各局の放送比率のバラツキを見ますと、少ないのが報道、中程度がシャキ教育と文芸娯楽、バラツキが大きのは音楽舞踏とスポーツでした。
 

20度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 7月15日(月)06時27分43秒
  「今日の1枚からつまみ食い」、今回のテーマは「イス ジャケ」です。


「イス ジャケ」作品の12枚目は、Marty Paich の The Broadway Bit、1959年5月14日の録音です。(録音日の翌日)
本作を1999年1月20日に「今日の1枚」で取り上げた時に、そして2018年1月21日に「Just In Timeでつまみ食い」した際に、私はジャケへのコメントを書きました。それは男なら一度は入ってみたい、入ったら入ったで目線が宙に迷う場所が、ジャケにあるからです。踊り子さんの控え室に足を踏みれる前から視線が定まらないであろう私ですが、ジャケならじっくり見ることができます。
今回のつまみ食いのテーマは美脚ではありませんので、イスについてコメントします。革張りの背もたれが低めのイスに、踊り子さんは座っています。昔ながらの喫茶店にあるようなイスに座り脚を放り上げている踊り子さん達の姿はリラックス出来るものなのかなと思いながら、やはり頭は御御足に移ってしまうのは致し方ないことでしょう。
今回のつまみ食いでは、色気のある演奏を見つけたいと思います。
 

20度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 7月14日(日)07時22分18秒
  さてマーカスさんの「イス ジャケ」作品。
マーカス作の「Country By Choice」でのアップテンポでのピアノの響きが気持ちよかったです。もう少しライブな音にしたらとの思いがありますが、ジャズでは一般的な録音なのでしょう。ジャケのピアノをじっくり見てから聴いたからなのでしょうけど、もう少しアタックの強弱があればと思いました。
作品としては、エルヴィンの好サポートにウィントン・マルサリスやチャーリー・ラウズのホーンの魅力があり、なかなか楽しめるものです。決定打があれば有名盤になったと感じた、今回のつまみ食いでした。
 

22度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 7月13日(土)07時45分18秒
  その前に、この作品が録音された1988年7月26日(火)の新聞を見てみましょう。
先ずはトップ記事。
日経「農地転用規制を緩和、第一種も認める、農水省検討、農業生産性を向上」
第一種農地とは、国が公共事業として土地改良などした農地のことです。
生産性の低い農地の転換を進めて構造改革を行い、農業の生産性を上げて国際競争力を高めるのが、この緩和の目的とのことです。

読売「潜水艦が判断ミス、海保見解、発見時 右転怠る、数分で接近 予想できた、三管本部、富士丸をさらに聴取」

朝日「瓦長官 辞意固める、潜水艦事故、対策にメドつけ」

7月23日に横須賀港北防波堤灯台東約3km沖で海上自衛隊潜水艦なだしおが遊漁船の第一富士丸と衝突し、第一富士丸の30名が死亡し17名が重軽傷を負った、衝突事件に関する見出し記事です。
海上自衛隊側に航泊日誌の改竄もあり、大きな問題となりました。なだしお艦長(事件当時)と第一富士丸船長は共に、執行猶予付きの禁固刑となりました。
防衛庁長官の瓦力は当時の竹下首相に辞表を提出し、8月24日に引責辞任となりました



ではこの7月26日の日経新聞から少しばかり紹介します。
・30面社会面に「米国アイスクリーム店、モスクワにこの夏上陸、FC方式 ソ連でチェーン化も」との見出しがあります。米国のバスキン・ロビンズ社の「31(サーティ・ワン)」ブランドの店のことで、赤の広場付近への出店とのことです。これは当時のソ連のゴルバチョフ政権下での急速な市場開放によるものでした。ちなみにアイスクリームは同社の英国工場から陸路で数日かけて運ぶとのことです。
ネットで見ますと、今もロシアでしっかりと営業しているようです。何店舗あるのかの情報は得られませんでしたが、店の写真を見ますと「バスキン・ロビンズ」とのブランド名を使っています。
・14面の3分の2を使って、パナソニックの「レーザープリンター搭載 くきり印字ワープロ」の広告があります。「20MBのハードディスク」も売り文句にしており、価格は155万円です。
この後ワープロは、四半期毎にどんどんと安くどんどん高機能になっていきました。しかしながらパソコンの普及により、21世紀に入ってすぐにワープロ専用機は姿を消していきました。
・TV欄 テレ東 20:00から「爆笑おもしろ寄席」があり、「名人対決・東西漫才&浪曲落語」とのテーマで、いとし・こいし、桂子・好江、円歌、堺すすむ、馬風が出演しています。この中で今でも活躍しているのは、堺すすむと馬風です。
 

18度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 7月12日(金)07時36分52秒
  「今日の1枚からつまみ食い」、今回のテーマは「イス ジャケ」です。


「イス ジャケ」作品の11枚目は、Marcus Roberts の The Truth Is Spoken Here、1988年7月26日の録音です。
グランドピアノの長さ、つまり奥行きはどれほどと思いヤマハのページで調べましたら、15種類ありました。短いのは151cm、長いのは275cmでした。その275cmはコンサートグランドピアノ「CFX」で、お値段は19百万円です。世界には300cmというピアノがあるようですが、他のメーカーを見ますとヤマハと同様に、コンサートホール向けは大体275cmでした。
今回つまみ食いするマーカス・ロバーツの作品ジャケに写るピアノはメーカーは分かりませんが、間違いなくコンサートホール向けグランドピアノです。そして今回のつまみ食いのテーマである椅子、ピアノ椅子は、このジャケではやけに小さく感じます。
2008年10月23日に「今日の1枚」で取り上げた際には、マーカス作の「The Arrival」にいたく感心した感想を書いておりました。今回はこのコンサートグランドピアノの響きを最も気持ちよく感じた曲について、感想を書きたいと思います。
 

20度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 7月11日(木)07時52分32秒
  今日のコルトレーン

19570816-01
Trane's Slow Blues (John Coltrane)
(6分4秒)



【この曲、この演奏】
コルトレーン作のクレジットされていますが、この曲は「バグス・グルーブ」です。資料09には「バグス・グルーブを思わせるコルトレーン作ブルース」と曖昧に、資料11では「くだんのプレスティッジ所有の貴重な楽曲」と曲名表記を避けて書いてあります。資料06では曖昧な表現を用いずに、バグス・グルーブだと書かれています。
アール・メイの骨太ベースから始まる演奏は、コルトレーンのテナーが絡みついていきます。モンクのところで経験を積んだコルトレーンは、強がりが必要な男の生き様を感じさせます。ベースとドラムのソロの後での再びのコルトレーン・ソロとの聴き比べにも面白いものがあります。


【エピソード、このセッション】
2度目のリーダー・セッションが何故にピアノ・レスのトリオなのかについては、資料11で予定していたピアニストが現れなかったからと書かれている。これは評論家のジョー・ゴールドバーグがコルトレーンにインタビューした際に、コルトレーン自身が語ったことである。しかし誰なのかについてはゴールドバーグは聞かなかったとのことで、資料11では聞き忘れとしている。また資料11では、恐らくそれはガーランドであろうとの推測が書いてある。
なお、ベース奏者のアール・メイとコルトレーンの共演は、本セッションだけである。
 

19度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 7月10日(水)06時58分48秒
  今日のコルトレーン

19570531-07
I Hear A Rhapsody (Fragos - Baker - Gasparre)
(6分)


【この曲、この演奏】
トミー・ドーシー楽団やグレン・ミラー楽団がヒットさせたこの曲は、エヴァンスとジム・ホールのデュオ演奏でジャズファンの間で有名な曲です。その他にもシナトラやドン・フリーマンなどの演奏もあります。(資料14)
この曲を通常よりもアップテンポで演奏し、テーマからソロへとコルトレーン独り舞台で飛ばしていく様は、コルトレーンの初リーダーセッションへの喜びとも、はたまた暴走とも感じられます。
この演奏は初リーダーアルバムには収録されませんでした。




【エピソード、プレスティッジと契約、出版社】
プレスティッジとの契約には、オリジナル曲はプレスティッジ付属の出版社に登録することになっていた。
このコルトレーン初リーダー・セッションには彼作の2曲が演奏されており、この2曲はプレスティッジ付属の出版社管理となる。これは若手ミュージシャンが中小レーベルと契約する際の基本条件であった。
プレスティッジ時代のコルトレーンが作曲にどれほど熱心だったかは分からないが、2年間のプレスティッジ時代にコルトレーン作の曲が少なかった要因には、この出版管理の契約が影響しているのかもしれない。(資料11)
 

19度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 7月 9日(火)07時26分19秒
  今日のコルトレーン

19570531-06
Time Was (Luna de la Fuente - Prado Russell)
(7分28秒)


【この曲、この演奏】
この曲は1936年に作られ、1941年に歌詞がつき、トミー・ドーシー楽団の録音がヒットしました。その時に歌っていたヘレン・オコンネルの再録音が歌ものでは聞きものであり、インスト物ではパウエルやケニー・バロンの録音もありますが、コルトレーンの初リーダー作が注目です。(資料14)
コルトレーンの演奏記録は、本セッションだけです。
明るく元気にとのタイプの曲で、アルバム構成には必要なタイプの曲言え、演奏もその通りのものです。マイルス抜きの元マイルス・クインテットの演奏ですが、コルトレーンにとっては五ヶ月ぶりの旧友との演奏は楽しいものだったのでしょう。



【エピソード、各資料からこのセッション】
「コルトレーン30才にして初リーダーアルバムを吹き込む。ジャケット写真は57年5月31日(金)、NJ州ハッケンサックのRVGスタジオの裏庭で撮影」とのコメントを添えて資料12には、エズモンド・エドワーズ撮影の白黒ベタ焼きが29コマ掲載されている。演奏風景が18コマ、裏庭でのコルトレーンが11コマだ。この裏庭11コマ中、ジャケで使った撮影設定は7コマあり、やはりジャケ使用コマが良いものだ。しかし斜に構えて顔は正面のポーズにペンで四角に手書きしているコマがあり、ひょっとしたらジャケ用の最初の候補はこのコマだったかもしれない。
演奏18コマの中に、スプローン一人のトランペット演奏風景があり。資料11の「ジャズ史上これ以外は全く知られていない」とのスプローン紹介が正しいならば、このハンチングを被ったスプローンの演奏風景は、彼のプロのジャズマンとしての活動を捉えた唯一の写真かもしれない。
 

19度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 7月 8日(月)07時14分1秒
  今日のコルトレーン

19570531-05
Violets For Your Furs (Dennis - Adair)
(6分16秒)


【この曲、この演奏】
「エンジェル・アイズ」と並ぶマット・デニスの代表曲であり名曲です。(資料14)
作者本人の演奏やシナトラの歌などでも有名な曲ですが、何と言っても本セッションでのコルトレーンの演奏により有名になった曲です。
コルトレーンの数多いバラッドの名演の中でも、ここでのこの曲の演奏は初期の名演として語られております。しかしながらコルトレーンのこの曲の演奏記録は、本セッションだけであります。
さてカルテットで演奏された本曲は、よく使われる表現で言うならば、抒情詩的な演奏となっています。とにかくコルトレーンのメロディを大切に演奏する姿は、その音色と共に人々の記憶に残るものになっていきました。ガーランドもコルトレーンの姿を引き継ぎながらも、自分の個性を発揮していく演奏です。




【エピソード、各資料からこのセッション】
資料11では、本セッションの元となったコルトレーンのプレスティッジとの契約について、次のように書かれている。
「それまでコルトレーンに一目置いていた訳ではなかったリバーサイドのオリン・キープニュースは、4月中旬のモンク・セッションでのコルトレーンの演奏を聴いて、感心した。その夜にキープニュースはコルトレーンに契約状況を聞いたところ、3週間前にプレスティッジと契約し、とのことだった。キープニュースはこれを聞いて、非常にがっかりしたとのことだ」
他にもキープニュースの話として、ブルーノートがプレスティッジにコルトレーンとの交渉権を譲った、とのことが書かれている。
 

19度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 7月 7日(日)07時29分23秒
  今日のコルトレーン

19570531-04
Bakai (Calvin Massey)
(8分40秒)


【この曲、この演奏】
カルヴィン・マッセイ作のこの曲のコルトレーンの演奏記録は、本セッションだけです。この曲について資料05では次のように紹介しています。
「バカイとはアラビア語で叫びを意味する。作曲は、キャルヴィン・マッシー。フィラデリフィアで絶大な信頼を得たトランペッター兼アレンジャーで、コルトレーンの親友でもある。北部に生まれたエメット・ティル(当時14歳)が、夏休みに南部ミシシッピ州に遊びにきていて、白人女性に声をかけただけで、凄惨なリンチを受けて川に投げ捨てられた。南部の厳しい人種差別を知らなかった黒人少年を弔う曲である」
メンバー全員がこのマイナー・ブルースに込められた意味を、しっかりと理解して、自分の考えをもって、演奏に望んでいると感じました。シハブのバリトンを活かしたテーマはまさに叫び、それに続くガーランド、コルトレーン、シハブのソロは深い想いに包まれているものです。特にガーランドのソロは、いつもとは違うガーランドの姿を見せています。
全米を激震させたエメット・ティルの惨殺は、アフリカ系アメリカ人の公民権運動の高まりとなりましたが、裁判の結果は無罪。これはキング牧師の「私には夢がある」スピーチ、ディランの曲などにより、1960年代以降もアメリカ人にとって忘れられないものになっていきましたが、では南部の黒人差別はどうなったかについては、悲しい限りです。





【エピソード、各資料からこのセッション】
資料05に書かれている初リーダー録音について、要約して次に紹介する。
「ミュージシャンは誰しも、自分の初リーダー作には思いの丈をすべて注ぎ込む。その意気込みが、このバカイという曲には現れ出ている」
「幸いなことにアルバム コルトレーンは、録音から五ヶ月後の1957年10月に発売された。このアルバムはコルトレーン初期の傑作として日本でも愛聴されている。ただし日本では、バリトンサックスが炸裂し、、テーマが劇的変化を遂げるバカイのアレンジよりも、コートにすみれをの、美しいバラードに注目が集まる。これは、コルトレーンのアルバムの中でも随一の傑作と呼ばれる至上の愛よりも、バラードを好んで聴くことにも通じている」
 

19度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 7月 6日(土)06時56分38秒
  今日のコルトレーン

19570531-03
Chronic Blues  (John Coltrane)
(8分11秒)


【この曲、この演奏】
この曲はコルトレーン作のマイナー・ブルースで、コルトレーンの演奏記録は本セッションだけであります。
重みを感じる演奏です。深い悲しみ、ぶつけようのない挫折感、誰もが持つことがあるそんな感情を、決して態度に出さないがそれが滲み出てくる、そんな人間の様子が私の前に浮かんできます。シハブから始まるソロは、そんな人間をそれぞれ描いています。こんな気持ちで聴くと、表現力豊かなコルトレーンのソロに続くスプロンのソロも、こんな人間もいるなと思う演奏でした。




【エピソード、各資料からこのセッション】
資料03には次のように書かれています。
「五月の最終日、ニューヨーク・シティにて、彼はコルトレーンとタイトルされた記念すべき初リーダー・アルバムをプレスティッジに吹き込んだ。冒頭のトラック(ストレート・ストリート)からして、彼の意欲は明快だ。コルトレーンは自らを改造し、チャンスを台無しにしなかった。彼はアルバムに収められたほとんど全てのソロを、彼固有のフレーズを散りばめながら演奏する。それらは実にバラエティに富んでおり、しかも正確で活気がみなぎっている。アルバムのうち半数の曲で、彼はサヒブ・シハブの吹くバリトン・サックスの重厚なサウンドをアンサンブルに加え、自らのテナーとハーモナイズさせている。全体として、これはコルトレーン特有の個性が示された見事なアルバムに仕上がっている」
 

21度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 7月 5日(金)07時09分31秒
  今日のコルトレーン

19570531-02
While My Lady Sleeps (Kahn - Kaper)
(4分43秒)



【この曲、この演奏】
「コルトレーンがしばしば引用していた曲であるが、ここでやっとその全曲が聴けることになった」と資料11にあります。コルトレーンが惚れている曲なのでしょうけど、演奏記録としては、このセッションだけです。ブラニスラウ・ケイパー作のこの曲は資料14には掲載されておらず、有名曲ということではないようです。
静穏な雰囲気のバラッドを、コルトレーンは曲をしっかりと噛み締めながら、愛を感じる演奏をしています。ここでのテナーの艶っぽさは、言いようのない素敵なものです。コルトレーンの愛想曲というのが、よく分かる演奏です。
ここでの演奏ではバリトンのシハブは抜けており、トランペットのスプローンも最後にチラッと音を出す程度なので、実質ワン・ホーンと言える演奏です。
さて資料11ではこの演奏でのコルトレーンの演奏技術面について、次のように解説しています。
「彼はセロニアス・モンクから一時に2、3音を出す方法(マルチフォニックス)を教えてもらったと語っているが、この演奏の最後のコードにレコード上初めてのこのテクニックがお目見えする」
貪欲に練習するコルトレーンの技術の向上を示している解説だですが、肝要なのはそれが表現力として使われているところでしょう。



【エピソード、各資料からこのセッション】
資料09には次のように書かれています。
「マイルス・コンボに参加することにより、身をもって当時進行中の新しいジャズのムーヴメント、即ちハードバップを体験したコルトレーンが、いよいよ自己名義のリーダー・セッションを持つことができた。マイルスの下で共演したレッド・ガーランドの参加もこのセッションを実りの大きいものにしている。初リーダー作にして既にコルトレーン・ミュージックの様々な可能性の萌芽が見られる。若々しきに満ちた好演」
 

24度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 7月 4日(木)07時29分36秒
  今日のコルトレーン

19570531-01
Straight Street (John Coltrane)
(6分20秒)


【この曲、この演奏】
コルトレーン作の曲であり、資料09によれば彼自身がアレンジも行っている。初リーダー・セッションの最初に用意した自作曲なので、さぞや強い思いがあるのかと思いきや、資料06によればコルトレーンの演奏記録は本セッションだけです。
この曲はトランペットとバリトン・サックスを加えての3管で、マルのピアノでのセクステットでの演奏です。
さて演奏ですが、ミドル というかアップテンポの曲をバリトン・サックスを巧みに活かした重みのあるアレンジのテーマで、この曲は始まります。続くコルトレーンのソロは、めり張りのきいたものです。資料11によれば「そのクロマチックなコード進行を実に楽々と操る」と、このソロにコメントしています。続くスプローンのソロは、浮き足立ちながらも懸命に演奏しています。マルのソロの後に再び重厚なテーマに戻り、最初の曲が終了します。




【エピソード、このセッション】
コルトレーンの初めてのリーダー・セッションで、メンバー編成についてコルトレーンの意向が汲まれたのかは分からないが、一つだけではコルトレーンの人選と言い切れることがある。
ジャズ史においてこのセッション以外では全く知られていない、トランペット奏者のジョニー・スプローンの参加だ。。彼について分かっていることは、コルトレーンの同郷ということだけである。(資料11)
ここではバリトン・サックスで参加しているシハブとコルトレーンは、この前のセッション、そしてこの年の末のブレイキー・ビッグバンド・セッションの3回の共演となる。
また資料06によれば、ドラムのアルバート・ヒースとコルトレーンの共演は、本セッション以外に1955年のジミー・スミス(org)との共演歴がある。これは録音は残っていないが、資料06を編纂過程で著者がアルバート・ヒースとの2度のインタビューの過程で明らかになったことである。ジミー・スミスとコルトレーンの共演だけに驚きの事実である。
ピアニストが二人参加しており、その人選には納得というものだ。このセッションまでに3回共演したマルが前半、そしてマイルス・バンドでの盟友ガーランドが後半に参加している。
この二人のピアニスト、そして3管とワン・ホーンによる前半と後半というように、変化を持たせた構成である。
本セッションで演奏した全7曲は、LP7105「コルトレーン」に6曲、LP7188「ラッシュ・ライフ」に最後に演奏された1曲が収録された。
 

23度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 7月 3日(水)06時41分27秒
  今日のコルトレーン

19570517-07
Sunday (Miller - Stein - Cohn - Krueger)
(7分1秒)



【この曲、この演奏】
この曲はレスター・ヤングが愛した曲とのことですが、このセッション以外での演奏を私は思い浮かびません。資料14にも記載が無い曲で、コルトレーンの演奏記録は資料06ではこのセッションだけです。また本セッションは全6曲演奏されていますが、コルトレーンはここまでの4曲の参加で演奏を終えています。
さて演奏ですが、副大統領クィニシェットの貫禄が光る、日差しを感じるスィング感が圧巻の演奏です。コルトレーンはそれまでの自分のスタイルで演奏していますが、それが少し破綻していくような演奏です。
私の想像ですが、それまでの3曲では勢いのコルトレーンの個性を活かすことにクィニシェットは徹し、2管では最後となるこの曲では「ところで売り出し中の君、こんな演奏はどうかね」と指南しているように感じました。
この後にクィニシェットは、コルトレーン抜きで2曲演奏することになります。




【エピソード、フィラデルフィアでのコルトレーン、1946年】
親友のジェームズ・キンザーも兵役から戻り、コルトレーンと共同生活を行っていた。二人は協同組合の食料品店で働いていた。後年、キンザーはこれが本職となったのである。
もう一人の親友フランクリン・ブラウアーはテンプルにいたが、時折二人の所に立ち寄り、ハイポイント仲間で話し込んでいた。
コルトレーンはまたビル・バロンとベニー・ゴルソンと親友付き合いをしており、三人揃った際には必ず演奏していた。彼らのホームタウンは、コルトレーンのアパートに近いクラブであった。この近辺にはバンドの演奏が呼び物のコーナー・バーがいくつもあり、多くのミュージシャンが生活費のためと、仲間と一緒にアイデアを観衆に聴かせるために演奏していた。そんな中に「ちびっこギャング」とのあだ名の、ジミー・オリバーがいた。あだ名の由来は彼の運指が自動機関銃のように早いことであった。コルトレーンは早く演奏する能力の向上を考えるようになった。
フィラデルフィアではあだ名で呼ばれるのが普通であった。コルトレーンはスィング野郎、ビルはヘンな野郎、そしてベニーは教授と呼ばれていた。(資料01)
 

23度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 7月 2日(火)07時36分25秒
  今日のコルトレーン

19570517-06
Vodka (Mal Waldron)
(9分7秒)


【この曲、この演奏】
蒸留酒のウォッカを曲名にしたこの曲は、コルトレーンも作者のマルもこのセッションだけの演奏記録です。(資料06, 08)
資料09によればこの曲は「複雑なテーマで始まる」とのことですが、私には聴き覚えがある悲しさのスタンダードのように聴こえます。こんな場面では、この時期のコルトレーンは主役級の演奏であります。またクィニシェットはレスター直系のスタイルを貫いいており、それはそれで大したものです。趣の違う二人のテナー奏者の演奏を興味持って楽しめるか否かで、本セッションに対する評価が分かれるのでしょう。私はそれを心置きなく楽しみ、マルの活躍があれば更に良いのになと感じました。



【エピソード、フィラデルフィアでのコルトレーン、1946年】
パーカーやガレスピーはビ・バップに力を入れていたが、一般にはジャズはまだまだ踊るもので聴くものではなかった。一般の黒人ミュージシャンが部屋代と食事代を得るためのは、リズム・アンド・ブルースしか選択肢がなかった。
コルトレーンはキング・コラックスやジョー・ウェッブのバンドで仕事をしていた。そのときのオルガン奏者はシャーリー・スコットやジミー・スミスであった。歌はビッグ・メイベルなどが歌っていた。メイベルはコルトレーンの大好きで、彼女はコルトレーンにいつでも協力して欲しいと頼んだほどである。
このようにリズム・アンド・ブルースで収入を得ながら、一方でコルトレーンはオルスタインのマイク・ゲラの下で再び勉強を続けるようになった。
(資料01より)
 

22度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 7月 1日(月)07時34分7秒
  今日のコルトレーン

19570517-05
Anatomy (Mal Waldron)
(8分52秒)


【この曲、この演奏】
マルはこの年の3月22日のオールスターズ・セッションに続いて、マル作のこの曲を取り上げています。マルが気に入っていたからこそ続けて演奏したのでしょうけど、このお気に入りはこの時だけだったようで、資料08で調べた限りではマルはこの曲を更に取り上げることはありませんでした。
ミドル・テンポのこのマイナー・ブルースのソロの先頭は、コルトレーンの抑えながらも貫禄と重量感ある表現の演奏を披露しており、その進歩に驚きます。続くクィニシェットのソロは、コルトレーンに押されてしまったのか、自分のスタイルを崩していく感があります。マルのソロを挟んでコルトレーンとクィニシェットとの四小節交換などでの絡みがありますが、そこではコルトレーンがクィニシェットに寄り添うかのような演奏であります。


【エピソード、フィラデルフィアでのコルトレーン、1946年】
フィラデルフィアに戻ったコルトレーンは、オルガン・ドラム・サックスで編成されたカクテル・コンボにミュージシャンとして初めて雇われ、再びサックスを演奏するようになった。そんな時期のエピソードを、二人のジャズマンが語っている。

「私がジョンと知り合ったのは、彼がその年の夏にニュージャージー州のワイルドウッドにやってきたときのことである。出会った場所は、私が避暑用のボートを買った海辺の避暑地であった。週末になると、ジョンはフィラデルフィアの若いミュージシャン連中と一緒にやってきた。彼らは決まってパーカーのレコードを持って来て、私やここのローカル・ミュージシャンたちと音楽について何時間も論じあったものだった」ビル・バロン

「ハイスクール時代にカニンガムという名のアルト奏者と知り合った。ある日にカニンガムが、ジョン・コルトレーンという新顔が街にいるが普通じゃないアルト奏者だから一度会ってどんなやつか確かめた方が良い、と私に言った。私はテナーを吹いていたので一度会ってみようと答えたところ、ある日にカニンガムがコルトレーンを連れて私の家にきた。アルト・サックスを持って来たコルトレーンは早速それを手にして、私がかつて一度も聴いたことのないような豊かな絶妙な音で演奏した。それはジョニー・ホッジスより豊かな音量で、幅の広い音だった。彼の演奏があまりに素晴らしかったので、二度目に彼が来たとき、私の母親はもう一度吹いてほしいと頼んだほどであった」ベニー・ゴルソン
(以上は全て資料01から)
 

21度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 6月30日(日)07時56分27秒
  19570517-04
Cattin'  (Mal Waldron)
(7分23秒)



【この曲、この演奏】
マル作のこの曲は、前月に行われたプレスティッジでのジーン・アモンズのセッションで初披露となった曲であります。マルはこの5月のセッション以降も何度かこの曲を演奏していますが、コルトレーンはこのセッションだけの演奏記録です。
ブルースらしいブルースのマル作のテーマを悠然と吹くコルトレーンとクィニシェット、そして続くのが「間のマル」の魅力たっぷりのマルのソロ。そこに続くのがコルトレーンのソロです。固唾を呑んで聴き入ってしまう張りがある演奏です。そしてそれに続くのがクィニシェットのソロですが、これについて資料09には次にように書いてあります。
「次にキニシェのソロがはじまると途端に気分が一転してしまう。決して悪い演奏ではないのだが、あまりにも(それまでの流れと)コンセプトが違うというのが問題だ」
このコメントはよく分かります。でも私には、コルトレーンが副大統領と2テナーの演奏記録が存在していることの意味合いの深さで、この演奏を楽しんでおります。最後にあるテナーによる4小説交換では、副大統領に合わせていくコルトレーンの姿があり、微笑ましい気分になります。



【エピソード、副大統領とコルトレーン】
クィニシェットとコルトレーンの共演記録は、プレスティッジに3回あります。最初が本セッション、2度目が同年9月20日のオールスターズ・セッション、最後が翌年1月のジーン・アモンズでのセッションです。2管での演奏は、本セッションだけです。(資料06)
資料11にこの二人の共演についての次の記述があります。
「これ以上不似合いなペアは想像しろといっても難しい。密な、凝縮されたトーンを好むコルトレーンに対して、ふわっとした音が好きなクイニシェット。いつもハーモニーを考えている”ヴァーティカル”な縦指向のプレイヤーがコルトレーンだと言えば、クイニシェットは、メロディの呪縛に臣従する”ホリゾンタル”な横指向のプレイヤーだし、コルトレーンの基本とする音符は16分音符で、クイニシェットは4分音符ないしは8分音符だ。にも拘わらず、二人は互いに尊敬の念をもってこのセッションに臨んでおり、また、あくまでもそれぞれの音楽アイデンティティに忠実である」
私はうまい解説だと感心しながら、私は大御所と期待の星との「それぞれの音楽アイデンティティに忠実」な演奏を、貴重なものと感服しながら楽しむべきものと思っております。
 

20度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 6月29日(土)06時32分51秒
  今日のコルトレーン

19570517-03
One By One (Mal Waldron)
(9分41秒)


【この曲、この演奏】
マル作のこの曲は、コルトレーンも作者マルも演奏記録は本セッションだけです。(資料06、08)
そしてこの曲はアレンジを含めてマルが手掛けたもので、メロディだけを取り上げて語るものでないと思います。私にはマル節による、「モールス信号のような」とよく言われる展開により、不思議な雰囲気を出しているブルースです。
資料11では、「テーマは、最初、一時に一つのパートだけが進み、やがて3本全部のホーンによって対位法で奏でられる」と書かれています。流石に専門家は私にような思いつきを語るのではなく、しっかりとしたことを書くものです。
コルトレーンのプレスティッジ12度目のセッションの前半最後の本演奏は、マルの存在感により3本のホーンが独自の輝きとなるもので、シュリーマンとシハブに続いてのコルトレーンのソロは天啓をうたれたかのようなものです。



【エピソード、軍隊バンドでのレコーディング】
コルトレーンの録音記録で音源が残っているもので最初のものは、1946年7月13日のハワイでの海軍バンドでの演奏である。ヴォーカルを含めて6人での演奏で、8曲演奏されている。(資料06)
資料12にはその際の写真が掲載されており、まだ細身のコルトレーンはサングラス姿でアルトサックスを持っている。その写真の解説は次のとおりである。
海軍除隊記念演奏、極秘録音
46年7月13日(土)、ハワイ《アームドフォース・ラジオ・ステーション》で録音中の6人。陸軍、海軍、白人、黒人混成バンドで、除隊記念に8曲をレコーディング。
60年になるまで、軍隊でも白人と黒人の混成バンドは正式に認められていなかったので、これは非公式なセッションで貴重な記録である。中央でアルトサックスを持ち、サングラスを掛けているのがコルトレーン。タムタムもバスタムも無く、バスドラは現在のスタンダードよりかなり大きめである。

コルトレーンは翌月に除隊となった。(資料01)
 

23度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 6月28日(金)07時39分10秒
  19570517-02
From This Moment On (Cole Porter)
(6分16秒)




【この曲、この演奏】
コール・ポーター作のこの曲は、歌手の方々に人気のあるもので、インストものでは余りお目にかからない曲であり、コルトレーンはこのセッションだけの演奏記録です。(資料06)
演奏はマルのアレンジが際立っており、曲自体がマル作と感じられるものです。コルトレーンのソロは、自身みなぎる昇竜の勢いのものです。



【エピソード、海軍入隊】
母から送られたアルトサックスを手に、徴兵検査を受ける。1945年8月6日(月)(ちょうど広島に原爆が投下された日)、コルトレーンはアメリカ海軍に入隊。同年11月28日、ハワイの真珠湾に赴任。2等兵水平として通信施設の任務につく。同時にノース・キャロライナ州チャペルヒルの同郷者が作ったメロディ・マスターズという黒人ビッグバンドに加入し、アルトサックスを吹く。もちろんそれは母から贈られたアルトサックス。(資料12)

コルトレーンがかなり有望なミュージシャンであることを知った軍当局は彼を海軍軍楽隊の任務に就かせた。(資料01)

資料12にはコルトレーンが入隊した際の、貴重な2枚の写真が掲載されている。一つは上三分身写真で、セーラー服を着たコルトレーンが身長計測板を後ろにしているもの。もう一つがコルトレーンのドッグタグ。双方にコルトレーンの認識番号があり、それは985-19-39である。
この認識番号とjohncoltraneをキーにして検索すると、コルトレーンの海軍時代の書類がネット上で閲覧できた。(2019年6月28日 接続確認)
http://medicinthegreentime.com/wp-content/uploads/2014/03/01-Service-Documents.pdf
 

24度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 6月27日(木)06時33分46秒
  19570517-01
The Way You Look Tonight (Fields - Kern)
(8分25秒)


【この曲、この演奏】
フレッド・アステアとジンジャー・ロジャースというミュージカル映画界のドル箱コンビの、第6作目の1936年映画「有頂天時代」で使われたのが、この「The Way You Look Tonight」で、「今宵の君は」という素敵な邦題で日本で知られています。ジャズマンに愛されているこのスタンダード曲は、ゲッツやマクリーン、ペッパーやドルフィーといったように幅広いミュージシャンの好演が残っています。(資料14)
コルトレーンがこの曲を演奏した記録は、本セッションの1ヶ月前のブルー・ノートでのグリフィンのセッションのがあり、計2回のスタジオ録音が残っています。(資料06)
「いつの日か、私が失意に沈み、まわりが冷たくなったとき、今宵のあなたの様子を思うだけで、私の心は暖かくなる」という詩なのですが(資料15)、流石はアカデミー主題歌賞を獲得した曲だけあって、心に希望が持てるようになり暖かくなっていく状況が伝わってくる、そんな場面が想像できる曲です。
アップテンポでのこの曲の演奏は、何と言ってもマルのアレンジの妙が光っていることです。この曲を活かすように、シンプルながら3管の豊かな重なりを表現するアレンジになっています。シハブ、シュリーマンの後を受けてのコルトレーンのソロは、ハーモニーを活かす演奏という意味で、着実な成長を感じるものになっています。


【エピソード、この日のセッション】
この日は二つのセッションが収録された。
一つはマル・ウォルドロンのリーダーセッションで、アイドリース・シュリーマン(tp)とサヒブ・シハブ(bs,as)を入れた3管編成のシクステットで3曲収録された。この3曲と4月19日のセッションからの3曲で、「Mal 2」として発売された。
もう一つのセッションはポール・副大統領・クィニシェットを加えてのセッションであった。前半セッションから2管が抜け、リズム人はそのままでのカルテット編成で6曲収録された。そのうちから5曲を選び、録音から2年半後に「Cattin' With Coltrane And Quinichette」として発売された。ちなみに残りの1曲は後年のCD化の際に、追加収録となった。(以上資料06、Wikipedia)
私見で言うと、録音当時の人気具合からすれば、プレスティッジはクィニシェットのリーダー作と考えていたと思う。しかしレコード化の際の状況から、コルトレーンとの双頭となり、さらにコルトレーンの名前が最初となったのだと思う。
 

21度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 6月26日(水)07時09分40秒
  さてハイダーさんの「マイク ジャケ」作品。
ハンガリーをタイトルにしている曲では、深い情緒感に進んでいくことなく、サラッとした情感で表現しています。この作品を通して言えることですが、このサラッと具合がハイダーさんの魅力と言えるのでしょう。或いはベテランの味というところでしょうか。
聴き手は自然に演奏に入り込んでいく、趣味の良い作品です。
 

19度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 6月25日(火)07時51分42秒
  その前に、この作品が録音された2001年4月10日(火)の新聞を見てみましょう。
先ずはトップ記事。
日経「発注条件、信用力で格差、公共工事、国土交通省 ゼネコンに再編促す」
信用力が低いゼネコンに対して、履行保証の金額引き上げで差を付けるとのことです。

読売「胎児手術を本格導入、来春開校の成育センター、先天疾患を治療」
成育センターとは、国立成育医療センターのことで、現在では国立成育医療研究センターとの名称になっています。

朝日「小泉氏 森派離脱し出馬、麻生氏もきょう表明、自民総裁選 橋下氏に対抗、江藤・亀井派 亀井氏擁立へ」
派閥の時代じゃない、派閥の弊害を打破するためにはどうすればいいのかを考えている、との小泉氏の言葉が記事にあります。


ではこの4月10日の読売新聞から少しばかり紹介します。
・36面に「揺れる検索勢力図、ヤフーとgoo 提携解消、米国系x国産系に、新サービスで参戦業者も」との見出し記事があります。丁度この辺りの時期に、今やネット検索を背合っているグーグルが一般に知られるようになりました。この記事は、そんな時期を反映したものです。
私は1997年からインターネットのwebページ閲覧が出来る環境になり、エキサイトやgooやヤフーなどの検索サービスを使っていました。確かヤフーは検索対象に登録するページを、人が確認しておりました。登録されるのは「宝くじに当たるより難しい」などという人もいたほどエス。1998年に個人サイトを公開した私は、ヤフーに登録されないことに悔しがった記憶があります。
そんなことから数年、この記事が出てからすぐ辺りから、検索はグーグルというのが当たり前になったのです。
・39面 社会面に劇団東俳のオーディション広告があります。子役の写真が印象的なこの広告は、これ以前から、そして今でも目にしています。
・TV欄 ゴールデン帯で今でも続いている番組は、「開運!なんでも鑑定団」と「踊る!さんま御殿!!」の二つです。1994年開始の鑑定団は、アイデアのテレ東の代表番組ですね。私も一時は毎週見ておりました。1997年開始のさんま御殿は、さんまのキャラに支えられた番組と思いますが、私は見たことがありません。ただし、私のサイトに関連した思い出があります。
私がスタジオ撮影と人物撮影に興味を持ち出し、仲間数人でスタジオを使い、モデルの卵さんを撮影して、それをネット上で公開しておりました。2000年代前半のことで、当然ながら公開は許可を得て行っていました。モデルさん20人ほどを撮影したのですが、個人サイトで公開したモデルさんがその後に「踊る!さんま御殿!!」に出演して、多少なりとも人気が出たことがあり、その際に私宛にネット公開をやめてくれとの連絡があったのです。その要請を受けた私はすぐに削除しましたが、その後に他のモデルさんからはネットで炎上しているので暫くは削除しての連絡があり、それにもすぐに対応しました。その後に嫌がらせなどもあり、モデル写真は全て削除しました。今となれば昔の記憶です。
 

19度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 6月24日(月)07時31分31秒
  「マイク ジャケ」作品の25枚目は、Joe Haider の A Magyar/The Hungarian/Die Ungarische、2001年4月10日の録音です。
この作品が録音されたRadio DRSは、チューリッヒの中心から北に1kmほどの所にあります。グーグル・マップで確認できるのは2014年撮影の写真ですが、この辺りは空き地がそれなりにある住宅街に新しいビルが建設されている地域です。しかしRadio DRSはその中でも築20年は経っている8階建てのビルです。
その中のStudio 2を使ってレコーディングしている様子の写真が、本作のジャケットに使われています。結構広いスタジオでの2枚の写真で確認できるマイクは、ドラム上部にセットされた1本だけです。それはダイナミックマイクのゼンハイザーMD421、通称白クジラに見えますが、何しろピンが手前のベースに合っており奥のドラムはボケていて、「そう思うけどな、でも違うよね」程度の見え方です。
2002年8月12日に「今日の1枚」で本作を取り上げた際に私は、「お爺さんグレイト」と当時60才代半ばのハイダーさんの演奏への感想を述べました。この当時のハイダーさんの年齢が想像出来るようになってきた今の私は、どのような感想になるのか楽しみです。作品タイトルはハンガリー人というような意味ですので、そこも考え合わせて聴いてみます。
 

21度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 6月23日(日)07時40分50秒
  さてJJさんの「マイク ジャケ」作品。
やはりJJのトロンボーンとジャスパーのサックス、この2管の色の重なり具合が興味のポイントになりますが、この上なく色気ある演奏を聴かせています。アップテンポよりスローの方に魅力を感じ、「In A Little Provincial Town」「I Shoul Care」と続く展開に聴き入りました。
スローの方をよく感じた理由に、録音状態があるかもしれません。ラジオ局用ということなのか、レコード会社が使用したテープによるのか、ベールが何枚もかかった音質です。また2管の録音レベルが低いこともあり、それが余計にスロー・テンポの演奏をよく感じさせたのでしょう。
このカルテットの演奏には、すこぶる纏まりの良さを感じます。ネット上でJ.J.Johnsonのディスコグラフィーを発見できないのですが、トミフラとエルヴィンのディスコを見ますと、このメンバーで1956年7月と1957年1月に何度も演奏を行っています。本CDには録音時期について「early 1957」と記されており、この時点では気心知れたメンバーになっていたのでしょう。この演奏はLPとCD合わせて2348枚が世の中に出回っています。これを持っている私はラッキー! などと言う程の作品ではありませんが、持っていて心地よくなれる作品であります。
 

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