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8度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年12月 2日(水)07時06分0秒
  今日の1枚は、Avishai Cohen の The Trumpet Player、Fresh Sound原盤、2001年11月の録音です。
コーエン三兄妹のアヴィシャイ・コーエン、トランペット奏者のアヴィシャイ・コーエンの、初リーダー作です。録音は2001年ですが、フレッシュ・サウンドのニュー・タレント・シリーズとして発売されたのは2003年の事でした。John Sullivan(b) と Jeff Ballard(d)とのトリオでの演奏ですが、七曲中三曲に Joel Frahm(ts) が参加しています。アヴィシャイの自作の曲が並んでいますが、コルトレーンとオーネット・コールマンの曲が一曲づつ演奏されています。
ジャケットの写真が気になります。キッチンでトランペットを分解清掃しているアヴィシャイの姿があり、トランペット本体はシンクに立てられています。自宅アパートでのシーンかと思いますが、内ジャケにある写真を見ればお店のキッチンのようです。NYでの録音なのでNYのお店かと思いますが、タイル壁にある電源口からすればイスラエルかもしれません。またここはライブを行うお店で、出番前に楽器のお手入れなのかもしれません。
さて演奏を聴いてみます。




昨日の1枚は、3 Cohens の Family、Anzic原盤、2011年の録音です。
1930年代、1940年代のアメリカのジャズの様子を、彼らの見事なアレンジで表現している姿が素敵でした。またその後のジャズの姿も散りばめられており、この三兄弟がテルアビブでジャズを勉強していた幼少期に、演奏技術だけではなく、ジャズの歴史も学んでいたことが分かる内容でした。またこのことが三人のプロ活動の土台になっていたことでしょう。ジョン・ヘンドリックスの歌が聴ける二曲も、楽しめるものです。
そんな中で、アビシャイ作のタイトル曲がモノ悲しく響いていました。おそらくはイスラエルの常に揺れ動いている中のことを、表現しているのでしょう。「家族」とはもちろんコーエン一家であり、またユダヤ人の辛い歴史も込めた曲名かと思いました。
ただしこのタイトル曲が決してアルバムの中で浮くことがないのは、流石の作品作りだと感心しながら聴き終えました。
 

8度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年12月 1日(火)07時21分49秒
  今日の1枚は、3 Cohens の Family、Anzic原盤、2011年の録音です。
このジャケを見れば、コーエン三兄妹の中でアナットさんが真ん中というのが分かります。
先に三兄妹の2006年作品を取り上げましたが、今回は2011年にブルックリンで吹き込まれた作品を聴いてみます。
メンバーですが、ピアノにアーロン・ゴールドバーグは2006年と同様ですが、ベースはMatt Penman、ドラムはGregory Hutchinsonとなっています。そして二曲に歌手のジョン・ヘンドリックスが参加しています。コーエン三兄妹は2010年にブラジルでジョン・ヘンドリックスに出会い、それがこの作品での共演につながったとのことです。
ユヴァルとアヴィシャイ作の曲にエリントンのナンバーなどが並んでいる作品です。
 

7度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年11月30日(月)07時32分18秒
  19610523-15
Greensleeves (Traditional from England)
(10分53秒)


【この曲、この演奏】
再び「グリーンスリーヴス」の演奏を行った理由は分かりませんが、参加メンバーは同じままで演奏し、3回目のテイクで演奏が完走となっています。
最初の時よりも気持ちゆったりテンポで演奏されており、重量感が増しています。
どちらをA(S)-6に収録するかについての背景も各資料に見当たりませんが、ここでの演奏は1974年にAS9273(Africa Brass Sessions, Vol.2)として世に出ました。





【エピソード、インパルスの成り立ち】
impulse! が正しい表記である。感嘆符、エクスクラメーション・ポイントが付くのだ。最初の小文字のアイの上の点、最後のエクスクラメーション・ポイントの下の点、スーパースクリプト・ドットをオレンジ、そしてこの二つの縦棒を黒、それ以外のスペルはオレンジとのデザインだ。さらにその上に、小文字のアイとエクスクラメーション・ポイントと並べて、インパルスのロゴとしている。レコードの背表紙のオレンジと黒と共に、インパルスのロゴは印象的なものである。
母体となるのは、1943年設立のテレビ会社 ABC(American Broadcasting Company)である。
1950年代初頭、アメリカのエンターテイメント業界は独禁法に関する連邦裁の判決に揺れていた。その渦中でABCは、テレビ界最大手NBCから別れることになった姉妹局のブルー・ネットワークを買収した。さらに独立したパラマウント・シスターズと合併し、ABCパラマウントが1955年に設立された。そして音楽部門を立ち上げることになり、Am - Par レコード社を設立し、その自社レーベルとしてABCパラマウント・レーベルが生まれたのだ。その後にジャズ部門を立ち上げることになり、インパルス・レコードが1960年に設立されたのだ。
アーチー・シェップは「インパルスにアイデンティティがあったとすれば、おれが思うにそれはコルトレーンによって作られたものだね」と語っているが、1961年から亡くなる1967年までコルトレーンはインパルスに所属し、多くの作品を世に残したのだった。
(以上は資料13からの引用だが、一部にウィキペディアからの引用を含む)
 

9度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年11月29日(日)07時26分0秒
  19610523-12
Song Of The Underground Railroad (Traditional)
(6分44秒)


【この曲、この演奏】
この曲名についての解説が、資料05にある。
曲名にある「アンダーグランド・レイルロード」とは地下鉄のことではなく、白人のクエーカー教徒らを中心にした地下組織が、奴隷解放のために定めた「秘密のルート」さす。一九世紀、劣悪な衣食住環境と過酷な労働とに耐えかね、多くの黒人が南部から北部の街へ逃れていった。彼らの逃亡を助ける地下組織は各地に拠点をもっており、それを結ぶルートは「アンダーグランド・レイルロード」と呼ばれていた。
インパルスのセッション記録を見ると、この曲は当初、「フォロウ・ザ・ドリンキン・ゴード(北斗七星をたどれ)」というタイトルにする予定であった。逃亡する黒人たちは、夜陰にまぎれ、北斗七星の輝きを頼りに北へ向かった。「北斗七星をたどれ」という曲名は、そのことを暗示している。
嗅覚に優れた犬を使う追ってを撹乱するため、逃亡奴隷は胡椒を撒き、小川やクリークの中をたどって匂いを分断した。捕らえられれば引き戻され、見せしめのリンチが待っている。運良く逃げとおせても、その首には懸賞金がかけられ、生かすも殺すも、これを捕えた者の裁量に任された。たどり着いたオハイオ川の北岸シンシナティ、リプリー、ポーツマスといった街には、逃れてきた黒人たちの受け入れ拠点があったが、一八五〇年に強化された「逃亡奴隷法」以降は、さらに北のカナダへ逃れなくてはならなくなった。南部に生まれ、北部フィラデルフィアを第二の故郷とするコルトレーンは、学校だけでなく、牧師であった祖父からも学んで、そうした奴隷の歴史、すなわち自分のルーツを熟知していた。

さて演奏ですが、重量感あるアップテンポでの演奏になっており、コルトレーンのテナー・サックスの迫力を味わえるものです。そこにエルヴィンとマッコイの執念のような演奏、さらに効果的なブラスのアレンジが加わっています。なおこの曲のアレンジはコルトレーンです。
資料05にある歴史的背景を日本人に理解しろとは無理な話ですが、黒人の思いのごく僅かは想像できるものです。その上で本演奏を聴き直すと、この演奏のスピード感は、何とか逃げ出したいとの奴隷に思い、なんとか逃げ切りたいとの黒人の祈りが込められているようです。
本セッションだけのこの曲の演奏記録となる本演奏は、1974年にAS9273(Africa Brass Sessions, Vol.2)として世に出ました。



【エピソード、インパルスとの契約】
資料01
一九六一年、ジョン・コルトレーンはインパルス・レコード社と最初の契約を結んだ。契約は、ショー・エージェンシー、ハロルド・ラヴェット、インパルスの社長ラリー・ニュートン、それにもちろんコルトレーンの四者が、多角的な協議を重ねた結果、締結された。コルトレーンのアトランティックとの契約は切れる直前だったし、彼はもう再契約はしないつもりでいたのだ。そしてインパルスとの契約の手続きが完了した時、ジョン・コルトレーンは、ついにマイルス・デイヴィスに次ぐ(黒人)ジャズ界の最高額レコーディング・アーティストとなったのである。
それは一年契約で、一年毎の随意契約が二回ついていた。だがこれは、トレーンのうなぎのぼりの人気上昇を考えれば、実質的には三年契約と同じことだった。そして一年に最低二枚のアルバムを作ればよかったのだ。契約の前金は、総額五万ドルで、初年度に一万ドル、そして二年目と三年目に各二万ドルずつ支払うという条件だった。しかし一時に多額の前金が収入となると、かなり税金にくわれてしまうのでそれを防ぐため、コルトレーンは一年に一万ドル、それも四回に分けて一回二千五〇〇ドルずつ受け取っていた。いずれにせよ、残金は三年の契約が終了した時点で彼のふところに入ってくるのだ。
コルトレーンは契約の中に、グラフィック・デザイン、レイアウト、パッケージ等、レコード・アルバムそのものの制作に目を通し、点検するという一項を入れていた。パッケージが特にコルトレーンの興味をそそった。


次に資料13にある契約に話を抜粋してみる。
インパルスのプロデューサーのクリード・テイラー については別に詳しく述べるとして、コルトレーンのインパルスとの契約は、テイラーが1960年秋のコルトレーンのライブに触発されてコルトレーンにかけた電話をかけ、インパルスでレコードを作る気はないかと訊いたことが始まりだった。
当初インパルス側の考えは、アトランティックからのコルトレーンの「貸し出し」であった。コルトレーンがプレスティッジ在籍時にブルーノートに貸し出され、つまり単発契約を結んで「ブルー・トレイン」を制作したのと同じことであった。
しかしコルトレーンが求めてきたのは、特別待遇でのインパルスとの専属契約であった。このことについて、ビル・カプランは次のように語っている。
アトランティックで傑作をいくつも世に出した今、特別扱いされてもいいだろうとコルトレーンは思っていたのではないかな。代理人を務めるショウ・エージェンシーはそう感じていた。レコードの売上にしても人気にしても、レイ・チャールズほどではなかったのだけれど、コルトレーン自身はレイの待遇と同じような特別待遇が自分にも適用されるべきだと思っていたんだ。
それでジョンがやってきたんだ。彼の希望する契約がどんなものかはわかっていた。レイと同じ移籍金を要求されることはなく、マスターテープについても、会社が所有するのが当然とされていた。だけど、契約内容はレイのときの骨子を下敷きに作られたんだ。
クリード・テイラー は「こちらはただコルトレーンに来て欲しかった。それが全てさ」と語っており、インパルス側は初年度は前金として1万ドル、これに2年のオプションがつき、年間2万まで上がることになっていた。
カプランはさらにこう語っている。
こちらはコルトレーンをアトランティック から引き抜いたわけじゃない。彼の方からやってきたんだ。
 

9度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年11月28日(土)07時37分17秒
  19610523-10
Greensleeves (Traditional from England)
(9分59秒)



【この曲、この演奏】
この曲はイングランドの古い民謡で、コルトレーンが本セッションで取り上げた以降、ケニー・バレルやレイ・ブライアントなどが取り上げ、ジャズ・チューンとなりました。(資料14)
エリザベス王朝の時に誕生したとされていて、1580年の記録にこの曲があるようです。作者については諸説あり、ヘンリー8世だとの説もあるようです。この歌は口頭伝承で受け継がれ、17世紀にはイングランドの誰もが知っている曲となったとのことです。(ウィキペディア)
「年3枚のレコードを作らなきゃならないんだよ。次のマイ・フェイヴァリット・シングルスになるような曲を探し回ってるんだ」とコルトレーンは評論家に語っており、タイナーがこの曲を持ってきたそうです。コルトレーンはこの曲については「マイ・フェイヴァリット・シングルスに似ていた」と語り、ここでの演奏については「バックがメジャーからマイナーに変わることもないので、あまりメリハリが出せなかったけど、テンポがいいときは、いい感じになっている」と語っています。(資料13)
なおここでのアレンジは、マッコイ・タイナーがおこないました。
この曲のコルトレーンの演奏記録は、資料07によれば7回ほどあります。スタジオ録音では、この年の12月21日に黄金カルテットでアルバム「バラッド」用のセッションを行った際に。この曲を取り上げました。そこでの演奏はシングル盤での発売となったので、この存在を知らない方も多かったようですが、後にCDで再び世に出まして、多くの方の知る存在となりました。また資料09の情報では、キングの企画盤「ジョン・コルトレーンの遺産」(SR-3026-8)の付録として発売されたことがあるようです。
ライブではこの年の3月のシカゴのサザーン・ホテルでも取り上げられいますが、有名どころはもちろん、この年の11月の黄金カルテットにドルフィーが加わってのヴァンガードでのライブとなります。
さて演奏ですが、ソプラノのコルトレーンの深みある演奏が、気軽に口ずさめるこのメロディに、ジャズの息吹を与えています。それと並んで光るのは、マッコイの存在です。彼のピアノ・ソロは無論のこと、ホーンでのアンサンブルを決して多用せず、しかしながら効果的な使い方をしております。
本セッションで10 回目のこのテイクは、A(S)-6として1961年9月1日に、アルバム「アフリカ/ブラス」で世に出ました。




「エピソード、本セッション】
コルトレーンのインパルス最初のセッション、そして初の自身でのオーケストラ演奏となる本セッションについて、各資料の記述を引用する。

資料01
「アフリカ」は、アフリカ音楽のリズムとインド音楽のラーガにヒントを得た曲である。「グリーンスリーヴス」と「ブルース・マイナー」の二つの曲は、まだコンベンショナルなやり方で、特に後者は深く心に響く、例の「叫ぶ」旋律によって、コルトレーンの本質が最も良く出ているものだと言えるだろう。

資料03
「アフリカ/ブラス」は、実際にそれまでとは異なったサウンドが披露されている。コルトレーンのサウンドがここまでエコーがかかったものになったのは初めてであった。十八人のミュージシャンが参加したブラス・アンサンブルは重厚であり、奥行きを感じさせる。これはコルトレーンの集団音楽、どこか異様な雰囲気をたたえた大規模作品の先駆けになったアルバムである。

資料04
1962年11月17日、パリでのジャン・クルーゼのインタヴューより。
(このアフリカ/ブラスを例に、ビッグ・バンドにおいてソロと伴奏のどちらを重視するかとの問いに対する、コルトレーンの返答)
今はもう、君が言うような「ソロイストのバンド」という表現形式を求めていない。その方面ではもう何度も実験を行った。そういうプレイは時に見返りも大きく、満足感もたっぷり得られるが、今はそれをやるつもりはない。「アフリカ/ブラス」について言えば、立脚点が異なっていた。あれは、ビッグバンドがサポートするカルテット、というコンセプトだったんだ。私たちはマッコイがピアノで弾くはずだったフレーズを拝借して、バンド用にアレンジした。バンド全体を、伴奏をプレイする”一つの巨大ピアノ”と化したんだ。

資料05
ブラス部門のリハーサルは午後から深夜にまで及び、コルトレーン・バンドが到着した真夜中から全員揃ってレコーディングが開始された。
 

12度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年11月27日(金)06時42分49秒
  19610525-14
Original Untitled Ballad (To Her Ladyship)  (Billy Frazier)
(8分58秒)



【この曲、この演奏】
曲名について資料07には、「LP発売されるまで正しい曲名が分からなく、Original Untitled Balladとしていた」とあります。ただしこの記述では何故に「Original」としたのかが、わかりません。とにかく、この曲のコルトレーンの演奏記録は、本セッションだけです。
さて演奏ですが、コルトレーンはソプラノとテナー・サックスを使っています。哀しさ溢れるこのバラッドのテーマ、先ずはドルフィーのフルート、次にコルトレーンのソプラノ、そしてハバードのトランペットと引き継がれ演奏されています。1分43秒からコルトレーンのソプラノが再び登場しまだテーマの続きかと思わせますが、ソロへとの突入です。そのソロは、トランペット、フルート、ピアノへと続きます。そして後テーマですがここでもフルートが先陣を切り、コルトレーンのテナー、そしてトランペットへ続き、そして三管の重なりで演奏の終了を迎えます。
ドルフィーとハバードは純粋にこのバラッドに心捧げての演奏ですが、コルトレーンにはソプラノでのバラッド演奏への模索のようなものが感じられます。
資料07に、「1分43秒でサキソフォンの音がやかましくなる(squawk)」とあり、これは「it was not originally issued」だからとあります。これは意識して聴けば、なるほどと感じる程度のものです。



【エピソード、レジー・ワークマン】
正確にはこの二日前のインパルスのセッションからだが、レコーディングにレジー・ワークマンが参加している。資料01にあるワークマンに関する記述を引用する。
ジョン・コルトレーンは、パーソナルとプロフェッショナルの両方の理由で、他のミュージシャンの演奏にいつも関心を持っていた。一九六〇年の終わり頃、コルトレーンは、いまはなくなったヴィレッジのあるクラブで、ベースのレジー・ワークマンとドラムスのロイ・ヘインズをもっぱら聴いていた。彼はヘインズがバードのところにいた時によく聴いたことがあったし、ワークマンのことはフィラデルフィア時代から知っていた。スティーヴ・デイヴィスの回想によれば「レジーは実にうまくなっていた。彼はぼくより力強くなりつつあり、そのうえ攻めの演奏ができた。いろんな人がジョンに、ぼくのベースが聴こえないと告げ口しているのは知っていた。それがジョンの決断にどれほど影響を与えたか、ぼくにはわからない」
だが、デイヴィスにもはっきりわかる日がくる。翌年のはじめ頃、四重奏団がクエーカー・シティでした最後の夜、ジョンはデイヴィスの肩を抱くようにしながらこう言った。「スティーヴ、ちょっと気分を変えてみたいんだ。そこで、君にどうしても承知してもらいたいことがある。どうしてもだ」
こうして、スティーヴ・デイヴィスは去った。
そしてレジー・ワークマンが入団した。
 

10度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年11月26日(木)07時31分1秒
  さてタイリーさんの「イス ジャケ」作品。
女性のいるお店で綺麗に楽しく遊ぶ方は、昼もスマートに仕事をするものです。ジャケではこの男性が女性から好かれていることがうかがえ、演奏からは周囲の方から支持を集めるであろう素敵な落ち着いた楽しさを感じました。
 

9度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年11月25日(水)07時00分0秒
  その前に、この作品が録音された1958年1月4日(土)の新聞を見てみましょう。
先ずはトップ記事。
日経「多目的では最大、有明海干拓、四月から本格調査、締切ダムも作る」
諫早湾干拓事業、着工はこの記事から31年後の1989年、完成は2007年のことでした。そして訴訟沙汰になり、開門判決が出て、それを覆す判決が出て、現在でも決着がついていません。

読売「時期下旬に決定、岸首相記者会見、一月解散行えば、韓国へ特使派遣考慮」
この一月の解散はなく、四月二五日の「話し合い解散」となりました。

朝日「南極点に到達、ヒラリー隊、人類三度目の偉業、総勢五人、車を酷使し強行軍」
ニュージーランド隊を率いたエドモンド・ヒラリー氏は、「そこに山があるから」との言葉で有名ですが、これは誤訳とのことです。「なぜエベレストに登るのか?」の質問に「そこにエベレストがあるから」と答えたそうです。(Wikipediaより)



ではこの1月4日の朝日新聞から少しばかり紹介します。
・8面に「日大が連続優勝、箱根駅伝、全コース記録更新、二位中大、三位教大」の見出しが、ゴールでの写真と共にあります。三位の教大は東京教育大学のことです。
・TV面下には東芝の広告があり、「家庭電気器具」を宣伝しています。電気釜6合が3200円、トランジスタラジオが8900円、14型テレビは73000円、そして洗たく機が23000円となっています。さて電気釜、炊飯器ですが6合と共に1升のもあり、この時期はまだまだ核家族化になっていないことがうかがえます。
・TV欄、三局共に洋画を放送しています。NHKは13:00から「スミス探偵の休暇」、日テレは15:20から「二人の億万長者」、そしてKRテレビは17:25から「ボンバー」です。この三本の映画ですが、どれもネット上に情報がありませんでした。
 

12度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年11月24日(火)06時50分25秒
  「今日の1枚からつまみ食い」、今回のテーマは「イス ジャケ」です。


「イス ジャケ」作品の50枚目は、Tyree Glenn の Let's Have a Ball、1958年1月4日の録音とします。(年はネットからの情報、月日は決め付け)
この作品は「Like Someone In Love が収録されている作品をつまみ食い」で取り上げたので、イスでのつまみ食いを避けようと思いましたが、回転式カウンターチェアのジャケットは珍しく、またそれが実に似合うジャケなので、「つまみ食い」二度目の登場となりました。
2005年4月1日に「今日の1枚」で取り上げたさいの私の感想は、なんとか内容が伝わるもの。しかし2018年8月につまみ食いした際の私の感想は、何を言いたいのかサッパリ分からないものでした。
今回のつまみ食いでは、わかりやすい言葉で簡潔に感想を書きたいものです。
 

13度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年11月23日(月)05時54分35秒
  さてジーンさんの「イス ジャケ」作品。
ミュージカルで活動できる歌手とは思えませんが、場を楽しませる歌手といえうるのでしょうけれど、それも内輪のパーディが精一杯という感じでしょう。
ベースと二人での「Makin' Whoopee」では「祭りの後の寂しさ」の雰囲気があり、楽しめました。
 

9度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年11月22日(日)07時04分40秒
  その前に、この作品が録音された2001年4月20日(金)の新聞を見てみましょう。
先ずはトップ記事。
日経「2010年商業化へ開発着手、海底の氷状メタン燃料、日本近海で採掘、エネルギー自給向上、経済産業省」
この記事から20年近くの現在でも、これには期待されているようですが、実現には至っていません。なお日本のエネルギー自給率は9.6%(2017年)、関係ありませんが食糧自給率はカロリーベースで38%(2019年)とのことです。

読売「李登輝氏 ビザ発給決定、病気治療に限る、政府条件付き、民間人を考慮」

朝日「李前総統にビザ発給へ、政府、医療目的に限定、首相意向を外相了承」

この月に李登輝氏は心臓治療目的で、岡山県倉敷市を訪問したとのことです。




ではこの4月20日の朝日新聞から少しばかり紹介します。
・3面 総合面に「家庭の電圧200ボルト化提言、重電各社、送電ロス抑え 省エネに」との見出し記事があります。1%の節約になるとのことです。
・25面にダイア建設の広告があり、「横浜・戸塚にいよいよ登場」として「ダイア パレス ワンダースケープ」との集合住宅を宣伝しており、2LDK 76平米で2600万円台とのことです。
このダイア建設は2003年にはレオパレス21の傘下になり、2008年には大和地所の子会社になりました。ちなみにネットで不動産情報を見たところ、ダイア パレス ワンダースケープの76平米物件が2090万円で販売されていました。人気物件のようです。
・TV欄 NHK教育 23:00から「金曜フォーラム」との番組があり、この日は「テレビゲームの将来を考える」とのテーマです。海外ではビデオゲームとの名称使用が多いのですが、日本では今でもテレビゲームとの名称が使用されています。
 

18度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年11月21日(土)06時05分59秒
  「今日の1枚からつまみ食い」、今回のテーマは「イス ジャケ」です。


「イス ジャケ」作品の49枚目は、Jeanne Gies の Mad About The Boy、2001年4月20日の録音です。
大塚家具では120万円ほどで販売しているような豪華なソファーが、ジャケットに写っています。そしてそこにはベースが寝そべっています。もちろん主役は正面に写っているジーン・ギィースさんですが、私にはソファーに寝転ぶベースに、強い存在感を感じます。
本作品を「今日の1枚」で取り上げたにおは、2004年11月20日のことでした。その際には「時折訪れる音域の壁を表現力でカバーしようとするが、無理を感じる。暖かい歌声だが、個性が感じられない。ホテルのラウンジで歌っている分には、仕事がそれなりに入る歌手と言えよう」と、私は感想を述べました。
それから16年後の今、彼女の情報を得ようと試み、彼女のと思われるフェイスブックのアカウントを見つけましたが、それはだいぶ古いもののようです。そこに彼女の名前を使ったwebページが記載されていますが、今では使われていないドメインでした。また自己紹介欄には、「ミュージカルを愛し、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、そしてブラジルで活動している」とあります。
今回のつまみ食いでは、ベースの存在感とジーンさんのミュージカルへの愛情が重なった瞬間を感じたいと願っています。
 

22度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年11月20日(金)07時44分59秒
  さてパトリシアさんの「イス ジャケ」作品。
この作品を覆っている空気感、低音の揺れと流れが、私に心地よく響きました。ベースとギターの弦が弾かれ、そして余韻が広がる中で、パトリシアさんの低音を活かした歌声が流れていき、いくつものスタンダードをパトリシア色で染めていきます。私好みの作品です。彼女のピアノ演奏と、ブラシ中心のドラムも、この作品を支えていますね。
さて彼女のWebページを見ますと、アルバムをコンスタントに発表しており、元気に活動されているようです。またシカゴのお店や小規模なイベントを中心に、ライブ活動をしているとのことです。それはそれで素敵なことなのでしょう。
本作の充実具合に満足しているかのようなジャケのパトリシアさんのお顔、素敵に見えます。
 

15度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年11月19日(木)07時39分0秒
  その前に、この作品が録音された2000年5月15日(月)の新聞を見てみましょう。
先ずはトップ記事。
日経「銀行買収に行政拒否権、大蔵省など法改正検討、異業種の参入、健全性を確保」
この件が実現したのか、ネット調べでは分かりませんでした。

読売「小渕前首相死去、緊急入院から43日、62歳、経済再生に尽力」

朝日「小渕前首相が死去、青木長官説明 医師が疑問視、62歳、入院から43日目」

現役総理が4月2日に倒れ、病床で青木長官に「後を頼む」と言ったと青木長官が説明、これに医師は大いに疑問視しておりました。自称 後を頼まれた青木長官が首相臨時代理として内閣総辞職を決め、なんやかんやよく分からない中で森首相が4月5日に誕生しました。
小渕前首相は5月14日の16時7分に亡くなりました。






ではこの5月15日の読売新聞から少しばかり紹介します。
・6面 国際面に「香港、大気汚染進む、健康状態に悪影響、3ヶ月で7日間、ディズニー社からも苦情」との見出し記事があり、その理由として、香港の交通量急増と、中国南部の急激な発展をあげています。
この当時に日本でどんな業種に従事していた方でも、華南地区の急速な工業の発展を実感していたと思います。私はこの記事の前後に二回、計6年間に渡り香港に駐在していました。その経験から、もう一つの理由が挙げられます。それは埋め立てをし集合住宅などの高層建物を作り続け、それにより既存の地区の空気の流れが滞留し、また陽当たりが悪くなったことです。
・35面 社会面したの興行広告に「ソニー・ロリンズ、ジャパン・ツアー2000」があり、5月27日28日に中野サンプラザ、6月16日に神奈川県民ホール、S席6000円と、宣伝しています。今でもご健在なロリンズですが、最後の日本でのコンサートは80歳記念ツアーの2010年でした。
・TV欄、報道番組の実際の報道は小渕前首相死去一色だったのでしょうけど、番組欄としては差し替えが間に合っていない報道番組が多くありました。
 

12度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年11月18日(水)07時02分43秒
  「今日の1枚からつまみ食い」、今回のテーマは「イス ジャケ」です。


「イス ジャケ」作品の48枚目は、Patricia Barber の nightclub、2000年5月15日の録音です。
2000年に入ったあたりから好きで聴いていたパトリシアさん、「今日の1枚」で5枚取り上げたパトリシアさんですが、彼女の作品に接するのはご無沙汰になっておりました。カフェでブランディーらしきものと共に、革イスに足を立てながら座っている本作品のジャケを目にした瞬間に、本作を聴きたくなりました。
2001年8月19日に本作を「今日の1枚」で紹介しましたが、その際には彼女の歌と演奏をシャンパン・カクテルに例えて褒めておりました。今回は私に本作がどう響くのか、シラフで聴いてみます。
 

14度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年11月17日(火)07時27分28秒
  さてトミーさんとカークさんの「イス ジャケ」作品。
凝ったアレンジを施すトミーさん、その意図を汲み取っての熱演のカークさん、本当に良い内容です。ゆったりと切なさを表現している「Serenity」、激しさの中の切なさに聴き入る「Chalan Pago」、ここでのトミーさんのコルネットとカークさんのフルートの熱演が、実に素敵でした。
トミーさんはこの活動を続けていれば、数年後には注目を浴びたのでは思いながら、今回のつまみ食いを終えました。
 

11度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年11月16日(月)07時16分39秒
  その前に、この作品が録音された1966年10月11日(火)の新聞を見てみましょう。
先ずはトップ記事。
日経「財政運営を警戒型に、大蔵省、公共事業推進本部解散へ、刺激の役割終わる、支出段階的繰り延べも」
この大蔵省の判断は実に賢明なものだったと思います。しかし票田を背負っている国会議員の生き残り策なのか、公共事業の甘い誘惑は続くことになります。

読売「高校教育を多様化、有田構想 きょう諮問、理科系進学科おく、職業科さらに専門化」


朝日「高校職業教育を拡充、すぐ役立つ学科を、多様化の手始め、電子工学や理容、来春開設を目指す」

文部大臣の有田喜一氏のこの構想、現在では何も記述がネット上に見られません。現在では普通科の高校生の人数は73%とのことですが、この有田構想が実現に動いていればどうなっていたのかと、考えてしまいました。




ではこの10月11日の日経新聞から少しばかり紹介します。
・4面に「月賦価格引き上げ、集金費増加を理由に、家電業界」との見出し記事があります。アメリカで消費拡大を牽引していた割賦販売が日本に本格的になったのは、1923年の大震災後の再建によるものでした。戦後にすぐにこの販売方法が復活し、高度経済成長期に広がりましたが、その中で問題点も多くなり、法規制が強化され、1970年代を過ぎてからは下火になりました。
家電やミシンの販売が主でしたが、百貨店でもこの割賦販売を特徴とするのが現れ、丸井・緑屋・大丸がその代表格でした。
・6面に日本オリベッティの全面広告があり、企業ブランドを売り込みしており、印象的なデザインのページになっています。1961年にイタリアのオリベッティ社の22番目の同系会社として日本オリベッティが設立され、その後にNTTデータに吸収されたようです。
・TV欄 東京12チャンネルでは、放送開始の10:00から18:30まで「工業高校講座」を放送しています。この局は財団法人日本科学技術振興財団によって1964年に設立され、この財団の母体となる科学技術学園工業高等学校(今の科学技術学園高等学校)の授業をメインとして行う教育番組専門局でした。しかし慢性的な赤字のため、この1966年4月から他の番組も放送するようになりました。その後にいくつもの経緯があり、1981年にテレビ東京になりました。
 

9度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年11月15日(日)07時30分1秒
  「今日の1枚からつまみ食い」、今回のテーマは「イス ジャケ」です。


「イス ジャケ」作品の47枚目は、The Jazz Corps featuring Roland Kirk、1966年10月11日の録音です。
この作品もつまみ食いするのに躊躇しました。「今日の1枚」を六年ぶりに再開してから掲載した作品だからなのですが、パイプ椅子にどっしりと腰を下ろすトミー・ペルティエとローランド・カークの姿を目にしたら、どうしてもつまみ食いしたくなりました。
本作品を2015年9月3日に「今日の1枚」で取り上げた際には、随分と気に入ったとの感想を書きながらも、カークの参加なしでも良かったのではとのようなことも書いておりました。今回のつまみ食いでは、二人の熱演のぶつかり合いの瞬間を、パイプ椅子にどっしりと座り込むほどの熱演の瞬間を感じ取りたいと思います。
 

13度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年11月14日(土)07時20分52秒
  さてアルヴァニタスさんの「イス ジャケ」作品。
アルヴァニタスさんが退役後の1954年にパリに出てくるまでの情報は、今のWikipediaにも詳しくは掲載されておりません。私が確認できるものでは、1998年発行の「ヨーロッパのジャズ・ディスク1800」にある情報だけです。それによると1931年にマルセイユで彼は生まれ、少年時代からジャズに親しみバップも覚えていき、ドン・バイアスやジェイムズ・ムーディとの共演も経験し、兵役でヴェルサイユに駐在していた際にもジャズクラブで演奏をしていたそうです。
その後の活動は各資料にあり、パリのクラブでの演奏を行い、また米国からパリに来たジャズマンたちとも共演を重ねていき、本作品となったようです。
本作に至るまでアルヴァニタスさんには結構な苦労があったと思いますが、多くの貴重な経験をすたことでしょう。そこでの自分ならこんな作品を残すとの思いが重なっていき、ここに成熟したのでしょう。またダグ・ワトキンスとアート・テイラーという大物が力を入れた演奏をしており、これはアルヴァニタスさんの日頃のお人柄の良さからのことなのかと思いました。
ベースとドラムの静かな息遣いが冴える「What's New」、その後半ではアルヴァニタスさんのピアノが光り始め、このスローなスタンダードを豊かな色合いにしていき、ジャケに映る彼の意気込みを感じました。
 

10度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年11月13日(金)07時18分31秒
  その前に、この作品が録音された1958年9月11日(木)の新聞を見てみましょう。
先ずはトップ記事。
日経「最低限度を設ける、全銀協、標準金利方式を検討、公取の意向打診」
ここでの標準金利方式については、ネットから情報を得られませんでした。

読売「日米安保条約、改定取りつけに期待、具体的な交渉は日米委で」

朝日「神奈川など四県中止、15日勤評闘争 各県の動き、授業放棄、東京ほか廿二県、十日現在」
日教組の授業放棄と総評の登校拒否戦術による闘争です。各県で足並みは乱れたものの、15日に行われました。

金融制度の拡充、日米同盟の方向性、そして公務員の労働問題、戦後から抜け出していく中での、三紙三様のトップ記事でした。




ではこの9月11日の新聞から少しばかり紹介します。
・1面に「岡印刷部長、欧米視察へ」との、小さな見出しがあります。自社の一従業員の海外出張を一面に掲載する、全く理解できないものです。
・1面に芝浦製糖の広告があります。扱い品として「精製糖、ビール糖」とあり、また「社長 花田菊造」とまで書いてあります。湘南糖化工業、湘南糖化工業、そしてこの芝浦製糖が1970年に合併し、三井製糖になりました。
・TV欄 NHK 13:00から「世界と日本」との番組があり、この日は「オートメーション」がテーマでした。この放送に興味がありますが、それよりも平日の昼間に誰が見ていたのかに関心があります。
 

7度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年11月12日(木)06時59分50秒
  「イス ジャケ」作品の46枚目は、Georges Arvanitas の 3.a.m. 、1958年9月11日の録音とします。(ジャケ記載データの翌日)
2019年の10月にこの作品を「マイク・ジャケ」でつまみ食いしたので、「イス・ジャケ」で取り上げるのは躊躇しました。しかしながら、このジャケに映るピアノ椅子、これだけ高くセッティングしているのは、なかなかお目にかかれません。この「イス・ジャケでつまみ食い」企画で、ピアノ椅子を取り上げるのはこれで9枚目となりますが、このアルヴァニタスさんの初リーダー作品でのピアノ椅子の高さ具合は飛び抜けています。
1999年10月16日に「今日の1枚」で取り上げた際にも、昨年10月につまみ食いした際にも、このピアノ・トリオ作品を絶賛しました。それはそうでしょう、欧州ジャズ界の名ピアニストのアルヴァニタスさんがダグ・ワトキンスとアート・テイラー組んだ演奏なのですからね。
ということで今回の「イス ジャケ」でつまみ食いでは、何に焦点を当てて聴こうかと考えましたが、高くセッティングした椅子に似合う、気合を入れた瞬間を感じ取れればと、思っています。
 

9度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年11月11日(水)06時45分59秒
  昨日の1枚は、SATLAH の SATLAH。
イスラム教とユダヤ教は違いますが、私はその違いを明確に述べられません。これにキリスト教を入れて三つの宗教は対立し、敵対してきました。
私はイスラム教が国の宗教であるマレーシアに、合わせて七年ほど住んでいました。朝のシャワーの時間にはアザーンが聞こえる環境にいました。また宗教に音楽はつきものであり、私はその音楽に親しみを感じていました。
このSATLAHの音楽を聴くと、そしてイスラエル出身ジャズマンの中でも「伝統的なジューイッシュ音楽、クレズマー、ハシディック」色を最も前面に出すザミールの演奏を聴くと、マレーシア駐在時代を思い出してしまいます。イスラム教とユダヤ教は違いますが、でもそう感じるところが私にはありました。
さて本作品ですが、そんな自分の中にある親しみが実に強く出ている作品です。ザミールがベースとドラムでのトリオで臨んだ演奏、そしてそこにジョン・ゾーンが加わって演奏、11の曲の中で輝いています。
 

10度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年11月10日(火)07時03分21秒
  今日の1枚は、SATLAH の SATLAH、TZADIK原盤、1999年の録音です。
ダニエル・ザミールがリーダーを務めるSATLAHというバンドの、最初の作品です。Shanir Ezra Blumenkranz(b), Kevin Zubek(d)がメンバーの三人組で、このレーベルの主宰者であるジョン・ゾーン(as)がゲスト参加しています。なおザミールは Danny Zamir とクレジットされています。
このバンドで今までに計3作品を発表しており、「今日の1枚」で Daniel Zamir & Satlah として取り上げた「Children Of Israel」(2018年10月5日掲載)が、三作目になるようです。
この「SATLAH」について、ブックレットにザミールの説明があります。
どの言語にもない「SATLAH」という言葉ですが、イスラエルでスラングとして「歓喜、リラックス、美」などの意味で使われています。音楽を想像していく上で、重要なものと言えます。この最初のアルバムにある11曲は、そんな「SATLAH」の魅力が詰まったものです。
アルトとソプラノを吹くザミール、近頃はソプラノ・サックスに集中しているザミールですが、この1999年の演奏ではアルト・サックスだけの演奏となっています。





昨日の1枚は、Eli Degibri の In The Beginning。
エリさんのサックスは多様な姿を見せますが、常にそこには優しさ、哀しさを知っている人が表現できる優しさが、彼の演奏のベースにあります。タイトル曲と、「With You」から「With You
- Epilogue」へと続く展開に、そんな辺りを強く感じました。
ベースとのデュオで「All The Things You Are」を決めるなど、エリさんとしてはこの2003年の時点で表現したいことを、全てこの作品にぶち込んだのでしょう。それにはパワーがいるものだったので、製作サイドがこしらえたジャケットまでは気が回らなかったのでしょう。
フレッシュサウンドからの発売なので、2003年のジャズの新譜を扱うお店では、この作品が店頭に並んでいたはず。この素敵な内容の作品を買った方の、眼力と度胸に敬服しました。
 

12度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年11月 9日(月)07時01分55秒
  今日の1枚は、Eli Degibri の In The Beginning、Fresh Sound原盤、2003年1月の録音です。
テナー・サックス奏者のエリ・デジブリに関しては、2005年録音作品「Emotionally Available」を「今日の1枚」で2008年11月17日に掲載しましたが、その際に私は彼をイスラエル出身ジャズマンとは知らずに、と言いますかイスラエル・ジャズという知識が全くない状態でした。そして彼についての情報を得たくても難しい状態でしたが、今ではWikipediaに彼のページがありますので、少し紹介します。
1978年にイスラエルのヤッファ(テルアビブのすぐ南)で生まれた彼は、7歳でマンドリンの演奏を始め、10歳の時にサックスに転向しました。18歳の1997年に奨学金を受けてバークリー音楽大学に入り、1999年にはハンコックのバンドに加わりプロ活動を始めました。今日取り上げる作品は、彼の初リーダー作になります。
今年の6月にディスクユニオン関内店の「E」コーナーでエリさんの作品を物色しましたら、本作品しかありませんでした。「買えるものなら買ってみろ」、そんなジャケです。これを紹介して頂いたSNSでの知人も、「私的には駄目ジャケ選手権ベスト3です」とコメントしておりました。この言葉、ディスクユニオンで手にした際に理解できました。彼の他の作品は彼の人間性が出ている良いポートレートを使っていますが、この第一作だけは「寄るんじゃねぇ」との嫌なものです。でもこの作品しかない、よって購入となりました。
Aaron Goldberg (p), Kurt Rosenwinkel (g), Jeff Ballard (d), そしてBen Street (b)との演奏です。




昨日の1枚は、Third World Love Songs。
ウィキペディアによれば、第三世界との分類の仕方には、二つの考えがあるそうです。東西冷戦時代の考えがその一つで、東西どちらにも属さない国(主に発展途上国)と米ソに対して中立的なユーゴスラビアが、第三世界と分類されました。この考えですと、イスラエルは資本主義陣営として第一世界に属するとのことです。
二つ目の分類の考えは毛沢東が提唱したもので、第一世界は超大国である米ソ、第二世界は超大国以外の先進国、それ以外の国々は第三世界となるとのことです。この分類ですと、イスラエルをどこに分類するかは微妙なことになります。
さて本題に入りますが、このアルバム名が六曲全てを表しているとすると、第三世界からの随分と辛口のメッセージとなります。切なさと嘆き、希望を持ちたち人々の気持ちが、曲と演奏に現れています。四人の好演がこのメッセージを形成しているのですが、敢えて挙げるならばトランペットのアヴィシャイ・コーエンの語り口の強さと濃さの個性が、本作品の良さを決めているなと、私は感じました。
タイトル曲は、オマー・アヴィタルによるものです。圧巻の演奏です。一度は挫け倒れた青年が起き上がり、再び挑戦することを誓うような場面を思い出します。朝焼けでも夕焼けでも似合う内容です。アヴィシャイの泣きのトランペット、ベースとドラムの切れ味の良さ、ピアノの心を打つ演奏、どれにも感心しながら、私はこの演奏に惚れてしまいました。
 

15度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年11月 8日(日)06時55分55秒
  今日の1枚は、Third World Love Songs、Fresh Sound原盤、2002年7月の録音です。
あのレゲエのグループとイスラエル・ジャズマンのコラボ!、などとの勘違いはすぐに消え去りましたが、SNSでこの Third World Love というグループを紹介して頂いたときには、そう思ったものでした。
オマー・アヴィタルとトランペットのアヴィシャイ・コーエン、ドラムにダニエル・フリードマン、そしてピアノのヨナタン・アヴィシャイによるこのグループは、本作録音時の2002年に結成され単発ツアーで終わるはずでしたが、その後も活動を続けております。
本作のジャケは朝焼けor夕焼けの写真で、裏ジャケなどには和かな四人の姿が写っています。



昨日の1枚は、OAM trio + Mark Turner の Now & Here。
オマーの芯が太いベースに堅実なミラルタのドラム、これを軸にフワフワしながらも要所で光るフレーズを注ぎ込むターナーのサックス、そして軽やかに雰囲気をうまく演出するピアノ、こんな思いで聴きますと、光る部分が多い作品でした。
私はアーロンのピアノに高い期待をしていた時期があり、私の好む演奏とのズレを感じて「今日の1枚」で厳しいコメントをすることがありました。もっと気軽な気持ちで彼のピアノを聴いていれば、20年前に取り上げた作品でのコメントも違うものになっていたことでしょう。
オマー作の「Faith」、そしてミラルタ作のタイトル曲で曲作りのうまさに感心し、あくまで4分の1の存在の中で自分のカラーを出していく4人のまとまりに聴き入りました。
 

13度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年11月 7日(土)07時32分47秒
  今日の1枚は、OAM trio + Mark Turner の Now & Here、Contra Baix原盤、2003年5月の録音です。
お店でCDの背中を見ながら物色することを私の目が嫌がっていると感じながらのディスクユニオン関内店、アルファベットのOのコーナーで本作を見つけました。Omer AvitalのCDを物色中のことでしたが、目の嫌がりとは逆に私の脳は「OAM」に強く反応しました。 OAM trio の Trilingual を2000年暮れの新宿で購入し、2001年6月3日に「今日の1枚」で取り上げていたのでした。Omer Avital(b), Aaron Goldberg(p), Marc Miralta(d) の三人組の作品なのですが、私はピアノ奏者目当てで購入しました。「今日の1枚」での感想は、「強烈なベースが印象的であるが、全体的に散漫な内容」とのものでした。
この三人組は2002年に二枚目を発表し、テナーのマーク・タナーを加えて2003年にライブ盤を発表し、好評を得ていました。そこで今度はタナー入りでスタジオで、となったのが本作品です。そしてOAMとの出会いから20年経った私が、イスラエル出身ジャズマンをテーマにしての物色で、本作品に出会ったのでした。



昨日の1枚は、The Omer Avital Group の Asking No Permission。
ジャケの写真、浜辺でオシッコをしている坊や、寝転びながらそれを笑って見ているお父さんらしき男性、どちらがオマーさんなのでしょうか。写真の古さ加減からすれば坊やなのでしょう。「勝手にするからね」とのタイトルは、この状況から得たものでしょうし、その気持ちをプロ・ミュージシャンになっても持ち続けたいとの願いも込められているのでしょう。
裏ジャケには痩せて髪が短く、眼光鋭い精悍な表情のオマーさんの写真があります。恐らくはこのライブの際の25歳の時のお姿なのでしょう。
さて演奏内容ですが、ホーン4本のアレンジがお見事で、また4本の泳がせ方も楽しく聴けるものです。そこにオマーさんの力強いベースのうねりが加わり、聴きごたえあるライブであったことが分かるものです。面ジャケの坊やの自由気ままな心と、青年になった裏ジャケにある真摯さが、演奏の中に交差して垣間見ることができます。
「ケンタッキー・ガール」という曲が15分近い演奏なのですが、オマーさんの人間の悩みを表現するかのベース、それを包み込む自然の雄大さのような四管の演奏、この曲を聴いているとオマーさんの存在感の強さを感じます。
 

11度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年11月 6日(金)07時05分37秒
  今日の1枚は、The Omer Avital Group の Asking No Permission、Smalls原盤、1996年4月の録音です。
イスラエル出身のベース奏者 Omer Avital、カタカナ表記ではオマー・アヴィタルの作品です。この方はミンガスに例えられることが多いようで、現在のジャズ・シーンの中での重要人物です。先に取り上げたベースのアヴィシャイ・コーエンも高い評価のベース奏者ですので、私はこの二人をよく混同してしまいます。
ではWikipediaからオマー・アヴィタルに関する情報を紹介します。
1971年にテルアビブの左に位置するジバタイムで生まれた彼は、11歳の時からクラシック・ギターを学び、イスラエルを代表する芸術高校に入るとベースに転向し、ジャズと編曲を学びました。17歳の時からプロ活動を始め、イスラエル陸軍のオーケストラに1年所属した後の1992年にNYに移りました。
NYですぐに注目され、1995年と1996年にはサックス4本とドラム、それに彼のベースというグループでスモールズで演奏を行なっていました。今日取り上げる作品はそんな時のもので、Mark Turner(ts), Gregory Tardy(ts, fl), Myron Walden(as), Charles Owens(ts), そしてAli Jackson(d)との演奏です。
発売さたのは2006年とのことなので、彼の初リーダー作品とは言えないようです。




昨日の1枚は、Avishai Cohen の Adama。
初リーダー作にかけるアヴィシャイの意気込みを感じる、聴き所満載の作品になっています。12曲中11曲が彼のオリジナルで、メロディ・メーカーとしての彼に惚れます。各曲でメンバーの選抜に工夫を凝らし、そこにアレンジの妙を加えています。そして彼のベース奏者としての実力の高さ、これらが揃っていますから、素敵な作品になるのは当然のことでしょう。
3曲目に「Bass Suite #1」、9曲目に「Bass Suite #1」が収録されています。このアルバムの中では箸休めのような存在なのですが、ここにアヴィシャイさんの実力、先に述べたことを感じました。自分のベースにホーンを二つ、「Bass Suite #1」ではそこにパーカッションを加えての演奏です。似たようなメロディですが違うもの、これにホーン2本をセンス良く絡め、自分のベース演奏を軸に演奏しています。ベースを中心に聴くのもよし、ホーンの流れでメロディの切なさを感じていくのも良し、そんな感じでした。
更にはこの二曲の前に収録している「Madrid」と「Adama」、ここでのジューイッシュ音楽(或いはクレズマー、もしくはハシディック)の色香具合に酔ってしまいました。
他にもメルドーとの「Besame Mucho」、チックのローズが鳴る「Gadu」など、聴く時々で感心が移っていく内容です。
 

9度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年11月 5日(木)07時16分5秒
  今日の1枚は、Avishai Cohen の Adama、Stretch原盤、1997年の録音です。
ベース奏者のアヴィシャイ・コーエンの作品です。コーエン三兄妹のトランペット奏者とは、同姓同名です。これでどちらかが有名でなければ別なのですが、このお二人は著名なジャズマンなのです。イスラエル出身というよりも、ここ暫くのNYのジャズ界を代表するベース奏者とトランペット奏者なのです。
SNSの知人がイスラエルのジャズを紹介してくれた際には、この二人を混同しないように気を使ってくれてましたが、それでも私は混乱していました。そしてディスクユニオンのサイトを読んでみても、2015年の時点でも、イスラエルのジャズを追っかけてきた方の中にも、この二人への混乱があったようです。
ベース奏者のアヴィシャイ・コーエンについて、Wikipediaから引用して紹介します。
1970年にイスラエルの北部、レバノンに近いところにあるKabriで生まれた彼は、すぐにエルサレム近くに移り、音楽一家の中で育ちました。6歳あたりで西部のShoevaに移り、9歳の時にピアノを弾き始め、14歳の時にジャコ・パストリアスに触発されベースを演奏し始めました。
1993年頃までにはNYに移ったようで、チック・コリアのもとで活動をし、初めて発表したリーダー作品が本作品になります。その後は継続的にリーダー作を発表し、今に至るまで17作品を発表しています。
本作品にはSteve Wilson(ss), Steve Davis(tb), Jeff Ballard(d), Jason Lindner(p), Amos Hoffman(g)というメンバーに加え、Chick Corea(p), Brad Mehldau(p), Danilo Pérez(p), Jorge Rossy(d), Don Alias(conga), Claudia Acuña(vo)がゲストで加わっています。



昨日の1枚は、John Coltrane & Don Cherry の The Avant-Garde。
オーネットのバンドの枠組みを借りて二日間のセッションを行い、結果として「何か」を起せなかったのですから、酷評にも理解できる部分はあります。
自分はコルトレーンの作品は二十枚ほど手元にあればいい、という方にはこの作品は不要なものです。しかし、自分はコルトレーンの軌跡を示す作品を手元に置いておきたい、という方には本作は必須の作品と言えるのでしょう。
この録音から翌年にコルトレーンはインパルス!に移籍し、「アフリカ/ブラス」のセッションを行い、そしてヴィレッジ・ヴァンガードに臨んでいきます。そこへ至る中に、本作の意義があると、私は思っています。
さていくつかの書籍やネットでの情報をみますと、本作はアトランティックが、ドン・チェリーのリーダー作としてセッションを設けたが内容がイマイチでお蔵入り、しかしコルトレーンの人気の衰えぬ高まりに接して1966年に発売した、とのものがあります。情報源が記載されていないのでことの真意は不明ですが、一応ここに記しておきます。
 

11度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年11月 4日(水)06時33分29秒
  今日の1枚は、John Coltrane & Don Cherry の The Avant-Garde、Atlantic原盤、1960年6月の録音です。
「けっして成功作とは言いがたいアルバム」(資料03)と、本作品には厳しいコメントが付き纏います。「(このセッションの)特筆すべき点は、後年、(コルトレーンの)もう一つの顔となったソプラノ・サックスの初使用ということのみだ」(資料09)といった具合です。
さてコルトレーンのアトランティックでの2年間のセッションを簡単に振り返れば、次の通りです。
1959年1月、アトランティックへの挨拶代わりにミルト・ジャクソンとのセッションで、「Bags & Trane」。
1959年3月から5月を主にした練りに練ったセッションで「Giant Steps」。
1959年暮れに新しいバンドを探している途中のセッションで「Coltrane Jazz」。
1960年6月から7月の二日間で本作品のセッション。
1960年10月の三日間で第四期カルテットで「 My Favorite Things」「Coltrane Plays The Blues」「Coltrane's Sound」の三作品。
「すでに心はインパルス!」の中の1961年5月に「Ole Coltrane」。
つまり本作品のセッションは、新天地アトランティックでコルトレーンのその時点での理想形の作品(Giant Steps)を作り上げた後に、次は自分の理想のバンド作りとコルトレーンは目標を移し、その模索の過程の一つと言えるのです。
コルトレーンと同様にアトランティックの顔となったオーネット・コールマンが作り上げたバンドを借りて、コルトレーンが理想とするバンドとはを追求しようとしたと、本セッションは言えると思います。
Don Cherry(tp), Charlie Haden(b), Percy Heath(b), そしてEd Blackwell(d)との演奏の本作品は、アトランティックのコルトレーン八作品の最後として、規格番号1451で1966年4月に発売されました。



昨日の1枚は、John Coltrane の Coltrane's Sound。
曲の持つ雰囲気からは随分とアグレッシブなアレンジのスタンダード二曲に続く、コルトレーン作の曲の演奏が素敵に響いています。A面が「Central Park West」、B面が「Equinox」、これはまさにアルバム構成の成功と言えるのでしょう。しかし首を傾げるのは、それに続く三曲目が、全体の流れにあっていません。ここの曲が云々ということではなく、あくまで構成なのですが、本当に残念な点です。しかしアルバムとしては、なかなかなものでしょう。
このアルバムを不幸な存在にしているのは、発売時期です。1964年と言えば、インパルス!から「クレッセント」と「ライブ・アット・バードランド」が発売された年です。そこに1960年録音の本作品となると、埋もれてしまうのは致し方ないことです。
1960年10月下旬の三日間のセッションから生まれた三作品、「マイ・フェイヴァリット・シングス」と「コルトレーン・プレイズ・ザ・ブルース」、そして本作品を、「コルトレーン・カルテットのアトランティック三部作」と呼ぶ向きがあるようです。もっとアルバム構成をに熟慮していれば、そんな呼び方も似合うのかなというのが、私の感想です。
 

14度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年11月 3日(火)07時43分16秒
  今日の1枚は、John Coltrane の Coltrane's Sound、Atlantic原盤、1960年10月の録音です。
コルトレーンのアトランティック第七弾の本作品は、規格番号1419として1964年6月に発売されました。
1960年10月21日と24日、そして26日の三日間に、コルトレーンは新しいメンバーでのカルテット(第四期)でレコーディングを行い、計二十一曲を収録しました。その中から「マイ・フェイヴァリット・シングス」と「コルトレーン・プレイズ・ザ・ブルース」が、すでに発売されてました。レコーディングから四年経ち、残りから六曲が選ばれ、本作の発売となりました。マッコイ・タイナー、スティーヴ・デイヴィス、そしてエルヴィン・ジョーンズとの演奏の本作品の特徴は、その選曲面にあります。A面とB面の最初にスタンダードを配し、続く2曲がコルトレーンのオリジナルとの内容です。そのスタンダードですが、A面には「The Night Has A Thousand Eyes」、邦題が「夜は千の眼を持つ」、通称「ヨルセン」が収録されています。B面には「Body And Soul」です。この先品は一般的には「ヨルセン」が人気となっており、アルバム名も日本では「夜は千の眼を持つ」としていた時期があります。



昨日の1枚は、John Coltrane の Coltrane Plays The Blues。
曲名には工夫したアルバムです。A面の三つは曲名にBluesが付くもの、B面はMr.が付く三曲を配しています。しかしアルバムに配置されている曲の内容には、感心できるところがありません。アルバムの華となるものがない、そこがこの作品がコルトレーンの諸作に中で、目立たない決定的な理由です。
新しいカルテットの中で、マッコイのピアノとコルトレーンの演奏の繋がりが良くなっていく展開、そしてこのカルテットの中でエルヴィンの立ち位置を模索している模様があり、個々の曲にはそれなりの聴き所があります。
映画の中には、重要なシーンではないが、見終わってから考えれば必要な場面だったというのがあります。このセッションはコルトレーンの全体像を考えたときに、必要なセッションだったと言えるのでしょう。ただアルバムとして、作品として世に出すには、一工夫が必要だったと言えるのでしょう。
 

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