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Re: これも

 投稿者:管理人  投稿日:2014年 5月 6日(火)01時05分13秒
編集済
  立命館学園新聞は、昔、教育大学新聞とは友好関係にあり、新聞会員個人同士で親しくしていた人もいたりしたので、非常になつかしく感じられます。情報ありがとうございます。  
 

これも

 投稿者:慎介  投稿日:2014年 5月 5日(月)16時00分25秒
  誰が何を書き込んでも、歓迎だそうだ。

http://9318.teacup.com/noguchi/bbs
 

竹富町教委激励へ

 投稿者:横浜通信部M生  投稿日:2014年 3月21日(金)22時48分0秒
  家永教科書裁判、今は昔。文部科学省による不当な干渉が表面化し、知人から「竹富町教委激励文」、3団体の「抗議声明」および18日の竹富町議会についての地元紙報道などが届きました。
http://teyata.blog.ocn.ne.jp/blog/2013/11/post_aac0.html
http://teyata.blog.ocn.ne.jp/blog/taketomi.html

 

BGMの処理を復元

 投稿者:管理人  投稿日:2014年 3月 2日(日)17時59分28秒
  昨年5月QuickTimeのアップデートがあった際、BGMの再生に不具合が生じたため、bgsoundタグの使用に切り替え、IE以外のブラウザでは、BGMの再生が出来ませんでしたが、数日前にQuickTimeのアップデートがあり、試したところ正常に再生できるようになったため、あらためて元のように戻しました。IE以外のブラウザでもBGMの再生が可能です。  

Re:家永教科書裁判のこと

 投稿者:管理人  投稿日:2014年 2月11日(火)02時17分13秒
  知人たちから誘われ、自由社版、育鵬社版歴史教科書の批判会のようなものに参加したりしていますが、何と、家永教科書裁判についてまったく知らないというようなメンバーがいて驚きました。家永教科書裁判も遠くなりにけり、という印象です。
家永氏は検定を問題にして訴訟を起こしたわけですが、今では検定を通過した教科書の使用を行政当局が問題視して使用を差し止めるなど、状況はますますひどくなっていますね。
 

家永教科書裁判のこと

 投稿者:横浜通信部M生  投稿日:2014年 2月 9日(日)17時16分1秒
  今日は朝から家の前の雪かきに追われ、ようやく一段落。東京で27センチ、横浜で16センチと報道されましたが、我が家は郊外の丘陵地にあり横殴りの吹雪にさらされたためか30センチ近くも積もって大変でした。ところで改めて過去の掲示板への投稿に戻り、「敦賀の住人」さんの星野慎一&家永三郎両教授の思い出に触れ、ついでに「家永三郎教授の教科書訴訟」というContents欄のかなりクセ?のある解説を読んだのでひと言。
1965年の第1次教科書訴訟にあたって教育大新聞は解説に書かれたとおりタブロイド判で訴状全文を収録するなど教科書問題特集号を出し思いがけないベストセラーとなり、独立採算制だった新聞会の財政を潤したのですが、それを主導したのがその年に教育学部を出て日本史学科に学士入学したSさん。そして当時の会員は夏休みの帰郷時などに手分けして訴訟の支援要請をかねて各県の高教組などにセールスしたのです。(ぼくは夏の原水禁大会の取材で長崎まで行った折、見本紙を持って長崎や熊本の教組を訪ね、大量注文?を貰った記憶があります。)
 

雪の日に、祝15周年!

 投稿者:横浜通信部M生  投稿日:2014年 2月 9日(日)01時55分15秒
  「横浜通信部」と称しながら最近はほとんど掲示板への投稿も閲覧もしていなかったのでブログ開設15周年と知って驚いています。管理人さん、長いオツトメ、ご苦労様です。それにしても今日の大雪にもビックリ。東京で27センチとは……。それで、遠い日のことを思い出しました。1967年2月11日、紀元節(建国?記念日)が復活した日の東京は大雪に見舞われましたね。そしてその日、ぼくら当時の新聞会員の有志は紀元節復活反対のデモの隊列に加わって、雪道に足をとられながら大学前~氷川下の共同印刷前~旧都電通りを小石川柳町方面へ向かって歩いたのでした。が、どこまでデモ行進したのか、まるで記憶がないのですね。いやはや、昭和は遠くなりにけり!  

当サイト開設15周年

 投稿者:管理人  投稿日:2014年 2月 5日(水)16時17分31秒
  当サイトを開設したのは、まだそれほどインターネットが普及していなかった1999年2月5日のことでした。したがって、本日でちょうど15周年ということになります。開設以来、さまざまな方から資料や情報の提供があり、またこういうことを載せて欲しいというような要望があったりして、内容も徐々に充実してきました。長年のご愛顧に感謝いたします。最近更新を少々さぼり気味ですが、今後も努力していきたい所存です。  

(無題)

 投稿者:敦賀の住人  投稿日:2014年 2月 5日(水)15時34分26秒
編集済
  管理人さん ご返事ありがとうございます。
私のブログで個人的な風景写真1000枚ほど以外に
有名な囲碁古典問題1500問の問題と正解を出しています。
後者を扱うサイトがほかにないのでご覧いただく方が意外と多いのだと思います。
最近は論文発表者とか芸能人など有名な方以外は
決定的な個人名を出さないのが一般的だと思います。
残念な面もありますが、やむをえない時代になりました。

管理人さんもご存知と思われる方の 昔の思い出でを2つ書きたいと思います。
1962年(昭和37年) 毎週2回 木造S館での授業です。一般教養ドイツ語講義で
星野慎一先生が教育学部ドイツ語選択40人弱の学生を前にして 毎回心を打たれる内容で
いつも机(いすではなく)の上に座って熱弁をふるっておられました。
小学校以来 後にも先にも机に座って 熱弁の先生は星野先生だけでした。
変なことも熱弁で完全にカバーされあまりがありました。
星野慎一先生は当時53歳くらいだったと思います。

管理人さん 米百俵の話が有名になったのは星野慎一先生の大きな影響があることを
ご存知だと思いますが、こちらの掲示板読者にも知っていただきたく、少し転記して見ます。

山本有三は「真実一路」、「路傍の石」などで、国民的な作家になっていたが、ここで成城高校(旧制)教授の星野慎一と運命的に出会うことになる。星野は米百俵で設立された旧制長岡中学(長岡高校)から東京大学文学部独文科をでた新進気鋭のドイツ文学者であった。有三も同じ独文科をでており、昭和14年に同窓のよしみもあって、「真実一路」をドイツ語に翻訳することから知り合った。おりしも太平洋戦争の開戦前夜で、有三は日独伊三国同盟に反対した海軍次官の山本五十六(当時は大将)を尊敬していた。星野にとっても五十六は長岡中学の最も尊敬できる先輩であり、二人は意気投合することになる。

 星野は五十六を生んだ郷里の偉人として河井継之助と小林虎三郎を熱く語り、五十六が尊敬して止まない河井継之助の執筆を有三に勧めた。有三は戦争に踏み切った継之助よりも、戦争に反対し食えないから学校を建てたという虎三郎に関心を示した。
「真実一路」が取り持った縁で、有三の「米百俵」が誕生することになるのである。

 有三は、戊辰戦争で敗れた越後の小藩から、きら星のように人材を送り出す長岡の秘密に迫ろうとした。有三の現地調査により、語られてきた「米百俵」の逸話はすべてが事実に裏づけされたもので、隠れた先覚者小林虎三郎の実像を知ることになった。
「真実一路」、三国同盟に反対した山本五十六、星野との独文科の同窓のいずれが欠けても、「米百俵」の誕生はありえなかったそうです。

もうひとつの思い出は 私が4年生のとき
家永三郎先生が1965年(昭和40年)4月から
新専門科目『太平洋戦争史論』を大教室ではじめられたことです。
数百人の受講がありました。ちょうど教科書訴訟の裁判を始められた
ことと重なります。朗々と講義され、必要な歌も歌われました。
みんなが心を打たれる講義でした。

ご返事ありがとうございました。


 

Re:お久しぶりです。

 投稿者:管理人  投稿日:2014年 2月 4日(火)01時52分21秒
  教育学部でコークスのストーブについて書かれていた方ですね。お久しぶりです。
ブログを開設しているとのことで「囲碁と無我自然体」を閲覧してみましたが、自己紹介の欄に名前がありません。「東京教育大学同窓生のWebサイト集」に掲載したいと思いましたが、1962年教育学部入学という情報だけだと、どなたか特定できませんね。個人情報はあまり知られたくないということなのでしょうか。
それにしても、閲覧数が100万回を超えたというのは凄いです。こちらのサイトは開設から15年も経つのに、10万回を少し超えたくらいですから。
 

お久しぶりです。

 投稿者:敦賀の住人  投稿日:2014年 2月 3日(月)21時34分22秒
  昭和37年から41年にかけて在学していました。
E館4階が控え室でした。
こちらの掲示板へは
2007年7月21日に訪問させていただき
一言お聞きいたしました。
懐かしい雑談にもお答えいただきありがとうございました。
よく訪問させていただきみせていただいています。
私もブログを開いています。
閲覧していただいた数が最近100万回を超えました。
よろしければ 皆様ご訪問ください。
そして コメント欄から どんなお話でもお聞かせください。
楽しみにお待ちしております。
http://blog.goo.ne.jp/mugashizenntai

http://blog.goo.ne.jp/mugashizenntai

 

訃報・林直大君ご逝去

 投稿者:管理人  投稿日:2014年 1月 7日(火)23時46分37秒
編集済
  当会メンバーで、1968年史学方法論専攻入学の林直大君が、昨年5月5日、亡くなられていたことが、ご家族からの連絡で判明しました。死因は富山県上市町の尻高山で滑落し、首の骨を折ったことによるものとのことで、5月7日に発見され、当時新聞報道もされていたようです。謹んでご冥福を祈ります。  

Re:無題

 投稿者:管理人  投稿日:2013年11月27日(水)13時34分37秒
  > もしかしたらM先生でしょうか。

そうです。「M先生」です。
おひさしぶりです。当サイトをご覧いただきありがとうございます。
 

無題

 投稿者:及川良一  投稿日:2013年11月25日(月)20時50分26秒
  失礼します。1年前、管理人様が書かれていた及川です。もしかしたらM先生でしょうか。教育大最後の当時の雰囲気が感じられてとても懐かしく思いました。  

高崎宗司氏入院中

 投稿者:管理人  投稿日:2013年11月18日(月)16時06分45秒
  1963年日本史学専攻入学で、その後、修士課程在学中に筑波移転に抗議して中退し、1991年以降津田塾大学教授をされていた高崎宗司氏ですが、しばらく前、教授会の席で発言中に倒れられ、現在は都内の病院で療養中とのことです。詳細は不明です。  

「朝日歌壇」に名護夫人の歌

 投稿者:管理人  投稿日:2013年10月31日(木)18時28分21秒
編集済
  1963年日本史学専攻入学で、その後千葉県で教員をされていた名護晃朗氏(千葉高卒)が、2011年10月、泌尿器系の癌により逝去されたことは以前おしらせしましたが、その奥様の歌が10月28日付「朝日新聞」(朝刊)の「朝日歌壇」(永田和宏選)に掲載されています。
「夫逝きて最後の仕事は空港に一坪の土地売りわたすこと」(銚子市)名護敬子
どうやら成田空港用地の一坪地主だったようで、さぞ無念なことだったでしょう。
 

「うたるればさすり血出ればぬぐい」を自費出版

 投稿者:村上雅盈  投稿日:2013年10月 1日(火)19時25分47秒
編集済
  1964年日本史学専攻入学の村上雅盈です。
このたび、退職後6年間、調べ考え続けてきたことを出版いたしました。多摩の生まれで、川崎宿で働いているとき武士の暴力に泣いた男が、50歳から勉強を始め、60歳で世の中の是非得失を告発した「民間省要」を著しました。その男、休愚の思いを追いかけたものです。
題名「うたるればさすり血出ればぬぐい」
筆名 むうさん
出版社 創英社・三省堂書店
定価 1,680円。発行日 10月2日
年金生活での自費出版ということで、是非お近くの本屋で注文していただいてご購入、お読みください。

http://www.amazon.co.jp/%E3%81%86%E3%81%9F%E3%82%8B%E3%82%8C%E3%81%B0%E3%81%95%E3%81%99%E3%82%8A%E8%A1%80%E5%87%BA%E3%82%8C%E3%81%B0%E3%81%AC%E3%81%90%E3%81%84-%E3%82%80%E3%81%86%E3%81%95%E3%82%93/dp/4881428187

 

「筑波大学新聞で読む筑波大学の40年」刊行

 投稿者:管理人  投稿日:2013年 9月26日(木)02時29分59秒
編集済
  筑波大学当局の広報によると、10月の筑波大学開学40周年に合わせ、「筑波大学新聞で読む筑波大学の40年」という書物を刊行するとのことです。
筑波大学のFacebookページに「筑波大学40年,いろいろなことがありました。『筑波大学新聞』創刊号(1974年(昭和49年)発行)から第300号(2012年(平成24年)発行)までの紙面から厳選した100のニュースを,歴代の筑波大学新聞編集部員の方々などの解説を添えて振り返ります。筑波大学出版会 定価 1,890円」とあります。
しかしながら、当然のことですが、「筑波大学新聞」と「東京教育大学新聞」とはまったく関係ありません。もともと筑波大学当局は、「大学新聞」と名のつくものは学生には発行させないとし、大学当局自らが広報紙として発行したものが「筑波大学新聞」です。学生は当局非公認の新聞として「筑波学生新聞」を発行していましたが、残念ながら現在は休刊状態にあります。もちろん「筑波学生新聞」と当会の間にも継承関係のようなものはありません。

https://www.facebook.com/univ.tsukuba.ja

 

消費者庁長官

 投稿者:管理人  投稿日:2013年 9月26日(木)01時46分9秒
編集済
  少々旧聞ですが、現在の消費者庁長官は、東京教育大学体育学部を1972年に卒業された、阿南久(あなんひさ)さんです。あまりご存じない方が多いと思われますので、お知らせします。生活協同組合運動などを経て、長官に就任されたのは昨年8月です。

http://www.caa.go.jp/soshiki/minister/ananc-profile.html

 

故・鈴木啓介氏ご自宅弔問

 投稿者:管理人  投稿日:2013年 9月23日(月)23時53分48秒
編集済
  9月6日に亡くなられた鈴木啓介氏の川越のご自宅への弔問が、9月23日午後、1961年入学の同世代の会員を中心に10人が参加して行われましたので、ご報告いたします。  

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