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9度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 4月10日(金)07時19分10秒
  今日の1枚は、Arthur Blythe の Retroflection、Enja原盤、1993年6月の録音です。
ディスクユニオン関内店中古CD半額セールで、200円で購入した作品です。
タイトルの意味は、「後ろに曲げる行為」「口の上側に対して舌の先端を折り返すことによってなされる発言のジェスチャー」との意味とネット辞書にありますが、使用頻度は少ない英単語です。
本作は昨年(2019/8/7)取り上げた作品の続編であり、ジョン・ヒックス(p),セシル・マクビー(b),そしてボビー・バトル(d)とのヴィレッジ・ヴァンガードでのライブです。



昨日の1枚は、Herbie Mann の Memphis Underground。
ハービー・マンのフルートが、覚えやすいメロディを軽やかに吹いていき、それをロック畑と思われるリズム陣が支え、そこにヴァイブとギターの二人が絡みついていく、私は口笛を心の中で吹きながら本作を楽しく聴き終えました。小難しいことをやろうとしていないところが流石で、ミュージシャンの姿が生きている作品です。
人それぞれ巡り合う時期がある、この有名作品と私が出会うには丁度良い時期だったのかもしれません。
 

12度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 4月 9日(木)07時30分28秒
  今日の1枚は、Herbie Mann の Memphis Underground、Atlantic原盤、1968年8月の録音です。
ディスクユニオン関内店中古CD半額セールで、150円で購入した作品です。
ジャズ初心者の時に買わなかった有名作品は買い難いものだ、というようなシーンがラズウェル細木の漫画にありました。私もそんな作品があったものですが、今日取り上げる有名盤を買わなかった理由は「ジャズロックの・・・」「クロスオーバーの先駆け・・・」のような謳い文句に心が動かなかったからです。
そんな時からかなりの年数を経て、缶コーヒーを買うほどの思いで本作と出会えました。「今日の1枚」では、1958年の作品と1962年の作品に続く、三回目のハービー・マンの作品となります。ロイ・エアーズ(vib)、ラリー・コリエル(g)、そしてソニー・シャーロック(g)が参加しています。


昨日の1枚は、John Hicks の Friends Old And New。
古いアメリカ映画、アステアなどが踊っている映画、ショーが繰り広げられているキャバレー、そんな絵がこの作品を聴いていると、頭を駆け巡りました。
ボブ・シールの狙いはそこだったのか、それは分かりませんが、いつものヒックスとは違う一面を聴ける作品です。
 

9度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 4月 8日(水)06時56分5秒
  今日の1枚は、John Hicks の Friends Old And New、Novus原盤、1992年1月の特音です。
ディスクユニオン関内店中古CD半額セールで、300円で購入した作品です。
ジョン・ヒックスがこのレーベルかに吹き込んでいたのに驚きですが、参加メンバーは充実したものです。クレジット順に並べますと、ロン・カーター(b)、グラディ・テイト(d)、クラーク・テリー(tp)、グレッグ・ギスバート(tp)、アル・グレイ(tb)、そしてジョシュア・レッドマン(ts)です。
プロデュースは、ボブ・シールです。


昨日の1枚は、Mark Whitfield の Forever Love。
フルアコの音色の魅力を生かし、決して技術披露会にならずに切々とギターを歌わせる内容は、素直に心に響くものです。甘く切なくムードに溢れ、という内容が彼の望む姿だったのか別にして、レーベルが用意した環境で素敵な演奏となっています。
10曲中2曲で歌っているダイアナ・クラールも素敵ですし、フルアコの音色に浸った1枚でした。
 

10度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 4月 7日(火)07時28分6秒
  今日の1枚は、Mark Whitfield の Forever Love、Verve原盤、1996年8月の録音です。
ディスクユニオン関内店中古CD半額セールで、250円で購入した作品です。
「今日の1枚」でこのギター奏者マーク・ホイットフィールドの作品を取り上げるのは、「true blue」以来12年ぶり(2008年10月4日掲載)となります。その12年前には「その後に発表された彼の作品を聴きたいとは思わない」などと私は書いておりましたが、何しろ250円ですのでカゴに入れたのでした。
今でもコンスタントに作品を発表している彼の、第6作目を聴いてみます。


昨日の1枚は、Ahmad Abdul-Malik's の Jazz Sahara。
百済から日本への仏教公伝は、538年或いは552年と言われております。これは単にその教えだけが伝わるのではく、仏教に関する様々なこと、寺の建築や仏教美術、そして仏教音楽も伝わってきます。その音楽に目を向けても、楽器の製造方法を含めたものが伝わってくるのです。
ただしインドからの仏教の東方伝播ですので、中近東の宗教、主はイスラム教は関係ないものなのでしょう。でも何故だかこのアブダル-マリクの作品を聴いて、日本の古代からの音楽に何かの共通点を感じました。ただし私が長年過ごした香港でのことも影響しているのかもしれません。ただし、これまた長年お世話になったイスラム教のマレーシアとは、違ったものを感じました。
この作品は中近東の音楽の雰囲気に触れる作品であり、そこでのリズムと節回しに、私は何かを感じた、そういうことです。
さてグリフィン、この中近東の中に入って、自分をしっかり表現できるところは流石です。
 

9度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 4月 6日(月)07時04分46秒
  今日の1枚は、Ahmad Abdul-Malik's の Jazz Sahara、Riverside原盤、1958年10月の録音です。
多くの人をインターネットをより身近なものにしたSNSですが、私も数年前からお世話になっています。そこで教えられる未知盤が如何に多いことかに驚きますし、私にはまだまだジャズが門戸を広げているとの喜びになります。本作も、SNSでお世話になっている方から紹介いただいた作品です。
モンクやコルトレーンの作品への参加で知っているベース奏者アーメド・アブダル-マリクですが、「今日の1枚」でリーダー作を取り上げるのは初めてですので、「新・世界ジャズ人名辞典」から紹介します。
1927年にブルックリンで生まれ、スーダン人の血統を持つ彼は中近東、カリブ、アフリカ、ハワイなどエキゾチックな楽想をジャズに導入、パブリック・スクールや大学での公演も多い。チューバ、バイオリン、セロ、ピアノなども演奏する。プロ入りしてから、ブレイキー(1945-48年)、サム・テイラー(1954年)、ランディ・ウェストン(1957年)、モンク(1957-58年)等と共演。1965年にはNY大学、ブルックリンで民族音楽についての講義もしている。
アブダル-マリクはこの作品でベースの他に、Oud を弾いています。ジャケに写っているのがこのウードです。他にも中近東楽器を演奏する方が参加しています。そしてジャズファンにとっては、グリフィンの参加が興味あるところです。



昨日の1枚は、Michel Legrand の Legrand In Rio。
流石はアカデミー賞とグラミー賞の常連のルグラン先生、各楽器の持つ音を把握しての絶妙なアレンジで、ブラジルのお金持ちコースを味わえる演奏です。私としてはブラジルの都市の裏側を感じさせるような方向が好みゆえ、この作品は楽しんだだけで終わります。
さてコルトレーンの件ですが、九割方コルトレーンとの思いで聴いたのであろうジャズ批評の方を責めるのは酷ですが、十割コルトレーンではないとして聴いた私には、1957年終わり時点のコルトレーンにある凛々しさは感じられないものでした。
 

12度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 4月 5日(日)07時35分45秒
  今日の1枚は、Michel Legrand の Legrand In Rio、Columbia原盤、1957年12月の録音です。
フランス音楽界の、そして世界の巨匠であるミッシェル・ルグランが、ブラジルのリオ・デ・ジャネイロとバイーアをテーマにして制作したオーケストラ作品を、今日は取り上げます。
私はジャズ聴き始めから今に至るまで、ルグラン自体に興味を持って接したことはありません。では何故にこの作品を取り上げるかと言えば、一時期においてこの作品にコルトレーンが参加しているとされていたからです。
この作品の存在を初めて知ったのは、弊サイトの「今日のコルトレーン」コーナーでは資料09としている、「季刊 ジャズ批評 No.46、ジョン・コルトレーン特集」(1983年発行)に掲載されていたからです。そこでは「Besame Mucho」にコルトレーンが参加しているとの記録があるとし、更に「これがコルトレーンか否かについて意見の別れるところであるが、独得のタッキングといい、細かなフレージングの癖といい、まず間違いなくコルトレーンであると断言したい」書いております。因みにこの曲にはマイルスも参加している記録になっているが、そちらについては別人であろうと述べています。
これを読み、いつかこの作品が再発されたらと思っていましたが、その思いが消えたのは1996年頃かと記憶しています。同じく「今日のコルトレーン」コーナーで資料06としている「John Coltrane  A Discography and Musical Biography」が発売され、本作品がリストアップされていました。しかしここには注意書きがあり、岩浪洋三氏がミッシェル・ルグランにインタヴューした際に確認したところ、本作品にコルトレーンは参加していないと語ったとのことでした。どこかのディスコグラフィが間違えたのであろう、とのことです。
弊サイト開設以来20年の思いを実現すべく、昨年1月からコルトレーン特集を始めました。先の二つの資料も何度も開くことになったのですが、その際にこの作品に目が止まり、かつての記憶が蘇りました。
Amazonで中古品を発見し、送料込みで1030円で購入した次第です。その中古CDは2007年発売の国内盤ですが、日本語解説にコルトレーン云々、マイルス云々は一言も書いてありませんでした。



昨日の1枚は、Red Garland の All Mornin' Long。
20分超のタイトル曲のA面は、ガーランドがその場で作ったような、まったりブルースです。構成を考えていると言えばそうですし、適当にソロを回していると言えばその通りの演奏ですが、それで20分を聴かせるのは、ハードバップの勢いを肌で感じている黒人ジャズマンが、日頃の鬱憤を楽しく取り除いているのかなと感じます。ウィキペディアによればアイラ・ギトラーはこの演奏を、「the title piece was a "many-splendored, deep-dish demonstration of feeling, mood and melody」と評したそうです。上手いことを言うなと思いつつ、B面の2曲も同様だと感じました。
この11月15日は計10 曲を収録しましたが、その中からジャムセッションの良質な部分を感じさせる選曲に、本作はなっております。
私は昨年から取り組んでいるコルトレーン特集で改めて本ジャケを見て、プレスティッジがガーランドのリーダー作としていることに気付きました。それまではオールスター・セッションとのクレジットと思い込んでいましたが、演奏内容からすればそちらの方が似合っていると思います。
 

11度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 4月 4日(土)07時16分30秒
  今日の1枚は、Red Garland の All Mornin' Long、Prestige原盤、1957年11月の録音です。
1957年11月25日と12月13日のガーランドのセッションから、最も早く(1958/4)発売された作品です。
ジャケにはThe Red Garland Quintet とありますが、プレスティッジのオールスター・セッションとの認識されている作品です。それはタイトル名から受ける印象もありますが、演奏内容自体からも、そのように思われているのでしょう。
コルトレーンとドナルド・バードとのガーランドの二管セッション、11月25日から3曲が収録されています。


昨日の1枚は、Red Garland の Soul Junction。
ガーランドの人気作品といえば、「グルーヴィー」を筆頭した、トリオ作品です。ではホーン入りの中で人気作品といえば、本作もそうだし、他にもあり、筆頭格と言える作品を挙げるのは難しいものです。
A面の「Soul Junction 」は15分超の演奏時間の前半が、ガーランドの独断場となっており、彼のブルース感覚を堪能できるものです。B面は「Birks' Works 」で始まり「I Got It Bad (And That Ain't Good) 」と続き、ブルースからバラッドへのガーランドの魅力、ブロック・コードとシングル・トーンの真髄をたっぷり味わえる演奏です。そこにコルトレーンとドナルド・バードの演奏が加わるのですから、申し分なしの演奏です。
しかしA面とB面、これらの曲の後に、もう1曲づつ収録されています。その曲だけを聴く分には良い演奏なのですが、アルバムという単位で聴いた場合、ガーランドの魅力を強く感じられる上記3曲だけの収録にしとけばとも、思ってしまいます。
2曲を収めなければ30分に届かない演奏時間なので、難しいものなのでしょうけれど、もし3曲だけの収録としていたら、ガーランドのホーン入りリーダー作の筆頭格にこの作品はなったのではと感じながら、聴き終えました。
 

7度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 4月 3日(金)06時45分16秒
  今日の1枚は、Red Garland の Soul Junction、Prestige原盤、1957年11月の録音です。
ガーランドがコルトレーンとドナルド・バードとのクインテットでの1957年11月15日の録音は、12月13日と合わせて、ガーランド好きの間では「ガーランドのマラソン・セッション」と呼ばれています。
ヴァンゲル・スタジオの庭で撮影したようなジャケ写ですが、暖色の付け方とガーランドの服装センスで、何とも言えない迫力のジャケとなっています。
「今日のコルトレーン」ではどうしてもコルトレーン中心のコメントとなりますが、ここは「今日の1枚」、ガーランドの魅力を感じながら、1960年になってから発売された本作を聴いてみます。



昨日の1枚は、Wess/Coltrane/Quinichette の Wheelin' And Dealin'です。
オランダで夏用のスケートとして誕生したとの説が強いローラースケートですが、アメリカで発売されたのは1863年のようです。それから2世紀半以上経ったアメリカでは、今でもローラースケートは人気のようです。
そのローラースケートを使った本作のジャケですが、それは待ち侘びた娯楽の時間との、楽しげな雰囲気が出ているものです。
その雰囲気は、本作にも通じるものです。ゆったりとリラックスしてのブルースで軽くジャムセッションですが、肩肘貼らずに楽しむジャズに仕上がっています。人気のプレスティッジ・オールスター・セッションの、魅力が詰まっています。
コルトレーンもクィニシェットの魅力を堪能できますし、それを高めているのは、ガーランドのピアノとウエスのフルートでしょう。
 

13度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 4月 2日(木)07時39分28秒
  今日の1枚は、Wess/Coltrane/Quinichette の Wheelin' And Dealin'、Prestige原盤、1957年9月の録音です。
こうして本盤を「今日の1枚」で取り上げる為にジャケのクレジットを見ているのですが、「Wess/Coltrane/Quinichette」となっているのですね。「コルトレーン特集」で書きましたが、これはマルが指揮をとったオール・スターズ・セッションですし、売り目的で行くならマルとコルトレーンの双頭セッションと言うべきものでしょう。
ベースにワトキンス、ドラムにテイラーを擁しての、三管編成での作品です。またプレスティッジのオール・スターズものとして、人気の高い作品です。マルの設定した中で、三管がどのように泳いでいるかを楽しみます。



昨日の1枚は、John Coltrane With The Red Garland Trio の Traneing In。
やはりA面に、このカルテットの魅力が詰まっています。
燃え上がる1曲目の「Traneing In」、そしてコルトレーンが拾い上げたバラッドの隠れ名曲の名演「Slow Dance」と、ガーランドと組むワン・ホーンのコルトレーンを堪能出来る内容です。この2曲は、本アルバム収録の全てが吹き込まれた1957年8月23日のセッションで、最後に演奏されたものです。コルトレーンとガーランド、そしてチェンバースにテイラーも、心底ジャズに酔っているような怪演となっています。
でもB面もなかなかのもの。アップにバラッドに最後にまたアップと変化を持たせ、楽しませてくれる内容です。
プレスティッジ時代の貴重なワン・ホーンのコルトレーンです。
 

10度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 4月 1日(水)08時07分43秒
  今日の1枚は、John Coltrane With The Red Garland Trio の Traneing In、Prestige原盤、1957年8月の録音です。
1957年8月23日にコルトレーンが、ガーランド、チェンバース、そしてアート・テイラーと吹き込んだ作品です。
LP7123との規格番号で最初に世に出たのは1958年2月or3月(ウィキペディア情報)で、燃え上がる赤が印象的なジャケで、「John Coltrane With The Red Garland Trio」とのタイトルでした。後にここに掲載したジャケで、タイトルを「 Traneing In」に変更して発売されました。発売という切り口から見た場合、本作はLP7105に続く、コルトレーンのプレスティッジでの2作目のリーダー作となります。もっともBNへの吹き込み作品は1957年9月録音ながら、2ヶ月後に発売されています。(フレデリック・コーエン氏の著作からの情報)
本作をワン・ホーン作品として考えた場合、タッド・ダメロンのLP7070「Mating Call」に続く作品です。
さて本作についてコルトレーンのリーダー作というよりは、ガーランドとの双頭作品と考えている人も多いのではと思います。今回掲載ジャケですとコルトレーンが前面に出ていますが、最初に世に出たジャケならば双頭作品との印象が強くなります。しかしそちらのジャケはCDでは所有しておりませんので、このジャケの掲載となりました。
各曲についてはコルトレーン特集で触れていますので、ここではアルバム全体のイメージを感じてみます。
 

9度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 3月31日(火)07時19分19秒
  19590326-08
Giant Steps (Take 8, Alternate Version) (John Coltrane)
(3分44秒)



【この曲、この演奏】
このセッションでの8回目のGiant Stepsとなります。
さてこの曲のコルトレーンの演奏記録ですが、資料06を見ますと、セッション数で言うなら7回となります。最初が本セッション、2度目が5月5日のスタジオ・セッションで、ここでの演奏がアルバム「ジャイアント・ステップス」に収録されました。残りの5回は全てライブでの演奏です。3回目はこの年1959年の8月か9月のNJでのライブで、リー・モーガンとウェイン・ショーターが参加してたとのことです。4回目は先に触れた9月のバードランドでのライブで、シダー・ウォルトンとトミフラが参加してのものです。5回目は1960年7月19日、6回目は7月22日、共にショーボートでのライブで、マッコイ・タイナー、スティーブ・デイヴィス、そしてピート・ラ・ロカが参加しての演奏です。ここまでの4回のライブについては、音源は内容です。演奏記録最後となる7回目は、1962年11月17日のパリでのライブで、黄金カルテットでの演奏であり、こちらは私家録音の存在が確認できているとのことでsが、世には出ておりません。
さて本セッションでの8テイク目のこの演奏ですが、ピアノは随分とコルトレーンに寄り添えるものになってきていますが、チェンバースのベースのようにはいかないようです。ピアノにソロが与えられていないことから、バッキングだけで精一杯だったのでしょう。ドラムも頑張りは分かる演奏になっています。コルトレーン自体はスピード感と表現の広がりに、充実感を確かに感じる演奏です。
しかしながら自分が考えている、自分のバンドでの温めてきたこの曲の演奏という意味では、コルトレーンの満足には至らなかったのでしょう。




【エピソード、本セッションの録音日】
長らく本セッションは、1959年4月1日の録音とされてきた。初めて本セッションの演奏が世に出たのは、「Giant Steps」、「Naima」、そして「Like Sonny」のOKテイクを収めて、1975年にアルバム「Alternate Takes」であった。そこに4月1日とクレジットされていたのだ。
1983年発行の資料09、1995年発行の資料06にも4月1日とクレジットされている。
1995年にRhino-Atlanticより、「The Heavyweight Champion john coltrane」というCDボックスが発売された。これについては後日に詳細を記すが、この中で録音日は3月26日とされていた。そこでは新たな書類が見つかったと書かれており、言わば公式に訂正されたことになる。
2008年に資料06の改訂版(資料07)が発売されたが、そこでは3月26日と、本セッションの録音日が訂正されている。
しかしながら世に多くあるコルトレーン資料、1995年の公式訂正以降に作成された資料の中には、本セッションの録音日を4月1日としているものが散見される。
 

4度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 3月30日(月)06時59分21秒
  19590326-01-7
Giant Steps (John Coltrane)


【この曲、この演奏】
コルトレーンが作った代表的な曲であり、また本セッションから一ヶ月半後の五月5日にコルトレーンはこの曲を再び取り上げ、それはその生涯の中でも代表的な演奏となっています。
本セッションではこの曲を8回演奏しています。その最後のTake 8 は、コルトレーンのアトランティック作品の8+2枚の後者の、1975年発売の「Alternate Takes」で世に出ました。それについては別に取り上げます。
ここでは他の7つのテイクについて、触れていきます。

-01 Take 1, incomplete (4分27秒)
スタジオ内でメンバーとスタッフの会話も収録されており、実質の演奏時間は3分37秒です。
また資料07にはこのテイクについて、「warm-up b + bd」と表記されています。「演奏の準備と中断」との意味です。
演奏はそれなりの時間をかけていますが、コルトレーンは完全に手探り状態、チェンバースはコルトレーンの意図を理解している演奏ですが、シダー・ウォルトンとレックス・ハンフリーズはおっかなびっくりの演奏です。
コルトレーンが意図する、早いコードチェンジにアドリブを炸裂させて躍動感あふれるスピード感には程遠い内容で、コルトレーンの苛立ちも感じられますが、最初のテイクなので手慣らしの演奏とも言えるでしょう。
終盤にはコルトレーンは演奏をブレイクする姿を見せますがピアノとドラムは演奏を続け、仕方なくコルトレーンも演奏に付き合う場面があります。しかしその数秒後にはやはりダメだと、コルトレーンは演奏を止めています。

-02 Take 2, false start (14秒)
コルトレーンが吹きはじめたところで演奏は中断、ドラムは軽くシンバル、ピアノは調子ハズレの演奏でした。

-03 Take 3, incomplete (2分50秒)
テーマに関してはコルトレーン自身は手応えあるかの演奏ですが、アドリブに移るとやはりバックに不満を感じ、自分のイメージと演奏の違いに直面しているコルトレーンです。ピアノは無難な演奏になってきましたが、ドラムはまだタイミングを掴めない模様です。コルトレーンもこれがOKテイクになるとは端から思っていないようで、練習テイクとの気持ちの演奏ですが、流石にこれ以上と思ったのか、途中で終了させました。

-04 Take 4, incomplete (1分19秒)
ここでもアドリブに入ってから、コルトレーンが演奏を中断させています。まだリズム陣との呼吸にズレがあるようです。

-05 Giant Steps (Take 5, alternate) (3分41秒)
5回目にしてピアノとドラムがリズム感を掴んでようで、このテイクは完走とはなりましたが、コルトレーンのソロには途中で乗り切れない様子がうかがえ、OKテイクとはなりませんでした。

-06 Take 6, false start (32秒)
テーマの後半で演奏が中断となりました。その直後のスタジオ内の会話からすると、コルトレーンはもっとフワフワと浮くようなリズム感を求めているようです。

-07 Take 7, incomplete (4分12秒)
完走の5回目よりも長い演奏時間ですが、最後のテーマに入りかけたところでブレイクです。何かしっくりこないものを感じているコルトレーンです。



【エピソード、本セッション】
1月15日のセッションがアトランティックによるコルトレーン歓迎セッションだとしたら、このセッションは自身のバンドで自分が突き詰めたい演奏を目指しているコルトレーンの、腕試しセッションと言えるのであろう。
セッションのメンバーに選んだのは、シダー・ウォルトン、ポール・チェンバース、そしてレックス・ハンフリーズであった。
先ずは信頼が厚いチェンバースを確保できたことは、コルトレーンにとって喜びであっただろう。
シダー・ウォルトンとコルトレーンの共演歴は、資料06によれば3回ある。最初のは時期はこの年の春となっているが、本セッションの前であったようだ。ケニー・ドーハムのバンドでのライブで、この情報は資料06の執筆陣(まず藤岡氏だろう)が、1991年の大阪ブルーノートでのウォルトンのライブの際のインタビューから得た情報とのことだ。このドーハムとのライブで、恐らくコルトレーンはウォルトンに目をつけ、本セッションに声をかけたのだと思う。
2回目のウォルトンとの共演は本セッション、そして最後となる3回目の共演は、この年の晩夏のバードランドでのコルトレーンのライブであった。この情報も資料06の執筆陣(藤岡氏だろう)が、大阪ブルーノートのライブでのウェイン・ショーターから得たものだ。そして時期は多分9月としている。このライブではコルトレーンは、トミー・フラナガンとウォルトンという二人のピアニストを代わる代わる使っていたとのことだ。これから想像すると、本セッションから一ヶ月半後にはトミフラを使って「ジャイアント・ステップス」を吹き込んだコルトレーンが、この二人のピアニストを比べる場として、このバードランドでのライブを行なったのかもしれなし。
コルトレーンとウォルトンの共演は、この1959年の半年間の3回だけであった。
次にドラムのレックス・ハンフリーズとコルトレーンの共演だが、資料06によれば2回である。それはウォルトンもいた3月のドーハム・バンドでのライブと、本セッションである。ハンフリーズとの関係は、本セッションで終わりとなった。
 

6度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 3月29日(日)07時01分56秒
  19590115-08
Centerpiece (Harry Edison / Bill Tennyson)
(7分8秒)



【この曲、この演奏】
全く知名度がないこの曲ですが、二人のジャズマンによるものとクレジットされています。一人は知名度があるトランペット奏者のハリー・“スウィーツ”・エディソン、もう一人は知名度が低いビル・テニスンです。ウィキペディアには記載されている方ですが、そこには次のような記述があります。
Tennyson died, aged 36, in a car crash in New York soon after completing a hit record Centerpiece with John Coltrane.
この一文から想像するに、この曲はテニスンとコルトレーンの関係から用意された曲なのでしょう。
コルトレーンの演奏記録は本セッションだけですが(資料06)、資料08によればミルトはこの曲を1976年の厚生年金会館でのステージで披露しています。
さて演奏ですが、ゆったりリラックスのブルースを披露しています。この手の演奏はジャズに限らず、ミュージシャンの存在感が鍵となります。それがなければ、だらだら流しのブルース演奏となってしまうのですが、ここではコルトレーンとミルトをはじめ、クインテットの風格を感じる演奏に仕上がっています。
ここでの演奏は「bags & trane」には収録されずに、1970年発売の未発表曲集「The Coltrane Legacy」に収録されました。




【エピソード、アトランティックとの契約、別の背景】
資料11にコルトレーンがプレスティッジの次の契約先を探していた様子を、次のように記載している。

1959年は、コルトレーンには始まりと終わりであった。彼のプレスティッジでの契約は終わり、以来二度と彼は同レーベルに吹き込むことはなかった。新たなレーベルを探して、彼は最低二つのレーベルと交渉していた。アトランティックとリバーサイドである。この時には彼は、レコーディングを重要な収入源の一つと考えており、そこから年収の総額を想定していた。キープニュースは、コルトレーンが年間4枚のリーダー作を録りたいと言ったと記憶しているが、プロデューサーから見て、それは芸術的に不可能な数だった。(1年で2枚が当時のジャズ・レーベルの標準で、現在では1枚が普通)面白いのは、コルトレーンがモンクのリバーサイドに於けるアルバム1枚辺りの著作権アドヴァンスの額を知っており、それを参考に目算していたことだった。彼は、自分にモンク以上の価値はないと感じて、キープニュースに、その金額より多くを要求するつもりはないと言い、それ故、彼の需要に見合うよう録音の回数を増やしたのである。
果たしてコルトレーンは、アトランティックと契約し、59年と60年の2年間、そこで吹き込みを行った。そこからリリースされた作品には、のっけから、ユニークでよく練られたコルトレーンの楽曲が堰を切ったように出てくる。最後のプレスティッジ・セッションから4箇月とたたぬうちに、コルトレーンは初めて記念碑的作品「ジャイアント・ステップス」を吹き込んだ。このタイミングの良さは、彼がだいぶ前から作曲に於いて一歩進んだアイデアを試しており、芸術的自由をより多く与えてくれるような環境を待っていたことを強く示している。
 

18度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 3月28日(土)07時29分29秒
  19590115-07
Blues Legacy ((Milt Jackson)
(9分4秒)



【この曲、この演奏】
ミルト作のこのブルース曲は、スローからミディアムのテンポで適度な倦怠感が持ち味の曲です。
作者のミルトもコルトレーンも、演奏記録は本セッションだけです。(資料06、08)
ミルトが準備した演奏展開をコルトレーンは忠実に演奏し、ブルース・フィーリングをゆったりと味わえる演奏になっています。ミルトのブルースの世界を堪能できると同時に、まだまだ伸びていくコルトレーンの姿を感じる演奏になっています。
この演奏は「bags & trane」には収録されずに、1970年発売の未発表曲集「The Coltrane Legacy」に収録されました。




【エピソード、アトランティックとの契約交渉の背景】
ハロルド・ラベットも、その契約はいい取引だと考えた。
コロンビア法律学校を卒業したラベットは、彼が法律に強い人間だからといって、多くのミュージシャンたちから「相談役」と呼ばれていた。彼は当時、マイルス・デイヴィスのマネージャーをしていた。コルトレーンのことは、彼が最初にデイヴィスのバンドのメンバーになった時から知っていた。ラベットはいたって抜け目のないタレント・スカウトで、うまく話をつけてコルトレーンのマネージャーとなり、アトランティックとの契約について交渉するのを助けた。コルトレーンが自分のバンドを作ってから、ラベットはデイヴィスが一九五五年以来関係をもっていたショー・エージェンシーとコルトレーンの契約に調印した。そのエージェンシーのラリー・マイヤーズとジャック・ホイットモアは、コルトレーンに対してきわめて細心の注意と個人的な配慮をもって接してくれた。(資料01)
 

12度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 3月27日(金)07時15分4秒
  19590115-06
Be-Bop (Dizzy Gillespie)
(6分1秒)


【この曲、この演奏】
随分とストレートな曲名ですが、資料14ではこの曲を次のように説明しています。
タイトルとおりのビ・バップ的なアクセントをもったナンバーで、急速調で演奏されることが多く、ミュージシャンにとってもテクニックのショウ・ケースといった要素をもった曲になっている。
資料08を見ますとこの曲名は、「Dizzy's Fingers (as Be-Bop)」や「Be-Bop (as Dizzy's Fingers)」とされることがあるようです。
曲名はどうであれ、この曲のコルトレーンの演奏記録は本セッションだけです。(資料06)
さて演奏ですが、ミルトとコルトレーンの他にも、ハンク・ジョーンズはビ・バップ期にガレスぴーとの共演があります。この三人を筆頭に、ガレスピーのもとで演奏していた時期を引き寄せるかのように、熱の入った高速演奏を繰り広げています。この三人のぶつかり合いを、爽快な気持ちで楽しめる演奏です。



【エピソード、アトランティックとの契約について】
コルトレーンとアトランティックとの契約について、資料01には次のとおり書かれている。
アーテガン兄弟と長年の交際をしていたデイヴィスが、コルトレーンを兄弟に紹介したのだが、彼らは他の多くの人たち同様に、そのサキソフォン奏者の誠実さ、優しさ、謙虚な態度にすっかり惚れ込んでしまった。こうして始まった友情がきっかけとなって、コルトレーンはプレスティッジとの契約期限が切れたあと、一九五九年四月にアトランティックと二年契約を結ぶこととなった。一年は正式契約、次の一年は選択契約だった。それがアトランティックの契約のやり方だった。前払金は四桁、最高とはいえないが、まあ平均並みということだろう。しかし、以前のプレスティッジとの契約よりは条件がよかった。契約は別として、アーテガン兄弟は個人的な関心を抱いていたのだ。
 

10度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 3月26日(木)08時10分32秒
  さてローラさんの「イス ジャケ」作品。
誰でも生きてきた年数分、いろんな歌に接してきたはずです。そこには様々な思い出があるのでしょう。私は今回この作品を聴いてみて、いろいろな歌の場面を思い出しました。ポップ・ソング、歌謡曲、つまりは大衆音楽の力強い存在感、そんなものがこの作品のベースにあるような気がします。
ジャズから出発したローラさんは、いろんなジャンルに幅を広げ、40歳台半ばのこの作品の時期には歌手として大きな存在になっていたのでしょう。そんな作品を本当に楽しんだ、今回のつまみ食いでした。
 

5度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 3月25日(水)06時19分57秒
  その前に、この作品が録音された2001年1月4日(木)の新聞を見てみましょう。
先ずはトップ記事。
日経「食品ゴミ 5年で20%減、再利用を促進、未達成なら社名公表、大手企業に義務付け、農水省方針」
食品リサイクル法が、4月から施行されるのに合わせてのことです。

読売「一般販売わずか1万枚、2002年W杯決勝チケット、大半VIP・海外用、全体の15%、前回は4割」
サッカー2002年W杯の決勝戦会場の横浜国際競技場は7万席、VIPに1千席、そしてメディアやTV中継用もあり、これで残りは6万席。3万席は海外用となり、残りは3万席。そしてこれが、一般席に35%、横浜市民向けに20%、サッカー関係者に25%、残りの20%の6千席は食事付きなどのプレミアムチケットとのことです。
私には特に不思議は感じられませんが、ポイントは「サッカー関係者に25%」が適正利用されてたのかでしょう。

朝日「超高齢出産の人生設計、56歳で初産、54歳で双子、人生の締めくくりに」
連載「日本の予感」の4回目です。


ではこの1月4日の朝日新聞から少しばかり紹介します。
・39面社会面に「桂三木助さんが自殺」との見出しがあります。記事では、順調に人気者になっていたが、最近は芸の伸び悩みを気にしていたとあります。
ウィキペディアによれば、1996年から彼の奇行が目立っていたとのことです。
・いつもより全面広告が目立つ、紙面構成でした。
アクセンチュア、カネボウ、ホンダ、DoCoMo、ニッセイ同和損害保険、野村證券、A.I.(映画、見開き)、ベネッセ、アカデミー出版、日本通信教育連盟、都民共済、JTB、ユーラシア旅行社、TISの14社の広告です。通常の40ページの中での、全面広告です。
・TV欄では桂三木助自殺が主のワイドショーですが、ハワイ芸能人モノも多くの番組が取り上げています。
 

7度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 3月24日(火)08時08分16秒
  「今日の1枚からつまみ食い」、今回のテーマは「イス ジャケ」です。


「イス ジャケ」作品の30枚目は、Laura Fygi のChange、2001年1月4日の録音とします。(年月日決めうち)
15年前(2005/3/20)に「今日の1枚」で本作を取り上げた際には、「訴えかけるものが僕には感じられず、安心して運転したい時の車内音楽の粋を出ないもの」と、ローラ・フィジィさんを酷評しました。手垢がついたついた構図ながら、ローラさんと椅子を見事に収めたジャケ写で購入した本盤ですが、「いくらジャケ買いとはいえ、歌手名くらいは見ないといけません」とまで書いてしまいました。
この作品のタイトルのように、私の感覚も少しは良い方向に変わったことを願って、これをつまみ食いしてみます。
 

11度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 3月23日(月)07時39分42秒
  さてアリソンさんの「イス ジャケ」作品。
考えてみたら大作の後の作品は、意気込みが空回りすることがある中で、アリソンさんは落ち着いたスロー・ナンバー集を素敵に作ったものです。空回りしたのは私の感想でした。
スローな気分を支えてくれるバック陣も加わり、そして選曲のセンスも決まり、NYタイムズが「singer with a feline touch and impeccable intonation」と絶賛したアリソンさんの歌声の魅力が活きた作品になっています。
半分の6曲名に、「Blue」とのスペルが入っています。その中のジョニ・ミッチェル作の「Blue Motel Room」が、今回のつまみ食いで私の心に止まりました。「I hope you'll be thinking of me, because I'll be thinking of you」の歌詞の響き方が、Danny Embrey のギターと共に、ブルーな雰囲気で流れていきます。
表ジャケ以外の彼女の写真をみますと、シャイな彼女がそこにいます。そんなアリソンさんの魅力が本作に感じられ、実に良いものでした。
 

13度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 3月22日(日)07時51分42秒
  その前に、この作品が録音された2002年3月19日(火)の新聞を見てみましょう。
先ずはトップ記事。
日経「トラック排ガス 自主基準、日野など4社、2003年規制値より7割低く、技術先行、競争優位に」
この年2002年のPM基準の5分の1にするとのことです。

読売「加藤氏離党、派閥会長も辞任、脱税事件で道義的責任」
加藤紘一元幹事長のことで、この月に自分の秘書が逮捕されていました。この翌月には衆議院議員を辞職、翌年の総選挙では無所属で立候補し当選、自民党に復党し、宏池会最高顧問に就任しました。

朝日「全病院に指針義務付け、怠れば診療報酬減、厚生省方針」
確認漏れによる医療事故が続いていた時期で、それへの対策です。例えば、輸血時に血液型が患者と合っているか複数の医療従事者で確認する、とのものです。
私は2015年に人生初入院しましたが、巻かれたリストバンドのバーコードを読み取る場面が、1日に何度かありました。



ではこの3月19日の読売新聞から少しばかり紹介します。
・12面に「自動翻訳機能が大活躍、日米間の小学生ネット交流、総合学習に強い味方」との見出しがあります。日本語を英語に翻訳させ、それをさらに日本語に翻訳させて、日本語の意味があっているか確認、これを繰り返して米側に送信するとのことです。
この作業は今の翻訳機能でも、必要なことです。
・8面経済面に「Better World Fund」の意見広告があり、国連人口基金(UNFPA)への日本政府の支援を呼びかけています。世界インパクト投資ファンドのことですが、あくまで投資信託なので、自分としては首を傾げる広告です。
・TV欄の午前中の民放報道バラエティ番組は、加藤氏離党をどこでも扱っていると思いきや、鈴木宗男疑惑をメインにしている番組が多かったです。
 

9度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 3月21日(土)07時29分22秒
  「今日の1枚からつまみ食い」、今回のテーマは「イス ジャケ」です。


「イス ジャケ」作品の29枚目は、Karrin Allyson の In Blue、2002年3月19日の録音です。
「in blue」には「憂鬱な」とか「(恐怖で)青ざめた」などの意味があるのかと調べましたが、青色に関する使い方ばかりでした。
本作のジャケにあるソファーはイス資料にはありませんでしたが、いかにも欧州の有名作品といった感じです。ジャケを開きますとこのソファーは3人掛けと分かり、高級感も伝わってきます。私は13年前に大塚家具でいろんなソファーを見ましたが、このソファーは100万円近い値段でしょう。
そのソファーに座っているアリソンさんは、少しお怒りなのか、機嫌が悪いのか、そんな表情です。この表情はまさに「in blue」と思った次第です。
2002年11月5日に本作を「今日の1枚」で取り上げた際には、彼女の前作の「コルトレーンのバラッド」集と比較し、厳しい感想を書きました。今日は本作だけに意識を向けて、ジャケットのアリソンさんの表情の真意を探りたいと思います。
 

16度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 3月20日(金)07時38分33秒
  さてアンディさんの「イス ジャケ」作品。
見た目には緩やかな流れの川でも、入ってみれば水量の多さを甘く見ていたことが分かることがあります。本作品での演奏も、一聴の美世界かと思いきや、所々で演奏の力強さに圧倒されます。スルメ盤の要素たっぷりの作品と言えるでしょう。
アンディさん作の「Waltz For Eric」は、ジュネーブ郊外の住宅街にある小さな公園の緑が、日差しの変化でその輝きが変わっていく様子を表現しているような曲であり、演奏です。でもその底には、自然と人間の力強さがあることを、感じさせる演奏です。
このEricとはEric Peterさんのことです。この方は「新・世界ジャズ人名辞典」や「ヨーロッパのジャズディスク1800」に掲載されていないのですが、ネットには情報がありました。スイスのベーシストで、1935年生まれ、1996年に亡くなっています。いくつかの参加した奏者が掲載されていますが、私にとってはテテ・モントリューとの活動がその内容が接したことがあるものです。
コジャズの4名にとっては、スイスで、そして欧州で活動した仲間なのでしょう。ジャケで椅子に座る4名を見ますと、前年に亡くなった大事な友人の思い出に浸っているようです。
 

9度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 3月19日(木)07時34分43秒
  その前に、この作品が録音された1997年6月11日(水)の新聞を見てみましょう。
先ずはトップ記事。
日経「元副頭取ら4人を逮捕、第一勧銀、藤田副頭取も追及、88億円利益供与、商法違反容疑、東京地検」

読売「第一勧銀、元副頭取ら4人逮捕、迂回融資88億円、対総会屋、利益供与の疑い、東京地検」

朝日「一勧元副頭取ら4人逮捕、東京地検、う回融資関与容疑、組織ぐるみ否定できない、杉田次期頭取」

総会屋の小池隆一へだけではなく、監督官庁へも金が流れており、10年で総額460億円が動き、一勧11人の逮捕者を出した事件でした。ここで起きた大蔵省接待汚職事件は大蔵省解体につながりました。



ではこの6月11日の日経新聞から少しばかり紹介します。
・16面消費産業面に、「高級魚介類、自前で養殖、飲食チェーンのはや」との見出しがあります。神戸の物流センターの4階に、2トンの水槽を三機用意し、初めはヒラメにフグ、その後にオコゼやアワビを養殖するとの記事内容です。
ネットを見ますと、「はや」との飲食チェーンが関西にありますが、焼肉が主のものです。また記事にある養殖についての情報は、ネットから得られませんでした。想像で言うならば、高く経営を狙ったが上手くいかずで終わったとのことなのでしょう。
・39面社会面に「大きさが活きる」とのコピーで、グルフクラブのアイアン・ヘッドの写真付きの広告があります。会社名は書いてませんが、「Armour、アーマー」とのブランド名です。ネットで見ますと、「Under Armour」とのブランド名でのゴルフウェアが見つかりました。
・TV欄 テレ朝 9:55から「渡辺篤の建物探訪」が放送されています。この番組は1989年に始まり、今に続く人気番組です。昨年2019年には放送1500回、30周年となった番組です。
 

8度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 3月18日(水)07時29分43秒
  「今日の1枚からつまみ食い」、今回のテーマは「イス ジャケ」です。


「イス ジャケ」作品の28枚目は、CoJazz plus Volume2、1997年6月11日の録音です。
ジャケ写は、Radio Studio, Geneva でのものです。このスタジオについての情報はネット上で見つかりませんでしたが、名前を変えて今でも使われているのでしょう。
恐らくはレコーディングを終えたメンバー四人が、確信を得たかの表情で椅子に座っているのが、印象的なジャケです。やはり一仕事終えたら、椅子に座りながら暫しの休憩なのでしょう。
2000年12月27日に本作を「今日の1枚」で取り上げた際には、リーダー格のアンディ・シェラーさんが、いつものテナー・サックスではなくピアノをここでは弾いていることに、私は戸惑いながらの感想を書いておりました。
今日は素直な気持ちで、かつては話題になったという本作を聴いてみます。
 

4度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 3月17日(火)07時18分51秒
  さてランディさんの「イス ジャケ」作品。
「Once In A While」はトミー・ドーシー楽団のために書かれた曲ですが、1950年の映画「アイル・ゲット・バイ」に挿入され、そしてジャズ・メッセンジャーズのバードランドでのブラウニーの演奏でジャズファンの記憶に残っている曲です。ディジー・リースのBNでの演奏も、有名なところでしょう。
このランディさんの作品にも、この曲が収録されています。落ち着いた雰囲気の中で、ランディさんのピアノとセシル・ペインのバリトン・サックスの語り合いが、誠に心に染みるものです。
誰にでも「たまには」、違う自分の人生を考えることがあるものでしょう。この曲を聴きながらジャケを見れば、そこに写るランディさんの表情は、そんな気持ちなのかも知れません。さすがに椅子の兄ちゃんにはそれを感じませんが、それでも何かを考えている様子。無邪気そうに見える子供も、そんな考えを持つ時期も遠くないことでしょう。
 

6度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 3月16日(月)08時09分44秒
  その前に、この作品が録音された1956年10月25日(木)の新聞を見てみましょう。
先ずはトップ記事。
日経「各部会の審議打切る、税制調査会、原糸には一律五%、物品税 新たに約20品目」

読売「間接税の増収方針決まる、臨時税制調査会、原糸に五%新課税、高級電気器具など二十品目にも」

家庭利用の電気製品の幅が広がってきている様子がある、この記事です。電気カミソリ、最初の頃はこのように呼ばれていました。

朝日「国際原子力機関に加盟、憲章要綱あす了承、調印式に加瀬大使」
この期間が設立されたのは、1957年7月29日のことでした。


ではこの10月25日の朝日新聞から少しばかり紹介します。
・4面に「日雇いアブレ激減、民間事業の求人が増え」との見出し記事があります。大都市では建築と運送、地方都市では大工場の臨時工が増えているとのことです。
・6面スポーツ面下に、英国海外航空会社の広告があり、「ヨーロッパへの空の旅は週4回のB・O・A・Cで!」と宣伝しています。BOACとはBritish Overseas Airways Corporationとの略で、1974年まで存在した航空会社です。英国欧州航空(BEA、British European Airways)と合弁し、現在のブリティッシュ・エアウェイズになりました。
・TV欄 KRテレビ 22:10「その人に会ってみよう」との番組があり、その紹介記事が掲載されています。在日ソ連代表部首席チフヴィンスキー氏を招き、千田是也が話を聞くとの内容です。新劇や歌舞伎などの日本文化について話とのことです。
 

4度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 3月15日(日)07時36分0秒
  「今日の1枚からつまみ食い」、今回のテーマは「イス ジャケ」です。


「イス ジャケ」作品の27枚目は、Randy Weston の Jazz A La bohemia、1956年10月25日の録音です。
よーく見ると、状況が分かりにくいジャケ写です。ランディさんが寄りかかっている建物は実物なのかも、怪しく思えてきます。一見普通で、でも怪しく不思議な点の一つがイスに座っている兄ちゃんです。屋外用の椅子は、折り畳みのための金具が外に剥き出しなので、廉価な品なのでしょう。それに座っている兄ちゃんも、実に廉価な身なりです。ポーズを決めているランディさんをスケッチしているようにも見えますが、絵心を全く感じさせない兄ちゃんです。
悪口はここまでとして、1999年4月28日に「今日の1枚」で本作品を取り上げた際に私は、「取っ付き易いモンク風の演奏という感じ」として、色々と感想を述べています。
アーメッド・アブダルマリクとアル・ドレアレスという渋い脇役を従えて、バリトン・サックスのセシル・ペインとのライブ演奏、久しぶりに楽しみます。
 

9度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 3月14日(土)07時42分14秒
  さてニーナさんの「イス ジャケ」作品。
重量感がありながら軽やかに流れるピアノ、歌手としての魅力は当然ながら、私が感じるニーナさんの魅力はこのピアノの響きも大きな動因です。そこにはタウンホールの音響効果も手伝っているのでしょう、至高の響きです。
ジャズに限らず私が女性歌手が演奏する楽器の音色に惹かれるのは、ニーナさんのピアノと、ジョニ・ミッチェルの生ギターです。
さてステージにあるイスの存在理由ですが、それは全く掴めないままに終わりました。タウンホールの近くに、ニッカボッカー・ホテルがあります。歴史あるこのホテルの重厚な建物は、タウンホール同様に国立史跡となっています。
ニーナさんは大勝負のこのタウンホールの舞台の前日に、家族をこのニッカボッカー・ホテルに呼んだのでは。そしてメインダイニングで食事をし、楽しい会話をし、その気持ちの延長という意味でそこのイスをステージに用意したのでは。
こんな妄想が浮かんだところで、今回の「つまみ食い」は落ち着いた気持ちで聴き終えました。
 

8度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 3月13日(金)07時00分45秒
  その前に、この作品が録音された1959年9月14日(月)の新聞を見てみましょう。
先ずはトップ記事。
日経「五ー六百億は堅い、本年度の自然増収、予算補正の動きも活発」
岩戸景気による景気拡大の税収面での効果が、この時期に見えてきたとのことです。

読売「西尾氏、統制委への付託、社党大会第二日、深夜 本会議で可決、焦点 人事問題に移る」
この年の参院選で自民党に大きく離された(議席そのものは増えた)社会党の中には社共共闘の動きが出たが、西尾氏はこれに反発していた。この年の末には西尾氏は社会党を離れ社会クラブを結成、翌年には民主社会党を結成し、初代委員長に就任した。

朝日「月の引力圏に突入、到着の地域を予定、ソ連ロケット、四分 早まる」
このルナ2号は世界で初めて月面に到着した人工物となり、3週間後に打ち上げられたルナ3号は、月の裏側の撮影に世界で初めて成功しました。



ではこの9月14日の読売新聞から少しばかり紹介します。
・1面に「フ首相 あす訪米、直ちにア大統領と会談」との見出しがあります。フルシチョフ首相とアイゼンハワー大統領の会談は友好的なものとなり、冷戦下の世界に一時的な「雪解け」をもたらしました。私はフ首相がアメリカの工場を視察した際に、工員(工場関係者かも)に自信の腕時計をプレゼントしている様子を、TVで見たことがあります。
・2面に「週刊新潮」の広告があり、「3つの特別レポート」の中に、「カメラの無いヌードスタジオ、お客の質が下がってきました」との記事宣伝文があります。
いろんなカメラ好きがおり、中にはカメラ愛好家の評判を下げる方々も多くいます。ただしこの記事は、売春防止法が前年に施行されたことによる、新たな性風俗と考えるべきでしょう。
・TV欄 日テレ 19:00からの「ファミリー・スコープ」は、「当世奇人気質」との題で、全国の「すね者」を取り上げる内容とのことです。まずネット上にはこの番組の情報は見当たりませんでした。すね者とは「ひねくれて他人と調和しない人。つむじまがり」意味ですが、私の周りでは「天邪鬼」や「ひねくれ者」との言い方は聴きますが、「すね者」とは聞いたことがありませんでした。
 

7度

 投稿者:マハール  投稿日:2020年 3月12日(木)07時32分56秒
  「今日の1枚からつまみ食い」、今回のテーマは「イス ジャケ」です。


「イス ジャケ」作品の26枚目は、Nina Simone の At Town Hall、1959年9月14日の録音です。(ジャケ記載データの翌々日)
マンハッタンのミッドタウンにあるタウンホールは、1921年に開業し、約1500人を収容できるホールです。その建物は国定史跡や歴史的建造物に指定されており、ミッドタウンの顔と言える存在です。様々な用途に使われ続けているホールですが、音響特性の素晴らしさから音楽ホールとしても有名なものです。
ここでのニーナ・シモンさんのライブ盤ですが、「つまみ食い」したイスはピアノ椅子ではありません。ピアノ椅子はニーナさんの白く長いガウンによって、ジャケにほとんど写っていません。その代わりではないのですが、ステージ中央後方に立派なダイニング・チェアが置かれています。それは一流ホテルのメインダイニングで使われるような椅子であり、ステージに置かれている理由は、私には想像できません。
本作品を「今日の1枚」で取り上げたのは2004年8月1日のことで、その際にはニーナさんの魅力をやたら長文で書いておりました。また2016年11月には「Summertime が収録されている作品」でつまみ食いし、その曲でのニーナさんの魅力を私は述べておりました。
今日は中央後方の椅子の存在理由を想像しながら、つまみ食いしてみます。
 

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