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5度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 2月17日(日)08時34分42秒
  さてフェイさんの「マイク ジャケ」作品。
例えばSting作「If I Ever Lose My Faith In You」とC.Porter作「Ev'rything I Love」をアルバム中盤で取り上げていますが、芝居の一コマを感じさせる内容です。制作陣の考えでは、曲ごとに考えた絵があることなのでしょう。そしてそれはヨーロッパの街並みの中で、存在感を発揮するものなのではと思いました。
その部分を光彩あるものと感じるか、少々クサイものと感じるか、聴く人のいろんな要素で変わってくるものなのでしょう。
 

3度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 2月16日(土)07時58分40秒
  その前に、この作品が録音された2000年6月29日(木)の新聞を見てみましょう。
先ずはトップ記事。
日経「そごう再建問題決着、72行 債権放棄で合意、預保2000億円買取り、970億円放棄、再生委あす承認」
そごうの問題はいろいろあったのですが、多店舗展開や増床の経営戦略が土地の値上がりを見込んで積極的融資を受けたことが、大きな要因でした。これを経営戦略ミスとするのは正にその通りですが、バブル期には融資を受ける方もする方もそこが見えなかったのでした。

読売「ごみ焼却4600施設 休・廃止、ダイオキシン規制強化で、環境庁報告、不法投棄増加の懸念」
この年の1月に、ダイオキシン類対策特別措置法が施行されました。プラスチックごみの焼却が問題の一つですが、この件に関しては日本の対応は遅すぎだと感じます。私の海外駐在経験で申しますと、2000年前半の香港ではスーパーマーケットでプラスチック袋の代わりにエコバックを使う動きが出ておりました。また2012年頃のマレーシアでは、スーパーマーケットでのプラスチック袋有料化となりました。
一方で日本ですが、私がよく利用するスーパーマーケット6店でみると、プラスチック袋有料化としているには2店舗だけであり、それも最近の動きです。「先進国」日本という表現が、次第次第に薄れていく気がしています。

朝日「ゼロ金利 来月解除の公算、日銀、デフレ懸念後退」
確かにこの年にゼロ金利政策が一時解除されました。それはITバブル景気によるものでしたが、翌年のITバブル崩壊でゼロ金利が復活しました。


ではこの6月29日の朝日新聞から少しばかり紹介します。
・31面に「三つの誤り 冤罪生んだ、松本サリン事件題材の映画、日本の黒い夏 熊井啓監督に聞く」との見出しがあります。その三つとは次のことだと、記事にあります。
警察ー間違い情報をリーク
世論ー群集心理、憎しみ増幅
報道ーより過激な方向示す
忘れてはならない3点だと思います。
・35面東京面にアコギ基地の広告がり、「ギター高価買取り」とあります。このお店の住所は栃木県塩谷郡です。地方のお店が東京版に広告を出すのはどうかなと感じたのですが、このお店は今でも堅実に営業されているようです。
・TV欄NHK 20:03からの「きょうの料理」は「水まんじゅうのブルーベリーソース」となっており、出演は金塚晴子です。流石にこれは無いだろうと思ってネット検索したのですが、ブルーベリーまんじゅうやルーベリー水まんじゅうは、ポピュラーな存在のようでした。
 

2度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 2月15日(金)07時46分42秒
  「今日の1枚からつまみ食い」、今回のテーマは「マイク ジャケ」です。


「マイク ジャケ」作品の12枚目は、Fay Claassen の With A Song In My Heart、2000年6月29日の録音です。
今回の「マイク ジャケ」でつまみ食いには2度目の登場となるシュアSM58が、ジャケットにあります。歌手の手持ちマイクでは定番のシュアSM58ですが、フェイ・クラッセンさんはかなり気に入っているようです。内ジャケには岩の上でのフェイさんがこのマイクを持っている写真が、6カットあります。
そんなフェイさんの本作は、2001年12月2日に「今日の1枚」で取り上げました。その際には酷評いたしました。「スキャット多用が全く効果を発揮してなく、ダラダラ感を与える。また、少しテンポが速い曲だと、彼女の歌はリズムに乗れていないんだ」と、良いところなしとの感想でした。
本作はフェイさんのデビュー作にあたり、その後も今に至るまでコンスタントに作品を発表しています。要するに支持されているということなので、今回のつまみ食いではフェイさんの良さを見つけたいです。
 

3度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 2月14日(木)08時04分1秒
  さてドリスさんの「マイク ジャケ」作品。
バラッドを暖かく聴かせてくれる本作品、何度も聴きました。ドリスさんの中域は、色彩豊かなものです。その時々で寂しげだったり、希望に満ちていたり、妖艶だったり、さっぱりしていたりと、様々な表情を聴かせてくれます。こんなドリスさんの特徴をRCA77DXは鮮やかに捉えております。
19年前とは違った感想で聴き終えました。
 

4度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 2月13日(水)07時12分38秒
  その前に、この作品が録音された1957年9月1日(日)の新聞を見てみましょう。
先ずはトップ記事。
日経「秋の経済どう動く、金融緩和は望めず、卸売物価は下押しへ」
8月にささやかれていた経済危機は懸念だけで終わったが、以前として経済は厳しい状況であり、そのポイント3点を記事では示しています。
1.メーカーの製品在庫調整が本格化する
2.金融面からの輸出圧力は強まるが、輸出急増まではいかない
3.設備投資は坂を下り始める
この記事の時は、1954年から続いていたなべ底不況の最も深刻な状態でした。ここでの「なべ」とは中華鍋のことで、「不況はそこをはう形で長期化する」との1958年経済白書での見解でした。しかしながら1958年後半から景気が持ち直し、1961年末まで続く岩戸景気となって行きました。

読売「社会保険診察費引上、厚生省、基本方針を決定、単価十円に統一、点数の増加を検討中、実施は明年四月から」

朝日「緊縮めぐり波乱か、来年度予算、各省の要求遅れる」
この時は第一次岸改造内閣であり、大蔵大臣は一万田尚登でした。



ではこの9月1日の日経新聞から少しばかり紹介します。
・2面に「しょう油など強制検査品目に」との小さな見出しがあります。通産省が輸出品取締法により、練乳および粉乳としょう油の2品目を追加し、計69品目となったとのことです。このような努力が、「安かろう悪かろう」の日本製品から「世界の品質」にまで上り詰めた要因の一つになっています。
さてバブル後の経費削減の嵐の中で、何を間違ったか日本の企業は「品質削減」まで行い、その様々な膿がここ10年ほどで噴出してきています。品質の日本、技術の日本、過去形にしたくはないですが、「人材削減」まで行ってきたわけですから仕方ないのでしょうか。
・2面下に東洋製網の広告があり、日本地図の上に先がわっか状のワイアーの絵があり、「東洋のトーヨロック、新製品」との宣伝文があります。東洋製網は1952年設立のワイヤロープ専門会社で、いまに続いている会社です。トーヨロックという商品は今では無いようですが、こういう堅実な会社が日本経済を支えてきたのだと、この会社のページを見て思いました。
・TV欄KRテレビ10:30から「ゆかた問答」という番組があり、細川隆元と坂西志保が出演しています。細川隆元と聞いて誰もが思い出すTV番組は、TBSの「時事放談」でしょう。この「時事放談」はウィキペディアによれば1957年7月から開始となっています。この番組表は9月なので、当初は「ゆかた問答」という番組名だったのかもしれません。
 

5度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 2月12日(火)07時09分2秒
  「今日の1枚からつまみ食い」、今回のテーマは「マイク ジャケ」です。


「マイク ジャケ」作品の11枚目は、Doris Drew の Delightful Doris Drew、1957年9月1日の録音です。(年月はジャケ情報、日付は決め打ち)
エヴァ・ダイアナのイラスト・ジャケでお馴染みのモー ド・レーベルに、マイクを描いた作品がありました。主役のドリス・ドリューさんよりも、マイクが目立っております。
マイク資料でこのマイクを調べますと、RCAの77DXというマイクでした。ジャケットのマイクはイラストながら特徴をしっかりと描いており、形状や真ん中の2本ラインなどで特定できました。このマイクは古典的リボンマイクのようで名器とのことです。またドナルド・フェイゲンの名作のジャケットでもお馴染みのマイクです。
リボンマイクの特徴は、「中域の質感が強く、良い意味で上下の帯域が少ない。独特の質感があり、暖かい音で、マイク自体の世界観を強く出せる」とのことです。
このRCA77DXジャケ作品を「今日の1枚」で取り上げたのは、2000年5月22日のことでした。その際の私の感想は、「バラードが多い選曲なのですが、暖かみで包み込んでくれます」としてましたが、「太くて枯れた声です。ここぞという場面で音域の狭さを感じさせますが、声質の魅力でカヴァーしています」とも書いており、悪評とも取れるようなことを書いておりました。
改めて本作を聴いてみます。
 

1度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 2月11日(月)07時46分20秒
  今日のコルトレーン

19561026-01
If I Were A Bell (Frank Loesser)
(8分16秒)


【この曲、この演奏】
1950年の大ヒット・ミュージカル「ガイズ・アンド・ドールズ」でのこの曲は、エラやリタなどの歌手に愛されていますが、ジャズ界で人気曲になったの理由は、マイルスが本セッションで取り上げたからでした。(資料14)
コルトレーンはこの曲を3回演奏している記録がありますが、全てマイルス・バンドでのものです。最初が本セッション、2度目は1958年9月9日のプラザ・ホテルでのライブでCBSから発売されました。3度目は1960年4月8日のチューリッヒでのライブでの演奏記録があり、私家録音で残されています。(資料06)また資料08にはこの翌日にアムステルダムのステージでも演奏されたとの記録があります。
マイルスはコルトレーン脱退後の1960年代の演奏ツアーでも、8回この曲を取り上げています。(資料08)
さて演奏ですが、マイルス・ミュートの演奏なかでも人気が高いだけあって、「もしも私が・・・」との女心を端正に表現しています。またガーランドの出だしのピアノは、小躍りする気持ちが切れ味よい演奏です。そしてコルトレーンですが、演奏の勢いづけのような役割でした。



【エピソード、マラソン・セッション】
CBSとの契約を得たマイルスが、プレスティッジとの残りのレコーディング契約を果たすために、この年の5月11日と本セッションでアルバム4枚分を一気に録音した、これは資料10を始めに多くの資料で触れられいる。またジャズ聴き始めの方が知るエピソードである。
この効率的なレコーディングは、プレスティッジにとっても効率という意味ではウエルカムだったと思う。
資料11にはプレスティッジ側からの思いが書かれている。CBSとマイルスとの関係について、プレスティッジとしてそれに応じようとの意思の元で行われたとのことである。
 

1度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 2月10日(日)07時44分25秒
  今日のコルトレーン

19560907-04
Bob's Boys (Hank Mobley)
(11分5秒)


【この曲、この演奏】
資料09によれば、この曲名はボブ・ワインストックに捧げたものとか。そんな人望があった人なのとの思いの私なので、レコード発売の時にスタッフが勝手に付けたものと私は想像します。
資料11によればこの曲は、パーカーの「ブルース・フォー・アリス」に基づくブルースとのことです。
この曲名で演奏したのは、コルトレーンは当然ながらこのセッションだけですし(資料06)、作者となっているモブレーもこのセッションだけです。(資料08)
さて演奏ですが、セッションの締めに軽快にブルース、この4人、というかこの7人による楽しい時間となっています。



【エピソード、このセッションのレコード化】
このセッションはスタンダード2曲、そしてモブレー作となっている2曲が演奏された。ソロの先発もモブレーが3曲ということから、一応はモブレーがリーダーとの形式をとったと想像する。
さて最初のレコード化は、プレスティッジ・オール・スターズとの名称での発売となった。ジャケにあるテナー四人衆の順番は、トップがモブレーである。
後年になりプレスティッジは、コルトレーン名義で「On A Misty Night」と題して2枚組LPで発売し、本セッションの4曲を再収録している。
こう書きながらwebでこのアルバムを見たところ、最近のCD化では、オリジナル風のジャケながらコルトレーンの名前が先頭になっているものがありました。
なりふり構わずのプレスティッジの販売姿勢は、現在にも受け継がれているようです。
 

0度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 2月 9日(土)07時59分25秒
  今日のコルトレーン

19560907-03
How Deep Is The Ocean (Irving Berlin)
(15分6秒)



【この曲、この演奏】
資料14によればこのバラッドは、ミュージカル映画「ブルー・スカイズ」に使用された曲とのことです。本当に多くのミュージシャンに愛されており、数多くの名演が残されている曲です。
しかしながらコルトレーンの演奏記録は、本セッションだけであります。(資料06)
さて演奏ですが、感動的なバラッド演奏です。とにかく、全員がイカした演奏をしています。それはソロをとっていないジョーンズでも、ブラシでのバッキングが最高の空気感を出しています。チェンバースのアルコ・ソロと聞けば、突然照明が変わるような演奏で、敬遠したくなる人が多いでしょう。私もそんな一人ですが、ここでのアルコ・ソロはこのバラッドの心を最高に引き出す演奏です。そしてそれに続くコルトレーンも、チェンバースに負けないこの上ないバラッド演奏です。
15分があっという間に終わるこの演奏を聴くと、ツボにはまった時のプレスティッジの寄せ集めセッションの凄さを感じます。





【エピソード、モブレーとコルトレーン】
二人の共演は、スタジオ録音が4回5日間あります。
最初は1956年5月7日のプレスティッジへエルモ・ホープのインフォーマル・ジャズ、2度目が本セッション、3度目が1957年4月6日のブルー・ノートへのグリフィン、そして4度目が1961年3月20日と21日のCBSへのマイルスのサムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カムです。(資料06)
それぞれを聴くと、5年間のコルトレーンの変化とモブレーの独自のスタイルが味わえ、その意味ではこの5回の二人の共演は興味深いものです。
 

6度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 2月 8日(金)07時17分35秒
  今日のコルトレーン

19560907-02
Tenor Conclave (Hank Mobley)
(8分21秒)


【この曲、この演奏】
コンクラーベ、或いはコンクレイブとカタカナ表記されるこの言葉の意味は、ジャズ好きならば何度も耳にしたことでしょうから、ここでは触れません。
モブレー作ですが、よくあるタイプの曲で、資料11によれば「アイ・ガット・リズム」に基づく曲です。モブレーがスタートの各ソロは、このジャムセッションを4人が楽しんでいる様子が伝わってきます。4人が同じ方向を向いている演奏ですが、最後の4小節交換では個性のぶつかり合いになり、興味深く演奏が終わっていきます。


【エピソード、ズート・シムズとコルトレーン】
二人の共演はこのセッションだけです。(資料06)
また資料01-05でも、ズート・シムズについては触れられていません。
同楽器なので、どうしても共演機会は少ないのでしょう。その意味では、このプレスティッジのセッションには感謝であります。
 

5度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 2月 7日(木)07時14分3秒
  今日のコルトレーン

19560907-01
Just You, Just Me (Klages - Greer)
(9分30秒)


【この曲、この演奏】
これは映画「マリアンヌ」ように作られた曲で、出演していたクリフ・エドワーズが歌って1929年に大ヒットした曲です。レスター・ヤングはこの曲を何度もレコーディングし、コールマン・ホーキンスやパーカーもこの曲を演奏しました。またアル&ズートでも名演を残しています。(資料14)
このセッションに参加した4人のテナー奏者が愛した人たちが愛した曲ですが、コルトレーンの演奏記録はこのセッションだけです。
さて鼻歌でお供したくなるこの曲を、4人のテナー奏者に同じ演奏スペースを与えて進んでいきます。その内容は、モブレー、シムズ、コルトレーン、そしてコーンの順番にガーランド・ソロを挟んで2回のソロ、そして同順で4小節交換6回という仕掛けです。
歌心満載のモブレーとシムズは、オープンカーで春の陽気を感じて走っているような演奏です。コルトレーンとコーンの強いアタックは、風を感じながらオープンカーで走るような演奏です。
4人の個性がしっかりと感じ取れ、かつこの曲の良さがでている演奏でした。



【エピソード、アル・コーンとコルトレーン】
二人の共演はここだけかと思いきや、資料06によれば1957年にベツレヘムへのセッションで2度共演している。
最初は10月録音の「ウィナーズ・サークル」で、ここではアル・コーンはバリトン・サックスを吹いている。
二つ目は12月録音の「アート・ブレイキーズ・ビッグ・バンド」である。
前者はダウン・ビート紙の人気投票で1位或いは2位のジャズマンを集めた演奏、そして後者はブレイキーのセッションのために集められて12人のホーン陣で一緒だった。
この1956年9月のプレスティッジのセッションも、テナー・サックス4本集めて録ってみようかとのものなので、二人のぶつかり合いというセッションとは言えないものだ。
 

6度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 2月 6日(水)08時16分16秒
  今日のコルトレーン

19560524-05
Tenor Madness (Sonny Rollins)
(12分18秒)


【この曲、この演奏】
コルトレーンは本セッションだけの演奏記録しかない曲ですが、ロリンズも資料08によれば3回しか演奏記録がありません、最初が本セッション、2度目はそれから30年後の1986年、3度目は2000年のことです。
本セッションのクレジットではロリンズ作となっていますが、資料06によればハンク・モブレー作の「Sportin' Crowd」、ケニー・クラーク作の「Royal Roost」としても知られている曲にようです。前者は1955年のBN1508 The Jazz Messengers At The Cafe Bohemia, Volume 2に収録されています。
テーマ、コルトレーン・ソロ、ロリンズ・ソロ、ガーランド・ソロ、チェンバース・ソロ、コルトレーンの次にロリンズでジョーンズとの4小節交換3回づつ、コルトレーン・ソロ、ロリンズ・ソロ、20回ほどのコルトレーンとロリンズの4小節交換、テーマ。こんな風に演奏が進みます。つまりはコルトレーンとロリンズをたっぷりと聴ける内容、そして最後に怒号の4小節交換で締めるとのものです。気楽に始めたセッションですが、二週間前のマイルスとのセッションで自信満々になったコルトレーン、そして華麗な中で力を込めていくロリンズ、そんな二人で燃え上がっていく演奏です。



【エピソード、コルトレーンとロリンズ】
資料06によるコルトレーンとロリンズの共演記録は、3回ある。本セッションの他はマイルス・バンドによるライブで、最初は1952年のものだ。共演者はパウエル,ブレーキー,そして多分パーシー・ヒースとの事である。是非とも聴いてみたいですのだが、録音の存在は確認されていない。もう一つは1957年の11月か12月であり、こちらは私家録音があるらしく、妙中氏が聴いたことがあるそうだ。
さらに資料11にはポール・ジェフリーのインタビューを紹介して、この二人の1956年の共演が記されている。「56年の終わりに、コルトレーンとロリンズの二人をボヘミアで見た。ロリンズとトレーンの二人がマイルスと一緒にやった何回かのうちの一回だ。ソニーのスタイルは知っていたけど、トレーンには本当にたまげた・・・。コルトレーンは、トレーンは立派に自分を出していたなんてもんじゃない。ソニーのメロディックなソロの後を、聴いたこともないような変わった、複雑極まり無いハーモニーとコード進行でつなぐんだ」

ロリンズのコルトレーンとの出会いについてのインタビューが残っている。
「1950年、ニューヨークで私は初めてトレーンと会った。そこで私たち二人は、たまにマイルス・デイビスの演奏に参加することが出来た。私はジョンの演奏を注意深く聴き、この男はどういうつもりでこんな演奏をしているのであろう、いったい彼はどのような方向に進むのだろうかとしばしば考えさせられたものだ。彼にそんな質問をしてはいけないと思い、なおも熱心に彼の演奏に耳を傾けているうちに、彼の音楽をより良く理解できるようになった。その後、私は彼と親友になった。彼から金を借りたこともあった。正直な話、私が借金を頼むことが出来たのは、コルトレーンとモンクだけだ」(資料01)
コルトレーンより3歳若いロリンズ、コルトレーンより早くジャズシーンで注目されていたロリンズ、その出会いは1950年でマイルスを介してのものであった。

資料09などにある通り、この1956年5月24日のロリンズ・セッションへのコルトレーンの参加は、当時のマイル・クインテットのリズム陣が参加しているためにコルトレーンがのぞきに行き、そこで1曲一緒に、と言うのが通説だ。
しかし資料11には違う記述がある。「このセッションのためにロリンズは、マイルスのリズムセクションを借り出し、コルトレーンをゲストにしてルディ・ヴァン・ゲルダーのスタジオに入った」とあり、ロリンズが最初から考えての共演だったとの意味合いだ。
通説とカール・ウォイデックがプレスティッジのために調査した資料11、どちらが正しいのかは分からないが、私てしては後者の説が本当のような気がする。先に記述したロリンズのコルトレーンに対する関心が、ここでの共演に、そして唯一の聴ける共演になったのだと思いたい。
 

6度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 2月 5日(火)07時23分2秒
  今日のコルトレーン

19560511-13
The Theme II (Miles davis)
(1分6秒)

【この曲、この演奏】
続けてテーマですが、別テイクではなく両演奏ともに四部作に収録されています。
ここでは1分と短くまとめており、最後のフィリーのドラムが印象を残してこの演奏を、そしてこのセッションを終えています。



【エピソード、コルトレーンという苗字】
コルトレーンという名前は、英国ローランド地方に由来し、ノースキャロライナ州に限定的に残る、アメリカでは珍しい名前である。開拓者としてやって来たローランド人コルトレーンは、所有する奴隷にコルトレーンを名乗らせた。それが代々続いたのである。
 

17度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 2月 4日(月)07時25分22秒
  今日のコルトレーン

19560511-13
The Theme I (Miles davis)
(2分0秒)

【この曲、この演奏】
マイルスのライブでの締めのテーマですが、コルトレーンはスタジオ録音としては前年(19551116-05)に続いての演奏です。
チェンバースにも場面を用意して、軽快な演奏となっています。



【エピソード、少年時代に関心を寄せたも音楽】
資料05には、コルトレーン少年の関心を持った音楽につい次の記述がある。コルトレーン少年の心を捉えたのは、ビッグバンド前世時代を迎えていたジャズであった。特に気に入ったのは、1939年にトランペット奏者アースキン・ホウキンスの大ヒット曲「タキシード・ジャンクション」で、ビル・ジョンソンのアルトサックスがフューチャーされていた。またジミー・ランスフィールドの「マージー」もお気に入りであった。ここでのアルトサックスはジョニー・ホッジスの影響が濃いものであった。
 

4度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 2月 3日(日)08時00分38秒
  今日のコルトレーン

19560511-12
Four (Miles davis)
(7分14秒)


【この曲、この演奏】
資料14によれば、この曲はアルトサックス奏者のエディ・ビンソン作との説もあり、そのようにクレジットされている盤もあるとのことです。何れにしてもマイルスおはこの曲で、資料08をざっと眺めても10回以上の演奏記録があります。コルトレーンのこの曲の演奏記録は当然ながらマイルス絡みであり、本セッションのほかではマイルス・クインテットでの2度のライブ演奏が記録されています。
さて演奏ですが、マイルスのオープン・トランペットでのソロは、最初はやる気がなさそうな感じです。それが段々と燃え上がって行かせるところが流石はマイルスです。コルトレーンは戸惑いを見せながらも、何とか格好をつけていく演奏です。この曲はマイルスがメンバーと自身を燃え上がらせ、ライブでは客を掴んでいく曲なのでしょう。




【エピソード、少年時代に関心を寄せたも音楽】
コルトレーン少年は、家庭ではラジオからイマジネーションを得ていた。ジミー・ランスフォードやデューク・エリントンがラジオの電波に乗って突然聞こえてくることがあった。ブラック・ピープル独特のリズム・アンド・ブルースが流れてくると、ひとりでに足を踏みならし腰を揺すって調子を取っていた。ハイポイントで最も人気のあったのはサッチモだが、黒人が耳にする音楽の大半は白人ミュージシャンによる演奏であった。(資料01)
 

2度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 2月 2日(土)08時17分5秒
  今日のコルトレーン

19560511-11
Salt Peanuts (Gillespie - Clarke)
(6分9秒)


【この曲、この演奏】
前々曲では最後に顔を出すだけ、そして前曲では参加しなかったコルトレーンでした。両曲はバラッドだけに、何かマイルスの考えがあったのでしょうか。
そしてコルトレーンが戻る本セッション11曲目は、またしてもガレスピー作のビ・バップの名曲です。資料06によれば、コルトレーンのこの曲の演奏記録は本セッションだけ、また資料08ではマイルスは本セッションと1948年にパーカー・クインテットでのサヴォイへの吹き込みがあるだけです。
さて演奏ですが、前半はメンバー全員での全力疾走、後半はフィリー・ジョー・ジョーンズの贅肉のないドラム・ソロとなっています。この時には既にジャズ界でのトップ・ドラマーであったジョーンズの世界を存分に楽しむ演奏です。


【エピソード、少年時代に関心を寄せたもの】
小学5年の時にコルトレーンは、12ページのスクラップ・ブックに「黒人の歴史」と題した文章を書いていた。ラングストン・ヒューズ、ニコラス・ブラザース、フレッチャー・ヘンダーソン、ポール・ロブソン、ジョー・ルイスなどの著名な黒人の功績を書いた小冊子であった。
この小冊子は2005年にNYのオークションに登場し、今ではノース・キャロライナ州ハイポイント博物館が所蔵しているとのことだ。(資料05)
 

3度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 2月 1日(金)07時42分2秒
  今月も「今日のコルトレーン」です。

19560511-09
It Never Entered My Mind (Rodgers - Hart)
(5分24秒)


【この曲、この演奏】
資料15によればこの曲は、1940年のミュージカル「ハイアー&ハイアー」の主題歌であり、シャーリー・ロスが歌ったものです。その後は数多くのジャズ・マンに愛されていきました。
資料06によれば、コルトレーンのこの曲のスタジオ録音は、本セッションだけです。他にはマイルス・クインテットでの1955年10月18日と1956年9月15日の2回のライブ演奏記録があり、共に私家録音で、1955年のものに関してはCDで世に出たことがあります。また資料08によれば、マイルスは5回この曲の演奏記録があります。
さて演奏ですが、ガーランドのピアノは甘いカクテルのようにまろやかな気分に、マイルスのミュート・トランペットは辛口ウォッカ・ベースのカクテルのように心に染み入るものです。こんなスロー・バラッド演奏は、滅多にお目にかかれない出来です。
さてコルトレーンのテナーですが、最後の数秒に微かに聴こえるだけ。演奏しているとは言えないものです。コルトレーンにも聴かせどころをと思いながら、この極上のバラッド演奏にはまだまだとのマイルスの判断かとも思いました。


【エピソード、少年時代に関心を寄せたもの】
コルトレーン少年は他の少年と同様に、ビリヤードにも関心を寄せていた。近所には数件のパーラーがあり、そこでは5セント白銅貨1枚で遊べた。エイト・ボールで遊んでいたが、コルトレーンはいつも負けていたようだ。(資料01)
 

3度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 1月30日(水)07時49分54秒
  今日のコルトレーン

19560511-08
The Surrey With The Fringe On Top (Rodgers - Hammerstein)
(9分5秒)


【この曲、この演奏】
資料14によれば、ロジャース&ハートのコンビがハートの死により終わり、ロジャース&ハマースタインのコンビでのブロードウェイ第1作は1943年の「オクラホマ」で、2212回というロングランを記録しました。この「飾りのついた四輪馬車」という邦題でおなじみの曲はその「オクラホマ」中での曲です。ジャズ・ファンにとっては、ロリンズやウィントン・ケリーなどの演奏でも、お馴染みの曲です。
資料06,08によればマイルスもコルトレーンも、この曲の演奏記録は本セッションだけであります。
この前の曲はピアノトリオでの演奏でした。そして本曲では、カウボーイと農家の娘との恋の三角関係を明るく陽気に描いたミュージカル(ウィキペディア)というストーリーを表した演奏が聴けます。ミディアム・テンポでのマイルスのミュート・トランペットは芸術の域にあり、コルトレーンのテナーは陽気に踊る絵が浮かんでくる演奏です。またリズム陣も熱演であり、このセッションのコルトレーン入りでは白眉と言える内容です。



【エピソード、少年時代に関心を寄せたもの】
資料01によれば、少年コルトレーンは映画も好きだったようである。元はブラウアーが映画好きであったのだが、当時は黒人少年一人が同伴なしで映画館に入ることは習慣上許されなかったため、コルトレーンを誘ったとのことである。ハイポイントにはブロードハースト劇場とパラマウント劇場があった。パラマウント劇場は人種差別が行われていて、天井桟敷が黒人専用であった。それは45度の傾斜があり、ブラウアーによればスリル満点だったとのことだ。
だが二人がもっぱら行ったのは、ブロードハースト劇場の方であった。チューイング・ガムも噛みポップ・コーンをほうばり、二人は映画に熱中していたとのことである。
 

4度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 1月29日(火)07時26分54秒
  今日のコルトレーン

19560511-06
Woody'n You (Dizzy Gillespie)
(5分4秒)


【この曲、この演奏】
このビ・バップの名曲をコルトレーンは、資料06によれば計5回演奏しています。2回はプレスティッジでのスタジオ録音であり、最初は本セッション、2度目は1957年11月15日のガーランドのリーダー・セッションで、アルバム「ソウル・ジャンクション」に収録されています。またマイルス・バンドでのライブも1957年と1958年の2度の演奏が確認できていますが、どれも私家録音です。
興味深いコルトレーンの「Woody'n You」は、1958年9月25日の演奏です。Joe Brazil(as)の元に7人のミュージシャンが集まって、彼のデトロイトの家の地下で演奏されたものです。ジョー・ブラジルはサックス奏者というよりも教育者としての活動が有名なようです。一般的に彼の名をジャズ・ファンに知らしめたのは、彼の家の地下に多くのミュージシャンを集めての演奏でした。この1958年9月25日もそんな1日で、どのような経緯か分かりませんがコルトレーンも参加しています。この演奏の存在が明らかになったのは、このセッションに参加していたジョー・ヘンダーソンのSFの家で、このセッションのテープが1991年9月28日に発見されたからでした。これは資料06の調査過程でのことだったようです。
コルトレーンとジョー・ブラジルはこの後も関係していきますが、それは別の機会に触れます。
マイルスには多数回のこの曲の演奏記録があると思っていましたが、資料08によれば6回でした。
この曲はガレスピーが、タップ・ダンスのバックで演奏するウディ・ハーマンのために書いた曲だと、資料14にあります。マイルスはビ・バップ真っ只中の時に活躍した人、コルトレーンは数年間に渡りガレスピー楽団やその後のガレスピー・セプテットのメンバーでしたので、上記演奏記録は別にして、ガレスピーと何度もこの曲を演奏したことだと思います。そんな曲をマイルスはオープン・トランペットで、コルトレーンはリズミカルなテナー演奏を聴かせています。それはビ・バップの香りというより、ハード・バップの勢いを感じるものです。



【エピソード、少年時代に野球に夢中】
資料01によれば、少年コルトレーンは一番好きだったスポーツは野球だったとのこと。休憩時間になるとプロ野球の成績を聞き、また仲間たちとあらゆる空き地で野球をやっていたのである。他の仲間は投手や外野手などのポジションへのこだわりがあったが、コルトレーンはポジションへのこだわりはなく、ただ野球を楽しめれば良いという態度であった。
またこの野球のおかげで、ハイポイント地区にあった白人と黒人の微妙な人種的差別の壁を一時的に乗り越え、白人居住区で野球をすることがあった。
この野球に関しては資料05では、違う記述がある。クラスメイトが野球やフットボールに熱中する中、コルトレーンは雑誌に載る楽器の広告ページを眺めているような少年だったとのことである。
これは両資料での時期の違いなのかもしれない。
 

2度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 1月28日(月)07時14分38秒
  今日のコルトレーン

19560511-05
It Could Happen To You (Burke - Van Huesen)
(6分40秒)



【この曲、この演奏】
資料14によればこの曲は、1944年公開の映画「そして天使は歌う」の主題歌と知られるラブソングで、明るく軽快なナンバーですが、バラッドとして取り上げられることも多い曲です。ジョー・スタッフォードやジューン・クリスティなどの歌手にも愛された曲ですが、パウエルやソニクラなどのピアニスト、ロリンズやJ.J.ジョンソンなどのホーン奏者にも好まれた曲です。
そんな大スタンダード曲ですが、コルトレーンの演奏記録はこのセッションだけです。またマイルスもこのセッションのほかには、1952年にマクリーン入りで録音されたもの(後年フレッシュサウンドから発売)だけです。
さて演奏ですが、マイルスのミュート・トランペットの軽快な足取りで始まります。この前の曲、4曲目の「Something I Dreamed Last Night」ではお休みとなったコルトレーンは、光風霽月の心境な演奏であり、一歩成長した姿を聴き取れます。資料09では「多少まとまりのないソロ」と評されていますが、私は楽しいコルトレーンの姿と感じました。


【エピソード、少年時代の気晴らし】
アンダーヒル通りとワシントン通りが交差する所にヘンリー・ホテルがあり、その中にドレーク夫人の洋菓子店があった。ハイポイント時代のコルトレーン少年にとっては、ここが気晴らしの場であった。小さな子供から青年まで多数の黒人がここを好んでいて、仲間同士が喋りあう場所であったのだ。ドレーク夫人は優しい方で、金の有る無しに関わらず誰でも歓迎し、決して子供達を外に追い出すことはしなかった。ドレーク夫人はコルトレーンを可愛がってくれ、ハイスクール最後の2年間、コルトレーンはここで客にソーダ水を出す仕事をやらせてくれていた。
これは資料01からの引用だが、そこではコルトレーンは、多くの黒人の子供達が宿命として受け入れざるえなかった貧乏のどん底を、一度も経験しなくてすんだとしている。
 

5度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 1月27日(日)09時18分56秒
  19560511-03
Trane's Blues (John Coltrane)
(8分33秒)


【この曲、この演奏】
2回のマラソン・セッションで21曲を吹き込んだのですが、その中で唯一のコルトレーン作の曲です。しかしながら作者は誰なのかに、少しの疑問符があります。
1956年3月1日(或いは2日)のコルトレーン参加のポール・チェンバースのセッション、Jazz Westでのアルバム「チェンバース・ミュージック」のセッションで、「John Paul Jones」という曲が演奏されており、作者はコルトレーンになっています。
しかしながら1956年3月16日のマイルスのプレスティッジへのセッション(コルトレーン不参加)、アルバム「コレクターズ・アイテム」でのセッションでは「Vierd Blues」という曲が演奏されており、作者はマイルスです。
「John Paul Jones」,「Vierd Blues」,そして本作での「Trane's Blues」は同じ曲です。このことにはいろんな想像が巡りますが、その辺りは適当な時代だった、ということにしておきます。
マイルスの一言、そしてチェンバースのベースのポロポロの後に続いて、演奏に入っていきます。前曲に続いての和気あいあいとした演奏であり、簡潔なブルースでジャム・セッションを楽しんでいます。その中でこのクインテットの距離感が縮まっていくのを感じられます。
マイルスのオープン・トランペットとコルトレーンの方の力を抜いたサックスが、程よく並んでいることを感じる演奏でした。


【エピソード、少年時代】
資料01のブラウアーのインタビューに、少年時代のコルトレーンはあまり本を読まなかったことが述べられている。
「ジョンはあまり読書家ではなかった。手にするのはほとんど漫画本だけであった。ブレア牧師がコルトレーン家の食堂に立派な書棚を設け、素晴らしい蔵書をもっていたことを思えば、それは全く情けないことだった。私ですらも、その書棚にあったデューク大学刊行の 南部の歴史という立派な本を拾い読みしたことを覚えている」
 

4度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 1月26日(土)08時45分32秒
  さてホリーさんの「マイク ジャケ」作品。
13年前の私はどうかしていた、ジャズの香りが深く漂う作品です。確かな実力は歌手であり、エンターテナーです。このホリーさんならば、ジャズクラブでも本作品とは違った味わいのステージとなったことでしょう。
録音されたのはモントリオールにある2218人収容のホールです。この地区はフランス系の人達が多いとのことで、ホリーさんはMCではフランス語も使っています。恐らくは満員になった観衆全員が楽しんだ一夜だったことでしょう。





参考資料「Sound Designer 2018年6月号 マイク読本」有限会社サウンド・デザイナー発行
(文中ではマイク資料と表記)
 

4度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 1月25日(金)07時37分20秒
  その前に、この作品が録音された1995年6月28日(水)の新聞を見てみましょう。
先ずはトップ記事。
日経「通産と米輸銀、日欧を結ぶ海底光ケーブル、複数国分、9億ドル」
1997年完成予定で全長27,000kmとのことですが、計画通りに進んだのかは分かりませんでした。

読売「コメ30万トン支援で合意、日朝協調、追加供与も用意」
朝日「コメ支援30万トンで大筋合意、追加支援も検討、北朝鮮 量には不満、きょう詰め」
この時点で多数の日本人が北朝鮮に拉致されていたのです。


ではこの6月28日の読売新聞から少しばかり紹介します。
・1面に「JRなど3共済と厚生年金、97年度から統合、懇談会一致」との見出しがあります。他の2共済はJTとNTTです。この時点で日本の年金は、1階部分は国民年金で一本化下が、2階部分は8制度が分立しているとの記事です。
さてこの3共済は記事の通り1997年に厚生年金に統合されました。残りの5共済ですが、どうやらまだ残っているようです。
・1面にダイダンの広告があり、「光と空気と水をいかす」と宣伝しています。この会社は1933年に設立され、現在ではスマートエネルギーと再生医療に力を入れています。
・TV欄 報道系番組はオウム一色です。この日は首謀者逮捕から一ヶ月以上経過してますが、まだまだ新たな情報が出てきている時期でした。
 

4度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 1月24日(木)07時36分35秒
  「今日の1枚からつまみ食い」、今回のテーマは「マイク ジャケ」です。


「マイク ジャケ」作品の10枚目は、Holly Cole の It Happened One Night、1995年6月28日の録音です。歌手にはガイコツマイクが良く似合います。ホリー・コールの本作ジャケでも、ガイコツマイクが良いアクセントになっています。
2006年1月19日に本作を「今日の1枚」で取り上げた際には、良い内容ながら「ジャズではないよね」とのような感想を述べました。今回のつまみ食いでは、どのような感想になるのでしょうか。
 

3度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 1月23日(水)07時47分6秒
  さてアイラーさんの「マイク ジャケ」作品。
アイラーの終わりを知らない叫びとマリー・マリアの語り・朗読が絡んで、演劇の中に吸い込まれるような演奏です。この時期になると、フリー系のジャズマンが演劇にも興味を持つ方が多かったと、何かで読んだことを思い出しました。
「New Grass」に収録されている「Heart Love」も演奏されていますが、この作品の中では優しさを持って響く演奏になっています。またこの曲ではアイラーらしき歌声or語りがあり、あのセッティングのマイクが活躍したようですが、そこでのアイラーの表情は私には浮かんできませんでした。
以前、黒蜥蜴という映画を見ました。私が観たのは1968年の映画で、丸山明宏の主演で深作欣二監督のものです。この作品の中でこのアイラーの叫びが使われていても、違和感ないものだと感じました。
 

3度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 1月22日(火)07時56分33秒
  その前に、この作品が録音された1970年7月25日(土)の新聞を見てみましょう。
先ずはトップ記事。
日経「公害防止計画を東京・神奈川・大阪に、10年で目標達成、住宅と工場を分離、厚生省方針」

読売「公害、政治は何をしている、打ち破れ 経済優先 生か死か、国民の危機感当然、本社座談会」

朝日「公害防止の青写真、人体に障害与えぬ最低目標値、達成には10年がかり、東京・神奈川・大阪が対象、厚生省委が基本方針」

三紙共に公害がトップ記事でした。
東京は伊豆七島を除く全域、神奈川は横浜・川崎・相模川以東区域、大阪は全域が対象となっています。この月の新聞を眺めると、毎日のように光化学スモッグの記事があります。高度成長の弊害に向き合う時期と言えますが、遅すぎたとも言えます。


ではこの7月25日の朝日新聞から少しばかり紹介します。
・この日は公害関連の記事が多い中で、12面経済面で、テレビとラジオの二つの記事がありました。
「耳」というコラムでは、「高すぎる国内向けカラーTV、批判強まる」との見出しです。家庭にカラーテレビが普及し始めた時期でしたが、対米輸出ダンピングが問題になっていました。対米FOB価格は6万3千円、しかし国内販売は18万円でした。記事ではこの二つの価格を単純比較するべきではないとの正しいコメントを示しながら、何とかすべきだとの主張です。
次に別記事で「ラジオ 国内売れ行き好調、感覚世代に受ける」との見出しがあります。テレビの普及でラジオ頭打ちと見られていたが、FM放送の本格化で高級化されたラジオが売れているとの記事です。
・9面にハネウエルの「プログラマー募集」との広告があります。ハネウエルは1886年に設立されたアメリカの多国籍企業でありますが、日本でプログラムの仕事をしていたのでした。広告には大手企業と契約できたことによる人員募集とあります。
・TV欄 NHK教育18:00に「コンピューター講座」との番組があり、この日は「仕入業務の組立」がテーマで、出演は西村真一郎と渡辺昭雄でした。このような番組があった時期なので、私が考えているより遥かにコンピューター化が1970年には進んでいたのでしょう。なお出演の両名ですが、ネットでの検索ではその著書がヒットするだけでした。
 

4度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 1月21日(月)06時42分36秒
  「今日の1枚からつまみ食い」、今回のテーマは「マイク ジャケ」です。


「マイク ジャケ」作品の9枚目は、Albert Ayler の Live On The Riviera、1970年7月25日の録音です。
マイクスタンドの中間部には、アイラーさんのサックスを拾うための、恐らくはコンデンサーマイクがセットされています。そして上部にはダイナミックマイクがセットされています。
2006年1月2日に本作を「今日の1枚」に掲載したのですが、その際のアイラーさん最後の演奏についての記述が間違っていたかもしれません。ただ決定的な情報が得られていませんので、分かり次第その辺りを追加コメントいたします。
兎に角、この7月末数日間のマグー近代美術館主催の前衛音楽祭に招かれての演奏がアイラーさん最後の演奏、今日はステージでのアイラーさんの様子を思い浮かべながら聴いてみます。
 

3度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 1月20日(日)07時21分22秒
  さてファラオさんの「マイク ジャケ」作品。
2000人ほど収容のホールでのコンサートなのでしょう。1981年のこのライブ、観衆は熱狂を求めていたのでしょう。ファラオさんはその要求にも見事に応えた演奏をしています。「You've Got To Have Freedom」はまさにそんな曲で、演奏の他にも短いテーマを熱狂したり、メンバー紹介にと、セットされたマイクは大活躍でした。
コルトレーンの前にコルトレーン風の演奏者は無し、コルトレーンの後にはコルトレーン風の者ばかり。これはどのジャンルでも革新的な人の前後に言えることでしょう。特にファラオさんの場合は、コルトレーンの啓示を真正面から受けた方。
そんな時期から四半世紀が経ったこのライブ、ファラオさんはそんな精神とエンターテイメントが融合した存在でした。




参考資料「Sound Designer 2018年6月号 マイク読本」有限会社サウンド・デザイナー発行
(文中ではマイク資料と表記)
 

3度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 1月19日(土)07時51分28秒
  その前に、この作品が録音された1981年4月12日(日)の新聞を見てみましょう。
先ずはトップ記事。
日経「1千億円の商品借款、中国プラント救済、宝山・大慶を優先、南京油化は当面見送り、政府、谷副首相来日で決着」
私は宝山プラントに関わったことがあり、このトップ記事を読んで懐かしくなりました。

読売「教科書の検定強化、調査官を増やす、固定化は当面見送り、模範の作成も、自民小委固める、日教組の反発必至」
ウィキペディアによれば2009年現在、国定教科書制度の主な国はイラン・韓国・タイ・マレーシア、検定教科書制度の主な国はドイツ・日本・台湾・ノルウェー、検定なしの主な国はアメリカ・イギリス・オーストラリア・フィンランド・フランスとなっています。

朝日「早期決着目指す、米原潜事故の究明 補償、政府、野党攻勢を警戒」
4月9日、東シナ海で原潜ジョージ・ワシントンが日本の貨物船 日昇丸に当て逃げした事件でした。2名が死亡し、また他の乗員13名を救助したのは日本の海上自衛隊であり、アメリカ軍は何も救助をしませんでした。疑惑だらけの事件であり、また翌月には鈴木首相とレーガン大統領の会談が予定されていて、緊張した状況が続きました。しかしながら明確な調査結果とはならずに幕が引かれてしまいました。



ではこの4月12日の日経新聞から少しばかり紹介します。
・4面に「電柱のない商業地区、新百合ケ丘駅周辺の区画整理、ケーブル埋設を推進」との見出しがあります。私は丁度この時期に、ボーリング調査補助、要するに土木作業のアルバイトを半年ほど行っていました。幾つもの現場で作業しましたが、共同溝を作るための調査が多かった記憶があります。この記事の現場で作業していたかもしれません。
・7面に日本エレガントの広告があり、「エレガント シーシーケース、13タイプ 106種類」と宣伝しており、そこには見かけたことのある文具あるいは書類入れの写真があります。この会社、この商品、ネットでは情報を得られませんでした。
・TV欄 私の地元のTVKでは、12:00から17:45まで六大学野球を2試合、19:30からはNFL「オークランド・レイダース 対 サンジエゴ・チャージャーズ」を放送しています。私にとっては、スポーツのTVK、音楽番組のTVKでした。因みに今は「ロサンゼルス・チャージャーズ」というチーム名です。
 

3度

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 1月18日(金)07時06分56秒
  「今日の1枚からつまみ食い」、今回のテーマは「マイク ジャケ」です。


「マイク ジャケ」作品の8枚目は、Pharoah Sanders の live…、1981年4月12日の録音です。
ジャケでファラオさんが叫んでいる姿、それを捉えているマイクはダイナミックマイクでしょう。ダイナミックマイクは形が似ていて、何なのかは分かりませんでした。問題はこのマイクは「叫び用」に設置されているのか、サックス用に設置されているかです。ファラオさんは中腰に思え、「叫び用」ならばもう少し高いいちにセットするでしょう。しかしながらサックス用ならば、少し高すぎです。この疑問は裏ジャケを見て解決。ファラオさんが吹いているサックスには、ちょうど良い高さにコンデンサーマイクと思われるものがありました。したがっておもてジャケのマイクは「叫び用」でした。
2003年11月24日に本作を「今日の1枚」で取り上げた際には、トレーン云々でファラオさんを語っていました。今回のつまみ食いでは、素直にファラオさんの音楽を、そして叫びを、聴いてみます。
 

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