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謹賀新年

 投稿者:マハール  投稿日:2019年 1月 1日(火)07時54分3秒
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  あけましておめでとうございます。

今月は「今日のコルトレーン」の月とし、「今日の1枚」はお休み月です。



19551116-01
Stablemates (Benny Golson)  (5分22秒)
The New Miles Davis Quintet
Miles Davis(tp), John Coltrane(ts, omit on 04), Red Garland(p), Paul Chambers(b), Philly Joe Jones(d)
Van Gelder Studio, Hackensack, NJ,  16 November 1955 (Wed)


【この曲、この演奏】
このステイブルメイツとは、同じ廐舎の馬、そこから転じて同じ団体などの仲間との意味です。この曲では「ジャズ仲間」との意味合いなのでしょう。
資料06-08によれば、コルトレーンはこの曲を3回演奏しております。本演奏が最初であり、2度目は1956年3月1日の「チャンバース・ミュージック」でした。どちらもスタジオ録音で、いまでも容易に入手可能な音源です。記録では3度目とな演奏は、1956年9月29日のマイルス・クインテットでのカフェ・ボヘミアでのライブでした。これは私家録音としてあるようで、一般人が耳にすることは難しいものです。多分この時期のコルトレーン入りマイルスのライブでは、何度も演奏されたのでしょう。
作者のゴルソンの演奏としては1958年の作品が初とのことです。またこの曲は多くのミュージシャンに愛され、資料14にも取り上げられています。
この曲を資料09では「美しくソフトなメロディ」、資料11では「メロディ、ハーモニーの内容も濃い」、資料14では「情緒感を押さえたクールが売り」と、この曲を評しています。私の印象は、影のある人間の優しさだと感じています。
そんな曲を演奏するマイルスのオープン・トランペットの演奏には売れっ子の役者の風格があり、コルトレーンのテナーには脇役でありながら誰もが関心を寄せてしまう役者の雰囲気があります。この硬質で重量感のあるテナー演奏が、プレスティッジでのコルトレーンの始まりでした。


【エピソード、ゴルソンについて】
このセッションでこのゴルソン作の曲を取り上げたのは、コルトレーンの推薦であった。資料01には次の記述がある。
「トレーンはゴルソンへの恩返しをしようと、デイヴィスのアルバムのなかにベニー・ゴルソンの曲であるステーブルメイツを入れるようマイルスを説得した。その曲はジャズの古典となり、そのおかげでベニーは作曲家としてよく知られるようになり、トレーンも独奏者として名をあげた」
コルトレーンとゴルソンはの付き合いは古く、資料01の中には二人の関係の記述が6ヶ所もあります。今回は最初の記述、ゴルソンへのインタビューを紹介する。
『ハイスクール時代にカニンガムというアルト奏者と知り合った。カニンガムが言った。「ジョン・コルトレーンという新顔が町にいる。そいつはアルトを吹いているやつだ。ふつうの腕じゃないようだから、お前も一度あってどんなやつか確かめたほうがいいぜ」私はテナーを吹いていたので一度会ってみようと答えたが、ある日カニンガムがコルトレーンを連れて私の家に来るまですっかり忘れていたのである。アルト・サックスを持ってきたジョンは早速それを手にして、私がかつて一度も聴いたことがないような豊かな絶妙な音で演奏した。それはジョニー・ホッジスより豊かな音量で、幅の広い音だった。演奏曲目は、ホッジスがいつも好んで演奏する「オン・ザ・サニー・サイド・オブ・ザ・ストリート」である。彼の演奏があまりにも素晴らしかったので、二度目に彼がやってきたとき、私に母親は同じ曲をもう一度吹いてほしいと彼にたのんだくらいで会った』
この話は1943年頃のことである。その後にトレーンとゴルソンの演奏の記録は、資料06では3回しかない。それも1945年のジミー・ジョンソン・バンド、1947年のジミー・ヒースのバンド、そして1954年のジョニー・ホッジスのバンドでのものである。そしてこの3セッションの音源は残っていない。
1958年3月13日にトレーンはサヴォイのウィルバー・ハーデンのレコーディングに参加しており、この時にゴルソンはアレンジャーとして参加している。
 
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