<思いやりのあるコミュニティ宣言>
 teacup.掲示板は、皆様の権利を守りながら、思いやり、温かみのあるコミュニティづくりを応援します。
 いつもご協力いただきありがとうございます。

 投稿者
 メール
  題名
  内容 入力補助画像・ファイル<IMG> youtubeの<IFRAME>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ]


19度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 9月29日(火)06時19分33秒
  19601026-03
But Not For Me (George Gershwin / Ira Gershwin)
(9分34秒)




【この曲、この演奏】
ガーシュイン兄弟が音楽監督を担当した傑作ミュージカル「ガール・クレイジー」の中のナンバーです。多くの歌手やジャズマンに取り上げられている有名スタンダーですが、極め付けは1959年に制作された同名映画のタイトル・バックで、エラ・フィッツジェラルドが歌ったもので、それはグラミー賞を受賞したのでした。(資料14)
この曲のコルトレーンの演奏記録は、本セッションの他には、この年の6月10日のNYのジャズ・ギャラリーでのライブがあるだけです。
さて演奏ですが、「これまで以上に複雑なリハーモナイズを施しており、かなりの難曲に仕上がっている」(資料09)ために、この曲の魅力を台無しにしていると感じます。ただしテーマ以外ではバンドの勢いを感じ、その意味では聴き所ある演奏と言えます。
これ以降にこの曲を取り上げることがなかったことから、コルトレーンは、少しやり過ぎたかな、との思いがあったのかと思いますが、いかがでしょうか。




【エピソード、コルトレーンのホロスコープ その2】
彼の誕生の直後太陽が天秤座に移り、終生そこにとどまっていることに注目しなければならない。明らかに彼は、乙女座の示す資質を生まれながらに所有し、芸術的かつ創造的で、ハーモニーを愛する人間として生まれているのだ。とくにハーモニーという点では、個人生活の面でも音楽面でもその特徴は顕著に発揮されている。天秤座は常に他人との関係において理想を求めるが、いつも失望する運命を示している。彼が音楽仲間や仕事したバンド、自分のバンドのメンバーをしばしば変えていたことは、この完成とバランスを求める天秤座の特質を反映している。実際に、彼が完成を見い出したということはまれであったが、たまに完成を得られても長くは続かなかった。
(資料01より)
 

17度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 9月28日(月)07時02分55秒
  19601026-02
26-2 (John Coltrane)
(6分12秒)


【この曲、この演奏】
資料07ではこの曲について、チャーリー・パーカーの「コンファメーション」に基づいてコルトレーンが作った曲とあります。また曲名については「Working Title(録音の際に仮に付けた曲名)」であろうとしており、手書きのセッション・レポートには「Untitled orig. - Coltrane」と書かれていたようです。
また資料07ではこの曲の演奏記録について、このセッション前後のライブで複数回演奏されたとしていますが、確認できる演奏記録は本セッションだけのようです。
さて演奏ですが資料09では、「超難解な曲で、コルトレーンすら充分に消化しきれなかったようで、妙にぎこちない。これだけが死後発表されたのもうなづける」と毛厳しいコメントがありますが、私にはコルトレーンの探究心の気持ちが伝わってくるものです。オープニング・テーマと最初のソロはテナー・サックスで演奏していますが、これはなかなかのものです。しかしながら、2回目のソロとクロージング・テーマをソプラノ・サックスで演奏する場面においては、資料09の指摘にも頷けるところを感じます。
一方、マッコイのピアノとエルヴィンのドラムは、戸惑いを感じながらの演奏と、私は感じました。



【エピソード、コルトレーンのホロスコープ その1】
ナイーマは一度夫のためにそのホロスコープをつくったが、どこかに紛失して、いまはそれをみることが出来ない。そこで、星占いを愛好する人たちのために、ニューヨークの占星学者で作家であるエディス・ナイルスにジョン・コルトレーンのチャートを作成してもらった。
ジョン・ウィリアムス・コルトレーンは、一九二六年九月二三日午後五時三十分に生まれた。その時、太陽はちょうど乙女座の宮を離れようとしていた。
乙女座生まれの男性は、よく仕事に励み、きちょうめんで生産的である。このことは彼が多くの作曲の仕事をしていることで実証されている。乙女座はまた、仲間との協力を示しているが、彼はその運命が示す通り、似たような性格の人たちと助け合いながら音楽家としての仕事をした。
手相からいうと、彼の長い骨太の指は、彼が分析的な仕事をする能力の持ち主であることを示している。
(資料01より)
 

17度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 9月27日(日)06時48分29秒
  19601026-01
Everytime We Say Goodbye (Cole Porter)
(5分40秒)



【この曲、この演奏】
ジューン・クリスティ、エラ・フィッツジェラルド、ダイナ・ワシントン、サラーボーンなどの多くの大物歌手が取り上げているこのスタンダード、ソニー・ロリンズやチェット・ベイカーなどに愛されたこのバラッド、コルトレーンのスタジオ録音は本セッションだけです。
資料07からこの曲のライブ演奏の記録をみますと、この年の6月10日にNYのJazz Gallaryでの演奏が、本セッション前の唯一のものになります。
しかし本セッション以後となると、この曲がコルトレーンのライブで、重要な曲になっていきます。1961年11月から12月の黄金カルテットにドルフィーが加わっての欧州ツアー、1962年11月から12月の黄金カルテットでの欧州ツアー、そして1963年11月の黄金カルテットでの欧州ツアーで、何度も何度もこの曲が演奏されています。
特に1961年12月4日には、西独のTV番組でこの曲を演奏し、その様子はビデオが一般に普及した早い時期から世に出回っており、多くの方が目にしたことでしょう。
また1963年にはペンシルベニア州立大学のシュワブ講堂で黄金カルテットでライブを行い、この曲を演奏した記録が、資料07にあります。
さて演奏ですが、コルトレーンはソプラノ・サックスで、この愛されている有名曲を丁寧に演奏しています。感情を抑えての演奏と言えますが、その中に複雑な人間の心を表現しており、この曲の名演となっています。マッコイのピアノは、コルトレーンのバックの際も、ソロをとる際も、このバンドでの自分の存在感の表現方法を掴んでいる演奏です。またエルヴィンはこのバラッドを、ブラシでの控えめなバッキングで引き立てています。




【エピソード、本セッション】
10月21日にエルヴィン・ジョーンズを迎えてスタジオ録音を行ったコルトレーンは、24日には27曲もの録音を行い、さらにこの26日に6曲を録音した。一週間たたない間に38曲も録音したのだ。(24日の27曲中2曲はコルトレーン参加せず)
その中でコルトレーンのアトランティック・オリジナル・アルバム8枚に収録された割合をみると、21日と24日は4割なのに対して、この26日は8割以上となっており、僅か一週間の中で、エルヴィンを加えたこのカルテットが急成長を遂げたことがうかがえる。
 

18度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 9月26日(土)07時02分20秒
  さてファラオさんにマレイさん、そしてマッコイさんの「イス ジャケ」作品。
この作品の魅力は、ぶっ飛ばした演奏をしているところ、テナー2本だけではなくマッコイもセシルも、そしてロイまでフルスロットルの演奏を聴かせてくれます。コルトレーンがこの演奏を耳にすれば、それは笑顔になることでしょう。
本作品をプロデュースしたボブ・シールにかわり、この2020年にこのような作品を自分が作るとしたら、テナー・サックスは誰にするのかと、ふと考えました。でもすぐに最近のジャズに疎い自分に苦笑いしながら、相応しいジャズマンとの出会いに期待しながら、本作を聴き終えました。
 

18度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 9月25日(金)06時56分59秒
  その前に、この作品が録音された1987年7月9日(木)の新聞を見てみましょう。
先ずはトップ記事。
日経「銀行 収益率重視に動く、米欧の批判受け、薄利多売改める」

読売「マル優廃止は必要、代表質問 首相答弁、減税と抱き合わせ、財源NTT株を否定」

朝日「証拠突きつけ指導、土地がらみ融資、大蔵省・国土庁がスクラム、担当者個別に呼ぶ」

金融に関する、三紙それそれのトップ記事でした。




ではこの7月9日の読売新聞から少しばかり紹介します。
・7面に「新社長に聞く」とのコーナーがあり、この日は九州電力の渡辺氏でした。「多角経営は時代の要請」との発言が見出しになっていますが、この言葉が自然と思われる時代でした。
・19面下にトーショーなる会社の広告があり、「事業を強くする 不動産ファイナンス JUST」を宣伝しています。この会社についてですが、株式会社トーショーのことだと思いますが、ネットで見るこの会社の事業内容は「コンピュータシステムによる企業情報の分析管理及び提供業務」なので、この広告とは違いがあります。株式会社トーショー・ホールディングスという会社があり、こちらは不動産関係を事業としていますが、1997年設立です。1971年設立の株式会社トーショーとの会社もありますが、こちらは薬局関係の機器が事業内容です。
どこのトーショーさんか不明のまま、調査を終えました。
・TV欄 この日からフジで「熱くなるまで待って」とのドラマがあり、コラム「試写室」では、出演の田村正和・石原真理子・中条静夫の写真が載っています。田村正和は今でも現役の役者、石原真理子は役者としての活動は今はないようです。中条氏は1994年にお亡くなりになっています。
 

18度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 9月24日(木)07時38分37秒
  「今日の1枚からつまみ食い」、今回のテーマは「イス ジャケ」です。


「イス ジャケ」作品の45枚目は、A Tribute to John Coltrane   Blues For Coltrane、1987年7月9日の録音です。
気軽につまみ食いなのに、堅苦しい、そしてこじ付けかなとの感想が続きましたので、ここではごく気軽に書いていきます。
ジャケにスツールは写っていますが、影にひっそりとのものです。このジャケを「イス ジャケ」に選ぶのは躊躇がありましたが、コルトレーンの座っている姿勢が印象的なので取り上げました。
この「コルトレーン追悼作品」については、2004年9月4日の「今日の1枚」をお読みください。ファラオ・サンダースにデヴィッド・マレイ、そしてマッコイのピアノ、今回のつまみ食いでは、ジャケでは悩み深いコルトレーンが、笑顔になるような演奏を聴ければと願っています。
 

18度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 9月23日(水)06時43分28秒
  さてブランフォードさんの「イス ジャケ」作品。
無理をして意地を貼ること、どうなるか分からない仲間との複雑な思い、誰にでもこんなことは日常によくあることでしょう。どの曲ということではなく、この作品にはそんな気持ちが随所に散りばめられています。その気持ちの動きを、この三人が、三人ならではの絶妙な間で、素敵に表現している作品と感じました。
スタンダード「Makin' Whoopee」での陽気そうな光景、オーネット・コールマン作「Peace」の平穏な日々の奥に潜んでいる厄介なこと、ブランフォード作「Random Abstract」でのゾクゾク感を求めたくなる流れ、そんな中での気持ちの動きが聴きごたえありました。
ドラムの録音の良さもあり、楽しめる作品です。
 

20度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 9月22日(火)06時56分1秒
  その前に、この作品が録音された1988年1月3日(日)の新聞を見てみましょう。
先ずはトップ記事。
日経「新型間接税 二案示す、政府税調試案、付加価値税 簡易課税を拡大、蔵出し税 サービスにも網」
この記事の翌年4月に、消費税3%が導入されました。この記事の前年には、売上税が廃案となっていました。

読売「海自が軽空母導入構想、戦闘評価既に実施、防空能力 一気に増強、極秘データ入手」
保安庁警備隊の時代から空母導入の考えはありましたが、米側が受け入れなかったとの歴史があります。私は護衛官いずもを見学したことがありますが、「これ、空母ですよね」との私の問いに「護衛艦です」と答える自衛隊の方が印象に残っています。

朝日「まずアジアで統一、コンピューター接続方法、9カ国 3月に初会合、来年世界基準探る」
この行方は分かりませんが、結局のところ日本は今までこの手のことで、主導権を取れたことはありませんでしたね。


ではこの1月3日の朝日新聞から少しばかり紹介します。
・26面社会面に「実は23日に録画、NHK ゆく年 くる年、身延山久遠寺の水行場面」との見出し記事があります。録画だと断らずに放送したことよりも、普段は行わない行水をNHKが頼んで撮影したことの方が、私は問題だと思います。いずれにしても、これはNHKのやらせ、なのです。
・8面には小学館の全面広告があり、多数の辞典を宣伝している中に、英和辞典は8冊ありました。
・TV欄 お正月は映画の放送も多くあります。この日は新しめの映画では「グーニーズ」(TBS)、「スーパーマンⅢ」(テレ朝)、「アニー」(TVK)が放送されています。旧作ではNHK教育でチャップリンの「サーカス」と「担え銃」の二本を放送しています。
 

20度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 9月21日(月)07時49分7秒
  「今日の1枚からつまみ食い」、今回のテーマは「イス ジャケ」です。


「イス ジャケ」作品の44枚目は、Branford Marsalis の Trio Jeepy、1988年1月3日の録音です。
ジャケの横長の豪華ソファーは五人掛けのようですが、値段が想像できないこのようなソファーに定員一杯で座ることはないのでしょう。何かのほんのした瞬間に座るための、ソファーなのでしょう。これがもし自宅だとすれば豪邸であり、代々の裕福なファミリーなのでしょう。昨日今日に金持ちになった方々には、こんな空間を作ることは出来ないと思います。
裏ジャケにはこのソファーの二人分の場所に、ブランフォード・マルサリスとミルト・ヒントン、そしてジェフ・ワッツの三人が微妙な表情で座っています。これが普通の方々の座り方なのであろうと、妙にホッとします。その三人が演奏している本作を「今日の1枚」で取り上げたのは、2008年1月10日のことでした。そこで私は本作に感心し、「良い出来の作品だと、初聴きから18年経過して感じました」と述べました。それから12年以上が経過し、初聴きから30年でのつまみ食いとなります。表ジャケでのブランフォードさんの落ち着こうと緊張している場面、そして裏ジャケでの仲間との微かに口元が緩んでいるような場面を、今回のつまみ食いで感じられればと、思っています。
 

21度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 9月20日(日)07時33分22秒
  さてジェシカさんの「イス ジャケ」作品。
私は今回のつまみ食いで、改めてジェシカさんに惚れ直した思いです。
重厚なブルースや軽快なブルース、涙の場面に相応しい曲や祝いの場に相応しい曲、様々なタイプの曲を聴かせてくれる作品です。このような場合にアルバム単位では印象が散漫になることが多くあります。しかしここではジェシカさんの豊富な活動とその経験に基づいた演奏スタイルが終始貫かれ、またレイ・ドラモンドとヴィクター・ルイスという巧者とのトリオでの広がりの豊かさ、そして奥深さという流れが一貫しております。Wikipediaによればジェシカさんは、ピアニストよりもマイルスやコルトレーンに影響を受けたとのことです。自分の世界でアルバム一枚を染め上げる思いと力は、そこからきているのかもしれません。
18年前には「これからの作品には大きく注目していきます」と書きながら、他に2枚を買っただけで終わった私ですので、大きなことは言えません。でも今回のつまみ食いを契機に、本作を含めた三枚を、聴き続けて行きたいです。
 

25度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 9月19日(土)07時16分7秒
  その前に、この作品が録音された2001年8月16日(木)の新聞を見てみましょう。
先ずはトップ記事。
日経「IT不況 アジア企業直撃、4ー6月期、半導体など収益悪化、赤字部門を整理」

読売「可否 来月3日までに、特殊法人廃止・民営化、石原行革相 各庁に回答迫る」
特殊法人は157あるとのことです。翌年の2002年10月に特殊法人等改革推進本部が「特殊法人等の廃止・民営化等及び独立行政法人の設立等に当たっての基本方針について」を出し、動き始めたようです。

朝日「つくる会編1%未満、中学教科書の採択終了、本社調査、国・市区町村立ゼロ」
1996年に結成された「新しい歴史教科書をつくる会」のことで、この年は扶桑社からの出版でした。



ではこの8月16日の日経新聞から少しばかり紹介します。
・16面と17面は企業財務面であり、いくつもの見出し記事がある中で、「減益」との見出しが9社分ありました。ソーテック、スノーヴァ、ジョナサン、サーティワン、まんだらけ、ガーラ、丸全運、加賀電子、キョーサイの9社です。
・24面 商品面下に大関の広告があり、「大吟醸酒 大坂屋 長兵衛」を宣伝していますが、広告スペースの9割は彫刻家 雨宮敬子氏の「夏に思うこと」との題の文章です。これを読ませて印象つける作戦なのでしょうが、果たして販売増となったのでしょうか。ちなみにこの酒は今でも販売されています。
・TV欄のいくつものニュース番組の中で、「教科書」を取り上げているのは、テレ朝のニュース・ステーションだけでした。
 

27度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 9月18日(金)07時14分41秒
  「今日の1枚からつまみ食い」、今回のテーマは「イス ジャケ」です。


「イス ジャケ」作品の43枚目は、Jessica Williams の This Side Up、2001年8月16日の録音です。
1948年生まれの女性ピアニストのジェシカ・ウィリアムスさんは、Wikipediaでみる限りでも1976年から2014年にかけて30枚以上のリーダー作品を残しているお方です。そんな中での私が持ったジェシカさんとの接点は、2000年代に入ってすぐに彼女が MaxJazzに残した3枚の作品でした。
本作はその1枚目であり、「今日の1枚」では2002年8月17日に掲載しました。そこではピアノの打楽器としての特徴をいかした演奏に感心したことを、私は述べておりました。
当時53歳のジェシカさんがソファーに身を沈めているジャケットですが、そこには貫禄と自信を感じさせます。
 

23度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 9月17日(木)06時12分26秒
  さてケイコさんの「イス ジャケ」作品。
「Love Dance」という曲は、ブラジルの作曲家で歌手のイバン・リンスの代表曲とのことです。1979年に作られたこの曲はジャズ・シンガーにも取り上げられており、ケイコさんも本作品で歌っております。都会での暮らしをタフに生き抜いた女性の自信を感じさせるような、軽やかでありしっかりした歌い方で、バックの好演と相まって素敵に仕上がっています。
私は15年前の「今日の1枚」で感じたことは思い出せませんが、恐らくは録音当時31歳のケイコさんにしては、40歳代後半の女性の雰囲気に違和感を覚えたのでしょう。今や私は若い女性より40歳代の女性に目が移り始めており、この作品の良さが分かってきたのでしょう。他にもスタンダードを趣味よく歌っている作品です。
ちなみにケイコさんは今でも現役で、今でも素敵な御足であるようです。なんだか興味が出てきました。
 

22度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 9月16日(水)07時30分32秒
  その前に、この作品が録音された1996年3月25日(月)の新聞を見てみましょう。
先ずはトップ記事。
日経「松下が進出、衛星デジタル放送、事業会社に出資、月内に10 %」
ディレクト・TV・ジャパンへの出資とのことです。ディレクトTVは1997年から放送を開始しましたが、2000年にはスカイパーフェクトに統合され、ディレクト・TV・ジャパンという会社は精算されました。なお現在のスカパーJSATホールディングスの主要株主に松下の名はありません。

読売「与党・大野氏が圧勝、参院岐阜補選、住専国会 空転打開 弾みも、新進・共産候補を破る」
大野つや子氏のことで、夫・明氏の死去による補選でした。

朝日「新進 ピケ解除を検討、与党推薦の大野氏圧勝、参院の岐阜補選、住専手直し焦点に、国会正常化きょう折衝」
新進党は住専問題に絡み、衆院予算委員会室を封鎖しているとのことです。


ではこの3月25日の読売新聞から少しばかり紹介します。
・1面とスポーツ面、そして社会面には、「日本サッカー五輪出場」の記事が大きくあります。これから4ヶ月後に「マイアミの奇跡」となります。
・2面下に角川書店の広告があり、いくつもの書籍を宣伝していて、その中に「高杉良 経済小説全集、全15巻」があります。書店の文庫本コーナーに高杉氏の本が結構な量で並んでいるのが、私には強く印象に残っています。特に香港の日本人本屋では、すごい人気でした。
・TV欄 テレ東 16:00から「総理大臣杯競艇中継」があり、蛭子能収氏が出演しています。鳳凰賞競走ともよばfれるこのSG競走、この年は47歳の中道善博選手が優勝しました。
 

22度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 9月15日(火)04時51分22秒
  「今日の1枚からつまみ食い」、今回のテーマは「イス ジャケ」です。


「イス ジャケ」作品の42枚目は、Keiko Lee の Kickin' It with Keiko Lee、1996年3月25日の録音です。
欧州のソファー、その中でも超がつく高級品なのでしょう、ジャケのソファーは。そして大人の魅力のお足、そそるジャケです。この表ジャケだけを見れば、ケイコ・リー本人ではなくモデルかもと思ってしまいますが、裏ジャケにはこの上部、つまり本人のお顔が写っています。
2005年2月14日に本作を「今日の1枚」で取り上げた際には私は、「声が好みではない」とし冷淡な感想を書いておりました。それから15年、少しはこのジャケの魅力に正面から向き合えるようになった今、本作をどのように感じるのか、楽しみです。
 

22度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 9月14日(月)09時24分23秒
  さてウィリアムソンさんの「イス ジャケ」作品。
15年前と今回、私は何をこの作品に怒っていやのであろうか。重い演奏を聴いた後に本盤に接すれば、穏やかな気持ちになる演奏が詰まった作品です。ギターとピアノがいきる「Westwood Walk」、なめらかな「A Ballad」、好調なカルテットの「Simbah」、軽いブルースで決めての「Blue at The Roots」と、ウィリアムソンさんのピアノが穏やかな風を運んでくれます。
マリガンの曲作りのうまさ、そしてピアノレスのマリガンが作った曲をピアノで楽しむ、そんなプロデューサーの気持ちを、ようやく感じられました。
 

21度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 9月13日(日)05時03分51秒
  その前に、この作品が録音された1958年1月3日(金)の新聞を見てみましょう。
先ずはトップ記事。
日経「英国経済は健全、リーニクロフト蔵相と一問一答、ポンド維持に万全、米国景気の先行き楽観」

読売「海上自衛隊を強化、米バーグ軍令部長の見解、対機雷潜水艦に重点、全面防衛へ援助惜まぬ」

朝日「柔軟な交渉へ、日ソ漁業委の開会を控えて、八日、代表団打合せ」

英米ソとのニュースが各紙の一面トップでした。



ではこの1月3日の朝日新聞から少しばかり紹介します。
・7面にある「きのう きょう」とのコラムには、「政治の機能障害症」との見出しがあり、総選挙の年についてコメントしています。
・9面下に第一製薬の広告があり、「精神神経安定剤 トランキライザー、アトラキシン」を取り上げ、「日日是好日」と書いて「まいにち心たのしく」とルビをふり、宣伝しています。1950年代から1960年代にかけて、トランキライザーは市販薬だったのです。現在では処方箋が必要です。
・TV欄 日テレ 18:15 「ラッキーサロン」との番組があり、司会は「原アナ」と書かれています。この番組についての情報はネットから得られませんでした。「原アナ」は前年に日テレ入りした原和男氏のことだと思います。
 

23度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 9月12日(土)06時17分16秒
  「今日の1枚からつまみ食い」、今回のテーマは「イス ジャケ」です。


「イス ジャケ」作品の41枚目は、Claude Williamson の mulls the Mulligan scene、1958年1月3日の録音です。(月日は決め打ち)
この作品を買ったのは、2004年のことだと思います。香港の部屋でネット通販のサイトを見て本作をクリックしたのですが、その時の気持ちは覚えていません。ピアノ椅子に座り演奏のポーズを作っているウィリアムソンの姿を、反転させて左右に並べているこんな安直なジャケを、よくも私は買ったものです。
内容はギター入りカルテットでマリガンの曲を演奏したものです。これを「今日の1枚」で取り上げたのは2005年3月8日のことで、そこでは「マリガンが参加していると勘違いして購入」と書きましたが、それでもこのジャケなら敬遠したのではと思っています。また本作への感想は、どうでもよい作品、というものでした。その中で「Apple Core」の曲の良さを褒めていますが、今回のつまみ食いでは、何とか演奏の良いところを述べたいものです。
 

26度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 9月11日(金)06時40分41秒
  19601024-19
Satellite (John Coltrane)
(5分50秒)




【この曲、この演奏】
有名なスタンダードに「How High The Moon」という曲があります。ベニー・グッドマン楽団に所属していたヘレン・フォレストが1940年に大ヒットさせた曲であり、多くの歌手に謳われています。またレス・ポールとメリー・フォードが組んで1951年にヒットさせました。また資料14によれば、この曲のコード進行の面白さに目をつけて、ガレスピーがミントン・ハウスでこの曲を取り上げたことによって、多くのジャズマンに浸透していったようです。そしてこの曲のコード進行を基にジャズマンが曲を作っていったそうです。パーカーの「オーニソロジー」と「バード・ラブ」、ホーキンスの「ビーン・アット・ザ・メット」などです。
資料09によれば、このコルトレーン作の「Satellite」もそんな曲と思われる、としています。本編が「月」なので、このコルトレーン作のは「衛星」にしたとか。
この曲のコルトレーンの演奏記録は、スタジオ録音は本セッションだけですが、1960年7月にフィラデルフィアの小ボートでのライブで、この曲を演奏したとのことです。(資料07)
さて演奏ですが、テナー・サックスを吹くコルトレーンはピアノレスでこの曲を演奏しており、コード進行をもとに表現できる可能性を模索しているような、急速な演奏を行っています。確かに「How High The Moon」を感じる部分がありますが、何も前提をつけずに聴けば気付かない程度のものです。
この日の後半セッションからは唯一 1419(Coltrane's Sound) に収録され、1964年6月に世に出ました。




【エピソード、コルトレーンと望遠鏡 その2】
「のぞいて見てごらん」といって、彼はナイーマに望遠鏡をのぞかせた。ナイーマはいくつかの星を選んで、翌日の彼の運勢を知る手がかりとなるホロスコープ(天宮図)のデータとした。星占いの結果がよくない場合は、運勢のよい日がくるまではどこにも出掛けないで、ベッドルームで練習するようにするとジョンは誓った。
こんどはジョンが望遠鏡をのぞく番になると、彼は望遠鏡を星には向けずに惑星、それもとくに一つの惑星に向けて注視した。
それは赤く不気味に輝く火星である。彼はその色とイメージにすっかり心を奪われていたので、その後かつての雇い主、マイルスのために書いた曲「マイルス・モード」を、彼の好きな火星に敬意を表して「ザ・レッド・プラネット」と改題したほどである。
神話によれば、火星は軍神を象徴しているのだが、ジョン・コルトレーンは平和な穏やかな人間だったのも奇妙な話だ。(資料01)
 

27度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 9月10日(木)07時27分26秒
  19601024-18
Blues To Bechet (John Coltrane)
(5分45秒)



【この曲、この演奏】
このエッションだけのコルトレーンの演奏記録のこのシンプルで朗らかなブルースは、ソプラノ・サックスをコルトレーンは吹いており、また前の曲に続きピアノレスでの演奏です。ソプラノ・サックスの特徴を試すようなコルトレーンと、コルトレーンとの会話を模索するエルヴィンの姿が記憶に残る演奏です。
曲名はソプラノ・サックスの先達シドニー・ベシェットに因んだもの(資料09)とのことですが、後付けの命名だと思います。



【エピソード、コルトレーンと望遠鏡 その1】
「ニート、星を見ないか、きれいな星が夜空一杯に輝いている」ファニータを短く縮めた彼の好きな呼び名で、ジョンは妻に話しかけた。天気が続くときは、彼がサンフランシスコで仕事をしていた時に買ったその望遠鏡を夜空に向けて固定した。ジョンがそれを買ったのはナイーマが占星術に興味を持っていたからだ。彼はナイーマに、「私の運河を司る星をよく見て、これから私がどういう人生を送るのか、何かわかったら教えて欲しい」と頼んだ。いまや裏庭に設置された望遠鏡は、屈折型で赤道儀式装置とカウンター・ウェート、ファインダー、四個の正規レンズのついた約4フィートの長さのものだった。三脚台の上で回転するので、空の隅から隅までどんな天体でもしっかりと捉えることも、星や惑星をかなり拡大して見ることも可能だった。(資料01)
 

26度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 9月 9日(水)06時09分46秒
  19601024-17
Blues To You  (John Coltrane)
(6分28秒)


【この曲、この演奏】
1962年7月にアルバム1382(Coltrane Plays The Blues)に収録されたこのテイクは、「Blues To Elvin」同様に最後のテイクであり、またエルヴィンのドラムに力強さが増したテイクです。コルトレーンのテナーにはインパルス期の深みはまだ感じられませんが、それに向かっている様子がうかがえる内容です。




【エピソード、コルトレーンとネイマとハープ その2】
ときおり、ジータがクラシックのハープ奏者を連れて来た。その男はシンフォニーの抜粋曲を何曲か弾いてみせてくれた。ジョンは腰をかけてうっとりとしたような眼でその演奏を眺めながら、しきりとうなずくように頭を動かした。演奏が終わると、彼はずるそうな笑いを浮かべながらネイーマに言った。「あんなふうにハープを弾けたらいいと思わないか」
彼はまた、テレビガイドに眼を通してマルクス兄弟の映画を放映するかどうかを調べるのがいつもの習慣だった。その映画が放映される日は、ちゃんと時間までに家に帰って映画を夢中になって見た。そして、ハーポのハープ演奏場面になると音量を上げ、床の上にすわってヨガの姿勢をとって映画に全神経を集中した。ハーポのすぐれた演奏が終わると、部屋の隅にあるハープをあこがれの眼で見てから妻に向かって言った。「ハーポの演奏はすばらしい、そう思わないか」
「私には弾けないのよ、わかっているじゃない」ネイーマは言った。そして口を開けて、わざと怒って歯ぎしりをしてみせて言った。「でも、話をすることができるし、歯だって立派にあるわよ」
ジョンはずばり自分の急所をついた彼女の言葉を耳にして、静かに笑った。彼はネイーマが勧める歯医者のところにいって、君の歯は腐りかかった木のようなものだから早く抜いた方がいいと言われた。そこで彼は決心してその医者の処置に任せた。痛いのを我慢して何回か歯医者通いを続けた。そのおかげで、ようやく新しい義歯が入ったばかりなのだ。(資料01)
 

27度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 9月 8日(火)06時23分52秒
  19601024-15-16
Blues To You (alternate take) (John Coltrane)



【この曲、この演奏】
コルトレーン作となるこの曲のコルトレーンの演奏記録は、本セッションだけです。(資料07)
3テイクの録音となりましたが、全てにマッコイは参加していません。恐らくは即興で用意された曲なのでしょう。

-15 Blues To You (alternate take)(5分35秒)
この日の第二部は、やはりブルース・ナンバーへのトライアル・セッションと言えるのでしょう。そしてこの曲では、ピアノレスでの演奏、コルトレーンとエルヴィンがどのように絡み合っていくかの試しなのでしょう。この最初のテイクでは、コルトレーンの演奏に対してエルヴィンが間合いを確認しているような演奏です。
なお資料07によれば「Blues To Elvin」と同様に、「Promotional tape」にはこのテイク1には6秒間のリハーサルが収録されていたとのことです。

-16 Blues To You (alternate)(5分30秒)
この曲2度目の演奏は、テイク1とほぼ同様の内容です。



【エピソード、コルトレーンとネイマとハープ その1】
ある時、ため息をつきながらナイーマは言った。「あのひとと一緒に暮らしてゆくには、ミュージシャンとしての彼と、人間としての彼を区別しなければならなかった」
確かに、彼女はコルトレーンに音楽のことを忘れさせなければならない場合がたまにあったし、それは結構大変な仕事でだった。例えば、ある日のことだが、コルトレーンがハープを家に持ち帰り、リビング・ルームの片隅において、その気があれば習ってもいいんだよとナイーマに言った。
ナイーマは、内心ではハープを部屋の外に放り出してやりたいと思った。ときどき暇つぶしにピアノをいじることはあったが、ハープなんか習うものかと思った彼女は、はっきりと拒否した。その場はこれでおさまった。(資料01)
 

24度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 9月 7日(月)07時17分15秒
  19601024-14
Mr. Day (John Coltrane)
(7分55秒)




【この曲、この演奏】
資料09でも言及してる通り、この曲、そしてこの曲名は、この第二部セッションの冒頭で演奏された「Mr. Knight」と対になっているものです。そして演奏は「Mr. Knight」よりもテンポを上げて演奏しており、このセッションの特徴であるこのバンド、マッコイにエルヴィンが加わったバンドでの可能性を追い求めているような演奏です。演奏の終わり方もタイミングの取り方の試しにも感じますが、そこはコルトレーン、全体を通してスリリングな味わいを提供しています。
このような曲でありますので、演奏記録はこのセッションだけかと思いきや、1960年9月8日のユナイティッド・アーチストでのスタジオ録音でもこの曲を取り上げています。(資料07)




【エピソード、ネイマとのドライブ】
ナイーマとトニは、日曜日の楽しかったドライブ旅行のことをよく覚えている。だが、いつもそうなるとは限らなかった。彼の内部に隠された衝動性がときどき外にでてきたからだ。夕食の支度をしているときに帰ってきたコルトレーンは、食卓に並べられた食物を一口味わってみてから、「今夜は何か別のものを食べたいな、外へ食事に行こう」というと、二人を車に乗せて気に入ったレストランが見つかるまで車を走らせた。当時、彼はインドの音楽と文化全般だけでなく、その料理についても身をもって知ろうとしていたので、インド料理を食べることが多かった。
 

25度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 9月 6日(日)06時56分54秒
  19601024-13
Blues To Elvin (John Coltrane)
(7分53秒)



【この曲、この演奏】
この曲の4テイク目であり、これが本テイクとなり、1962年7月にアルバム1382(Coltrane Plays The Blues)に収録され、世に出ました。
前のテイクの流れをくみ、 E♭ で演奏されています。しかしここではエルヴィンの、特にシンバルが強調された演奏になっています。そしてバンドとしてのまとまりが生きてきており、コルトレーンにとってスロー・ブルースでのバンドの手応えを感じた演奏だったのでしょう。



【エピソード、1960年頃のコルトレーンの運転】
コルトレーンの車の運転について、資料01に次の記述がある。
彼は車の運転も好きだった。当時、彼が運転していたのは一九五八年型のプリムス・セダンだったが、その後は一九六〇年型のマーキュリー・ステーション・ワゴンやクライスラー・ワゴンを愛用していた。彼の四重奏団が誕生した年、ミュージシャンたちは彼のマーキュリーに同乗して国内の演奏旅行に出かけたこともあった。
コルトレーンの運転ぶりについてジータ・カーノは次のように語っている。
「ジョンの家に寄ってコーヒーを一緒に飲んでから、彼がニューヨークで出演中のクラブに向かって車を走らせることがよくあった。いつでも彼は時間に遅れずに仕事を始めようと必死になって車を運転していた。少しでも遅れそうになると、次から次へと信号を無視して車を突っ走らせては、私に死ぬような怖さを味わせた。そんながむしゃらな運転をしながら、よく警官に止められたり他の車と衝突しないですんでいると私はいつも驚いていた。少くとも、私が車に載せてもらう時はいついもそうであった」
 

27度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 9月 5日(土)06時58分26秒
  19601024-10-12
Blues To Elvin (alternate take) (John Coltrane)




【この曲、この演奏】
「あるかないか分からないテーマ、とってつけた様なタイトル、リラクゼイションに満ちたオーソドックスな演奏」と資料09で評されたコルトレーン作のこの曲、コルトレーンの演奏記録は本セッションだけです。本セッションでは4回演奏され、最後のテイク4が1382(Coltrane Plays The Blues)として世に出て、他の3つのテイクは資料16で初めて世に出ました。

-10 Blues To Elvin (alternate take) (10分59秒)
本テイクとなったテイク4よりも3分長く、ここでは演奏されています。演奏内容は、このバンドでのスロー・ブルースの演奏スタイルを確かめるかのような感じであり、コルトレーンはリラックス感もあり、また手探り感もあるものです。またタイナーはこのバンドでの自分の役割を掴んでいくような、緊張感も感じる演奏です。この時期のコルトレーン・バンドを、気軽に楽しめる演奏と言えるでしょう。
資料07には、このテイク1について、二つの情報を掲載しています。
一つ目は資料16で世に出た演奏の前に、27秒のリハーサルが「Promotional tape」にあったとのものです。そこでコルトレーンは、「Don't play it, don't play it too fast」と言っているとのことです。
二つ目として、このテイク1は E で演奏されており、他の3つのテイクは E♭ で演奏しているとのことです。これはテープの再生スピードによるものではないと、資料07では念を押しています。

-11 Blues To Elvin (false start) (9秒)
コルトレーンが加わる前に、演奏は中止となりました。タイナーのピアノが止まってものですが、キーの変更での何らかが中止の理由なのかも知れません。

-12 Blues To Elvin (alternate) (6分1秒)
確かにテイク1と比べれば、やや音が下がっている気がします。演奏ですが、コルトレーンに多少のイライラ感を感じますが、もっとアグレッシブにとの思いなのかも知れません。演奏は最後まで行われていますが、テイク1の半分弱の演奏時間であり、コルトレーンがメンバーに目で合図して演奏を終わらせたのかなと、私は感じています。



【エピソード、1960年頃のコルトレーン、読書】
いつ、どこで彼が読書にさく時間をみつけているか、ネイーマにはまったく分からなかった。家ではテレビのスイッチを入れたままにしておくことが多かったが、それを見ていたのは主にトニだった。テレビの音が絶えず家の中を流れていたが、彼はその音に構わず、しばしば宇宙旅行や地球以外の惑星に生物が存在するかどうかといったことをジータと話し合ったり、アインシュタインについて論じあったりした。ジョンはまた、引力や電磁力といった問題に熱中し、相対性理論に関してもかなり多くの本を読んでいたが、それは奇妙な予言的な結果をともなうことになった。
(資料01)
 

26度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 9月 4日(金)06時48分28秒
  19601024-09
Mr. Knight (John Coltrane)
(7分31秒)



【この曲、この演奏】
コルトレーン作の、アフロ・リズムのモーダルなブルースであり、曲名はアール・ボスティック楽団時代の同僚、ジョー・ナイト(p)に因んだものとのことです。(資料09)
また1990年公開の映画「Mo' Better Blues」で、この曲の一部が使われたとのことです。(資料07)
この映画は、架空のジャズ・トランペッター、ブリーク・ギリアムの半生について描かれているとのことです。(ウィキペディア)
この曲のコルトレーンの演奏記録は、資料07によれば本セッションだけです。
さて演奏ですが、リズムにコルトレーン独自の視点を取り入れ、これがインパルス期に繋がって行ったのかと感じるものです。テナー・サックスの演奏自体は手探り感がありますが、コルトレーンのブルース演奏への新展開と考えると、意味あるものに感じます。
この演奏は1962年6月発売の、1382(Coltrane Plays The Blues)に収録されて世に出ました。





【エピソード、コルトレーン・バンドのピアニスト達】
資料03に、スティーヴ・キューンとマッコイ・タイナーについて、次の記述がある。
1950年代後半、コルトレーンは地元フィラデルフィアの若手ジャズメンのあいだでヒーロー的な存在になっていた。コルトレーンは彼らの気持ちを受け入れ、その努力をサポートしたが、自分自身の音楽も確実なものにしなければいけなかった。彼の音楽の中に思うがままに入り込み、彼のやり方に応じて力を注ぎ込んでくれるミュージシャンを、コルトレーンは必要としていた。コルトレーンは一九六〇年夏にピアニストのスティーヴ・キューンと共演したが、キューンのピアノは彼の理想に完全にはそぐわなかった。コルトレーンにとってキューンの伴奏は慌ただしすぎた。
それに対してタイナーの伴奏は、よりまばらで制御されており、それでいて独自の個性を宿していた。タイナーの左手は力強く、彼はそれをハンマーのように使って着実にコードを弾いた。彼自身、自らのタイム感覚を語るのに、”メトロノームのような”という形容詞を使っている。彼はいつも音楽的な構成に正しく即し、それぞれの小説でなすべきことを明確に表現した。グループの中にこの安定感があったからこそ、コルトレーンとエルヴィンはお互いに補完しあいながら、思い通りのパワーを発揮できた。彼らのこのような関連性がグループの特別な推進力を生み出したのだ。
 

27度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 9月 3日(木)06時46分27秒
  19601024-06
Body And Soul (alternate take) (Johnny Green, Robert Sour, Edward Heyman & Frank Eyton)
(5分59秒)



【この曲、この演奏】
続けてこの名曲を演奏しています。こちらの演奏は、1975年1月に1668(Alternate Takes)で世に出ました。
なお資料によっては2回目の演奏が本テイクとする記述となっていますが、ここではアトランティック公式記録である資料16に従っています。
さて演奏ですが、本テイクよりも穏やかな感じに聴こえる演奏ですが、一般的な演奏から見れば異質なものなのでしょう。個人的に言えば、コルトレーンはこの曲をライブで積極的に取り上げていき、この名曲がコルトレーンの手で生まれ変わっていく姿を見たかったです。
さてこの日のセッション第一部ですが、コルトレーンはここで終わり、リズム陣だけで「Lazy Bird」と「In Your Own Sweet Way」を演奏しています。もしコルトレーンが参加していれば、「Lazy Bird」は1957年9月の「ブルー・トレイン」以来、「In Your Own Sweet Way」は1956年5月のマイルスのマラソン・セッション以来(他に音源未発表の1958年のマイルスのライブあり)となります。欲を言えば是非ともそれを聴いてみたかったです。




【エピソード、マッコイ・タイナーとの出会い】
資料03には、コルトレーンとタイナーの出会いについて、次のように書いてある。
タイナーはコルトレーンより十二歳も年下である。バド・パウエルとセロニアス・モンクを信奉する若きピアニストだった彼は、一九五五年、十七歳の時にコルトレーンと出会い、一緒に演奏した。マイルスのグループの仕事の合間を縫って、コルトレーンがフィラデルフィアに帰り母の家に泊まっているとき、彼はしばしばコルトレーンに会いに来て一緒に過ごした。その後の三年間、二人は人生のことや音楽理論について語り合った(タイナーはコルトレーンがジャイアント・ステップス・チェンジについて話してくれたことを覚えている)。コルトレーンはタイナーに、いずれカルテットを結成するから、そのときはメンバーに入ってくれと言った。タイナーは喜び勇んで即座に引き受けた。三年かかったが、コルトレーンは約束を守った。そしてタイナーもそれに応えた。
 

24度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 9月 2日(水)07時05分37秒
  19601024-05
Body And Soul (Johnny Green, Robert Sour, Edward Heyman & Frank Eyton)
(5分37秒)




【この曲、この演奏】
名曲「ボディ・アンド・ソウル」のコルトレーンの演奏記録は、音源が世に出たのは2回分あります。最初は本セッションであり、アトランティックでのスタジオ録音です。本テイクが1419(Coltrane's Sound)として1964年6月に発売されました。そして別テイクは1668(Alternate Takes)として1975年1月に発売されました。次の録音はインパルスでのライブ録音であり、1965年9月30日のものです。ただし9202-2(Live In Seattle)として1971年に発売された時には「ボディ・アンド・ソウル」は収録されず、後年のCD化の際に追加収録されました。
さて資料07には、この曲の演奏記録が他に10回ほど掲載されています。しかしながらどれも音源が世に出ておりません。簡単に紹介すると、1947年5月のKing Kolax Bog Bandでのライブでコルトレーンはクラリネットで演奏、1952年1月6日にはボルチモアのホテルでのライブ、1960年6月には第二期カルテットでNYのジャズ・ギャラリーでのライブ、1060年7月に第二期カルテットでフィラデルフィアのショウボートでのライブ、1961年6月に第五期カルテットでワシントンのAlbert's Internationaleでのライブ、1961年7月に第五期でヴィレッジゲイトでのライブ、1962年6月に黄金カルテットでバードランドでのライブでの演奏といった具合です。さらにはスタジオ録音の記録もあり、1962年4月12日に黄金カルテットでヴァンゲル・スタジオで演奏しています。
さて演奏ですが、「ジャズ・スタンダード中でもっとも美しいと言われるバラード・ナンバー」(資料14)のテーマを無骨に表現して演奏するコルトレーンですが、演奏が進むうちに、コルトレーンとマッコイのソロは、この曲が持つ美しさを彼らなりの表現で聴かせています。
ここでの演奏は1964年6月に、1419(Coltrane's Sound)で世に出ました。




【エピソード、ボビー・ジャスパーのエルヴィン評】
資料03には、1957年にエルヴィンと共演したテナー・サックス奏者のボビー・ジャスパーが、ジャズ・レビュー誌に寄せたコメントが掲載されている。
エルヴィンの複雑で刺激的なプレイはいつも新鮮だった。間違いなく彼のドラミングにはベーシックなテンポがあった。それは演奏しているとき、常に一定不変であった。ただし時おりまったく消えうせてしまうこともあった。
しかしアップ・テンポのとき、意図的かテクニック不足のためかは分からないが、エルヴィンはあまりに激しすぎるリズムのクライマックスをつくり出してしまうことがあり、そのためベースの音がかき消される。そのような観点からすれば、このスタイルのドラマーとしてはフィリー・ジョーのほうがすぐれていると思う。エルヴィンのドラムスをバックに、アップ・テンポで、ステージから転げ落ちずに自由にインプロヴァイズできるソロイストは、ニューヨークにほとんどいないであろう。
最後の箇所は笑いを誘うためのコメントのようだが、エルヴィンとの共演の難しさを指摘している。
 

22度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 9月 1日(火)06時14分59秒
  19601024-04
Summertime (DuBose Heyward & George Gershwin)
(11分33秒)




【この曲、この演奏】
名曲「サマータイム」のコルトレーン演奏記録は、世に出たのは本せセッションだけです。資料07によれば、他に5回ほどの演奏記録があります。本セッション以前の間違いないだろう情報としては、この年1960年の6月10日と7月10日に、第二期カルテットでNYのジャズ・ギャラリーで行ったライブ演奏であります。多分そうかも情報としては、1949年秋のガレスぴー・ビッグバンドでの演奏があります。本セッション以後ですと、1961年3月の10日間の、第五期カルテットでのシカゴのサザーランド・ホテルでのライブがあります。「サマータイム」の演奏は世に出たことがありませんが、この期間の他のいくつかの曲が、レーベル名も記されていないCDで世に出たことがあるようです。また1961年8月25日にNYのジャズ祭でこの曲が演奏されたようですが、メンバーを含めて詳細は分からずとのことです。
この曲は黒人霊歌「時には母のない子のように」をヒントに作られ、「夏の暮らしは楽だよ。魚は飛び跳ね、綿もすくすく育っている。だから赤ちゃん、もう泣かないで」とのような歌であり、子守唄の雰囲気での歌唱、そして演奏が多くありました。
ところがコルトレーンはそれを木端微塵にぶち壊し、インストものとしてのこの曲に新しい方向性を、この演奏でしましています。コルトレーンのテナーも、マッコイのピアノも、ベースもドラムも、同じ方向に思いをぶつけての演奏を行っています。コルトレーンはこの演奏で、自分のバンドの方向性に、手応えを感じたことでしょう。
この演奏以降、ジャズに限らずポップスの分野でも、この曲にいろんな思いをぶつけたものが登場していくことになりました。
1361(My Favorite Things)に収録され、1961年3月に世に出ました。




【エピソード、エルヴィン・ジョーンズについて】
資料03に、コルトレーン・バンド加入前までのエルヴィンについての記述がある。
教会の助祭だったエルヴィンの父はジャズを悪魔の音楽とみなしていた。エルヴィンは礼儀正しさと放縦さを併せ持つ青年に成長した(一九五〇年代から一九六〇年代にかけて、彼はジャズマンのなかでも札付きのヘロイン常用者だった)。一九五六年にNYにやってきたエルヴィンは、一九五七年にヴィレッジ・ヴァンガードで行われたライブ・レコーディングでソニー・ロリンズと共演した。(一部省略)そこでは彼は、後年のエルヴィンを思わせるプレイを披露している。だが当時の彼はジャズの規則正しくあるべきリズムを不安定にするドラマーとして知られていた。彼は正確なビートを刻まず、とくにアップ・ビートが不明確だった。その代わりに彼はシンバルとスネア・ドラムをつなげてアクセントをつけていた。
 

27度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 8月31日(月)06時49分47秒
  19601024-03
Exotica (John Coltrane)
(5分22秒)


【この曲、この演奏】
「Exotic」ならば慣れ親しんだ英単語ですが、この曲名の「Exotica」となると珍しい英単語に感じます。ウィズダム英和辞典によれば「(芸術作品・風俗などの)異国風の事物」との意味で、エキゾチックの名詞形なのでしょう。
この曲は「Untitled Original」との表記となることが多いです。
コルトレーンのこの曲の演奏記録は、資料07によれば5回ほどとなっています。最初はこの年の六月十日に第二期カルテットでNYのジャズ・ギャラリーで、二度目も同様で六月二十七日、共にコルトレーンはソプラノ・サックスを吹いています。三度目は、七月十八日から二十三日までのフィラデルフィアのショウボートへの出演で、ここでも第二期カルテットでソプラノ・サックスを吹いています。一週間の出演期間中に何回この曲が演奏されたのかは、不明です。四度目は第三期カルテットで、ユナイテッド・レコーズへのスタジオ録音、コルトレーンはテナー・サックスを使っています。そして五度目が本セッションであり、第四期カルテットでソプラノ・サックスをコルトレーンは吹いております。
この演奏記録を振り返れば、全てに参加しているメンバーはマッコイ・タイナーだけとなります。
この曲について、資料07では「I Can't Get Started」をコルトレーン流にアレンジした曲としています。また資料09では、「ボディ・アンド・ソウル」によく似た曲と書いています。
さて演奏ですが、曲名通りに異国風の雰囲気をコルトレーとマッコイで追求していくもので、この後のコルトレーンの演奏に、ここでの追求が生きてきています。
この演奏は、1970年4月発売のAlt 1553(The Coltrane Legacy)に収録されて世に出ました。



【エピソード、マッコイとエルヴィンの加入】
資料03からマッコイとエルヴィンの加入についての簡単な記述がある。
一九六〇年の夏、コルトレーンはピアニストのマッコイ・タイナーをグループに雇い入れた。コルトレーンと同じくフィラデルフィア州出身で、弱冠二一歳の新人だった。九月にはドラマーのエルヴィン・ジョーンズが加入した(コルトレーンとエルヴィンが初めて出会ったのは、シャドウ・ウィルソンを敬愛していたエルヴィンがモンクとコルトレーンのグループを聴きにファイブ・スポットに出かけたときだった)。エルヴィンはビートに対して後乗りで叩く。タイナーはオン・ビートで弾く。コルトレーンのグループで、この二人のプレイはいいバランスを保っていた。
(原文通りに引用。コルトレーンはノース・カロライナ州出身)
 

/103