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21度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 7月15日(水)06時23分45秒
  「今日の1枚からつまみ食い」、今回のテーマは「イス ジャケ」です。


「イス ジャケ」作品の37枚目は、David Murray Big Band、1991年3月5日の録音です。
私の中学時代の部屋には、1本のマイクの前でミック、キース、ロニーの三人がシャウトしているポスターを貼っていました。今日つまみ食いするマレイのビッグバンド作品のジャケを見て、何故だかそのポスターが頭に浮かびました。スツール一脚に、恰幅がよくなり始めているマレイと、このビッグバンドを指揮するブッチ・モーリスが腰をかけています。ロックもジャズも、生存競争が厳しいのでしょうか。
本作を「今日の1枚」で取り上げたのは、1999年11月19日のことでした。このサイトでマレイ特集を始めて、マレイのリーダー作としては49枚目に取り上げた作品でした。そこでの感想を見てみますと、ビッグバンド作品であることへの私の戸惑いがあるものでした。
それから20年以上経過し、少しはジャズが分かってきたかなと自惚れている今、この作品がどのように私の中で響くのか楽しみです。
 

22度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 7月14日(火)06時41分35秒
  さてマリアンさんの「イス ジャケ」作品。
今回この作品をつまみ食いして、改めて自分はこのCD2枚組が好きなんだなと、実感しました。多くの素敵なミュージシャンが、様々な編成でいろんなタイプの曲を披露しており、聴くたびにいろんな表情をみせてくれる作品です。
マリアンさんと、これまた大ベテランのジム・ホールのデュオで「Free Piece」という曲を演奏しています。3分弱の演奏ですが、全てが即興なのでしょう。そこには緊張と安堵が交錯しており、素敵な演奏となっています。この曲を演奏し終えた瞬間のマリアンさんが、イラストジャケの彼女なのでしょう。
巡り合わせで購入した本作品、名盤でもなく評判作でもありませんが、私にはホッとする愛すべき作品となっています。
 

20度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 7月13日(月)07時23分12秒
  その前に、この作品が録音された2003年3月22日(土)の新聞を見てみましょう。
先ずはトップ記事。
日経「米英地上軍が侵攻、首都へ向け北上、B52 大規模空爆へ、イラク軍 油井7ヶ所放火」

読売「米英軍、バグダッド向け進撃、イラク戦争、バスラ近郊を制圧、数百人投降、西部の飛行場占拠」

朝日「米英軍、3方向から挟撃、石油施設など占拠、首都南東で砲撃戦」
イラク戦争、或いは第二次湾岸戦争は、3月20日に始まりました。



ではこの3月22日の新聞から少しばかり紹介します。
・7面国際面の小さな記事で「猛毒リシン、パリで発見、テロ準備か」との見出しがあり、リヨン駅での発見とのことです。この年の11月には、アメリカでホワイトハウス宛の手紙からリシンが検出されました。
パリ同時多発テロ事件が発生したのは、これから12年後のことです。
・24面にコジマの全面広告があり、NECのノートPCが17万円、ソニーのが19万円と宣伝しています。
・TV欄 NHKをみますと、この日に開幕する春の高校野球と、イラク戦争が占めています。
 

25度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 7月12日(日)07時02分42秒
  「今日の1枚からつまみ食い」、今回のテーマは「イス ジャケ」です。


「イス ジャケ」作品の36枚目は、Marian McPartland の 85 Candles - Live In New York、2003年3月22日の録音です。(2度目のつまみ食いなので、録音日の翌日)
この小粋なイラストジャケ、私は気に入っています。このイラストを描いた Jeeun Lee という方の情報はネットで得られませんでしたが、主役のマリアンさんの演奏をよく知っている方なのでしょう。
「今日の1枚」では2006年4月27日に、そして「Summertime でつまみ食い」では2016年9月に本作を取り上げました。本作についての感想は、粗方そちらで書きました。今日はジャケの雰囲気を感じる演奏を、大勢のミュージシャンがマリアンの85歳を祝って集まったこのライブ盤から、感じ取りたいです。
 

26度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 7月11日(土)06時52分24秒
  昨日の1枚は、Wes Montgomery の In The Beginning。
やはり1枚目に収録されている、インディアナポリスにあるターフ・クラブでの1956年のライブ演奏が、本作品の中心でしょう。ただしウエスはあくまでバンドの一員なので、サックスが主役の演奏曲もあれば、歌入もありますが、それでもウエスのストレートな思いを感じられる、瑞々しいウエスのギターを楽しめるものです。
封入解説のビル・ミルコウスキの文には、「録音当時のウエスにはすでに溢れるようなイマジネーションと技量が備わっていることが歴然と判る。しかし、専売特許であるソロ・スタイル、つまりシングルノートのコーラスからオクターブ奏法へ、そしてコードで締めくくるオーケストラ的展開が確立されていないことが判る」とあります。
そんな時期のウエスだからこそ、ハードバップの熱気をこめた演奏となっているのでしょう。
またセヴ・フェルドマンの文章には、「ウエスが後年、英国人ジャーナリスト、ヴァレリー・ウィルマーに語っているように、この当時こそが彼の演奏の絶頂期である」とあります。
どの時期が絶頂期なのかは別にして、この時期のウエスの演奏は素敵な要素が詰まっている時期だと、この作品を聴いて感じ入った次第です。
 

24度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 7月10日(金)06時57分54秒
  今日の1枚は、Wes Montgomery の In The Beginning、Resonance原盤、1956年8月の録音です。
1959年にリバーサイドと契約して世に出てからのギター奏者ウエス・モンゴメリーは、ジャズ・ファン誰もが知る存在です。そんな時代のウエスの作品群の中には、私がまだ耳にしたことのない作品が何枚もあります。
私の最後の海外駐在となるのであろう二度目のマレーシア駐在から帰任して、かなり時間を有効に使えるようになっていた2014年に、今日取り上げるウエスの未発表録音CD2枚組が発売されました。私には Verve や A&M のウェスの諸作を買うのが先だろうとも考えながら、この未発表CD2枚組は入手すべきとの強烈な予感を感じたのでした。その前に世に出ていた未発表作品「Echoes Of Indiana Avenue」すら買っていないのに、自分の嗅覚を信じて本作品を購入したのでした。
1959年にリバーサイドから世に出る前のウエスは、地元インディアナポリスで兄弟たちと演奏活動を行なっていました。本作品の1枚目には1956年のインディアナポリスのクラブでの8月と11月の演奏、更には9月の妹宅での演奏が収録されています。2枚目には、1958年のインディアナポリスでの演奏、1955年のNYのコロンビア・スタジオでの録音、1957年のシカゴでのライブ、そして1949年のSP盤で世に出た演奏が収録されています。
結構厚い解説が封入されているのですが、そこにある本作のプロデューサーのセヴ・フェルドマンの発掘過程の記述が、興味深いものでした。始まりはセヴが「Echoes Of Indiana Avenue」を制作していた2011年に、ウエスの子息であり遺産管理団体代表のロバートからの電話を受けたところから始まります。それはウエスの弟が保管していたテープの件であり、これをアルバム化する過程でケニー・ワシントンからコロンビア録音の情報を得て、さらには1949年のSP盤の存在を知る場面まで続きます。このSP盤は超がいくつもつくマイナー・レーベルのスパイア・レコードから1949年にひっそりと世に出ていたもので、アメリカ議会図書館にすら所蔵されていないものです。この音源を入手する過程は、インターネットの世でなければ実現しないものでした。
さて、聴いてみます。




昨日の1枚は、Paul Gonsalves の Boom-Jackie - Boom - Chick。
ホンワカにブロウするテナー・サックスの音色に、ゴンザルヴェスの人間性を感じます。彼にとってお気に入りのヨーロッパでの生活は、この作品にゴンザルヴェスの音楽人生を強くぶつける背景になったのでしょう。
またいろんなタイプの曲を取り上げていることが、この作品を愛されるものにしているのでしょう。スタンダード「I Should Care」でのゴンザルヴェスの存在感は、なかなかのものでした。
そして続けて演奏しているのは、コルトレーン作の「Village Blues」ですが、サックスが2本入っています。まさかオーバーダブなのかと思いましたが、Wikipediaを見ますとジャック・シャープというテナー・サックス奏者が参加しているとあります。またCD裏ジャケに忠実に再現されているライナー・ノーツを、あまりにも小さな文字に悪戦しながら読みますと、パット・スミスがこの曲にはもう一本サックスをと提案し、スタジオにいた人間が演奏できるとのことで、誰も名前を知らない人に演奏させたとあります。そしてそれが良かったのか、彼にもう1曲演奏させたとのことです。
 

24度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 7月 9日(木)07時05分48秒
  今日の1枚は、Paul Gonsalves の Boom-Jackie - Boom - Chick、Vocation原盤、1963年2月の録音です。
「これぞ、ヨーロッパ・ジャズの最高級の幻盤!」と帯に書かれているCDを私が購入したのは、2007年のことでした。この時点では欧州ジャズブームは峠を過ぎた感もありましたが、オリジナル盤市場では高値で取引されていました。ポール・ゴンザルヴェスの欧州第一作の本作は、六桁超えは当たり前で、私が目にした限りでは大卒初任給も超えて、オリジナル盤市場で取引されていました。
共演者は英国のピアノトリオです。ピアノのパット・スミスは、ディジー・リースとの共演で知られており、1970年代までロンドンのクラブで活動していた方です。ベースのケニー・ナッパーは、ロニー・スコット・ジャズ・クラブのハウス・ベーシストだった方で、堅実な活動を行っていた方です。ドラムのロニー・スティーヴンソンもロニー・スコット・ジャズ・クラブで活動していたことがあり、また1960年代のイギリスではミュージシャンから信用が厚いドラマーでした。
そんな英国三人衆とゴンザルヴェスが組んだ本作、録音は何故だかスイスで行われました。



昨日の1枚は、Mingus Dynasty の Chair In The Sky。
ミンガス・バンドが持っていたスリル感とドラマ性の魅力は、そのアレンジが重要な要素の一つでしたが、このミンガス・ダイナスティの演奏からもその魅力が発揮されています。1曲を除き、サイ・ジョンソンのアレンジです。
1970年台のミンガス・バンドでアレンジに関わっていたサイ・ジョンソン、そして演奏家たちによって、力強く聴きごたえある作品に仕上がっています。
 

26度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 7月 8日(水)08時02分53秒
  今日の1枚は、Mingus Dynasty の Chair In The Sky、Elektra原盤、1979年7月の録音です。
今でも活動しているミンガス・ビッグ・バンドは、1988年に活動を始めているようです。その前身となったミンガス・ダイナスティはミンガスの死後すぐに結成され、その活動の発展形がミンガス・ビッグ・バンドとなり、ミンガス・ダイナスティは1995年まで活動していたようです。発表したアルバムは9枚ありますが、今日取り上げる作品がその最初のものです。「今日の1枚」ではその7枚目の作品を取り上げています(2017/11/8)。
ジミー・ネッパー(tb)にダニー・リッチモンド(d)、そしてドン・ピューレン(p)が参加しており、またベース奏者にはチャーリー・ヘイデンが加わっています。



昨日の1枚は、D.D.Jackson の Serenity Song。
ピアノトリオで演奏されているタイトル曲は、まさに晴朗な気分になるものです。うららかな気持ちで過ごせる時間、幸せな気分でした。続く曲は「Nocturne」ですが、こちらはヨーロッパの片田舎での夕暮れが似合うような演奏で、Sam Newsome のソプラノサックスが、遠い故郷での大切な時間を思い出す気分の演奏です。
各曲の色付けの変化が楽しめ、なかなかの作品でした。
 

26度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 7月 7日(火)07時44分41秒
  今日の1枚は、D.D.Jackson の Serenity Song、Justin Time原盤、2005年12月の録音です。
Serenity とは私には馴染みが薄い英単語ですが、落ち着き、晴朗、殿下との意味です。この言葉のタイトル曲を筆頭に全11曲がD.D.Jackson 作、ピアノ・トリオを中心に、ソプラノサックスの Sam Newsome などが曲ごとに加わっている作品です。
私が「今日の1枚」を六年間休んでいた時期に発売され、購入した作品です。「今日の1枚」ではこれで D.D.Jackson 8枚目となります。



昨日の1枚は、Jack DeJohnette の Oneness。
小学校高学年か中学の国語の授業で、川端康成の随筆が取り上げられました。ホテルのラウンジでくつろいでいると、テーブルにあるグラスに光が差込み、その姿が徐々に変わっていく、とのような内容だったと思います。この記憶がどこまであっているかは別にしまして、グラスに差し込む光とその変化、その後の人生で何度も出会った場面では、この国語の授業を思い出します。
本作のジャケにはテーブルの上に水が入ったグラス、そして薄らと光、このジャケを見て、国語の授業を思い出しました。そして演奏も、常に変化していく日常の光景を四人の意思疎通の妙で、美しく、時には鬱然の様子を描きながら続いていきます。
このワンネスはグループと言えるような活動は見当たらず、本作だけだったかもしれません。数多くあるディジョネットの作品の中で本作は、これはお勧めですよ、というようなものではありませんが、聴いたら聴いたで損はしない作品です。
 

23度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 7月 6日(月)07時14分30秒
  今日の1枚は、Jack DeJohnette の Oneness、ECM原盤、1997年1月の録音です。
常に新しい扉を開けようとするジャズマン、ジャック・ディジョネットもそんな一人でしょう。そんな彼の活動の中で、1970年第終わりから1980年台のスペシャル・エディションでの諸作は、この時期にジャズの新譜コーナーをウォッチしていた方には忘れられない存在でしょう。
そんなディジョネットが1997年に新たなグループを模索し、ワンネスというグループを作ったのです。盟友マイケル・ケインのピアノ、そしてギターにジェローム・ハリス、パーカッションにドン・アライアンスがそのメンバーであります。
今日取り上げるのは、そのグループ名をタイトルにした作品です。



昨日の1枚は、John Coltrane の Bahia、Prestige原盤、1958年1月の録音です。
コルトレーンのスリルとスピードの中で探究を深めていく演奏の「Bahia」、このテイラーのドラムとの一騎打ちの様子が、遅きにとはいえ1960年代に世に出たことに、本作品の存在価値があります。その意味では続く「Goldsboro Express」も、同様と言えるでしょう。
こんなA面を聴いた後に、B面での陽気さと物柔らかさはギャプがあるものですが、LPレコードならば別物と考えて聴き分けることができます。
世の中にはこの辺りのコルトレーンの作品を毛嫌いする向きもあり、その気持にも肯けますが、録音の背景とA面とB面の聴き分けを意識すれば、本作品は趣があるものと感じるはずです。
 

26度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 7月 5日(日)07時12分30秒
  今日の1枚は、John Coltrane の Bahia、Prestige原盤、1958年1月の録音です。
本アルバムも、ウイルバー・ハーデン入りの1958年7月11日のセッションと、ハバード入りの1958年12月26日のセッションから構成されています。
全八曲が演奏された前者からは「I'm A Dreamer Aren't We All」と「My Ideal」、全六曲の後者からは「Something I Dreamed Last Night」「Bahia」「Goldsboro Express」の三曲が収録されています。
本作品は、ソプラノ・サックスのコルトレーンの姿が誰もが知る存在となっていた、1965年5月に世に出ました。
(発売日はウィキペディアからの情報です)




昨日の1枚は、John Coltrane の Stardust。
A面頭の「Stardust」とB面最後の「Then I'll Be Tired Of You」、この二つのバラッド演奏が、この曲配置ですと輝く存在となります。またハーデンとハバードの色合いの違いも楽しめ、ガーランドの持ち味も最大限に発揮され、暖かい部屋でコーヒをすすりながら過ごす午後のひと時のような落ち着いた気分になります。そのコーヒーにはコーヒーフレッシュではなく、昔ながらの生クリームが軽く注がれており、より一層にコーヒー自体の味を引き立ている感じです。
恐らくはこの両セッションはコルトレーンの意向ではなく、プレスティッジが企画したものでしょう。そんな中にあってコルトレーンはメンバーに合わせながら自己主張もしっかりと行い、結果として聴き心地の良い作品となりました。
 

21度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 7月 4日(土)06時58分26秒
  今日の1枚は、John Coltrane の Stardust、Prestige原盤、1958年1月の録音です。
この1963年9月頃に発売されたアルバムが好きだという方も、多くいるかと思います。ウイルバー・ハーデン参加の1958年7月11日から「Stardust」と「Love Thy Neighbor」、ハバード入りの同年12月26日から「Then I'll Be Tired Of You」、そのセッションからハバードが抜けて「Time After Time」、合計四曲が収録されている作品です。
バラッドのコルトレーンを楽しめる作品です。
(発売日はウィキペディアからの情報です)



昨日の1枚は、John Coltrane の The Believer。
このメンバーで、この時期のコルトレーンですから、質の落ちた演奏があろうはずがありません。しかし、アルバムの華になる演奏曲がないというのが、大方の意見でしょう。それでも、ハバードの演奏も楽しめる「Do I Love You Because You Are Beautiful ?」での憂感は聴き所、楽しめる作品です。
 

25度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 7月 3日(金)07時34分20秒
  今日の1枚は、John Coltrane の The Believer、Prestige原盤、1958年1月の録音です。
1964年4月に世に出た本作品には、1958年1月10日のセッションから二曲、1958年12月26日のセッションから一曲が収録されています。発売された時期からして、収録時間が30分ということからも、発売当時のコルトレーン人気の高さからの発売なのは確かでしょう。
そうは言ってもコルトレーンの演奏、1月のセッションはドナルド・バード、12月のセッションにはフレディ・ハバードが参加しており、その違いを楽しみながら聴くのも一興でしょう。またどちらにもガーランドが参加していることから、コルトレーンとガーランドの共演最後の年を感じるのも面白いことでしょう。
(発売日はウィキペディアからの情報です)



昨日の1枚は、John Coltrane の Standard Coltrane。
今まで研鑽を積んできた仲間たちと、コルトレーンはその気心知れた雰囲気を壊すような演奏は一切せずに、素敵な曲を楽しく演奏している作品です。ウィルバー・ハーデンの存在も、この雰囲気の一つの要因でしょう。コルトレーンとハーデンのかつての結びつきは分かりませんが、ハーデンの彼なりの演奏を埋れさせることが無いように、コルトレーンは演奏しいます。
聴く側はしっかりと作品に対峙してとの力の入れようは捨てて、スコッチでも舐めながら気楽に本作を聴くことをお勧めします。そうするとコルトレーンの歌心の魔力に、取り憑かれることでしょう。
 

22度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 7月 2日(木)06時48分56秒
  今日の1枚は、John Coltrane の Standard Coltrane、Prestige原盤、1958年5月の録音です。
プレスティッジでの契約を果たすためにコルトレーンは、1958年7月11日と12月26日に吹き込みを行いました。どちらもトランペット奏者とのクインテットでの演奏で、ガーランドが引っ張り出してきた曲を中心に、14曲を吹き込みました。
1958年7月11日のセッションはウィルバー・ハーデンとの演奏で8曲演奏し、この作品にはその中から4曲が収録されています。
1962年10月に発売された作品です。
(発売日はウィキペディアからの情報です)



昨日の1枚は、John Coltrane の Black Pearls。
このままで自分は音楽でまた辛い目にまた会うかもしれない、常に高い理想を追い求めたい、でも周りへの感謝は忘れてはならない、そんなことをコルトレーンは思っていたのでは。
そのような思いがメンバーとの温度差をより強くしてしまったこの作品での演奏、成長していく人間が誰もが通って行く道のように感じました。
抽象的な感想なのですが、涙を浮かべながら演奏しているコルトレーンの姿を、私はみたような気がします。
 

25度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 7月 1日(水)07時02分51秒
  今日の1枚は、John Coltrane の Black Pearls、Prestige原盤、1958年5月の録音です。
ネットでブラック・パールについてのページを見ましたら、それには「魔除、意志を高める、愛情運を高める」との効果があるそうです。
さてドナルド・バードが参加しての1958年5月23日のセッションですが、演奏内容は従来の通りのバード、ガーランド、チェンバース、テイラーに対して、コルトレーンは新たな模索を演奏にぶつけています。3曲が収録され、時間的にはアルバム1枚に足りるものです。しかし3曲ともに本アルバムが発売される1964年8月までお蔵入りでしたので、プレスティッジとしても内容に自信が持てなかったのでしょう。
しかしながらコルトレーンのプレスティッジでの演奏を録音順に聴いてみると、このセッションでのコルトレーンの姿に、成長過程における転換点を感じ、それはそれで貴重なものに思えます。
今日はアルバムとして、作品としてどうなのか、そこらを意識して聴いてみます。
(発売日はウィキペディアからの情報です)
 

24度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 6月30日(火)07時31分32秒
  19590505-08
Cousin Mary (John Coltrane)
(5分48秒)



【この曲、この演奏】
いとこのメアリーに捧げたこのブルースの初演であります。この後に何回もコルトレーンはこの曲を演奏していると思いきや、資料06には四回のライブ演奏の記録しかありません。その時期は1960年、1961年、1962年、1963年となっています。これからするにコルトレーンはこの曲をライブでのレパートリーにしようと思っていながら、なかなか定着しなかったようです。なお1963年の11月2日のライブ演奏は、後にパブロから発売されております。
この曲についてウィキペディアには、「マイルス・デイヴィスのアルバム・クッキン収録曲ブルース・バイ・ファイヴを改作したもの」とあります。
昔の友人知人の消息を聞くたびに、そんなに無茶走りするなよ、と感じることがあります。ただし人から言わせれば、私も子供の時から無茶走りすると感じていたようです。人のことはよく見える、だから一言いいたくなる、コルトレーンとメアリーのそんな心の会話がコルトレーンのソロ、そしてフラナガンのソロに表れているような演奏です。これはこの曲の背景を思いながらの想像です。資料09にある評論家のコメントは次の通りです。
終止感を弱めたハーモナイズはゴスペルを思わせる。コルトレーンのソロはミディアム・ファストのテンポにぴったり乗ったペンタトニックスを中心にした独得のフレージングのオンパレードで、むやみに音符の数を増やさずに見事なアーティキュレーションをみせつけ、実に自信に満ちている。



【エピソード、いとこのメアリー】
コルトレーンにはメアリーという名の従妹がいた。この少女は、彼が小学校に通っている頃に、両親に連れられてコルトレーンの家に引っ越してきた。コルトレーン家の三家族、合計八人が三つのベッドルームしかない家に同居していたのだ。みなが一つの家族として平和に暮らしていたが、幼い頃から物静かで内気なコルトレーンは、このとき以来自分の部屋を持つことが出来なくなったのである。
メアリーは生意気で陽気なおてんば娘で、あらゆる点でコルトレーンとは正反対であった。しかし、知識を身につけて立派な人間になろうという気持ちは、二人に共通していたし、小学校での成績はいずれもクラスでトップに近いものだった。
以上は資料01にあるものだが、そこにはメアリーに関して更に三つのエピソードが掲載されている。
一九四四年六月、コルトレーンはフィラデリフィアに居たが、高校を卒業した従妹のメアリーがフィラデルフィアに来て、コルトレーンと同居することになった。
コルトレーンがガレスピー・バンドにいた時に、バンドのメンバーをひっかきまわすマジードという変な男がいた。回教徒名をハーニファン・マジードといい、クリスチャン・ネームはチャールズ・グリーンリーであった。後にマジードはコルトレーンの従妹のメアリーと結婚して、そして離婚したのであった。
一九五一年初めにコルトレーンがガレスピー・バンドを辞してフィラデルフィアに戻ると、母親は従妹のメアリーのアパートに移っていた。さすがに手狭とのことで全員での引越しを決意し、フィラデルフィアのストロベリー・マンションズとよばれる地域に移転した。
 

21度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 6月29日(月)06時52分46秒
  19590505-06
Giant Steps  (John Coltrane)
(4分46秒)



【この曲、この演奏】
コルトレーンがアトランティックでの門出に準備したこの曲、何度も演奏を重ねて、いよいよOKテイクとなります。
実質的なプロ活動に入れてから4年の間にコルトレーンが勉強と研究、そして共演者からの学びを通じて得てきたことの一面が、この演奏に実ったと言えます。資料09にある「圧倒的な存在感と完璧さ」という言葉、誰もが思うところでしょう。
この演奏でのフラナガンのソロに関しては、いろいろと言われてきました。資料09にも「途中で途絶えてしまっているかの印象」「コルトレーンのあまりの巨大さに圧倒されたため」とあります。
私が思うに、レコーディングのために集まるピアニストということなら、どんな名手でも同じ状況になったでしょう。コルトレーンと気心しれた名手フラナガンだからこそ、あそこまでの演奏が出来たと、コルトレーンは感じていたのではと思います。
コルトレーンが追求する音楽を実現するためには、やはりレギュラーな活動となるピアニスト、そしてリズム陣が必要だと、彼は実感したのでは。
これまでのコルトレーンの頂点であり、これからの出発点といえる演奏、そんな風にも感じます。



【エピソード、自分の音楽出版社】
コルトレーンは近い将来に自分のバンドを結成することになるだろうと思っていた。それはもう時間の問題であり、適当なミュージシャンさえ見つかればよかったのだ。さらにまた、ラベットの法律面の協力の下に、彼は自分の音楽出版社をつくってリーダーシップを取るべく準備していた。「ジャイアント・ステップス」に収められた曲のすべてはコルトレーンが設立した会社、ジョーコルの名前で出版され、その演奏の放送に関してはブロードャスト・ミュージック社と代理契約を結び、そのモニターの仕事を同社に委任した。(資料01)

「適当なミュージシャン」は「適切なミュージシャン」とのことだが、これに辿り着くまでコルトレーンは一苦労となる。
 

22度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 6月28日(日)07時08分29秒
  19590505-05,06,07
Giant Steps (John Coltrane)



【この曲、この演奏】
3月26日にはこの曲を8回演奏しながら満足の域には遠く及ばず、この日の演奏となりました。この日の演奏については、三つのテイクを聴くことが出来ます。しかしながら、この曲はこの日に6回演奏されたようです。

-05 Take 3, incomplete (4分6秒)
やはりトミー・フラナガンにアート・テイラー、この二人にチェンバースというリズム陣ですので、コルトレーンのアドリブは狂騰していきます。それが技術的な凄さだけではなく、音楽として高い所にあることが、多くのジャズファンを惹きつけ続けている理由なのでしょう。
さてこのテイクが演奏中断となった理由は、フラナガンがソロの途中で手が止まったからです。名手フラナガン、この時期には多忙を極めていたフラナガン、バッキングはお見事となっても、この曲でのソロとなると難しさに直面したのでしょう。


-07 Take 6, alternate (4分55秒)
手応えある演奏を録り終えた後に、念のためにもう1回となったのでしょう。コルトレーンは思い描いたソロが出来た後ということで、更に違う姿を追い求めているようですが、少し空回りの感は仕方ないことでしょう。
そんな状況でもお見事なフラナガンのバッキング、それもソロとなるとコルトレーンの飛ばし過ぎの前でどうしようかなとの演奏となり、そこにコルトレーンが割り込んで演奏は終盤に向かいます。
この3つのテイクを、スタジオの雰囲気を頭に浮かべながら続けて聴くと、なかなか楽しいものです。




【エピソード、マーティン・ウィリアムス】
〈ジャイアント・ステップス〉・・・それはコルトレーンがリーダーとして初めてレコーディングしたアルバムのタイトル曲だが、ブリッジにしたBフラットとともに、Eフラットのペダル音で難しい巧みな変化を織り込み、独奏者がいずれかを選んで演奏できるようにした曲である。
マーティン・ウィリアムス

資料01にある、ジャズ評論家の大御所であるらしいマーティン氏の言葉である。当時のジャズ作品にはない曲であり演奏は、コルトレーンが辛苦を舐めた下積み時代からコードについて勉強に研究を、そして練習を重ねた成果であることが、このマーティン氏の言葉から(私には何となく)理解できる。
 

24度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 6月27日(土)07時36分57秒
  19590505-04
Mr. P.C. (John Coltrane)
(6分59秒)



【この曲、この演奏】
このコルトレーン作のアップテンポのマイナー・ブルースは、曲名の通りポール・チェンバースに捧げたものであり、またライブでのコルトレーンの重要曲となっていきます。1961年にコルトレーン・バンドにベース奏者ジミー・ギャリソンを迎えて以降1963年まで、資料06には24回の演奏記録が残っています。
ではチェンバースと一緒のこの曲の演奏となると、本セッションだけとなります。
3月のセッションから本セッションまで、コルトレーンが用意した曲の多くは、彼が追求したコード・チェンジを現実化したものですが、この曲はハード・バップの熱気を感じさせるものです。そして演奏もその熱気そのままですが、そこにはコルトレーンが追い求めたスピード感がしっかりと生きています。
チェンバースにソロ・スペースをとの声もあるかと思いますが、コルトレーンはバッキングでのチェンバースのベース・ラインを最大限に活かす仕掛けをしているのではと、私には感じます。




【エピソード、ポール・チェンバース】
マイルスに抜擢され、1955年にマイルス・バンドに加わったコルトレーンは、ベース奏者のポール・チェンバースと出会った。マイルスは同じ年とはいえ既に大物、フィリー・ジョーとガーランドは三つ上の先輩という中で、コルトレーンにとって9歳下のチェンバースは、そしてコルトレーン同様にこの時期から脚光浴びるチェンバースは、弟分のような仲間であった。
二人は私生活でも相性の良さがあったが、演奏面でもお互いに満足できる存在となった。それはコルトレーンのプレスティッジ時代には、殆どのセッションでチェンバースと一緒であったことからも理解できることだ。1959年にコルトレーンがアトランティックに移籍してからも、信頼できるチェンバースをコルトレーンは頼っていた。
1960年4月にコルトレーンがマイルス・バンドを辞した(1961年に客演はあるが)後、コルトレーンが本格的に自分のバンドを結成した際に選んだのは、チェンバースではなかった。そして短期間に紆余曲折を経て黄金カルテットを編成する際には、ジミー・ギャリソンがベース奏者となっていた。
何故にコルトレーンはチェンバースを選ばなかったかについて、この「今日のコルトレーン」でお世話になっている各資料にその明確な言及はない。恩人マイルスのバンドからチェンバースを引き抜くわけにはいかない、これが当たり前の考えなのであろう。
資料10には「コルトレーン KEYPERSON10」があり、その十人ににはチェンバースとギャリソンも入っている。
チェンバースの項には、この「当たり前の考え」の他に、次のような記述がある。
未知の領域へ歩みを進めていたコルトレーンにとってハードバップの代名詞といえるチェンバースは共に歩き続けることはできない存在であった。
またギャリソンの項には、次の記述がある。
ソリストがハーモニーにアプローチしてゆく過程で必要とするのはメロディックでベーシックなラインを弾くベースである。つまりチェンバースなのだが、コルトレーンがダイナミックスを求めてドラムスとベースを選ぶ時点では、それまでのベースとドラムのコンビネーションとは違うものを要求していたと思う。それはエルヴィンが入ってからそれまで以上にコルトレーンはベーシックなコードを単純化する方向に進んでおり、ベースへのハーモニーの要求が変わってきているのである。
どちらも明確な指摘とは、音楽知識に乏しい私には思えないが、何となく感じるものはある記述だ。
以上はコルトレーンからの視点でのものだが、チェンバースからの視点でみると、ウィキペディアに次の記述がある。
サイドマンとして数々の共演をこなしたチェンバースであったが、マイルス・デイヴィスに始まるモード・ムーヴメントやオーネット・コールマンやジョン・コルトレーンのフリー・ジャズにはあまり興味を示さず、モダン・ジャズの本流とも言うべきオーソドックスなスタイルを生涯変えなかった。
黄金カルテットにチェンバースがいたら、あの作品でチェンバースが演奏していたら・・・、誰でも考えたことがあるのであろう。
 

21度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 6月26日(金)07時20分31秒
  さてピンキーさんの「ソラ ジャケ」作品。
ジョー・マンデル集の本作を聴いていると、マンデルの曲には辛さと甘さが同居しているような、不思議な感じを覚えます。その意味では、ピンキーの歌とレヴィのピアノにも共通点を感じます。ジャケの光景が似合う場面と不似合いな場面の連続を感じながら、本作を楽しみました。
1978年の映画「アガサ 愛の失踪事件」という映画で使われたという「Close Enough For Love」での歌とピアノには、そんな不思議さを感じながら聴き入りました。
最後に余談ですが、この曲に続いては歌抜きで「Theme From The M*A*S*H」が披露されています。朝鮮戦争下での米軍移動病院に配属された軍医たちのブラック・コメディ映画で、私には印象深い映画でした。この映画で、こんな洒落た曲が使われていたのかと思いながら、ドナルド・サザーランドの演技を再び見たくなりました。
 

19度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 6月25日(木)06時56分45秒
  その前に、この作品が録音された1983年2月27日(日)の新聞を見てみましょう。
先ずはトップ記事。
日経「政府 民間の公共事業 後押し、法規制見直し検討、税・財政面で優遇措置、近く官民共同で研究会」
1999年にPFI(Private-Finance-Initiative)法がわが国で制定され、今までに180を超える事業が行われました。

読売「予算案、自民、強行採決固める、今週一気に緊迫化、衆院委、年度内成立へ限界」

朝日「大幅赤字 ここにも、特別会計や政府機関、林野は七千億円に、58年度末累積赤字、住宅公庫も悪化」
記事では他にも、厚生保険をあげています。




ではこの2月27日の新聞から少しばかり紹介します。
・3面総合面に「反核憎けりゃ映画まで、レーガン政権 上映禁止」との見出し記事があります。記事にはその対象が、医師の作った反核映画、カナダの環境保護グループによる公害映画としていますが、映画名の記述はありませんでした。
・22面社会面に「総合商社 太知」と書かれた広告があります。中東に多くの支店があり、家電や食料品を扱っているとのことです。この会社は私は知りませんでしたが、現在は太知ホールディングスとの社名で活躍しているようです。
・TV欄 NHK教育の18:00からの番組は「サラリーマンライフ」で、この日のお題は「共働き夫婦の食事考」とのものです。どんな内容だったのか、少し興味があります。
 

22度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 6月24日(水)07時34分43秒
  「今日の1枚からつまみ食い」、今回のテーマは「ソラ ジャケ」です。


「ソラ ジャケ」作品の15枚目は、Pinky Winters の The Shadow Of Your Smile、1983年2月27日の録音です。
ペナン、香港、そして横浜と、私は19年間に渡り海のすぐそばに住んでいいますが、砂浜のそばに住んだことはありません。このジャケのような光景が身近にある暮らし、一度は味わいたいものです。
茜さす日の昏れ行けば術をなみ千重に嘆きて恋ひつつぞをる
このジャケ写のような光景を茜と呼ぶとソラ資料に解説があり、万葉集の一首が紹介されています。ネットで意味を調べたところ、「日が暮れて行く頃は、どうしようもなくて、何度もため息をついて、あなたのことを恋しく思っているのです」との意味であり、また「昏れ」ではなく「暮れ」と書くとのことです。
このピンキー・ウィンターズさんの作品は「今日の1枚」では、2006年7月24日に取り上げました。私は、50歳をすぎたピンキーさんの円熟味に感想を述べておりました。今回のつまみ食いでは、ジャケの雰囲気と、そして作者不明の短歌にある恋心を感じさせるものを、探したいと思います。
 

20度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 6月23日(火)07時04分24秒
  さてゴンザルベスさんの「ソラ ジャケ」作品。
「Body And Soul」「What Is There To Say」「It's The Talk Of The Town」と続くメドレーにおけるゴンザルベスさんのゆったり感には、あっぱれであります。バック陣の辛めの演奏、ゴンザルベスさんの我の世界をいく落ち着き、これが絶妙に合わさっています。
他にも聴き所はあり、ジャケのハチドリの勇姿とともに、心に残るつまみ食いでした。
 

20度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 6月22日(月)07時50分14秒
  その前に、この作品が録音された1970年1月3日(土)の新聞を見てみましょう。
先ずはトップ記事。
日経「総ワク引っ込める、繊維規制、米 新たな協定案、特定28品目は残す、予備会議 七日再開も、トリガー方式復活」
ここでの繊維規制とは、日米繊維交渉のことを指します、ウィキペディアによればこれは、広義には1955年から1972年にかけて日米で行われた交渉、狭義には1970年6月22日から24日の日米交渉を指します。
狭義の1970年6月22日から24日はワシントンで行われ、宮沢通産相とスタンズ商務長官の会談でしたが、米側は前年の佐藤・ニクソン会談における「沖縄返還密約」を基に交渉を行い、宮澤は密約の存在を否定する佐藤の主張に沿って交渉を行い、その結果は交渉決裂となったのです。
なお2012年7月31日付で外務省が公開した外交文書にはこの「沖縄返還密約」が含まれており、その存在が初めて確認されました。

読売「行政組織 動く社会に対応、行管庁が法改正いそぐ、次官補 スタッフ制、局部課改廃は政令で、46年度から実施めざす」
明治以来のタテ割り行政を見直すことが目的でした。この動きでどのような改革が出来たのかはネットから情報を得られませんでしたが、それから50年後の今を見れば、成果無しだったのでしょう。
行管庁とは行政管理庁のことで総理府の外局であり、今の総務省行政管理局・行政評価局がその機能を引き継いでいます。

朝日「四次防の輪郭固まる、長期の目標を設定、交通路確保へ守備海域も決める、対艦ミサイルを配備」
四次防とは第4次防衛力整備計画のことで、1972年10月に第一次田中内閣で閣議決定されました。1972年から1976年までの五年間がその対象で、通常兵器による局地戦以下の侵略に最も有効に対処することを目的としました。これによりこの見出しにある対艦ミサイル搭載護衛艦1隻が整備されました。



ではこの1月3日の新聞から少しばかり紹介します。
・3面にあるコラム「海外短波」には、「パリの元旦、メデタシ五つ子」との見出しと、看護師5人に抱えられた赤ちゃん5人の写真が掲載されています。
・7面下に映画会社五社の広告があり、松竹は「チンチン55号ぶっ飛ばせ、出発進行」と「ミヨちゃんのためなら全員集合」の二本を宣伝しています。私はコント55号派ですが、この映画は観たことなく、逆にドリフの映画は数年前にBSでの放送を観ました。倍賞美津子と松岡きっこが光っていたと映画との記憶があります。
・TV欄の20:00をみますと、TBSが「8時だョ! 全員集合」、フジが「コント55号の世界は笑う!」を放送しています。どちらも大人気番組でした。
 

22度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 6月21日(日)07時14分28秒
  「今日の1枚からつまみ食い」、今回のテーマは「ソラ ジャケ」です。


「ソラ ジャケ」作品の14枚目は、Paul Gonsalves の Humming Bird、1970年1月3日の録音です。(年は多分、月日は決め打ち)
アルバム・タイトルであり、ジャケでホバリング飛翔を披露しているのは、ハミング・バード、和名ハチドリです。北米南西部からアルゼンチン北部にかけて生息する鳥で、鳥類の中では最も体が小さなグループである鳥類アマツバメ目ハチドリ科に分類されます。(ウィキペディアより)
そのハチドリのバックには、暈の一つである幻日の空が広がっています。ソラ資料によれば、巻層雲が太陽や月に掛かると、その周囲に色づいた光の輪や弧、或いは柱が見えることがあり、これらを総称して暈と呼ぶそうです。その暈には内暈・外暈・幻日があり、ソラ資料にある写真と本作のジャケを見比べますと、幻日なのでしょう
2006年6月25日の「今日の1枚」で取り上げたこのポール・ゴンザルベスの作品は、エリントン楽団のテナー・サックス奏者が、英国ジャズ界のメンバーと組んでの作品です。
ジャケにお得意のポーズを決めているハチドリの姿ですが、今回のつまみ食いではゴンザルベスの決まった一瞬を探して聴いてみます。
 

20度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 6月20日(土)07時29分0秒
  さてミシェルさんの「ソラ ジャケ」作品。
国内盤封入解説で小川隆夫氏がミシェルさんのピアノ演奏スタイルについて、「そのプレイには万華鏡を覗くようにさまざまなスタイルのジャズが複雑に絡み合っている」と評しています。私には彼女の演奏スタイルは、いろんな表情をこじんまりとみせていくが個性が無い、と感じましたし、これは14年前と同じ感想です。
私には彼女は、相性の悪いピアニストなのでしょう。
 

18度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 6月19日(金)06時44分59秒
  その前に、この作品が録音された1994年7月1日(金)の新聞を見てみましょう。
先ずはトップ記事。
日経「村山内閣が発足、副総理・外務 河野氏、大蔵 武村氏、建設 野坂氏、自民13ポスト、科技庁 田中真氏」

読売「自民13閣僚 要所に配置、村山内閣スタート、社会5、さきがけ2、静新と安定を強調」

朝日「自13、社5、さ2、村山内閣が発足、重要閣僚は自民」

あっと驚く村山首相誕生、でしたね。



ではこの7月1日の新聞から少しばかり紹介します。
・14面経済面に「持ち家、6割を切る、新規着工は借家中心、93年総務庁調査」との見出しがあります。因みに国交省資料によれば、2018年の持ち家比率は58%ですので、この傾向は長年続いているようです。
・32面に朝日ソーラーの全面広告があります。従業員77名の笑顔の写真を並べ、「お客様とのふれあい」を強調した広告です。かつては派手にTVコマーシャルを打っていた太陽熱温水器の会社ですが、今でもそれを主力に営業を継続しています。
・TV欄 14:00から村山総理の記者会見があるのですが、中継はNHKのみ、民放のワイドショー欄では、この会見について触れていませんでした。
 

22度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 6月18日(木)07時45分46秒
  「今日の1枚からつまみ食い」、今回のテーマは「ソラ ジャケ」です。


「ソラ ジャケ」13作品の枚目は、Michele Rosewoman の Spirit、1994年7月1日の録音です。(年はジャケ情報、月は多分、日は決め打ち)
夜景をバックに人物を撮影する場合は、スローシンクロとなります。露出は夜景に合わせ、フラッシュは人物に最適な発光をさせます。夜景の場合は1秒以上のシャッタースピードとなりますが、人物に全く動かないでとは出来ず、従ってフラッシュで人物を強く撮影する方法です。カメラのプログラム機能を使えば簡単に行えますが、手動設定の場合は慣れが必要となります。どちらにしても、三脚は必須アイテムとなります。
さて本作のジャケですが、これもスローシンクロでの撮影です。制作側の意図はこれなのでしょうけど、私ならば夜景はもう少し明るく、そして人物は二灯でのとらえたいです。夜景に関しては、せっかくの薄明を生かしてなく暗すぎ、そして人物は一灯を横から当てていますので、どうしても顔にできる影が気になります。
さて本作ですが、「今日の1枚」に掲載したのは2006年1月21日のことでした。ピアニスト兼ヴォーカルのミシェルさんは、1980年代からコンスタントに活動していますが、ディスコグラフィーを見る限りは、2010年以降には作品を発表していません。ただし最近になって新譜を出したとの情報もありますが、目に止まるような活動は行っていないようです。
14年前に私が「モントリオールのジャズ祭を無難に盛り上げた作品と言う内容」と感想を述べた本作品、改めて聴いて見ます。
 

21度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 6月17日(水)06時51分55秒
  さてジャクソンさんの「ソラ ジャケ」作品。
街で過ごしている、街の時間の流れを感じる一枚です。これは客船での長い船旅でも同様のことでしょう。今回のつまみ食いで、本当に久しぶりに聴いた本作、なかなかの聴きごたえでした。贅沢を言えば、危機に直面したような展開があれば、さらに良かったです。
映画「海の上のピアニスト」のピアニストは超絶テクニックの方、本作のジャクソンさんは絵を描くようなピアニスト、そんな思いで聴き終えました。
 

24度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 6月16日(火)07時14分50秒
  その前に、この作品が録音された2002年12月16日(月)の新聞を見てみましょう。
先ずはトップ記事。
日経「役員報酬 記載義務づけ、報告書に総額開示、米国並みにリスク情報も」

読売「教室冷房化に逆風、甘やかしすぎ、異論続出、財務省難色、児童も温暖化心配」
文科省の資料によれば2019年9月現在の設置率は、小中学校等において、普通教室78.4%、特別教室50.5%、体育館3.2%とのことです。

朝日「内閣支持率54%に下落、本社世論調査、政策面に不満」
第一次小泉内閣の後半の時期です。



ではこの12月16日の日経新聞から少しばかり紹介します。
・15面デジタル経済面に「ICタグで電子チケット、携帯電話と組合せ、コンサート事業協会が実施」との見出し記事があります。この見出しにあるコンサート事業協会とは、当時のコンサートツアー事業者協会、現在のコンサートプロモーターズ協会のことでしょう。
私はある邦人歌手のコンサートに毎年のように参加していますが、そこでは電子チケットが始まったのが2015年頃、完全電子チケット化は2018年のことでした。
・18面ベンチャー面下に「European Company Watch」の広告があります。このブランドの時計の写真が大きくあり、英語で銀座店を紹介しています。この時計ブランドは2000年に誕生したものです。
・TV欄 テレ朝 13:15からの「徹子の部屋」は、この年の8月から11月にかけて亡くなった方の追悼でした。アナウンサーの野村泰治、女優の范文雀らの出演シーンを放送してました。
 

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