teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

 投稿者
  題名
  内容 入力補助 youtubeの<IFRAME>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ] [ 検索 ]


回答&ご連絡

 投稿者:ジガンザン8108  投稿日:2012年 2月22日(水)09時47分9秒
  Piichanさんのご質問に、私なりの回答です。人によって意見が違うかも知れません。東教大には理学部に物理学科があり、光学研究所という学部と対等の研究所があり、ここでも物理学分野の研究をしていました。この分野では朝永振一郎氏が有名ですが、彼は「量子力学」と言われる分野でした。理学部も光学研究所も、理論物理学分野の研究が中心だったようです。東大には工学部に原子力学科があり、理論というよりも応用としての原子力分野での専門家を養成していたわけです。だからまったく分野が重なりません。したがって、東教大があっても、原子力行政に影響を与えることはなかったと思います。

今日、私がこの掲示板に来たのは、20日に、ウィキペディアに「筑波移転反対闘争」という項目を立てましたという報告をしようとしたからでした。「筑波移転反対闘争」で検索すれば、多分、一番に出て来ます(年表がすごく充実しています。私自身が年表を読んで「あのころはそうだったのか!」と感心しています。特に学生大会の推移)。今までは私の検索サイトでは、管理人さんが作ったここのサイトが1番と2番に出ていたのですが、3番と4番に私が下げてしまったようです。「筑波移転反対闘争」で検索すると、ここのサイトがよく出てきたり、この言葉が含まれるサイトが意外に少ないらしいことに驚きました。今日はいつもとは違う、ウィキ名での投稿です。
 
 

福島第一原発事故と東京教育大学

 投稿者:Piichan  投稿日:2012年 2月22日(水)01時16分28秒
  福島第一原発事故で原発推進に加担してきた東京大学の責任がとわれていますが、東京教育大学がいまもあれば日本の原子力の歴史もかなりかわっていたのでしょうか。  

森岡清美著「ある社会学者の自己形成」刊行

 投稿者:管理人  投稿日:2012年 1月27日(金)18時18分40秒
編集済
  本年1月30日付(すでに販売されています)でミネルヴァ書房の「自伝」シリーズから森岡清美著「ある社会学者の自己形成 幾たびか嵐を越えて」が刊行されました。(税抜き価格3,000円)
http://www.minervashobo.co.jp/book/b96152.html
最後の文学部長として東京教育大学の廃学へと辿った道のりを「ノンポリ教員、紛争で脱皮」、「母校廃滅」として計60ページにわたって書いています。森岡氏は、東京教育大学の閉学を機に、茗渓会も退会されたとのことです。もちろん筑波大学とも無縁です。興味のある方は、書店で手にとってご覧下さい。
当時は若手であった森岡氏も今では88歳。今後この種の回顧録が出ることはほとんど考えられず、いわゆる「筑波移転問題」に関する貴重な史料となることでしょう。森岡氏にはその労をねぎらいたいところです。
 

訃報・西山松之助教授ご逝去

 投稿者:管理人  投稿日:2012年 1月25日(水)03時15分12秒
編集済
  東京教育大学日本史学科の教授で、江戸文化史を専攻されていた西山松之助名誉教授が、1月8日、老衰のため亡くなられたとのことです。99歳。当時の日本史学科の教授陣のなかでは最も長寿でした。これで筑波移転問題が起こった頃の日本史学科の教授陣はすべて他界されたことになります。謹んでご冥福をお祈り致します。
葬儀はすでに近親者のみで済まされたということですが、お別れ会が2月22日午後2時から、千代田区紀尾井町4-1ホテルニューオータニで催されるとのことです。
なお、西山氏の生前の写真数枚が、Yahoo!ボックスの「日本史実習旅行(1966年10月)」でご覧になれます。
https://box.yahoo.co.jp/guest/viewer?sid=box-l-lesvmyc6luh43admlabgocjz34-1001&uniqid=cc52b119-3a2c-47fb-b46c-8d6c804b0642
また、新聞等では西山氏を東京教育大(現筑波大)名誉教授と報道していますが、西山氏は筑波大学での採用を希望したにもかかわらず筑波大学当局から採用を拒否された教授であり、「現筑波大」という表現はきわめて不適切です。
 

訃報・小山荘司氏ご逝去

 投稿者:管理人  投稿日:2012年 1月16日(月)18時02分3秒
編集済
  当OB会員であり、1958年国文科入学の小山荘司氏が、昨年11月24日ご逝去されていたことが、最近判明しましたのでお知らせします。71歳でした。卒業後は早稲田高校に勤務されていました。謹んでご冥福をお祈り致します。  

訃報・名護晃朗氏ご逝去

 投稿者:管理人  投稿日:2011年12月30日(金)04時51分26秒
編集済
  1963年日本史学科入学で、卒業後は千葉県で教員をされていた名護晃朗氏(千葉高卒)が、今秋10月、泌尿器系の癌により逝去されていたとの連絡がありました。在学中は一種独特の理論をもって周囲の学生に影響を与え、「名護教徒」なる一団も出現したほどでしたが、卒業後同窓生との付き合いはあまりなかったらしく、情報が入るのが遅れました。謹んでご冥福をお祈り致します。
なお、管理人はあまり詳しい情報を得ているわけではなく、何かご存知の方がいたら書き込みして頂けると幸いです。
なお、Google で検索すると「エッセイ風教育論」(名護)
http://noraneko.blogtribe.org/entry-f94dfaaa605f06ae777e05994905a850.html
というようなページがあり、関曠野氏のグループで活動していたらしく、同氏編の「ウォルフレンを読む」(窓社刊)の共著者となっています。
 

「SFマガジン」に光瀬龍氏の評伝連載

 投稿者:管理人  投稿日:2011年12月19日(月)02時34分23秒
  教育大動物学科の一期生でのちにSF作家となった光瀬龍(本名飯塚喜美雄)氏の評伝が、12月24日発行の「SFマガジン」から連載されるとのことで、作者の立川ゆかりさんから連絡がありました。「教育大OBの方に知らせて欲しい」とのことなので、連絡致します。  

Facebookに「東京教育大学」を作成

 投稿者:管理人  投稿日:2011年12月 3日(土)20時07分21秒
編集済
  最近流行のSNSの一つであるFacebookですが、これまで出身大学を「東京教育大学」とすると「情報が提供されていません」となっておりました。これでは不都合なので、同サイトに「東京教育大学」のページを作成しましたのでお知らせします。Facebookに登録の際、出身大学を「東京教育大学」とすると、次回からはこのページにリンクされますので、ご利用ください。また、当サイトのトップページからFacebookへのリンクが張ってあります。
 

「本」といえば・・

 投稿者:水沢千秋メール  投稿日:2011年11月13日(日)09時45分12秒
  「本」と言えば、『回想の全共闘運動-今語る学生叛乱の時代-』(彩流社、A5判318ページ上製、税込価格2625円)なる本が今月初めに発売になりました。「かつて教育大闘争があった」とのタイトルで私も寄稿しています。私の場合は、他の執筆者とは異なり、記憶の断片を原稿にしたものなので、目次等にも「16の断章」なるかっこ書きが付加されています。本サイト関係者とも、事前に、「あまり売れないよ」「そうですね」なんてやりとりをしています。本サイトには「筑波移転問題関連」の資料も多く、それには大いに関係する本ではあるので、ご紹介しておきます。
教育大関係では、反民青最大セクトを実務でになった方が、克明な記録をもとに当時のことを書いておられます。大学としては他に、中大と日大についての記録が掲載されています。
 

安田浩氏遺著

 投稿者:谷中猫屋敷主人  投稿日:2011年11月10日(木)16時16分24秒
  10月,安田浩氏の遺著『近代天皇制国家の歴史的位置』(大月書店)が刊行された。講座派学統から離陸し,新しい天皇制国家論の彫琢途上で倒れた氏の論争的論考を収録。合掌  

訃報・安田浩千葉大教授ご逝去

 投稿者:管理人  投稿日:2011年11月 6日(日)17時17分56秒
編集済
  教育大日本史学科出身で千葉大学教授を務められていた安田浩氏が9月10日、癌ののために亡くなられたそうです。ここ数年は入退院を繰り返す生活だったようです。謹んでご冥福をお祈りします。管理人の立場からすると同じ学科の後輩ということになりますが、比較的疎遠な関係にあったため今まで訃報に気づかず、お知らせが遅れたことをお詫びします。  

貫太郎さんのこと

 投稿者:横浜探偵団  投稿日:2011年10月 5日(水)14時34分1秒
  つれづれなるままに、お節介にも「尋ね人の時間」を思い出し捜してみました。
試みに大沢ではなく「大澤寛太郎」で検索すると、千葉県在住で(本業のかたわら?)韓国語の翻訳をやっている人が見つかります。そしてその大澤さんの連絡先は、「カナタ電話」を主宰している同志社大学の油谷幸利研究室に問い合わせてみるとわかるような気がします。日本史学科OBで日韓交流史の権威?となった津田塾大の高崎宗司教授の例もあるし、消防士という異色の仕事はさておき経歴から考えて同一人物のような気がします。
以上でざっと10分。インターネットもまたハサミと官僚同様に使い方次第? もっとも同姓異人だったらゴメンナサイ。
 

大沢寛太郎君を捜しています

 投稿者:管理人  投稿日:2011年 9月23日(金)18時42分4秒
編集済
  1964年日本史学科入学の同窓会が、最近2度ほど開催されており、次回も約2年後に行われる予定となっていますが、他の同窓生は全員連絡が取れているにも関わらず、大沢寛太郎君(埼玉県立熊谷高等学校卒)だけが消息不明となっており、誰も連絡先を知りません。どなたか大沢君の連絡先をご存じの方がいらっしゃいましたら、当サイト管理人までご一報いただけると幸いです。
なお、大沢寛太郎君は、30年ほど前、板橋区内で消防士をしていたことがあります。
 

「茗渓」夏号、平田氏の記事なし

 投稿者:管理人  投稿日:2011年 7月26日(火)16時31分54秒
  今月、「茗渓」の夏号が出ましたが、信永さんが希望していた平田氏の囲碁選手権の話は掲載されていませんね。記事は「茗渓会総会」と「地域活動する人」が中心で、この「地域活動する人」は「茗渓会」とは無関係なようですが、「地域活動に貢献した人を顕彰する」ということのようです。一方で体育学部の帖佐寛章氏が国際陸連シルバー勲章を受章したというような記事は掲載しているので、何か編集方針がアンバランスという感じ。もともと22ページしかない他愛もない小冊子なので、仕方ないですかね。  

教育大出の恩師

 投稿者:世田谷の住人  投稿日:2011年 7月24日(日)16時30分15秒
  高校の担任が、体育学部出身ながら国語の先生でした。
世界史の先生も。倫理社会の講師も。古典の先生は、高等師範でした。
大学の教養演習でお世話になった、地理学の教授も(もうひとり地理学の
教授がいらしたがその方も)教育大の院出身でした。
 

Re:黒川 茂 新社長でした

 投稿者:管理人  投稿日:2011年 7月24日(日)02時00分50秒
  「世田谷の住人」さんには大変失礼しました。
ご指摘の通り、6月の株主総会で新社長となった黒川茂氏は、1974年東京教育大学理学部数学科卒業ですね。1970年に都立国立高校から教育大の数学科に入学した人のようです。
ということは、「ユニアデックス」の入部泰社長とまったく同学科、同学年ということになり、同じ系列の社長同士が同じ教室の同窓生、話が通りやすいでしょうね。
それにしても「世田谷の住人」さんの教育大関連の人事に詳しいのには感心します。
 

黒川 茂 新社長でした

 投稿者:世田谷の住人  投稿日:2011年 7月23日(土)11時28分14秒
  6月の株主総会日就任。籾井勝人氏は、相談役にとありました。  

Re:どうでもいいけれど…

 投稿者:管理人  投稿日:2011年 6月18日(土)03時08分40秒
  たしかにその通りですね。ユニアデックス社長入部泰氏の紹介に、74年東京教育大学理学部数学科卒業とあります。世田谷の住人さんは、このことを言っていたのかな。「教育大学新聞」にも70年数学科入学者名簿に掲載してあるから筑波闘争後の世代ですね。  

どうでもいいけれど…

 投稿者:横浜探偵団  投稿日:2011年 6月17日(金)22時46分51秒
  昨年、子会社である「ユニアデックス」の社長になった入部泰という人が74年に理学部数学科卒のようです。Googleで検索すると直ぐヒットします。  

Re:日本ユニシス社長

 投稿者:管理人  投稿日:2011年 6月15日(水)14時38分1秒
編集済
  > 東京教育大学出身とあったようなのですが、切り抜きが見つからず。

念のため調べてみましたが、現社長の籾井勝人氏は九州大学経済学部卒、前社長の島田精一氏は東京大学法学部卒となっていますから、違うようですよ。
 

レンタル掲示板
/23