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東京都教育長に比留間英人氏

 投稿者:管理人  投稿日:2012年 5月31日(木)03時58分36秒
  新聞報道によると、東京都は7月に任期満了で退職する大原正行教育長の後任として比留間英人・前総務局長を起用する人事案を29日に発表したとのこと。6月議会への教育委員人事案提案後の教育委員会で教育長に互選される予定だそうです。
比留間英人氏は東京教育大学末期の1971年、史学科日本史学専攻に入学。卒業後は都に入庁、11年7月の退職後は都の3セクの社長に再就職していました。つまり都のOBですが、教職経験はありません。出身高校は立川高校で、高校では野球部員だったとのことです。
 
 

訃報・吉原健一郎氏ご逝去

 投稿者:管理人  投稿日:2012年 5月29日(火)04時30分19秒
編集済
  1958年日本史学専攻入学で、その後成城大学教授、歴史学会会長を務められていた吉原健一郎氏が3月22日、肺癌のため亡くなられていたとのことです。73歳でした。謹んでご冥福をお祈りいたします。
なお、歴史学会は東京教育大学文学部の廃絶に伴い、大塚史学会が母体となって東京教育大学史学科のメンバーを中心に結成された学会ですが、吉原健一郎氏のご逝去により、東大出身の松浦義弘氏が会長に就任されたとのことです。また、これにより東京教育大学出身の理事は一人もいなくなったとのことで、史学科出身の管理人としては侘びしい限りです。
 

宮内庁長官に風岡典之氏

 投稿者:管理人  投稿日:2012年 5月29日(火)01時38分41秒
編集済
  新聞報道によると、宮内庁の羽毛田信吾長官(70)の退任により、後任に風岡典之次長(65)が就任することが25日の閣議で決まったとのことです。6月1日付発令。風岡氏は1965年教育大法律政治学専攻入学で、先日亡くなられた仙人一彦氏や当新聞会OBで1991年に早世された大津俊彦氏(読売新聞記者)と同期生です。  

Facebook東教大

 投稿者:水沢  投稿日:2012年 5月 8日(火)20時06分32秒
  管理人さんが昨年12月3日に書いていますが、FBのFacebookページに「東京教育大学」があります。アカウントをお持ちの方は覗いてみてください。
さらに、よろしかったら、「いいね!」もしてください。
 

訃報・仙人一彦氏ご逝去

 投稿者:管理人  投稿日:2012年 5月 2日(水)00時40分1秒
編集済
  新聞会OBではありませんが、ご存知の方も多いと思われますのでご連絡いたします。
1965年文学部法律政治学専攻入学の仙人一彦氏は、2月から肝障害で東邦大学病院で入院加療していましたが、3月10日に逝去されました。葬儀等は親族だけで行われましたが、七七忌と納骨を前に、4月29日、仙人氏の自宅(江戸川区春江)近くの「三角自治会会館」でご近所や業界(個人タクシー)の仲間による「送る会」が行われたとのことです。法律政治学専攻の同窓生からは、6人の方が出席されたとのことです。
 

Re:茗石会の紹介

 投稿者:管理人  投稿日:2012年 4月23日(月)04時46分5秒
  永年の念願かない、雑誌「茗渓」に茗石会の記事が掲載されたようで良かったですね。おめでとうございます。  

茗石会の紹介 続

 投稿者:信永恕平  投稿日:2012年 4月21日(土)23時18分37秒
  掲載ページは 茗渓 19Pの桐の葉のつどいの左下です。 下記 URLから 19pがPDFで
ダウンロードできます。

http://www.geocities.jp/go735jp/meisekikai.htm

 

茗石会の紹介

 投稿者:信永恕平  投稿日:2012年 4月21日(土)21時51分45秒
  教育大学囲碁部OB会(茗石会)の紹介記事を茗渓 春2012 No1073号に投稿し掲載されました。囲碁に興味のあるかたは ご覧になってください。 ついでに 私のHPもついでに
覗いていただけたら幸いです。 平田先生は今年も アマ名人戦の 東京都の大会で
3位に入賞され 頑張っておられます。 私達 囲碁部OBの希望の星です。平田先生はウィキ
ペディアにも載っている有名人で お陰で茗石会もついでに名前が載ってます。

http://www.geocities.jp/go735jp/

 

Re:国立国会図書館長

 投稿者:管理人  投稿日:2012年 4月10日(火)04時08分55秒
編集済
  国会図書館のWebサイトによると、大滝則忠氏とのことです。米沢興譲館高出身、1964年文学部法律政治学専攻に入学、卒業後、国会図書館、東京農業大学に勤務した人のようです。管理人とは同学部・同学年ですが、専攻違いということもあり、記憶にありません。それにしても「世田谷の住人」さんの情報は速いですね。
http://www.ndl.go.jp/jp/news/fy2012/1194294_1827.html
 

国立国会図書館長

 投稿者:世田谷の住人  投稿日:2012年 4月 8日(日)15時39分17秒
  元副館長で東京農業大学教授でした、
東京教育大学出身の「      」氏が
就任されましたね。
おっと、31日の新聞の切り抜きが見つからなくて
氏名は、後刻。。。

東京教育大学が閉学して、もう44年ですね。
部外者の私がこだわっているのも不思議です。。
 

3回目

 投稿者:水沢  投稿日:2012年 4月 1日(日)16時17分33秒
  教育大学新聞1967年の受験生特集号は「分銅淳作」、68年の受験生特集号は「惇」でした。niftyの検索では、「分銅淳作」で18件、「分銅惇作」で714件でした。やはり「分銅惇作」先生ですかね。
 

取消し

 投稿者:水沢  投稿日:2012年 4月 1日(日)16時09分48秒
  先ほどの投稿のうち、「分銅淳作先生のお名前は違和感があったので調べたら、淳でなく惇らしいです」は取り消します。「淳」で正しいのかも。
M生様が文字入力にご苦労された「尾形仂」先生の「仂」は、教育大新聞でも苦労しましたね。活字がありませんでした。「仂」は「働」の略字でもあったので、初校ゲラには必ず「働」が組まれて来ました。あえて作字してもらわずに、「働」のまま印刷してしまった号が結構あるのではないかと思います。
 

諸先生

 投稿者:水沢  投稿日:2012年 4月 1日(日)15時57分16秒
  横浜のM生様の書込みを拝見して、目になじんだ多くの諸先生方のお名前を拝見し、懐かしく思いました。ただ、私には「小林弘」先生のお名前はわかりませんでした。「小川弘」先生は没年がなく、ご健在のようになっていますが、実際には2010年7月17日に亡くなられています。同年9月に「偲ぶ会」が催されたので、当時私がこの掲示板でご報告したところです(管理人さんが、OB会ニュースに転載なさっておられます)。「分銅淳作」先生のお名前は違和感があったので調べたら、「淳」でなく「惇」らしいです。  

尾形仂さんのこと

 投稿者:横浜通信部M生  投稿日:2012年 3月17日(土)00時47分6秒
  前回、時間がなかったので省略した尾形さんの下の名前は仂(つとむ)です。
尾形仂(おがたつとむ)、知る人ぞ知る名著『連歌』を買ったまま、まだ3分の1も読んでいないことを思い出しました。やれやれ、老年老い易く学未だならず。
 

森岡さんの労作を読んで

 投稿者:横浜通信部M生  投稿日:2012年 3月 9日(金)10時25分24秒
  遅ればせながら森岡清美さん(1923~ )の自伝、拝読しました。
1978年3月、教育大が廃学になった時の最後の文学部長だったのですね。知りませんでした。ぼくが教育大学新聞の「受験生特集号」の記事を書いたり校正したりしていた頃は少壮の助教授だったのですが、54年に31歳で助教授になったものの筑波移転問題で推進派に与しなかったため教授昇任を拒まれ、ようやく教授になったのは1974年、50歳になってから。そんな苦労譚も本書で初めて知りました。
さて本書で気がついたのは克明な日記をもとにして記述しているせいか、史料的にも役立つこと。とくに60年代以降の教官陣の消息……。ぼく自身が馬齢を重ね高齢世代の仲間入りをしているだけに、例えば和歌森さんの62歳はじめ往年の碩学の意外と若い逝去にも驚きました。以下、本書からピックアップしてみました。(順不同)
有賀喜左衛門 1897~1979
岡 田 謙 1906~1969
中 野 卓 1920~
間   宏 1929~2009
鎌 田 正 1911~2008
弓 削 達 1924~2006
北原 龍二 1933~
下村寅太郎 1902~1995
西山松之助 1912~2012
肥後 和男 1899~1981
穂積 重行 1921~
綿貫 芳源 1920~
上武 正二 1909~
桜井徳太郎 1917~2007
石 三次郎 1900~1968
稲田 正次 1902~1984
入江勇起男 1908~1996
宮島 竜興 1916~2007
星野 慎一 1909~1998
丸山儀四郎 1916~1986
小 川 弘 1920~
関根 正雄 1912~2000
大 島 清 1913~1994
馬場 四郎 1913~1972
尾 形 * 1920~2009
家永 三郎 1913~2002
木村 正雄 1910~1975
大山 信郎 1911~2009
津田 秀夫 1918~1992
永 井 博 1921~
松本三之介 1926~
三輪 知雄 1899~1979
町 田 貞 1918~2001
小 牧 治 1913~2000
斎藤 美洲 1913~1997
福田陸太郎 1916~2006
太 田 朗 1917~
分銅 淳作 1924~2009
小 林 弘 1925~1996
和歌森太郎 1915~1977
 

回答&ご連絡

 投稿者:ジガンザン8108  投稿日:2012年 2月22日(水)09時47分9秒
  Piichanさんのご質問に、私なりの回答です。人によって意見が違うかも知れません。東教大には理学部に物理学科があり、光学研究所という学部と対等の研究所があり、ここでも物理学分野の研究をしていました。この分野では朝永振一郎氏が有名ですが、彼は「量子力学」と言われる分野でした。理学部も光学研究所も、理論物理学分野の研究が中心だったようです。東大には工学部に原子力学科があり、理論というよりも応用としての原子力分野での専門家を養成していたわけです。だからまったく分野が重なりません。したがって、東教大があっても、原子力行政に影響を与えることはなかったと思います。

今日、私がこの掲示板に来たのは、20日に、ウィキペディアに「筑波移転反対闘争」という項目を立てましたという報告をしようとしたからでした。「筑波移転反対闘争」で検索すれば、多分、一番に出て来ます(年表がすごく充実しています。私自身が年表を読んで「あのころはそうだったのか!」と感心しています。特に学生大会の推移)。今までは私の検索サイトでは、管理人さんが作ったここのサイトが1番と2番に出ていたのですが、3番と4番に私が下げてしまったようです。「筑波移転反対闘争」で検索すると、ここのサイトがよく出てきたり、この言葉が含まれるサイトが意外に少ないらしいことに驚きました。今日はいつもとは違う、ウィキ名での投稿です。
 

福島第一原発事故と東京教育大学

 投稿者:Piichan  投稿日:2012年 2月22日(水)01時16分28秒
  福島第一原発事故で原発推進に加担してきた東京大学の責任がとわれていますが、東京教育大学がいまもあれば日本の原子力の歴史もかなりかわっていたのでしょうか。  

森岡清美著「ある社会学者の自己形成」刊行

 投稿者:管理人  投稿日:2012年 1月27日(金)18時18分40秒
編集済
  本年1月30日付(すでに販売されています)でミネルヴァ書房の「自伝」シリーズから森岡清美著「ある社会学者の自己形成 幾たびか嵐を越えて」が刊行されました。(税抜き価格3,000円)
http://www.minervashobo.co.jp/book/b96152.html
最後の文学部長として東京教育大学の廃学へと辿った道のりを「ノンポリ教員、紛争で脱皮」、「母校廃滅」として計60ページにわたって書いています。森岡氏は、東京教育大学の閉学を機に、茗渓会も退会されたとのことです。もちろん筑波大学とも無縁です。興味のある方は、書店で手にとってご覧下さい。
当時は若手であった森岡氏も今では88歳。今後この種の回顧録が出ることはほとんど考えられず、いわゆる「筑波移転問題」に関する貴重な史料となることでしょう。森岡氏にはその労をねぎらいたいところです。
 

訃報・西山松之助教授ご逝去

 投稿者:管理人  投稿日:2012年 1月25日(水)03時15分12秒
編集済
  東京教育大学日本史学科の教授で、江戸文化史を専攻されていた西山松之助名誉教授が、1月8日、老衰のため亡くなられたとのことです。99歳。当時の日本史学科の教授陣のなかでは最も長寿でした。これで筑波移転問題が起こった頃の日本史学科の教授陣はすべて他界されたことになります。謹んでご冥福をお祈り致します。
葬儀はすでに近親者のみで済まされたということですが、お別れ会が2月22日午後2時から、千代田区紀尾井町4-1ホテルニューオータニで催されるとのことです。
なお、西山氏の生前の写真数枚が、Yahoo!ボックスの「日本史実習旅行(1966年10月)」でご覧になれます。
https://box.yahoo.co.jp/guest/viewer?sid=box-l-lesvmyc6luh43admlabgocjz34-1001&uniqid=cc52b119-3a2c-47fb-b46c-8d6c804b0642
また、新聞等では西山氏を東京教育大(現筑波大)名誉教授と報道していますが、西山氏は筑波大学での採用を希望したにもかかわらず筑波大学当局から採用を拒否された教授であり、「現筑波大」という表現はきわめて不適切です。
 

訃報・小山荘司氏ご逝去

 投稿者:管理人  投稿日:2012年 1月16日(月)18時02分3秒
編集済
  当OB会員であり、1958年国文科入学の小山荘司氏が、昨年11月24日ご逝去されていたことが、最近判明しましたのでお知らせします。71歳でした。卒業後は早稲田高校に勤務されていました。謹んでご冥福をお祈り致します。  

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